新興宗教・真如苑 vol.130最終更新 2026/03/22 05:071.神も仏も名無しさんM3eFr☆ここは、真実追及と意見交換の場です。☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。2024/03/23 08:36:36718コメント欄へ移動すべて|最新の50件669.神も仏も名無しさんsg2Q31 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】身は低く常に人にと和合して 高く菩提を求めあゆまん【教主注釈】実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。↑謙る言葉を使うが、上から目線を感じる信者とは距離を取ろう。目的は教えへの服従だから。2026/02/01 07:31:37670.神も仏も名無しさん44jE52 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】日日に踏まれて渡す橋のごと 菩提の橋となるぞ尊き【教主注釈】お導きにゆくと、世間からいろいろな悪口を言われる。それがふまれてもなお相手を仕合わせの岸へと渡す橋となることである。↑今は勧誘されると、ネットで調べられて質問されるのである。2世以上の信者からの熱心な信者対処法も話し合われている。2026/02/02 06:01:26671.神も仏も名無しさん1cQxj3 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】相手をば鏡となせのことのりも 涅槃に示す教えなりけり【教主注釈】「相手は鏡」と言うことばがあるが、涅槃の中にも=仇は相手にあるのではなく我身にあるのだ=と教えている。↑信者の仇は新興宗教を信じさせられているのに、最高の教えを信じられる自分を、相手よりも優れていると思う慢である。2026/02/03 06:15:11672.神も仏も名無しさんbAGYE4 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】み佛にまかせまつりて常ぞつね 送る日日浄土なりけり【教主注釈】自分のはからいをはなれた時、日々が本当に安心して暮してゆけるようになる。↑霊言によって因縁を示され続け、お力を求めて盲目になる時、思考停止するのである。2026/02/04 05:56:34673.神も仏も名無しさん8cAev5 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】月日ごと慈悲をこうむる人まして 真如みひかり世にぞ知らるる【教主注釈】涅槃経を信心の基盤においている宗教団体は皆無といってもよい。護法の霊言に「科学が進歩して、やがて月の裏面まで判る時代に、この教えは(最後のみおしえ)は栄える…」と。↑ネット上の質疑で、信者の対処法や距離の取り方がアドバイスされている。霊感商法も含めた手法を使う教えの対処法が知らしめられれば、秘密裏に行われる被害の拡散を防ぐことができる。2026/02/05 06:04:32674.神も仏も名無しさんvBpXk6 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】過ぎし日の執われ捨てて希望ある 未来求めて法にいそしめ【教主注釈】過去に執われていたら、それは退歩である。申訳ない…という言葉を出す時には、それ以上の精進に振い立つことだ。↑過去の自分は徳が無かったから、この教えに出会えず、先祖供養ができなかった。それくらいこの教えにとらわれると、人の信教の自由を侵害してまで、この教えに繋ごうとする。それは徳があると言えるのか。2026/02/06 05:52:01675.神も仏も名無しさんOV3US7 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】物心は一如のものと知りながら こころ忘れる人もあるなり【教主注釈】物心一如とは、名実共に伴うもので、真諦め(まことのみち)である。物のみを追い求め、一如のこころ(み仏と共に生きる心)がないから、心忘れた-と言うのである。↑教えのみ仏と共に生きる心は、常に教祖一家を念じ、お力を求めながら生活することである。その心で他者と接すると、教えを信じられない人を見下すこととなり、軋轢は絶えなくなる。2026/02/07 07:18:57676.神も仏も名無しさんkhMeu8 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】我をたてず相手の身にぞ先ずなりて 笑みを忘れず説けよ苑人【教主注釈】救いの真実を相手にわかって貰おうとするには、その人の心に自分の心を置きかえて、救いの道を共にあゆむ(あゆませる)事が肝要である。↑この句を真に受けて、信じない相手を歩ませると称して、信じさせようとするから、信教の自由の侵害と言われるのである。2026/02/08 05:38:45677.神も仏も名無しさんJNMWv9 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】他を救う力で我身救わんと 示す最後の教え尊し【教主注釈】他を救うその功徳によって、自からが救われることは、全く涅槃聖典に示される真理(まこと)である。↑他を救えば教団内での地位が上がり、お力が流れてくる。お力をネタに人を勧誘するネズミ講の教えである。2026/02/09 09:35:10678.神も仏も名無しさんW3dfL10 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】了義にて不了義経に依らずとは 涅槃了義の真理(みち)と知るべし【教主注釈】如来の真実なる智慧を如実に顕露したのが了義経である。涅槃経は聖典中の聖典とも言うべきものであるから、本経を諒解(りょうかい)することを仏徒としての道としなくてはならない。↑ありがたい教えを信じているという選民意識を植え付けられるのは、仏道修行の妨げとなる「慢」を植え付けられている。人が自分の教えを信じない怒りを生んで、世間の居場所を失う。2026/02/10 06:15:36679.神も仏も名無しさんAx57B11 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】書を持つも読まず極めず只きして 悟り得ようとするは畧分(りゃくぶん)【教主注釈】教書を持って安心している-、それもよいがやはり、他に教えを伝えるために、しっかり読んで自分のものとしていかなくてはならない。↑この書だけではマインドコントロールできない。当たったと思わせる霊言や教団施設内で行われる各種の手法によって、勧誘という実践をしなければならなくなる。