新興宗教・真如苑 vol.130最終更新 2026/02/01 07:311.神も仏も名無しさんM3eFr☆ここは、真実追及と意見交換の場です。☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。2024/03/23 08:36:36669コメント欄へ移動すべて|最新の50件620.神も仏も名無しさんFC4TR12 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他が為に我が身ささぐる行いは 人の身ながら菩薩なりけり【教主注釈】此処でも教法を中心にして、他のために我が身を捧げる行いを示している。人間情を中心にして身を捧げることを云うのではない。菩薩に殉教の死はあるが、情死はない。↑作ってはいけないと言われる教えが一人歩きしている。それを真に受けた信者が、死に物狂いで教えを信じさせようとしてくる。それが宗教被害となり得るのである。2025/12/12 06:01:35621.神も仏も名無しさんifNc513 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】よきことも悪しきことをも目にみせて 身の行いにあるを示さむ【教主注釈】良い結果、悪しき結果の日々の出来事はすべて自からの行いの果が示されたものと思惟してみるがよい。まことに悪因悪果、善因善果である。↑この教えで示される因縁こそが、悪因縁である。それらに雁字搦めにされることの方が不幸である。2025/12/13 09:41:28622.神も仏も名無しさん9Tman14 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】一念をこめて誦(とな)うる御霊呪は 子々孫々(すえずえ)までの清めとぞ知れ【教主注釈】大乗の行いを伴わせてこそ平生普段の祈りも深められ、御霊咒の効験や威大神力も増大されるのである。↑呪文を唱えることでお力を請う。信者にとって教えを否定する言葉を発する人間は敵である。それだけ気づくのはあっという間だからである。2025/12/14 08:58:47623.神も仏も名無しさんrwYhC15 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】最後なるみ教えこそは幾年も 探し求めし慈母と思わん【教主注釈】涅槃のみ教えにふれた時、これこそ探し求めていた、わが母である-という確信をつかむことが出来る。それは修してしる喜びである。↑教祖一家の色情因縁を払拭する理想の親は、これからも示され続けるだろうが、教えの手口も晒され続けるだろう。2025/12/15 06:03:54624.神も仏も名無しさんGq4Ha16 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他力より入りて自力と知れぞかし これぞ一如のまことなりけり【教主注釈】一切お委せは一切お救け -とは、初信のあり方。↑お委せは思考停止、お救けは勧誘である。教えの意図が見える。2025/12/16 06:07:08625.神も仏も名無しさんXlQEh18 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がことは後になすとも他が為に なすはみ法の真理(みち)としるべし【教主注釈】大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。↑自分の為も他の為も、教えの為の取り組みになる。お力が自分に多く返ってくると言われても、献金、無償労働、勧誘によって三つの搾取が行われている。2025/12/18 06:02:01626.神も仏も名無しさんhYjnX19 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他事(ひとごと)を即我が事と知るなれば 菩提の向上常にありなん【教主注釈】霊言に-”尻切れトンボが遠くとべないように、他に幸いのあゆみを与える事も尻切れになってしまったら、悪因縁に勝ち抜くことはできないのですよ…”とあり、菩提の向上を接心は教示している。↑他に幸いのあゆみを与える行為が勧誘であるが、悪因縁を示されてお力を頂く為にさせるのがねらいである。2025/12/19 06:06:00627.神も仏も名無しさんu2NL720 我浄 【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がうちに佛の性を見出しなば 我また尊く更にはげまん【教主注釈】人はみな、尊い宝を持ちながら”自から貧し”と思っている。大般涅槃のみ教え故、本当に尊い-と言っても”私などは駄目”と迷ったらどうであろうか-、灯明を持ち乍(なが)ら自らが目を閉じているのと同じである。↑他の人もこの教えに結ばれて幸せになれば良いのに。そんなかけ離れた思考にさせられるのは、お力が流れてこなくなる恐怖が根底にあるからである。2025/12/20 09:23:49628.神も仏も名無しさんsOSd521 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】霊言に示さることば真理(みち)なれど 人間本位に聞かば間違う【教主注釈】空-ということは、自からを空しうすることで、南無の境涯である。御霊言は道を示すものであるが、之を人間本能的に、都合のよいように聞いてゆくと、道をまちがえてしまうものである。↑霊言が教えに都合の良いように解釈される。それがみ仏本意なのだろうが、この教えは仏教ではないのだから、普通に考えれば危険な解釈である。それを人間本意と言われるのだろうが。2025/12/21 07:19:43629.神も仏も名無しさんS7mtJ22 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】み教えにふれて心を飾れども 説かぬは法のさびと知るべし【教主注釈】真如み教えにふれて、接心も頂き、わが心に深い真理というものが納得でき、教えの素晴らしさ、そして、その教えに結ばれた喜びもわかるが、若し他にそれを説かなかったら、やがて教えのサビとなって我が身を蝕まれてしまう。↑新興宗教信者が勧誘のためにカミングアウトする時、かなりの恐怖心が植え付けられているのだろう。2025/12/22 06:04:51630.神も仏も名無しさんRWFNJ23 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】罰ありと教ゆる道も道なれど 真の真理(みち)とは因果応報【教主注釈】涅槃経に説くところの非真邪偽の法では罰をとくが、本当の教えは因果応報の理を説いて、その人の運命を改革するように導くものでなくてはならない。