新興宗教・真如苑 vol.130最終更新 2025/08/06 06:011.神も仏も名無しさんM3eFr☆ここは、真実追及と意見交換の場です。☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。2024/03/23 08:36:36492コメント欄へ移動すべて|最新の50件443.神も仏も名無しさんBhqbC17 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】感謝なき信心こそは消ゆる灯と 思わばそそげ徳の油を【教主注釈】信仰に喜びや感謝が持てなくなった時、それは徳のなくなった証拠であるから、真実の行いを貫いて徳の油をそそいでゆこう。↑信者による無理のある笑顔は、教えが流れてこなくなる恐怖の裏返しであろう。2025/06/17 05:49:06444.神も仏も名無しさんZwHJD18 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がことは後になすとも他が為に なすはみ法の真理(みち)としるべし【教主注釈】大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。↑他が為は自分の実績が上がるための取り組みであり、人の信教の自由の信じない自由を侵害することに繋がる。それがこの教えの取り組みである。2025/06/18 05:52:11445.神も仏も名無しさん9RtKC19 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他事(ひとごと)を即我が事と知るなれば 菩提の向上常にありなん【教主注釈】霊言に-”尻切れトンボが遠くとべないように、他に幸いのあゆみを与える事も尻切れになってしまったら、悪因縁に勝ち抜くことはできないのですよ…”とあり、菩提の向上を接心は教示している。↑他に幸いの歩みを与えることはない。信教の自由の信じない自由を侵害するのであるから。2025/06/19 05:49:28446.神も仏も名無しさんkxmYs20 我浄 【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がうちに佛の性を見出しなば 我また尊く更にはげまん【教主注釈】人はみな、尊い宝を持ちながら”自から貧し”と思っている。大般涅槃のみ教え故、本当に尊い-と言っても”私などは駄目”と迷ったらどうであろうか-、灯明を持ち乍(なが)ら自らが目を閉じているのと同じである。↑この教えに人を救う人と思わされる信者の心理はメサイアコンプレックスである。2025/06/20 05:57:57447.神も仏も名無しさんtis2X21 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】霊言に示さることば真理(みち)なれど 人間本位に聞かば間違う【教主注釈】空-ということは、自からを空しうすることで、南無の境涯である。御霊言は道を示すものであるが、之を人間本能的に、都合のよいように聞いてゆくと、道をまちがえてしまうものである。↑教えの為ならば正しい道、教えの為にならなければ曲がった道。教えに思考停止させられるとそれが真理にさせられる。2025/06/21 07:39:34448.神も仏も名無しさんzk80o22 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】み教えにふれて心を飾れども 説かぬは法のさびと知るべし【教主注釈】真如み教えにふれて、接心も頂き、わが心に深い真理というものが納得でき、教えの素晴らしさ、そして、その教えに結ばれた喜びもわかるが、若し他にそれを説かなかったら、やがて教えのサビとなって我が身を蝕まれてしまう。↑教えに生かされていると洗脳され、やがて「勧誘しないとお力はいつまでも続かない」と脅されて勧誘しなければならなくなる。それは、お力がマルチ商法で掴まされる粗悪品であることが分かる時である。2025/06/22 07:02:40449.神も仏も名無しさんygxUj24 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】智をわけて福徳荘厳あわせては 智慧荘厳と知るも尊し【教主注釈】涅槃経に説かるる二荘厳-即ち福徳荘厳は、歓喜の布施により智慧荘厳は、実践により身につくものといえる。↑勧誘に行く毎に自分の徳が上がり、勧誘ターゲットの徳を上回ると勧誘が成功すると言われる。そのような方便を信じるのは時間がもったいない。2025/06/24 05:50:59450.神も仏も名無しさんm7Djk25 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】今蒔きて今日に収穫あらねども 努力重ねて稔り待つべし【教主注釈】まずこの歌に示す真理が本当なものであるが、今蒔いて今日に収穫を得ている人も多々ある。そこが此の教えの不思議でもある。導き手(経親や導き親)の信用によって霊界から特に救いを下さったものもあるが、初信者の場合は、これが真物(ほんもの)と思ってはならない。↑初心のうちは「こんなに救われている」と思わされるが、やがて「勧誘しなければお力は長く続かない」と言われる。それでも続けなければならなく思わされるのがマインドコントロールである。2025/06/25 05:53:42451.