2026/02/11 09:57:33680.神も仏も名無しさんYvOnd12 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】他が為になすは即ち世の為と つくすまことが真の信心【教主注釈】大乗のためになしてゆくのが、この教えの本当の信心で、初信のうちは我が為に成しても、やがて他の為になしてゆく本当の大乗の境を得てゆくことが大切である。↑他の為と称する教えの実践は、大船に乗った気分に信者をさせるが、勧誘しなければ救われないネズミ講の取り組みなので、実は泥舟に乗せられているのである。2026/02/12 05:57:53681.神も仏も名無しさんYzyLq13 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】み法うけさらさら流る水のごと 真理(みち)にたがわぬ人ぞ楽もし【教主注釈】してあげた-、助けてやった-、等という考え方、思い方は仏教徒として不純である。大乗の真如教徒たるべきはそうした不純な心は捨てるべきである。↑教えからは感謝、報謝がことある毎に要求されるが、教えに対して見返りを求めてはいけない。それがお力を頂ける条件である。2026/02/13 05:53:58682.神も仏も名無しさんitVJe14 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】浮世とはよろこび憂いの世としるも み法に生きば其処が浄土ぞ【教主注釈】この世を苦のシャバという、しかし、正しいみ仏の教えにふれて、如来法を知ったとき、此処が、このままお浄土であることがわかる。↑この世の幸不幸を世間法と言って因縁まみれの危険な世界観を示す。この教えの如来法に従えば救われると、勧誘させるのである。2026/02/14 08:55:29683.神も仏も名無しさんqEQjm15 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】光なる光の外のみひかりは 最後の法の光なりけり【教主注釈】太陽の光こそ最たるものであるが、教えの光もその如く、仏最後の教えのひかりこそ、この世における最勝の救いのみ光である。↑最高の教えと一度信じても、勧誘しなければお力はいつまでも続かないと言われる。それでも、ねずみ講の教えと気づけない場合もある。2026/02/15 07:48:18684.神も仏も名無しさんXTrGf16 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】み佛の恵み思わば日に三度 合掌してぞ食(じき)に謝すべし【教主注釈】感謝はさとりをうるはじめ-と言う。考えてみれば、食事を頂けるということ自体が、本当に有難いことである。↑この句を唱えた後、教祖一家への感謝が唱えられる。信仰は自由であるが、信じない自由を侵すのは自由ではない。2026/02/16 06:02:02685.神も仏も名無しさんbaeod17 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】まことなるみ法の救い毛孔より 入ると説かるる涅槃神力【教主注釈】「善男子よ日月光明は諸の光明の中で最も勝れている。大般涅槃の光明も亦かくの如きもので、諸の大乗経の中に於いて最も殊勝なものである。それは大涅槃の光よく衆生(ひとびと)の毛孔から入り込むからである。」(大般涅槃経菩薩品より)↑お力が毛穴から入ってくると解釈する信者だが、洗脳が進んで後戻りできない頃、「お力はいつまでも続かない」と勧誘を急かされる信者には、お力が流れてこない恐怖心が入り込んでいるのである。2026/02/17 06:03:41686.神も仏も名無しさん4SXvq18 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】物事は思うが如くならねども 行い重ねて成ると知るべし【教主注釈】ままならないのが、人の世である。何事も誠実をつくして成しとげてゆく、そこに目的成就の栄冠はある。↑この教えを信じる心が、信じない人への不満となり、信じない自由を侵害する行為は、世間に居場所を失う業となる。2026/02/18 06:03:28687.神も仏も名無しさんcYWuh19 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】道の辺に踏みにじらるる野草にも 耐えて伸びゆく性ぞあるなれ【教主注釈】”この泥があればこそ咲け蓮の花”大乗利他の行いには非難やざん謗がつきものである。何故ならば、それが正法であるから-恐れずにすすもう。↑教えが正しいから誹謗中傷される。それは、世間の居場所を無くしても、勧誘しろということである。2026/02/19 06:06:14688.神も仏も名無しさんUouVX20 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】何みてもみ法示さぬものはなし おのが心に菩提ありなば【教主注釈】接心によって磨かれた心には、未だ見ざるものを見、聞かざるものを聞くことができる。それは自分自身に菩提(しんじん)の種をもっているからである。↑接心によるコールドリーディング、バーナム効果によって、心が磨かれたと思う信者もいる。しかし、何を行っているかで事実が周囲に伝わるのである。2026/02/20 06:00:44689.神も仏も名無しさんRG1rv21 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】み教えにやさしき言葉欲しなば 我身かわいい二乗とぞ知れ【教主注釈】初信者であればやさしい言葉も必要だ-、入信して相当な年月を経ていても菩提(求める)心が成長せず、いつも初信者の如き心であってはならない-と言うことである。↑入信して相当な年月が経っても、霊因縁の恐怖が頭に浸透しないと、「勧誘しなければお力はいつまでも続かない」と言われるのである。2026/02/21 10:16:47690.神も仏も名無しさんPbYMG22 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】外教より涅槃了義のみ教えに 導く人を教師とぞいう【教主注釈】あらゆる外教も涅槃海に帰一する。又此の意味に於いても、諸教を摂受して始めて大海のみ教え-とも言えよう。↑世間でそれまでの罪が問われている宗教は、霊感商法に行き着いている。誰もがこの教えとの共通点に気づくだろう。2026/02/22 07:45:34691.神も仏も名無しさんAI1c123 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】今日蒔きて明日の稔りはなきと知れ 学び修めるわざもそのごと【教主注釈】今日蒔いて、明日の稔りはない。