↑教えを信じない罰を因果応報と説く教えであるが、信者の動機はお力が流れてこないことで因縁にどう倒されるか分からない恐怖による。2025/12/23 06:05:45631.神も仏も名無しさんQ1ndz24 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】智をわけて福徳荘厳あわせては 智慧荘厳と知るも尊し【教主注釈】涅槃経に説かるる二荘厳-即ち福徳荘厳は、歓喜の布施により智慧荘厳は、実践により身につくものといえる。↑教えをただ信じることで知恵かつくと考える信者が、それを人にも実践させようとする。それは信教の自由の侵害でもあるが、騙しでもある。2025/12/24 06:03:48632.神も仏も名無しさんeBa9b25 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】今蒔きて今日に収穫あらねども 努力重ねて稔り待つべし【教主注釈】まずこの歌に示す真理が本当なものであるが、今蒔いて今日に収穫を得ている人も多々ある。そこが此の教えの不思議でもある。導き手(経親や導き親)の信用によって霊界から特に救いを下さったものもあるが、初信者の場合は、これが真物(ほんもの)と思ってはならない。↑この教えは遍くお力が流れてくるから、初心者もすぐに救われると言われる。やがて、お力はもったいぶられて、勧誘しなければ、「お力はいつもでも続かない」と更に急かされるのである。2025/12/25 06:05:44633.神も仏も名無しさん2Hku026 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】常住の佛の教え世の末の 末の末まで楽土示さん【教主注釈】真如み教えは、久遠常住釈迦牟尼如来真伝の深法である。故に、今流行してのちに消える教えではない。子々孫々に伝え、末代かけて教えは弘まり、この世に楽土を顕現してゆくであろう。↑ネットでカルトの手口を調べて、この教えから身を守ることのできる人を増やすべきである。仏教をはじめとして寄せ集められた宗教用語が見られるのもカルトの特徴である。2025/12/26 06:09:18634.神も仏も名無しさんeHNua27 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】徳という徳は特にと積めぞかし 積もりつもりて功徳とぞなる【教主注釈】徳をつくることは大切なことであるが、一度にしようと思っても中々出来るものではない。常に心がけて信仰の徳をつむことが大切である。↑徳というポイントは危険である。指導者の意図で増やすも減らすもできるのだから。信者はただ教えのお力を貪欲に求める。2025/12/27 09:10:09635.神も仏も名無しさんqJW6M28 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中に道をば示す真理(みち)あれど 最後のみのり最上と知れ【教主注釈】名字功徳品には-八大河悉く大海に帰すように、この経は一切の煩悩結(因縁のかたまり)や諸の魔も降して摂受する-と、その真意が説かれている。世尊五十年の説法の最後は即ち大般涅槃経である。↑大海の教えは、様々な宗教が寄せ集められたものであることを、使われる用語を比較すれば分かる。2025/12/28 08:21:58636.神も仏も名無しさんntJjQ29 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】苑人の佛に仕えまつらんは まことこめての救いにぞある【教主注釈】苑人が仏に仕えまつるということは、涅槃像に仕えるのではなく三宝一体の僧伽(そうぎゃ)に生きる”まこと”即ち一如のまごころを以て大衆に奉仕することである。↑仏教の修行僧と思い込む信者が奉仕しているのは、教えの為だけである。大衆に奉仕するのではなく、教えの為に勧誘するのみである。信者が上の立場にあれば、信じない人や否定する人を貶めようとする。2025/12/29 06:55:55637.神も仏も名無しさんIcKMx30 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】貴賤をも貧富もわけずまことをば 尽くし伝うが佛子なりけり【教主注釈】世の人々は富貴の者をみれば競って媚び、へつらい、奉仕する。「貧しき者をみてはこれを捨て遠退く」という聖語があるが、この真意を知って、真如教徒は物によって差別することなく教徒の本分をつくすべきである。↑教えを信じない人を見下す信者が実践できないことである。言葉は謙っているが、上から目線である。2025/12/30 07:42:29638.神も仏も名無しさんGax5G31 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】善法に従わなきは心にぞ 邪楽しむ心宿るらむ【教主注釈】涅槃の教えは有難い-とわかっていながらついてゆかれないことは、心の中になお仏より大切な欲楽というものを執持しているからである。↑教えを信じていれば何でもできるという信者の暗黙のルールが修行の身とはほど遠い振る舞いとなる。仏教の修行をしていると主張する信者は哀れ。2025/12/31 07:44:19639.神も仏も名無しさんawi5G1 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】み佛のみめぐみこそは世の果の はてのはてまであまねかりけり【教主注釈】み仏の慈悲は摂取不捨である。このあまねき常仏の慈悲に結ぶことがお導きであり、この行いこそ尊い慈悲行である。↑遍くお力は初心者向けである。お力を操作されながら感情を揺さぶられ、人の信じない自由を侵害するようになると、カルト信者の完成である。2026/01/01 09:24:12640.神も仏も名無しさんwTsaV2 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】教団の大いなるより一人をも 多く救わることぞうれしき【教主注釈】これは真導院様の入院中のお言葉で、今は教徒に残された尊い遺言となった。↑実際無断入信や、信じない人がハラスメントを受けているので、多く救われることは実現していない。脱会のノウハウや信者への対処法が語り継がれるのである。2026/01/02 09:25:12641.