神も仏も名無しさんsnMLm26 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】常住の佛の教え世の末の 末の末まで楽土示さん【教主注釈】真如み教えは、久遠常住釈迦牟尼如来真伝の深法である。故に、今流行してのちに消える教えではない。子々孫々に伝え、末代かけて教えは弘まり、この世に楽土を顕現してゆくであろう。↑この教えの教祖一家が常住する信者の中に、教えを疑うとどう因縁に倒されるか分からないという恐怖が常住するのである。2025/06/26 05:45:18452.神も仏も名無しさんIJXXL27 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】徳という徳は特にと積めぞかし 積もりつもりて功徳とぞなる【教主注釈】徳をつくることは大切なことであるが、一度にしようと思っても中々出来るものではない。常に心がけて信仰の徳をつむことが大切である。↑徳という人生のポイントがあると言われ、それを人生の転機に崩されたり、教えにそぐわないと無くなると言われる。それも後から取って付けられた話である。2025/06/27 05:47:19453.神も仏も名無しさんJcUn128 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中に道をば示す真理(みち)あれど 最後のみのり最上と知れ【教主注釈】名字功徳品には-八大河悉く大海に帰すように、この経は一切の煩悩結(因縁のかたまり)や諸の魔も降して摂受する-と、その真意が説かれている。世尊五十年の説法の最後は即ち大般涅槃経である。↑この手法に行き着くと言うならば、他のカルト同様騙しの宝庫である。2025/06/28 07:05:31454.神も仏も名無しさんpXDxR29 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】苑人の佛に仕えまつらんは まことこめての救いにぞある【教主注釈】苑人が仏に仕えまつるということは、涅槃像に仕えるのではなく三宝一体の僧伽(そうぎゃ)に生きる”まこと”即ち一如のまごころを以て大衆に奉仕することである。↑この教えに向けるまことは、人の信じない自由を奪うことを無視してまで向けられるのである。2025/06/29 07:49:58455.神も仏も名無しさんiWxmS30 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】貴賤をも貧富もわけずまことをば 尽くし伝うが佛子なりけり【教主注釈】世の人々は富貴の者をみれば競って媚び、へつらい、奉仕する。「貧しき者をみてはこれを捨て遠退く」という聖語があるが、この真意を知って、真如教徒は物によって差別することなく教徒の本分をつくすべきである。↑貴賤の基準が教えを信じる、信じないに変わるだけである。それは人の信教の信じない自由を侵害することに繋がる。2025/06/30 05:50:40456.神も仏も名無しさんhUKZM1 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】み佛のみめぐみこそは世の果の はてのはてまであまねかりけり【教主注釈】み仏の慈悲は摂取不捨である。このあまねき常仏の慈悲に結ぶことがお導きであり、この行いこそ尊い慈悲行である。↑何かと勧誘を重要視するが、その手口に解散命令が出る教団と同じ霊感商法が含まれる。2025/07/01 06:01:17457.神も仏も名無しさんmSqKq2 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】教団の大いなるより一人をも 多く救わることぞうれしき【教主注釈】これは真導院様の入院中のお言葉で、今は教徒に残された尊い遺言となった。↑一時期教団の信者数は右肩上がりと言われていたが、数はいくらでも操作できるのである。昭和の終わりに「水ぶくれ真如苑~急成長の秘密と欺瞞の構図~」が出版されて百万人以上公称信者数を下げた経緯もある。2025/07/02 05:56:46458.神も仏も名無しさんGPMLW3 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】人の世の哀れになくも自からの あわれを知らぬ人の多きに【教主注釈】自惚れを去り、自らの非というものを覚って、人さまから「あわれな人よ…」と笑われることのない人間になっていくことである。↑信者の最高の教えを信じているという自惚れは、教えを否定されてしまえばたちまち崩れる。その恐れの裏返しに上から目線になっている。2025/07/03 06:02:19459.神も仏も名無しさんc1SYm4 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】家々の佛檀こそはみ佛の 在(ま)す方向(かた)ぞ知るも尊き【教主注釈】「家々の仏壇は親苑に通ずる電話のようなものですね」と言われた教徒があった。尤もなことである。↑仏壇で教祖一家や涅槃像を崇めているのを見たら、ヤバいと思った方がいい。2025/07/04 05:55:40460.神も仏も名無しさんpGvBa5 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】日日にすべてのことに対応し 菩提の糧となすは尊し【教主注釈】 ”なにみてもみ法示さぬものはなし 己が心に菩提ありなば”の苑歌と思いあわせ、日々に精進することが肝心である。