少しばかり教えにふれて、全部わかった-と思うことは大変な間違いである。↑信者が論破できないと判断すると、「分かったようなことを言う」が方便である。私はまだまだ教えが分からない、という類いの言葉が美徳となることもある。それを集会の中だけでやれば批判されないのである。2026/02/23 08:06:16692.神も仏も名無しさんbinPj24 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】他がために尽せしことは忘るとも受けし御恩は忘るべからず【教主注釈】人のためにしたことは、いつまでもよく覚えていて、自分にして頂いた御恩は忘れてしまう、そんな事では仏教徒とはいわれない。↑良くも悪くも、「これくらいで済んだ」と教えのお力が強調される。それはバーナム効果である。2026/02/24 06:08:19693.神も仏も名無しさんLtT9e25 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】訶責とは宝の山を指し示す 指と知るべし世々の人々【教主注釈】訶責してくださる人は、めったにいないものである。それなのに訶責されると、その人が嫌になる。それはいつまで経っても真実の宝を得ることは出来ない。↑呵責を教えのレベルが違うからと誇示する信者もいる。呵責できることが教えのステータスだと思う信者もいるだろう。2026/02/25 05:44:05694.神も仏も名無しさんIifHw26 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】布施なすも報い求めぬまことこそ 悪因断ちの道と知るべし【教主注釈】これだけ歓喜したから御利益があっても当然だ…と思ったら、それは徳が徳にならない。結果を求めない布施、そのまごころが霊界に通じ、悪因縁もたち切れていくのである。↑教団内では献金してお力が頂ける、という期待を戒められる。いずれ勧誘しなければお力はいつまでも続かない、と言われる。霊界を持ち出すのは霊感商法である。2026/02/26 05:52:08695.神も仏も名無しさん07O1o27 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】苑(この)道は佛の始めし道なれば 百千代かけて変わらざる道【教主注釈】真如苑の教えは釈尊が創始された道であり、この道をあゆめば、何人も幸福な世界にゆけるのである。何故ならば、それは真理であるから。↑仏イコール教祖一家であるが、霊感も持ち出して様々な宗教が寄せ集められている。2026/02/27 06:03:00696.神も仏も名無しさんxy8eg28 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】執着の存在捨てて暮らす時 ものみな尊し楽我なりけり【教主注釈】執着は貪りである。貪りを鎮めたら瞋りも痴も鎮まって、本当の楽しみを得ることが出来る。↑世の執着が教えのお力への執着にすり替えられ、霊因縁の恐怖は教団の為に信者を勧誘の取り組みに駆り立てる。信じない自由の侵害は、信者の世間での居場所を失わせる。2026/02/28 07:37:22697.神も仏も名無しさんZTS1h1 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がうちに一如の喜び見出しなば 日日の仕事も聖なりと知る【教主注釈】一如と言うことは、み仏の大慈しみの中に生かされることであり、それを知れば日々の業務もみ仏本位に生きる聖業なり-と、覚ることが出来る。↑日々の業務をみ仏本意に生きると覚悟した信者は、職場で勧誘するのだろう。2026/03/01 07:40:25698.神も仏も名無しさんKNweU2 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】教法を学ぶにいとまなしという 人こそ暇に学ばざるなり【教主注釈】とても忙しくて学べない-と言う人があるが、日常のその忙しい中から神仏に捧げまつる、まことを発見しようと努力することが大切である。↑ここの神仏は感謝、報謝をしきりに求めてくる。信者はお力が流れてこないで因縁にどう倒されるか分からない恐怖に煽られて、教法を学ぶ暇はない。恐怖を煽るのが教法とも知らずに。2026/03/02 06:01:31699.神も仏も名無しさんozdy53 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】無我という道も正しきことなれど 無我超え悟る妙有尊し【教主注釈】無我だけでは悪因縁は消除できない。大般涅槃のみ教えに言われるよう教えの如く行って、こうした無我を超えるところから、現象に生かされる妙有の喜びを得ることが出来る。↑この教えに心を奪われると、悪因縁を植え付けられて、心忘れて人の信じない自由を奪ってまでも勧誘させられる。やればやるほど悪因縁は示され、深まっていく。2026/03/03 06:09:08700.神も仏も名無しさんMDTmv4 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】布施なして喜びなきも布施なるが 喜びあらば波羅蜜としれ【教主注釈】歓喜は一つの布施であるが、若しそこに行わせて頂いた喜びが感じられるならば、それは行うことによって、一つの彼岸(さとり)に達したことになる。↑言葉を本来の意味と違えて信者に使わせるのはカルトの手法であるが、献金を「歓喜」と言わせるところにその意図が読み取れる。2026/03/04 06:01:49701.神も仏も名無しさんigeZu5 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】歓楽は悪華と知れよ世々の人 心も身をも亡すと知れ【教主注釈】歓楽は肉体だけのよろこび、目先だけの楽しみで飽くことを知らない。歓楽は悪魔の投げた餌食と思わねばならない。↑カルトは、教祖一家が丸々と太り、スキャンダルがあるものである。2026/03/05 06:07:33702.神も仏も名無しさんkGXTI6 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】執わるる心にはからいありと知れ 執われ捨てばはからいぞなし【教主注釈】執われを持っているから真如の正法を聞いても、はからい心が起こる。人間本位の情的なつながり、これを断つ時、はからいはあべこべに感謝と変ってくる。↑この教えで、はからい心を取り去るとは、人の信じない自由を侵害してまで教えに導く行為をすることである。2026/03/06 06:05:27703.