神も仏も名無しさんe7Dan3 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】人の世の哀れになくも自からの あわれを知らぬ人の多きに【教主注釈】自惚れを去り、自らの非というものを覚って、人さまから「あわれな人よ…」と笑われることのない人間になっていくことである。↑これは将に、教えを信じない人を貶めながら、建前はきれいな言葉を並べて、教えを信じない人の不幸を想う信者の姿ではないか。信者の言葉ではなく、行動が教えの本質である。2026/01/03 08:17:09642.神も仏も名無しさんuDK1s4 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】家々の佛檀こそはみ佛の 在(ま)す方向(かた)ぞ知るも尊き【教主注釈】「家々の仏壇は親苑に通ずる電話のようなものですね」と言われた教徒があった。尤もなことである。↑家の仏壇にこの教えの尊影を飾ったり、伝統仏教の法要で「このお経では救われない」と念じたりするのが、信者の高慢な思考である。2026/01/04 08:46:31643.神も仏も名無しさんHybfL5 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】日日にすべてのことに対応し 菩提の糧となすは尊し【教主注釈】 ”なにみてもみ法示さぬものはなし 己が心に菩提ありなば”の苑歌と思いあわせ、日々に精進することが肝心である。↑信者が、お力が流れてこなくなることを恐れて、何でも教えになぞらえて考える。それは恐怖を植え付けられているのであり悟りではない。2026/01/05 06:11:28644.神も仏も名無しさんSWOtY6 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】まこととは目には見えねどみ佛の 世界に通じる救けとぞなる【教主注釈】まこと-とは、身・口・意のいつわりない清い真実の行いで、その行いの根底にあるものはみ仏に帰命しまつる心魂(たましい)である。↑教えの中の身口意の罪と世間でのそれがずれてくるから批判される。良い教えだから信じて当然と思って行動するのは、信教の自由の侵害にも繋がる。2026/01/06 06:06:44645.神も仏も名無しさんTvi6B7 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】信心は観念(おもう)のみでは迷いなり 行い示し会得するもの【教主注釈】信心には、観念信心(拝むだけ)称名信心(題目や念仏などを唱えるだけ)実践信心(教えの如く歩む本当の信心)の三つがある。↑実践しなければ、お力は何時までも続かないと言われる。一番の実践は勧誘である。それと共に、お力は人にも掴ませなければならないマルチ商法の粗悪品と同じであると明かされる。2026/01/07 06:05:12646.神も仏も名無しさんMbESt8 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中の宝の外の宝なる 教えの宝得るぞ尊し【教主注釈】世の中の宝は名誉・地位・金銀財宝等であるが、それらは失うこともある。真実の宝は教えであり、身に具わった信心の徳は子々孫々までを豊かにうるおすであろう。↑教えの宝はどうであろうか、世の宝を捨てさせるために遍くお力を示し、徳というポイントを求めさせ、勧誘しなければお力はいつまでも続かないと遍くお力が否定される。世間で注目されるカルトと手法が似ていないか。2026/01/08 06:18:00647.神も仏も名無しさん5eBGF9 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】信心は耐えかぬことも耐えさせる 妙薬なりと知れよ世の人【教主注釈】あの時怒らずにこらえていてよかった-等ということはよくある。若し、思惟(いのり)なく、怒りのままに行動したら大変な結果になっていただろう、やはり、信心のおかげで救けられたのである。↑霊的ハラスメントのヒエラルキーが経単位で形成されている。上へ行き、霊的ハラスメントをするために、今はハラスメントに耐える信者。2026/01/09 06:18:38648.神も仏も名無しさんCzVzL10 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大海のひろき教えをほどこして 他のためになす喜びぞ佳し【教主注釈】大海の教え-涅槃経は、一切の煩悩及び諸の誘惑を斥けて、世間法的な束縛を脱し、仕あわせになるために説かれたものである。故にこの真実を他のために説くことは喜びである。↑仏性が教え絶対に生活し、人にも押しつけることになり、自分たすかるために勧誘することになる。その為に信者であることをカミングアウトするのである。2026/01/10 07:16:13649.神も仏も名無しさんPKJrF11 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】霊言は出離を示す啓示ゆえ こころに心してぞ聞くべし【教主注釈】出離とは、分かりやすく言えば運命を好転に導くための啓示(おしらせ)である。故に真剣に霊言を聞いて、それと取り組むことが大切である。↑出離とは出家することであるが、この教えの売りは在家でも出家して得られる悟りに至れることである。しかし、コールドリーディングの手法が使われた霊言では、教えのお力を得られないで因縁にどう倒されるか分からない妄想を植え付けられるのである。2026/01/11 08:43:42650.神も仏も名無しさんexMIH12 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】我が為になす信心はそなわらず 他がために為しそなわると知れ【教主注釈】本能的なものをみたそうとする信心は本当の信心ではない。霊言にも「欲しい欲しいの餓鬼の心を超越して餓鬼を救うことができる」と示されている。自己中心を超越してお救けもできるのである。↑他の為と思わせられるが、実は教えの為である。勧誘させられるのも然り。2026/01/12 07:26:25651.神も仏も名無しさん4zqVV13 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】今日という日の吉凶を論ずより 今日の行い見かえるぞよし【教主注釈】み教えに一如していったなら日々が吉日でなくてはならない。日が悪いから災いにあうのではなく、自らの心・行いが至らないためである。↑日々教えのお力が流れてこなければならない。良いことは教えのお陰で、悪いのは信心が足りないから。そんなホットリーディングの繰り返しである。2026/01/13 06:11:48652.