↑信者の教えへの依存状態が頭の中で何でも教えに絡めようとする。勧誘が一番の取り組みだから、人も同じような状況にさせようとするのである。2025/07/05 08:34:27461.神も仏も名無しさん9g8AC6 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】まこととは目には見えねどみ佛の 世界に通じる救けとぞなる【教主注釈】まこと-とは、身・口・意のいつわりない清い真実の行いで、その行いの根底にあるものはみ仏に帰命しまつる心魂(たましい)である。↑信者は教えへの忠誠心を示すが、根底に新興宗教を信じさせられているという負い目があるから教えを否定する人に攻撃的になるのである。2025/07/06 08:34:56462.神も仏も名無しさんbyIfX7 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】信心は観念(おもう)のみでは迷いなり 行い示し会得するもの【教主注釈】信心には、観念信心(拝むだけ)称名信心(題目や念仏などを唱えるだけ)実践信心(教えの如く歩む本当の信心)の三つがある。↑こんなにお力をいただいて喜んでいるだけでは申し訳ない。実践して報謝していかなければならないと言われる。お力はいつまでも続かないと言われるのは、お力がマルチ商法の粗悪品であることが明かされるからである。2025/07/07 05:53:45463.神も仏も名無しさんsbRuN8 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中の宝の外の宝なる 教えの宝得るぞ尊し【教主注釈】世の中の宝は名誉・地位・金銀財宝等であるが、それらは失うこともある。真実の宝は教えであり、身に具わった信心の徳は子々孫々までを豊かにうるおすであろう。↑この教えの宝はその本質を知ればたちまち失われる。しかし、そうならないための洗脳技術が施されているのである。2025/07/08 05:58:49464.神も仏も名無しさん90Zww9 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】信心は耐えかぬことも耐えさせる 妙薬なりと知れよ世の人【教主注釈】あの時怒らずにこらえていてよかった-等ということはよくある。若し、思惟(いのり)なく、怒りのままに行動したら大変な結果になっていただろう、やはり、信心のおかげで救けられたのである。↑この教えのお陰で良い方向に向かえた。そうやって霊感の言葉を使い、後から取って付けるのである。2025/07/09 05:55:51465.神も仏も名無しさんhWqY910 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大海のひろき教えをほどこして 他のためになす喜びぞ佳し【教主注釈】大海の教え-涅槃経は、一切の煩悩及び諸の誘惑を斥けて、世間法的な束縛を脱し、仕あわせになるために説かれたものである。故にこの真実を他のために説くことは喜びである。↑他の為に教えを説く。密教だから多くは言えないけれど。実は騙しの手口の行き着くところだからではないか。2025/07/10 05:54:32466.神も仏も名無しさんAuu0O11 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】霊言は出離を示す啓示ゆえ こころに心してぞ聞くべし【教主注釈】出離とは、分かりやすく言えば運命を好転に導くための啓示(おしらせ)である。故に真剣に霊言を聞いて、それと取り組むことが大切である。↑この教えを信じていれば幸せになれる。それが転じて、信じなければ地獄に落ちると人に押しつけることになる。2025/07/11 05:51:30467.神も仏も名無しさん7EvVW12 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】我が為になす信心はそなわらず 他がために為しそなわると知れ【教主注釈】本能的なものをみたそうとする信心は本当の信心ではない。霊言にも「欲しい欲しいの餓鬼の心を超越して餓鬼を救うことができる」と示されている。自己中心を超越してお救けもできるのである。↑色情因縁は教祖一家のものであるが、自らが克服できない戒めを信者に強いている。2025/07/12 06:49:42468.神も仏も名無しさんZfcmS13 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】今日という日の吉凶を論ずより 今日の行い見かえるぞよし【教主注釈】み教えに一如していったなら日々が吉日でなくてはならない。日が悪いから災いにあうのではなく、自らの心・行いが至らないためである。↑この教えの指導によって、教えの為ならば良し、そうで無ければ修行が足りないと言われるのが関の山である。2025/07/13 07:34:13469.神も仏も名無しさんLCHsm14 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】執われを思い切ってぞ因縁の 重きを知ると知れ世の人【教主注釈】 執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。