神も仏も名無しさんEIbE27 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中の苦とよろこびの間より 求め得るのがまこと菩提ぞ【教主注釈】よろこびに浮かされ、苦しみに執われていたのでは、本当の因縁消除の道を見出すことはできない。苦の中から、喜びの中から中道の真理を見出すのが、本当の信心である。↑苦も喜びも、この教えの霊的示しで揺さぶられる。それら浮き沈みを教えのお力にこじつけられるのである。2026/03/07 10:05:32704.神も仏も名無しさんYUuhY8 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】我れと共に常にましますみ佛を 忘れずはげめ世々の人々【教主注釈】無形のみほとけを有形に信ずるところに、本当の信心があるのではないだろうか、此れは無相接心に生きる苑人の在り方である。↑霊言を日常の生活に生かすのであるが、それは後から理由付けられるだけであって、誰にでも当てはまる言葉である。それは霊感・霊視商法とも言われる。2026/03/08 07:21:53705.神も仏も名無しさんi4ssi9 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他が為と修むる教え身につけど 我が為なれば詰まるとぞ知れ【教主注釈】他に語り伝えるために教えを聴聞していった時には、よく身につくものである。↑施餓鬼も7分の6がこちらに返ってくると言われる。勧誘が2倍の精進と言われる。霊感・霊視商法には変わりないが。2026/03/09 06:08:05706.神も仏も名無しさんYemlw10 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】世的な外に求むる心こそ 菩提心とぞ悟れ世の人【教主注釈】 此の-世的-は、本能的の謂いである。人には財的なもの、名誉や地位等こうしたものの外に、聖なるものを求める純真なものがある。これが即ち菩提心である。↑世的なものを因縁まみれと不純と見させる教えである。しかし、世の人を勧誘して巻き込まなければならないため、霊因縁の恐怖に強引さを伴う勧誘行為は不純に見られる。2026/03/10 05:37:04707.神も仏も名無しさんX3FYN11 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】自からの力の限りつくしてぞ なすがまことの信というなり【教主注釈】力の限りを尽くしたことのない人には信心は解らない。力の限りを尽くして神仏に委ねる-。↑この教えに力の限り尽くすまでには、霊因縁による恐怖が心に浸透していなければならない。その様な状態の信者から静かに観察され、不幸を霊的なものにこじつけられようとするのである。2026/03/11 06:06:22708.神も仏も名無しさんcCqhh12 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他が為に我が身ささぐる行いは 人の身ながら菩薩なりけり【教主注釈】此処でも教法を中心にして、他のために我が身を捧げる行いを示している。人間情を中心にして身を捧げることを云うのではない。菩薩に殉教の死はあるが、情死はない。↑あなたの為と上から目線で、それでも信じなければ、あなたのせいで自分も救われないと言う始末。曲がった他が為である。2026/03/12 05:45:34709.神も仏も名無しさんYu6Ct13 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】よきことも悪しきことをも目にみせて 身の行いにあるを示さむ【教主注釈】良い結果、悪しき結果の日々の出来事はすべて自からの行いの果が示されたものと思惟してみるがよい。まことに悪因悪果、善因善果である。↑良いことは教えのお陰、悪いことは修行が足りないから。この教えの霊的な言葉によるバーナム効果である。2026/03/13 06:04:24710.神も仏も名無しさんwYw1V14 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】一念をこめて誦(とな)うる御霊呪は 子々孫々(すえずえ)までの清めとぞ知れ【教主注釈】大乗の行いを伴わせてこそ平生普段の祈りも深められ、御霊咒の効験や威大神力も増大されるのである。↑教えのお陰の幸不幸を言われるバーナム効果のお力では、大乗(大船)に乗った気持ちにはなれない。2026/03/14 07:26:07711.神も仏も名無しさん5VpZS15 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】最後なるみ教えこそは幾年も 探し求めし慈母と思わん【教主注釈】涅槃のみ教えにふれた時、これこそ探し求めていた、わが母である-という確信をつかむことが出来る。それは修してしる喜びである。↑家庭環境の問題は、理想の親を示すこの教えの、格好の入り込む理由である。2026/03/15 08:38:28712.神も仏も名無しさんiqsK216 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他力より入りて自力と知れぞかし これぞ一如のまことなりけり【教主注釈】一切お委せは一切お救け -とは、初信のあり方。↑信者は一切お委せで無責任。事務局も、苦情を受ければ「そんな指導はしていない」と無責任である。2026/03/16 06:11:18713.神も仏も名無しさんbzqQb17 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】感謝なき信心こそは消ゆる灯と 思わばそそげ徳の油を【教主注釈】信仰に喜びや感謝が持てなくなった時、それは徳のなくなった証拠であるから、真実の行いを貫いて徳の油をそそいでゆこう。↑信者同士喜びを煽るが、そうしなければ徳が減るという不安もあろう。否定の言葉が攻撃されるのは、お力が流れてこない恐怖であろう。2026/03/17 05:53:38714.神も仏も名無しさんSm7R818 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がことは後になすとも他が為に なすはみ法の真理(みち)としるべし【教主注釈】大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。↑他の為は教えの為であり、他の為にこの教えに誘うのも教えの為である。この教えの霊的な言葉のバーナム効果に動かされるのである。2026/03/18 06:14:26715.