神も仏も名無しさんII06w14 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】執われを思い切ってぞ因縁の 重きを知ると知れ世の人【教主注釈】 執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。↑世の中の執着を切る名目で示される霊言によって、因縁が増えていくのである。それは確信犯である。2026/01/14 06:08:21653.神も仏も名無しさんk2RkI15 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大海の如きみ法にあいまつり 常楽我浄と知るも尊し【教主注釈】すべての河が大海に帰入するごとく、すべての教えは大涅槃経に帰す-と、このような尊い教えに結縁されたことは、本当に尊いことである。↑大海にすべての河が流れ着くが如く、霊感商法をはじめとした手口が用意されているのである。2026/01/15 06:07:04654.神も仏も名無しさんftkcQ16 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】人の世の哀れになくも自らの あわれを知らぬ人の多きに【教主注釈】教えや、教えの師を自分の見解で批判していたら、法友はその悪(非律不証)を見ぬいて、みんな離れていってしまう。↑信者に真っ向から否定しても、逆ギレやハラスメントが用意されている。その手口をネット情報から研究し、その手口を情報発信することで教えに加担しなければならない人を減らそう。2026/01/16 06:06:37655.神も仏も名無しさんLj9KL18 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】訶責とは強くなすとも慈(なさ)けこめ 悩む立場に立ちて行なえ【教主注釈】駆遣訶責とは-人間本位の信心から、み仏本位の信心に立てかえるために強く激励する言葉を言う。教える側に私情があってはならない。↑自分の受けた霊的ハラスメントを上に立った時に下に行う為の慢は、私情であろう。修行中の身と理由付けることもできる。2026/01/18 07:58:16656.神も仏も名無しさん2tnIe19 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】権威をば振るってなせる教化には 形成りても実(じつ)は少なし【教主注釈】自分の地位や権力で入信させても、それは形だけであるから、その信心が喜びの実を結ぶまで手を引き教化する事が大切である。↑それを行い、信じない人を喜びに向かうと称して信じない自由を奪おうとするから、信教の自由の侵害と言われるのである。2026/01/19 06:00:31657.神も仏も名無しさんmpqis20 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】御利益はまことの歩みの福利なり 歩まず乞うは邪と知れ【教主注釈】教えの如く歩んで行った時には、必ず運命が立て替えられて仕合わせになる。歩まずに御利益だけを望んでも得られるものではない。↑歩むとは実践である。実践とは仏教の六波羅蜜を三つに集約されたといわれる勧誘、無償労働、献金である。特に、勧誘しなければ、お力はいつまでも続かないと言われる。それは、遍くお力ではない。2026/01/20 06:06:23658.神も仏も名無しさんdfEht21 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】善友に近よることはよけれども 愚人の交際絶たばなおよし【教主注釈】涅槃経に、善友とは仏-と示されているが一面には一如の教徒ともいえよう。この意味に於いて、信仰を阻害するものは悪友である。↑信じない人を、信仰を阻害をする者と恐怖心を与え、可哀想と下に見させる。そこから宗教ハラスメントが始まり、続いているのである。2026/01/21 06:12:01659.神も仏も名無しさんEi3wF22 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】今ぞいま尊き性(仏性)を磨かんは 今を機会と知るも尊し【教主注釈】機会は再び来ない「今」今のひとときを活かし機会とする。↑今に集中しても、マインドコントロールの手法に気づくのはあっという間である。2026/01/22 06:14:14660.神も仏も名無しさんeRcI923 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】常住のみ佛さまを慕いつつ 仕うる人ぞたのものしきかな【教主注釈】常住のみ仏を最上のものとして心のよりどころとし、喜んで仕えている人の姿を見ると本当にたのもしく、また楽しげである。↑世の中は無常であるが、常に念じさせられる教祖一家を常住のみ仏として、お力を求めさせられる。個人で楽しんでいるのは自由だが、人を信じさせなければお力がいつまでも続かないと言われるから、厄介な勧誘が始まるのである。2026/01/23 05:52:23661.神も仏も名無しさんUuNb324 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】お済度は父母を救ける心にて 説けよ苑人これぞ道なり【教主注釈】お救けに行った時、相手を尊重する心は、父母に対して、話をするようなこころで、話を取つがせて頂くことである。↑何故教祖一家の父母をたすけなければならないのか。その心の根底には世の中が因縁まみれで、お力が無いと普通に生きられないと思わされる洗脳がある。2026/01/24 08:44:05662.神も仏も名無しさんt3EwT25 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】歓喜積みお救けこそは積み磨き 奉仕は磨く徳と知れ人【教主注釈】歓喜は積む徳、奉仕は磨く徳、お救けは積み、磨く徳であり、この三つの聖行に徹していって、初めて因縁消除の真理を理解できよう。↑お救け(勧誘)は積み、磨くから二倍の精進と言われる。その力となるのは、霊言のコールドリーディングによる因縁の恐怖から救ってくれるお力である。2026/01/25 09:02:04663.神も仏も名無しさんEwtvd26 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】他のために言葉やわらげ教ゆるは 菩提(めばえ)育てのまことなりけり【教主注釈】聴法因縁の三段階と言うことが教えられている。初信者には、やさしい言葉、態度で接し、相手の菩提の芽を育ててあげよう。