神も仏も名無しさん0pFXI19 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他事(ひとごと)を即我が事と知るなれば 菩提の向上常にありなん【教主注釈】霊言に-”尻切れトンボが遠くとべないように、他に幸いのあゆみを与える事も尻切れになってしまったら、悪因縁に勝ち抜くことはできないのですよ…”とあり、菩提の向上を接心は教示している。↑その悪因縁は霊言のバーナム効果で植え付けられたものである。そこから救ってやる、と取り組ませるのは、火をつけておいて、消しにきてやる「マッチ・ポンプ」である。2026/03/19 06:04:57716.神も仏も名無しさんi0yyh20 我浄 【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がうちに佛の性を見出しなば 我また尊く更にはげまん【教主注釈】人はみな、尊い宝を持ちながら”自から貧し”と思っている。大般涅槃のみ教え故、本当に尊い-と言っても”私などは駄目”と迷ったらどうであろうか-、灯明を持ち乍(なが)ら自らが目を閉じているのと同じである。↑誰にでも当てはまる霊言の言葉に振り回されるのを仏道と勘違いしてしまうと、教えの中にある霊感商法をはじめとした手法の当事者にさせられてしまうのである。2026/03/20 08:34:35717.神も仏も名無しさん7ZUik21 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】霊言に示さることば真理(みち)なれど 人間本位に聞かば間違う【教主注釈】空-ということは、自からを空しうすることで、南無の境涯である。御霊言は道を示すものであるが、之を人間本能的に、都合のよいように聞いてゆくと、道をまちがえてしまうものである。↑この教えで自らを空しくすることは、思考停止して教えに取っての善し悪しで物事を判断することである。そして、霊感商法をはじめとした手法に加担させられるのである。2026/03/21 08:04:40718.神も仏も名無しさんhWhXL22 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】み教えにふれて心を飾れども 説かぬは法のさびと知るべし【教主注釈】真如み教えにふれて、接心も頂き、わが心に深い真理というものが納得でき、教えの素晴らしさ、そして、その教えに結ばれた喜びもわかるが、若し他にそれを説かなかったら、やがて教えのサビとなって我が身を蝕まれてしまう。↑心を飾るのは、有り難い教えに出会えたからだろうが、その裏に勧誘しなければお力が流れてこない恐怖心を植え付けられている。それが、有り難い教えなのか。2026/03/22 05:07:48
☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。
☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。
☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。
☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。
【今日の苑歌】
身は低く常に人にと和合して
高く菩提を求めあゆまん
【教主注釈】
実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。
↑
謙る言葉を使うが、上から目線を感じる信者とは距離を取ろう。目的は教えへの服従だから。
【今日の苑歌】
日日に踏まれて渡す橋のごと
菩提の橋となるぞ尊き
【教主注釈】
お導きにゆくと、世間からいろいろな悪口を言われる。それがふまれてもなお相手を仕合わせの岸へと渡す橋となることである。
↑
今は勧誘されると、ネットで調べられて質問されるのである。2世以上の信者からの熱心な信者対処法も話し合われている。
【今日の苑歌】
相手をば鏡となせのことのりも
涅槃に示す教えなりけり
【教主注釈】
「相手は鏡」と言うことばがあるが、涅槃の中にも=仇は相手にあるのではなく我身にあるのだ=と教えている。
↑
信者の仇は新興宗教を信じさせられているのに、最高の教えを信じられる自分を、相手よりも優れていると思う慢である。
【今日の苑歌】
み佛にまかせまつりて常ぞつね
送る日日浄土なりけり
【教主注釈】
自分のはからいをはなれた時、日々が本当に安心して暮してゆけるようになる。
↑
霊言によって因縁を示され続け、お力を求めて盲目になる時、思考停止するのである。
【今日の苑歌】
月日ごと慈悲をこうむる人まして
真如みひかり世にぞ知らるる
【教主注釈】
涅槃経を信心の基盤においている宗教団体は皆無といってもよい。護法の霊言に「科学が進歩して、やがて月の裏面まで判る時代に、この教えは(最後のみおしえ)は栄える…」と。
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ネット上の質疑で、信者の対処法や距離の取り方がアドバイスされている。霊感商法も含めた手法を使う教えの対処法が知らしめられれば、秘密裏に行われる被害の拡散を防ぐことができる。
【今日の苑歌】
過ぎし日の執われ捨てて希望ある
未来求めて法にいそしめ
【教主注釈】
過去に執われていたら、それは退歩である。申訳ない…という言葉を出す時には、それ以上の精進に振い立つことだ。
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過去の自分は徳が無かったから、この教えに出会えず、先祖供養ができなかった。それくらいこの教えにとらわれると、人の信教の自由を侵害してまで、この教えに繋ごうとする。それは徳があると言えるのか。
【今日の苑歌】
物心は一如のものと知りながら
こころ忘れる人もあるなり
【教主注釈】
物心一如とは、名実共に伴うもので、真諦め(まことのみち)である。物のみを追い求め、一如のこころ(み仏と共に生きる心)がないから、心忘れた-と言うのである。
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教えのみ仏と共に生きる心は、常に教祖一家を念じ、お力を求めながら生活することである。その心で他者と接すると、教えを信じられない人を見下すこととなり、軋轢は絶えなくなる。
【今日の苑歌】
我をたてず相手の身にぞ先ずなりて
笑みを忘れず説けよ苑人
【教主注釈】
救いの真実を相手にわかって貰おうとするには、その人の心に自分の心を置きかえて、救いの道を共にあゆむ(あゆませる)事が肝要である。
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この句を真に受けて、信じない相手を歩ませると称して、信じさせようとするから、信教の自由の侵害と言われるのである。
【今日の苑歌】
他を救う力で我身救わんと
示す最後の教え尊し
【教主注釈】
他を救うその功徳によって、自からが救われることは、全く涅槃聖典に示される真理(まこと)である。
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他を救えば教団内での地位が上がり、お力が流れてくる。お力をネタに人を勧誘するネズミ講の教えである。
【今日の苑歌】
了義にて不了義経に依らずとは
涅槃了義の真理(みち)と知るべし
【教主注釈】
如来の真実なる智慧を如実に顕露したのが了義経である。涅槃経は聖典中の聖典とも言うべきものであるから、本経を諒解(りょうかい)することを仏徒としての道としなくてはならない。
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ありがたい教えを信じているという選民意識を植え付けられるのは、仏道修行の妨げとなる「慢」を植え付けられている。人が自分の教えを信じない怒りを生んで、世間の居場所を失う。
【今日の苑歌】
書を持つも読まず極めず只きして
悟り得ようとするは畧分(りゃくぶん)
【教主注釈】
教書を持って安心している-、それもよいがやはり、他に教えを伝えるために、しっかり読んで自分のものとしていかなくてはならない。
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この書だけではマインドコントロールできない。当たったと思わせる霊言や教団施設内で行われる各種の手法によって、勧誘という実践をしなければならなくなる。
【今日の苑歌】
他が為になすは即ち世の為と
つくすまことが真の信心
【教主注釈】
大乗のためになしてゆくのが、この教えの本当の信心で、初信のうちは我が為に成しても、やがて他の為になしてゆく本当の大乗の境を得てゆくことが大切である。
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他の為と称する教えの実践は、大船に乗った気分に信者をさせるが、勧誘しなければ救われないネズミ講の取り組みなので、実は泥舟に乗せられているのである。
【今日の苑歌】
み法うけさらさら流る水のごと
真理(みち)にたがわぬ人ぞ楽もし
【教主注釈】
してあげた-、助けてやった-、等という考え方、思い方は仏教徒として不純である。大乗の真如教徒たるべきはそうした不純な心は捨てるべきである。
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教えからは感謝、報謝がことある毎に要求されるが、教えに対して見返りを求めてはいけない。それがお力を頂ける条件である。
【今日の苑歌】
浮世とはよろこび憂いの世としるも
み法に生きば其処が浄土ぞ
【教主注釈】
この世を苦のシャバという、しかし、正しいみ仏の教えにふれて、如来法を知ったとき、此処が、このままお浄土であることがわかる。
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この世の幸不幸を世間法と言って因縁まみれの危険な世界観を示す。この教えの如来法に従えば救われると、勧誘させるのである。
【今日の苑歌】
光なる光の外のみひかりは
最後の法の光なりけり
【教主注釈】
太陽の光こそ最たるものであるが、教えの光もその如く、仏最後の教えのひかりこそ、この世における最勝の救いのみ光である。
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最高の教えと一度信じても、勧誘しなければお力はいつまでも続かないと言われる。それでも、ねずみ講の教えと気づけない場合もある。
【今日の苑歌】
み佛の恵み思わば日に三度
合掌してぞ食(じき)に謝すべし
【教主注釈】
感謝はさとりをうるはじめ-と言う。考えてみれば、食事を頂けるということ自体が、本当に有難いことである。
↑
この句を唱えた後、教祖一家への感謝が唱えられる。信仰は自由であるが、信じない自由を侵すのは自由ではない。
【今日の苑歌】
まことなるみ法の救い毛孔より
入ると説かるる涅槃神力
【教主注釈】
「善男子よ日月光明は諸の光明の中で最も勝れている。大般涅槃の光明も亦かくの如きもので、諸の大乗経の中に於いて最も殊勝なものである。それは大涅槃の光よく衆生(ひとびと)の毛孔から入り込むからである。」(大般涅槃経菩薩品より)
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お力が毛穴から入ってくると解釈する信者だが、洗脳が進んで後戻りできない頃、「お力はいつまでも続かない」と勧誘を急かされる信者には、お力が流れてこない恐怖心が入り込んでいるのである。
【今日の苑歌】
物事は思うが如くならねども
行い重ねて成ると知るべし
【教主注釈】
ままならないのが、人の世である。何事も誠実をつくして成しとげてゆく、そこに目的成就の栄冠はある。
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この教えを信じる心が、信じない人への不満となり、信じない自由を侵害する行為は、世間に居場所を失う業となる。
【今日の苑歌】
道の辺に踏みにじらるる野草にも
耐えて伸びゆく性ぞあるなれ
【教主注釈】
”この泥があればこそ咲け蓮の花”大乗利他の行いには非難やざん謗がつきものである。何故ならば、それが正法であるから-恐れずにすすもう。
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教えが正しいから誹謗中傷される。それは、世間の居場所を無くしても、勧誘しろということである。
【今日の苑歌】
何みてもみ法示さぬものはなし
おのが心に菩提ありなば
【教主注釈】
接心によって磨かれた心には、未だ見ざるものを見、聞かざるものを聞くことができる。それは自分自身に菩提(しんじん)の種をもっているからである。
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接心によるコールドリーディング、バーナム効果によって、心が磨かれたと思う信者もいる。しかし、何を行っているかで事実が周囲に伝わるのである。
【今日の苑歌】
み教えにやさしき言葉欲しなば
我身かわいい二乗とぞ知れ
【教主注釈】
初信者であればやさしい言葉も必要だ-、入信して相当な年月を経ていても菩提(求める)心が成長せず、いつも初信者の如き心であってはならない-と言うことである。
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入信して相当な年月が経っても、霊因縁の恐怖が頭に浸透しないと、「勧誘しなければお力はいつまでも続かない」と言われるのである。