↑信じそうな相手には優しいが、信じない、批判的な相手には「お前が信じないから私が不幸だ」と言わんばかりの被害者意識を向けてくる。その態度に過剰に反応してはいけない。2026/01/26 05:53:15664.神も仏も名無しさんQSL5T27 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】道に外れあゆむが故に事故起し 後の後悔先には立たず【教主注釈】教えの如く行わない信心は、道に外れてあゆむと同じ事である。軌道をはずれれば事故もおこるであろう。↑教えの如くとはただ信じることであり、思考停止することである。教えを否定する人間は「頭だけで考える」と否定される。2026/01/27 06:03:44665.神も仏も名無しさんQLm7M28 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】怠らず精進(はげ)み祈らん千代かけて 歓喜世界の出現(いず)る時まで【教主注釈】信心の道に終わりはない。生涯かけての精進である。そして終生精進できることが喜びである。↑この教えの信者が行っていることを見れば、信じない自由の侵害をはじめとした人権侵害が見え隠れする。それを指摘して刺激してはいけないが、気づく人が増える為に情報提供を怠らないようにしたい。2026/01/28 06:10:36666.神も仏も名無しさん08xSx29 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大乗の道も炭火と同じなれ 三つ四つ五つ合わせてぞ燃ゆ【教主注釈】信心の心も炭火と同じように、一つだけだと消えやすい。志を同じくする者が、四人五人と集まると、信仰も心も燃え求めることの喜びもわいてくる。↑複数人に信じない自由を侵害されて、宗教ハラスメントを受けた恨みは消えない。若者ならばネットで質問するだろう。そこで何が行われているかが分かるのである。2026/01/29 05:52:57667.神も仏も名無しさんyzApw30 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】常日頃まこと蓋して精進(はげ)みなば それ、それ自体が真理(みち)に叶わん【教主注釈】怠るは死の道、励むは生への道である-という聖句があるが、高貴徳王菩薩品にも示されるように、楽(ねごう)て精進してゆくことが真理(みち)に叶ったことである。↑この教えの示す因縁が生か死かの問題にさせたれた信者は、死に物狂いで教えを広めようとするのである。そこから迷惑が始まる。2026/01/30 05:47:34668.神も仏も名無しさん038G831 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】言うがごと行うがごとく言(こと)示せ 茲(ここ)に一如の救いあるなり【教主注釈】不言実行という言葉があるが、此処では有言実行を説いている。↑この教えの手法は、霊因縁の恐怖を与えて、教えの為になることを宣言させ、有言実行とさせることである。2026/01/31 06:58:32669.神も仏も名無しさんsg2Q31 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】身は低く常に人にと和合して 高く菩提を求めあゆまん【教主注釈】実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。↑謙る言葉を使うが、上から目線を感じる信者とは距離を取ろう。目的は教えへの服従だから。2026/02/01 07:31:37
【衆院選】街頭演説を聞いていた高校生「僕はなんか怖い。高市さんの台湾発言があり、戦争になっちゃうんじゃないかと。戦争反対」 年配の方「危険な方向に行こうとしている。憲法9条が大切。日本共産党が一番立派」ニュース速報+478998.72026/02/01 20:19:57
☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。
☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。
☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。
☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。
【今日の苑歌】
他が為に我が身ささぐる行いは
人の身ながら菩薩なりけり
【教主注釈】
此処でも教法を中心にして、他のために我が身を捧げる行いを示している。人間情を中心にして身を捧げることを云うのではない。菩薩に殉教の死はあるが、情死はない。
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作ってはいけないと言われる教えが一人歩きしている。それを真に受けた信者が、死に物狂いで教えを信じさせようとしてくる。それが宗教被害となり得るのである。
【今日の苑歌】
よきことも悪しきことをも目にみせて
身の行いにあるを示さむ
【教主注釈】
良い結果、悪しき結果の日々の出来事はすべて自からの行いの果が示されたものと思惟してみるがよい。まことに悪因悪果、善因善果である。
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この教えで示される因縁こそが、悪因縁である。それらに雁字搦めにされることの方が不幸である。
【今日の苑歌】
一念をこめて誦(とな)うる御霊呪は
子々孫々(すえずえ)までの清めとぞ知れ
【教主注釈】
大乗の行いを伴わせてこそ平生普段の祈りも深められ、御霊咒の効験や威大神力も増大されるのである。
↑
呪文を唱えることでお力を請う。信者にとって教えを否定する言葉を発する人間は敵である。それだけ気づくのはあっという間だからである。
【今日の苑歌】
最後なるみ教えこそは幾年も
探し求めし慈母と思わん
【教主注釈】
涅槃のみ教えにふれた時、これこそ探し求めていた、わが母である-という確信をつかむことが出来る。それは修してしる喜びである。
↑
教祖一家の色情因縁を払拭する理想の親は、これからも示され続けるだろうが、教えの手口も晒され続けるだろう。
【今日の苑歌】
他力より入りて自力と知れぞかし
これぞ一如のまことなりけり
【教主注釈】
一切お委せは一切お救け -とは、初信のあり方。
↑
お委せは思考停止、お救けは勧誘である。教えの意図が見える。
【今日の苑歌】
我がことは後になすとも他が為に
なすはみ法の真理(みち)としるべし
【教主注釈】
大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。
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自分の為も他の為も、教えの為の取り組みになる。お力が自分に多く返ってくると言われても、献金、無償労働、勧誘によって三つの搾取が行われている。
【今日の苑歌】
他事(ひとごと)を即我が事と知るなれば
菩提の向上常にありなん
【教主注釈】
霊言に-”尻切れトンボが遠くとべないように、他に幸いのあゆみを与える事も尻切れになってしまったら、悪因縁に勝ち抜くことはできないのですよ…”とあり、菩提の向上を接心は教示している。
↑
他に幸いのあゆみを与える行為が勧誘であるが、悪因縁を示されてお力を頂く為にさせるのがねらいである。
【今日の苑歌】
我がうちに佛の性を見出しなば
我また尊く更にはげまん
【教主注釈】
人はみな、尊い宝を持ちながら”自から貧し”と思っている。大般涅槃のみ教え故、本当に尊い-と言っても”私などは駄目”と迷ったらどうであろうか-、灯明を持ち乍(なが)ら自らが目を閉じているのと同じである。
↑
他の人もこの教えに結ばれて幸せになれば良いのに。そんなかけ離れた思考にさせられるのは、お力が流れてこなくなる恐怖が根底にあるからである。
【今日の苑歌】
霊言に示さることば真理(みち)なれど
人間本位に聞かば間違う
【教主注釈】
空-ということは、自からを空しうすることで、南無の境涯である。御霊言は道を示すものであるが、之を人間本能的に、都合のよいように聞いてゆくと、道をまちがえてしまうものである。
↑
霊言が教えに都合の良いように解釈される。それがみ仏本意なのだろうが、この教えは仏教ではないのだから、普通に考えれば危険な解釈である。それを人間本意と言われるのだろうが。
【今日の苑歌】
み教えにふれて心を飾れども
説かぬは法のさびと知るべし
【教主注釈】
真如み教えにふれて、接心も頂き、わが心に深い真理というものが納得でき、教えの素晴らしさ、そして、その教えに結ばれた喜びもわかるが、若し他にそれを説かなかったら、やがて教えのサビとなって我が身を蝕まれてしまう。
↑
新興宗教信者が勧誘のためにカミングアウトする時、かなりの恐怖心が植え付けられているのだろう。
【今日の苑歌】
罰ありと教ゆる道も道なれど
真の真理(みち)とは因果応報
【教主注釈】
涅槃経に説くところの非真邪偽の法では罰をとくが、本当の教えは因果応報の理を説いて、その人の運命を改革するように導くものでなくてはならない。
↑
教えを信じない罰を因果応報と説く教えであるが、信者の動機はお力が流れてこないことで因縁にどう倒されるか分からない恐怖による。
【今日の苑歌】
智をわけて福徳荘厳あわせては
智慧荘厳と知るも尊し
【教主注釈】
涅槃経に説かるる二荘厳-即ち福徳荘厳は、歓喜の布施により智慧荘厳は、実践により身につくものといえる。
↑
教えをただ信じることで知恵かつくと考える信者が、それを人にも実践させようとする。それは信教の自由の侵害でもあるが、騙しでもある。
【今日の苑歌】
今蒔きて今日に収穫あらねども
努力重ねて稔り待つべし
【教主注釈】
まずこの歌に示す真理が本当なものであるが、今蒔いて今日に収穫を得ている人も多々ある。そこが此の教えの不思議でもある。導き手(経親や導き親)の信用によって霊界から特に救いを下さったものもあるが、初信者の場合は、これが真物(ほんもの)と思ってはならない。
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この教えは遍くお力が流れてくるから、初心者もすぐに救われると言われる。やがて、お力はもったいぶられて、勧誘しなければ、「お力はいつもでも続かない」と更に急かされるのである。
【今日の苑歌】
常住の佛の教え世の末の
末の末まで楽土示さん
【教主注釈】
真如み教えは、久遠常住釈迦牟尼如来真伝の深法である。故に、今流行してのちに消える教えではない。子々孫々に伝え、末代かけて教えは弘まり、この世に楽土を顕現してゆくであろう。
↑
ネットでカルトの手口を調べて、この教えから身を守ることのできる人を増やすべきである。仏教をはじめとして寄せ集められた宗教用語が見られるのもカルトの特徴である。
【今日の苑歌】
徳という徳は特にと積めぞかし
積もりつもりて功徳とぞなる
【教主注釈】
徳をつくることは大切なことであるが、一度にしようと思っても中々出来るものではない。常に心がけて信仰の徳をつむことが大切である。
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徳というポイントは危険である。指導者の意図で増やすも減らすもできるのだから。信者はただ教えのお力を貪欲に求める。
【今日の苑歌】
世の中に道をば示す真理(みち)あれど
最後のみのり最上と知れ
【教主注釈】
名字功徳品には-八大河悉く大海に帰すように、この経は一切の煩悩結(因縁のかたまり)や諸の魔も降して摂受する-と、その真意が説かれている。
世尊五十年の説法の最後は即ち大般涅槃経である。
↑
大海の教えは、様々な宗教が寄せ集められたものであることを、使われる用語を比較すれば分かる。
【今日の苑歌】
苑人の佛に仕えまつらんは
まことこめての救いにぞある
【教主注釈】
苑人が仏に仕えまつるということは、涅槃像に仕えるのではなく三宝一体の僧伽(そうぎゃ)に生きる”まこと”即ち一如のまごころを以て大衆に奉仕することである。
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仏教の修行僧と思い込む信者が奉仕しているのは、教えの為だけである。大衆に奉仕するのではなく、教えの為に勧誘するのみである。信者が上の立場にあれば、信じない人や否定する人を貶めようとする。
【今日の苑歌】
貴賤をも貧富もわけずまことをば
尽くし伝うが佛子なりけり
【教主注釈】
世の人々は富貴の者をみれば競って媚び、へつらい、奉仕する。「貧しき者をみてはこれを捨て遠退く」という聖語があるが、この真意を知って、真如教徒は物によって差別することなく教徒の本分をつくすべきである。
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教えを信じない人を見下す信者が実践できないことである。言葉は謙っているが、上から目線である。
【今日の苑歌】
善法に従わなきは心にぞ
邪楽しむ心宿るらむ
【教主注釈】
涅槃の教えは有難い-とわかっていながらついてゆかれないことは、心の中になお仏より大切な欲楽というものを執持しているからである。