【今日の苑歌】
外教より涅槃了義のみ教えに
導く人を教師とぞいう
【教主注釈】
あらゆる外教も涅槃海に帰一する。又此の意味に於いても、諸教を摂受して始めて大海のみ教え-とも言えよう。
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世間でそれまでの罪が問われている宗教は、霊感商法に行き着いている。誰もがこの教えとの共通点に気づくだろう。
【今日の苑歌】
今日蒔きて明日の稔りはなきと知れ
学び修めるわざもそのごと
【教主注釈】
今日蒔いて、明日の稔りはない。少しばかり教えにふれて、全部わかった-と思うことは大変な間違いである。
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信者が論破できないと判断すると、「分かったようなことを言う」が方便である。私はまだまだ教えが分からない、という類いの言葉が美徳となることもある。それを集会の中だけでやれば批判されないのである。
【今日の苑歌】
他がために尽せしことは忘るとも
受けし御恩は忘るべからず
【教主注釈】
人のためにしたことは、いつまでもよく覚えていて、自分にして頂いた御恩は忘れてしまう、そんな事では仏教徒とはいわれない。
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良くも悪くも、「これくらいで済んだ」と教えのお力が強調される。それはバーナム効果である。
【今日の苑歌】
訶責とは宝の山を指し示す
指と知るべし世々の人々
【教主注釈】
訶責してくださる人は、めったにいないものである。それなのに訶責されると、その人が嫌になる。それはいつまで経っても真実の宝を得ることは出来ない。
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呵責を教えのレベルが違うからと誇示する信者もいる。呵責できることが教えのステータスだと思う信者もいるだろう。
【今日の苑歌】
布施なすも報い求めぬまことこそ
悪因断ちの道と知るべし
【教主注釈】
これだけ歓喜したから御利益があっても当然だ…と思ったら、それは徳が徳にならない。結果を求めない布施、そのまごころが霊界に通じ、悪因縁もたち切れていくのである。
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教団内では献金してお力が頂ける、という期待を戒められる。いずれ勧誘しなければお力はいつまでも続かない、と言われる。霊界を持ち出すのは霊感商法である。
【今日の苑歌】
苑(この)道は佛の始めし道なれば
百千代かけて変わらざる道
【教主注釈】
真如苑の教えは釈尊が創始された道であり、この道をあゆめば、何人も幸福な世界にゆけるのである。何故ならば、それは真理であるから。
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仏イコール教祖一家であるが、霊感も持ち出して様々な宗教が寄せ集められている。
【今日の苑歌】
執着の存在捨てて暮らす時
ものみな尊し楽我なりけり
【教主注釈】
執着は貪りである。貪りを鎮めたら瞋りも痴も鎮まって、本当の楽しみを得ることが出来る。
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世の執着が教えのお力への執着にすり替えられ、霊因縁の恐怖は教団の為に信者を勧誘の取り組みに駆り立てる。信じない自由の侵害は、信者の世間での居場所を失わせる。
【今日の苑歌】
我がうちに一如の喜び見出しなば
日日の仕事も聖なりと知る
【教主注釈】
一如と言うことは、み仏の大慈しみの中に生かされることであり、それを知れば日々の業務もみ仏本位に生きる聖業なり-と、覚ることが出来る。
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日々の業務をみ仏本意に生きると覚悟した信者は、職場で勧誘するのだろう。
【今日の苑歌】
教法を学ぶにいとまなしという
人こそ暇に学ばざるなり
【教主注釈】
とても忙しくて学べない-と言う人があるが、日常のその忙しい中から神仏に捧げまつる、まことを発見しようと努力することが大切である。
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ここの神仏は感謝、報謝をしきりに求めてくる。信者はお力が流れてこないで因縁にどう倒されるか分からない恐怖に煽られて、教法を学ぶ暇はない。恐怖を煽るのが教法とも知らずに。
【今日の苑歌】
無我という道も正しきことなれど
無我超え悟る妙有尊し
【教主注釈】
無我だけでは悪因縁は消除できない。大般涅槃のみ教えに言われるよう教えの如く行って、こうした無我を超えるところから、現象に生かされる妙有の喜びを得ることが出来る。
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この教えに心を奪われると、悪因縁を植え付けられて、心忘れて人の信じない自由を奪ってまでも勧誘させられる。やればやるほど悪因縁は示され、深まっていく。
【今日の苑歌】
布施なして喜びなきも布施なるが
喜びあらば波羅蜜としれ
【教主注釈】
歓喜は一つの布施であるが、若しそこに行わせて頂いた喜びが感じられるならば、それは行うことによって、一つの彼岸(さとり)に達したことになる。
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言葉を本来の意味と違えて信者に使わせるのはカルトの手法であるが、献金を「歓喜」と言わせるところにその意図が読み取れる。
【今日の苑歌】
歓楽は悪華と知れよ世々の人
心も身をも亡すと知れ
【教主注釈】
歓楽は肉体だけのよろこび、目先だけの楽しみで飽くことを知らない。歓楽は悪魔の投げた餌食と思わねばならない。
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カルトは、教祖一家が丸々と太り、スキャンダルがあるものである。
【今日の苑歌】
執わるる心にはからいありと知れ
執われ捨てばはからいぞなし
【教主注釈】
執われを持っているから真如の正法を聞いても、はからい心が起こる。人間本位の情的なつながり、これを断つ時、はからいはあべこべに感謝と変ってくる。
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この教えで、はからい心を取り去るとは、人の信じない自由を侵害してまで教えに導く行為をすることである。
【今日の苑歌】
世の中の苦とよろこびの間より
求め得るのがまこと菩提ぞ
【教主注釈】