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教えを信じていれば何でもできるという信者の暗黙のルールが修行の身とはほど遠い振る舞いとなる。仏教の修行をしていると主張する信者は哀れ。
【今日の苑歌】
み佛のみめぐみこそは世の果の
はてのはてまであまねかりけり
【教主注釈】
み仏の慈悲は摂取不捨である。このあまねき常仏の慈悲に結ぶことがお導きであり、この行いこそ尊い慈悲行である。
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遍くお力は初心者向けである。お力を操作されながら感情を揺さぶられ、人の信じない自由を侵害するようになると、カルト信者の完成である。
【今日の苑歌】
教団の大いなるより一人をも
多く救わることぞうれしき
【教主注釈】
これは真導院様の入院中のお言葉で、今は教徒に残された尊い遺言となった。
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実際無断入信や、信じない人がハラスメントを受けているので、多く救われることは実現していない。脱会のノウハウや信者への対処法が語り継がれるのである。
【今日の苑歌】
人の世の哀れになくも自からの
あわれを知らぬ人の多きに
【教主注釈】
自惚れを去り、自らの非というものを覚って、人さまから「あわれな人よ…」と笑われることのない人間になっていくことである。
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これは将に、教えを信じない人を貶めながら、建前はきれいな言葉を並べて、教えを信じない人の不幸を想う信者の姿ではないか。信者の言葉ではなく、行動が教えの本質である。
【今日の苑歌】
家々の佛檀こそはみ佛の
在(ま)す方向(かた)ぞ知るも尊き
【教主注釈】
「家々の仏壇は親苑に通ずる電話のようなものですね」と言われた教徒があった。尤もなことである。
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家の仏壇にこの教えの尊影を飾ったり、伝統仏教の法要で「このお経では救われない」と念じたりするのが、信者の高慢な思考である。
【今日の苑歌】
日日にすべてのことに対応し
菩提の糧となすは尊し
【教主注釈】
”なにみてもみ法示さぬものはなし 己が心に菩提ありなば”の苑歌と思いあわせ、日々に精進することが肝心である。
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信者が、お力が流れてこなくなることを恐れて、何でも教えになぞらえて考える。それは恐怖を植え付けられているのであり悟りではない。
【今日の苑歌】
まこととは目には見えねどみ佛の
世界に通じる救けとぞなる
【教主注釈】
まこと-とは、身・口・意のいつわりない清い真実の行いで、その行いの根底にあるものはみ仏に帰命しまつる心魂(たましい)である。
↑
教えの中の身口意の罪と世間でのそれがずれてくるから批判される。良い教えだから信じて当然と思って行動するのは、信教の自由の侵害にも繋がる。
【今日の苑歌】
信心は観念(おもう)のみでは迷いなり
行い示し会得するもの
【教主注釈】
信心には、観念信心(拝むだけ)称名信心(題目や念仏などを唱えるだけ)実践信心(教えの如く歩む本当の信心)の三つがある。
↑
実践しなければ、お力は何時までも続かないと言われる。一番の実践は勧誘である。それと共に、お力は人にも掴ませなければならないマルチ商法の粗悪品と同じであると明かされる。
【今日の苑歌】
世の中の宝の外の宝なる
教えの宝得るぞ尊し
【教主注釈】
世の中の宝は名誉・地位・金銀財宝等であるが、それらは失うこともある。真実の宝は教えであり、身に具わった信心の徳は子々孫々までを豊かにうるおすであろう。
↑
教えの宝はどうであろうか、世の宝を捨てさせるために遍くお力を示し、徳というポイントを求めさせ、勧誘しなければお力はいつまでも続かないと遍くお力が否定される。世間で注目されるカルトと手法が似ていないか。
【今日の苑歌】
信心は耐えかぬことも耐えさせる
妙薬なりと知れよ世の人
【教主注釈】
あの時怒らずにこらえていてよかった-等ということはよくある。若し、思惟(いのり)なく、怒りのままに行動したら大変な結果になっていただろう、やはり、信心のおかげで救けられたのである。
↑
霊的ハラスメントのヒエラルキーが経単位で形成されている。上へ行き、霊的ハラスメントをするために、今はハラスメントに耐える信者。
【今日の苑歌】
大海のひろき教えをほどこして
他のためになす喜びぞ佳し
【教主注釈】
大海の教え-涅槃経は、一切の煩悩及び諸の誘惑を斥けて、世間法的な束縛を脱し、仕あわせになるために説かれたものである。故にこの真実を他のために説くことは喜びである。
↑
仏性が教え絶対に生活し、人にも押しつけることになり、自分たすかるために勧誘することになる。その為に信者であることをカミングアウトするのである。
【今日の苑歌】
霊言は出離を示す啓示ゆえ
こころに心してぞ聞くべし
【教主注釈】
出離とは、分かりやすく言えば運命を好転に導くための啓示(おしらせ)である。故に真剣に霊言を聞いて、それと取り組むことが大切である。
↑
出離とは出家することであるが、この教えの売りは在家でも出家して得られる悟りに至れることである。
しかし、コールドリーディングの手法が使われた霊言では、教えのお力を得られないで因縁にどう倒されるか分からない妄想を植え付けられるのである。
【今日の苑歌】
我が為になす信心はそなわらず
他がために為しそなわると知れ
【教主注釈】
本能的なものをみたそうとする信心は本当の信心ではない。霊言にも「欲しい欲しいの餓鬼の心を超越して餓鬼を救うことができる」と示されている。自己中心を超越してお救けもできるのである。
↑
他の為と思わせられるが、実は教えの為である。勧誘させられるのも然り。
【今日の苑歌】
今日という日の吉凶を論ずより
今日の行い見かえるぞよし
【教主注釈】
み教えに一如していったなら日々が吉日でなくてはならない。日が悪いから災いにあうのではなく、自らの心・行いが至らないためである。
↑
日々教えのお力が流れてこなければならない。良いことは教えのお陰で、悪いのは信心が足りないから。そんなホットリーディングの繰り返しである。
【今日の苑歌】
執われを思い切ってぞ因縁の
重きを知ると知れ世の人
【教主注釈】
執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。
↑
世の中の執着を切る名目で示される霊言によって、因縁が増えていくのである。それは確信犯である。