よろこびに浮かされ、苦しみに執われていたのでは、本当の因縁消除の道を見出すことはできない。苦の中から、喜びの中から中道の真理を見出すのが、本当の信心である。
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苦も喜びも、この教えの霊的示しで揺さぶられる。それら浮き沈みを教えのお力にこじつけられるのである。
【今日の苑歌】
我れと共に常にましますみ佛を
忘れずはげめ世々の人々
【教主注釈】
無形のみほとけを有形に信ずるところに、本当の信心があるのではないだろうか、此れは無相接心に生きる苑人の在り方である。
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霊言を日常の生活に生かすのであるが、それは後から理由付けられるだけであって、誰にでも当てはまる言葉である。それは霊感・霊視商法とも言われる。
【今日の苑歌】
他が為と修むる教え身につけど
我が為なれば詰まるとぞ知れ
【教主注釈】
他に語り伝えるために教えを聴聞していった時には、よく身につくものである。
↑
施餓鬼も7分の6がこちらに返ってくると言われる。勧誘が2倍の精進と言われる。霊感・霊視商法には変わりないが。
【今日の苑歌】
世的な外に求むる心こそ
菩提心とぞ悟れ世の人
【教主注釈】 此の-世的-は、本能的の謂いである。人には財的なもの、名誉や地位等こうしたものの外に、聖なるものを求める純真なものがある。これが即ち菩提心である。
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世的なものを因縁まみれと不純と見させる教えである。しかし、世の人を勧誘して巻き込まなければならないため、霊因縁の恐怖に強引さを伴う勧誘行為は不純に見られる。
【今日の苑歌】
自からの力の限りつくしてぞ
なすがまことの信というなり
【教主注釈】
力の限りを尽くしたことのない人には信心は解らない。力の限りを尽くして神仏に委ねる-。
↑
この教えに力の限り尽くすまでには、霊因縁による恐怖が心に浸透していなければならない。その様な状態の信者から静かに観察され、不幸を霊的なものにこじつけられようとするのである。
【今日の苑歌】
他が為に我が身ささぐる行いは
人の身ながら菩薩なりけり
【教主注釈】
此処でも教法を中心にして、他のために我が身を捧げる行いを示している。人間情を中心にして身を捧げることを云うのではない。菩薩に殉教の死はあるが、情死はない。
↑
あなたの為と上から目線で、それでも信じなければ、あなたのせいで自分も救われないと言う始末。曲がった他が為である。
【今日の苑歌】
よきことも悪しきことをも目にみせて
身の行いにあるを示さむ
【教主注釈】
良い結果、悪しき結果の日々の出来事はすべて自からの行いの果が示されたものと思惟してみるがよい。まことに悪因悪果、善因善果である。
↑
良いことは教えのお陰、悪いことは修行が足りないから。この教えの霊的な言葉によるバーナム効果である。
【今日の苑歌】
一念をこめて誦(とな)うる御霊呪は
子々孫々(すえずえ)までの清めとぞ知れ
【教主注釈】
大乗の行いを伴わせてこそ平生普段の祈りも深められ、御霊咒の効験や威大神力も増大されるのである。
↑
教えのお陰の幸不幸を言われるバーナム効果のお力では、大乗(大船)に乗った気持ちにはなれない。
【今日の苑歌】
最後なるみ教えこそは幾年も
探し求めし慈母と思わん
【教主注釈】
涅槃のみ教えにふれた時、これこそ探し求めていた、わが母である-という確信をつかむことが出来る。それは修してしる喜びである。
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家庭環境の問題は、理想の親を示すこの教えの、格好の入り込む理由である。
【今日の苑歌】
他力より入りて自力と知れぞかし
これぞ一如のまことなりけり
【教主注釈】
一切お委せは一切お救け -とは、初信のあり方。
↑
信者は一切お委せで無責任。事務局も、苦情を受ければ「そんな指導はしていない」と無責任である。
【今日の苑歌】
感謝なき信心こそは消ゆる灯と
思わばそそげ徳の油を
【教主注釈】
信仰に喜びや感謝が持てなくなった時、それは徳のなくなった証拠であるから、真実の行いを貫いて徳の油をそそいでゆこう。
↑
信者同士喜びを煽るが、そうしなければ徳が減るという不安もあろう。否定の言葉が攻撃されるのは、お力が流れてこない恐怖であろう。
【今日の苑歌】
我がことは後になすとも他が為に
なすはみ法の真理(みち)としるべし
【教主注釈】
大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。
↑
他の為は教えの為であり、他の為にこの教えに誘うのも教えの為である。この教えの霊的な言葉のバーナム効果に動かされるのである。
【今日の苑歌】
他事(ひとごと)を即我が事と知るなれば
菩提の向上常にありなん
【教主注釈】
霊言に-”尻切れトンボが遠くとべないように、他に幸いのあゆみを与える事も尻切れになってしまったら、悪因縁に勝ち抜くことはできないのですよ…”とあり、菩提の向上を接心は教示している。
↑
その悪因縁は霊言のバーナム効果で植え付けられたものである。そこから救ってやる、と取り組ませるのは、火をつけておいて、消しにきてやる「マッチ・ポンプ」である。
【今日の苑歌】
我がうちに佛の性を見出しなば
我また尊く更にはげまん
【教主注釈】
人はみな、尊い宝を持ちながら”自から貧し”と思っている。大般涅槃のみ教え故、本当に尊い-と言っても”私などは駄目”と迷ったらどうであろうか-、灯明を持ち乍(なが)ら自らが目を閉じているのと同じである。
↑
誰にでも当てはまる霊言の言葉に振り回されるのを仏道と勘違いしてしまうと、教えの中にある霊感商法をはじめとした手法の当事者にさせられてしまうのである。
【今日の苑歌】
霊言に示さることば真理(みち)なれど
人間本位に聞かば間違う
【教主注釈】
空-ということは、自からを空しうすることで、南無の境涯である。御霊言は道を示すものであるが、之を人間本能的に、都合のよいように聞いてゆくと、道をまちがえてしまうものである。
↑
この教えで自らを空しくすることは、思考停止して教えに取っての善し悪しで物事を判断することである。そして、霊感商法をはじめとした手法に加担させられるのである。
【今日の苑歌】
み教えにふれて心を飾れども
説かぬは法のさびと知るべし
【教主注釈】
真如み教えにふれて、接心も頂き、わが心に深い真理というものが納得でき、教えの素晴らしさ、そして、その教えに結ばれた喜びもわかるが、若し他にそれを説かなかったら、やがて教えのサビとなって我が身を蝕まれてしまう。
↑
心を飾るのは、有り難い教えに出会えたからだろうが、その裏に勧誘しなければお力が流れてこない恐怖心を植え付けられている。それが、有り難い教えなのか。