【今日の苑歌】
大海の如きみ法にあいまつり
常楽我浄と知るも尊し
【教主注釈】
すべての河が大海に帰入するごとく、すべての教えは大涅槃経に帰す-と、このような尊い教えに結縁されたことは、本当に尊いことである。
↑
大海にすべての河が流れ着くが如く、霊感商法をはじめとした手口が用意されているのである。
【今日の苑歌】
人の世の哀れになくも自らの
あわれを知らぬ人の多きに
【教主注釈】
教えや、教えの師を自分の見解で批判していたら、法友はその悪(非律不証)を見ぬいて、みんな離れていってしまう。
↑
信者に真っ向から否定しても、逆ギレやハラスメントが用意されている。その手口をネット情報から研究し、その手口を情報発信することで教えに加担しなければならない人を減らそう。
【今日の苑歌】
訶責とは強くなすとも慈(なさ)けこめ
悩む立場に立ちて行なえ
【教主注釈】
駆遣訶責とは-人間本位の信心から、み仏本位の信心に立てかえるために強く激励する言葉を言う。教える側に私情があってはならない。
↑
自分の受けた霊的ハラスメントを上に立った時に下に行う為の慢は、私情であろう。修行中の身と理由付けることもできる。
【今日の苑歌】
権威をば振るってなせる教化には
形成りても実(じつ)は少なし
【教主注釈】
自分の地位や権力で入信させても、それは形だけであるから、その信心が喜びの実を結ぶまで手を引き教化する事が大切である。
↑
それを行い、信じない人を喜びに向かうと称して信じない自由を奪おうとするから、信教の自由の侵害と言われるのである。
【今日の苑歌】
御利益はまことの歩みの福利なり
歩まず乞うは邪と知れ
【教主注釈】
教えの如く歩んで行った時には、必ず運命が立て替えられて仕合わせになる。歩まずに御利益だけを望んでも得られるものではない。
↑
歩むとは実践である。実践とは仏教の六波羅蜜を三つに集約されたといわれる勧誘、無償労働、献金である。特に、勧誘しなければ、お力はいつまでも続かないと言われる。それは、遍くお力ではない。
【今日の苑歌】
善友に近よることはよけれども
愚人の交際絶たばなおよし
【教主注釈】
涅槃経に、善友とは仏-と示されているが一面には一如の教徒ともいえよう。この意味に於いて、信仰を阻害するものは悪友である。
↑
信じない人を、信仰を阻害をする者と恐怖心を与え、可哀想と下に見させる。そこから宗教ハラスメントが始まり、続いているのである。
【今日の苑歌】
今ぞいま尊き性(仏性)を磨かんは
今を機会と知るも尊し
【教主注釈】
機会は再び来ない「今」今のひとときを活かし機会とする。
↑
今に集中しても、マインドコントロールの手法に気づくのはあっという間である。
【今日の苑歌】
常住のみ佛さまを慕いつつ
仕うる人ぞたのものしきかな
【教主注釈】
常住のみ仏を最上のものとして心のよりどころとし、喜んで仕えている人の姿を見ると本当にたのもしく、また楽しげである。
↑
世の中は無常であるが、常に念じさせられる教祖一家を常住のみ仏として、お力を求めさせられる。個人で楽しんでいるのは自由だが、人を信じさせなければお力がいつまでも続かないと言われるから、厄介な勧誘が始まるのである。
【今日の苑歌】
お済度は父母を救ける心にて
説けよ苑人これぞ道なり
【教主注釈】
お救けに行った時、相手を尊重する心は、父母に対して、話をするようなこころで、話を取つがせて頂くことである。
↑
何故教祖一家の父母をたすけなければならないのか。その心の根底には世の中が因縁まみれで、お力が無いと普通に生きられないと思わされる洗脳がある。
【今日の苑歌】
歓喜積みお救けこそは積み磨き
奉仕は磨く徳と知れ人
【教主注釈】
歓喜は積む徳、奉仕は磨く徳、お救けは積み、磨く徳であり、この三つの聖行に徹していって、初めて因縁消除の真理を理解できよう。
↑
お救け(勧誘)は積み、磨くから二倍の精進と言われる。その力となるのは、霊言のコールドリーディングによる因縁の恐怖から救ってくれるお力である。
【今日の苑歌】
他のために言葉やわらげ教ゆるは
菩提(めばえ)育てのまことなりけり
【教主注釈】
聴法因縁の三段階と言うことが教えられている。初信者には、やさしい言葉、態度で接し、相手の菩提の芽を育ててあげよう。
↑
信じそうな相手には優しいが、信じない、批判的な相手には「お前が信じないから私が不幸だ」と言わんばかりの被害者意識を向けてくる。その態度に過剰に反応してはいけない。
【今日の苑歌】
道に外れあゆむが故に事故起し
後の後悔先には立たず
【教主注釈】
教えの如く行わない信心は、道に外れてあゆむと同じ事である。軌道をはずれれば事故もおこるであろう。
↑
教えの如くとはただ信じることであり、思考停止することである。教えを否定する人間は「頭だけで考える」と否定される。
【今日の苑歌】
怠らず精進(はげ)み祈らん千代かけて
歓喜世界の出現(いず)る時まで
【教主注釈】
信心の道に終わりはない。生涯かけての精進である。そして終生精進できることが喜びである。
↑
この教えの信者が行っていることを見れば、信じない自由の侵害をはじめとした人権侵害が見え隠れする。それを指摘して刺激してはいけないが、気づく人が増える為に情報提供を怠らないようにしたい。
【今日の苑歌】
大乗の道も炭火と同じなれ
三つ四つ五つ合わせてぞ燃ゆ
【教主注釈】
信心の心も炭火と同じように、一つだけだと消えやすい。志を同じくする者が、四人五人と集まると、信仰も心も燃え求めることの喜びもわいてくる。
↑
複数人に信じない自由を侵害されて、宗教ハラスメントを受けた恨みは消えない。若者ならばネットで質問するだろう。そこで何が行われているかが分かるのである。
【今日の苑歌】
常日頃まこと蓋して精進(はげ)みなば
それ、それ自体が真理(みち)に叶わん
【教主注釈】
怠るは死の道、励むは生への道である-という聖句があるが、高貴徳王菩薩品にも示されるように、楽(ねごう)て精進してゆくことが真理(みち)に叶ったことである。
↑
この教えの示す因縁が生か死かの問題にさせたれた信者は、死に物狂いで教えを広めようとするのである。そこから迷惑が始まる。
【今日の苑歌】
言うがごと行うがごとく言(こと)示せ
茲(ここ)に一如の救いあるなり
【教主注釈】
不言実行という言葉があるが、此処では有言実行を説いている。
↑
この教えの手法は、霊因縁の恐怖を与えて、教えの為になることを宣言させ、有言実行とさせることである。
【今日の苑歌】
身は低く常に人にと和合して
高く菩提を求めあゆまん
【教主注釈】
実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。
↑
謙る言葉を使うが、上から目線を感じる信者とは距離を取ろう。目的は教えへの服従だから。