↑世の執着を取り去る為のお力が、実はこの教えに執着する為の因縁である。2025/07/14 05:53:12470.神も仏も名無しさんakitY15 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大海の如きみ法にあいまつり 常楽我浄と知るも尊し【教主注釈】すべての河が大海に帰入するごとく、すべての教えは大涅槃経に帰す-と、このような尊い教えに結縁されたことは、本当に尊いことである。↑すべての教えがこの教えと同様、霊感商法のような手法を使うようになるのか。2025/07/15 06:07:09471.神も仏も名無しさん1x7gg16 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】人の世の哀れになくも自らの あわれを知らぬ人の多きに【教主注釈】教えや、教えの師を自分の見解で批判していたら、法友はその悪(非律不証)を見ぬいて、みんな離れていってしまう。↑新興宗教を信じさせられる劣等感の裏返しで上から目線になるのは、世間の人から哀れと見られる要因だろう。2025/07/16 05:58:00472.神も仏も名無しさんs7EqM17 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中の憂きこと多きその中に 利他のまことに生きよ苑人【教主注釈】信心の道というものは、喜んで生きる。-と言うことである。喜べないことは自分自身に執われているからで、それを捨てれば本当の利他に生きられよう。↑信者が信仰の喜びを殊更に表現すると、その裏に献金、無償労働、勧誘を強いられる劣等感を感じてしまう。2025/07/17 06:00:56473.神も仏も名無しさんw9qTU18 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】訶責とは強くなすとも慈(なさ)けこめ 悩む立場に立ちて行なえ【教主注釈】駆遣訶責とは-人間本位の信心から、み仏本位の信心に立てかえるために強く激励する言葉を言う。教える側に私情があってはならない。↑呵責を霊的ハラスメントと感じたら、さあ調べよう。この教えの手法を。2025/07/18 06:28:25474.神も仏も名無しさんRAd2D19 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】権威をば振るってなせる教化には 形成りても実(じつ)は少なし【教主注釈】自分の地位や権力で入信させても、それは形だけであるから、その信心が喜びの実を結ぶまで手を引き教化する事が大切である。↑自分の権威で入信させて、教えの権威をまとった信者が権威を振るい続ける。それがこの教えの構造である。2025/07/19 08:07:15475.神も仏も名無しさん0siru20 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】御利益はまことの歩みの福利なり 歩まず乞うは邪と知れ【教主注釈】教えの如く歩んで行った時には、必ず運命が立て替えられて仕合わせになる。歩まずに御利益だけを望んでも得られるものではない。↑霊感の言葉で示されたご利益が元々架空なのである。それに気付こう。2025/07/20 04:27:16476.神も仏も名無しさんjCd4r21 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】善友に近よることはよけれども 愚人の交際絶たばなおよし【教主注釈】涅槃経に、善友とは仏-と示されているが一面には一如の教徒ともいえよう。この意味に於いて、信仰を阻害するものは悪友である。↑この思考がどれだけ教えを信じない人を、信者をして攻撃的にさせてきたのか。2025/07/21 11:06:15477.神も仏も名無しさんFdE1w22 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】今ぞいま尊き性(仏性)を磨かんは 今を機会と知るも尊し【教主注釈】機会は再び来ない「今」今のひとときを活かし機会とする。↑時は今、ここで磨かれるのは霊感商法の教えに繋ぐ為の方便である。2025/07/22 06:02:08478.神も仏も名無しさん7pBno23 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】常住のみ佛さまを慕いつつ 仕うる人ぞたのものしきかな【教主注釈】常住のみ仏を最上のものとして心のよりどころとし、喜んで仕えている人の姿を見ると本当にたのもしく、また楽しげである。↑教祖一家が常住となるとき、この教えを疑うことが許されなくなる。2025/07/23 06:01:06479.神も仏も名無しさんJO7KT24 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】お済度は父母を救ける心にて 説けよ苑人これぞ道なり【教主注釈】お救けに行った時、相手を尊重する心は、父母に対して、話をするようなこころで、話を取つがせて頂くことである。↑霊感商法の教えに丁寧に繋ごうとするのは卑しいことではないか。2025/07/24 05:36:26480.神も仏も名無しさんwdCUZ25 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】歓喜積みお救けこそは積み磨き 奉仕は磨く徳と知れ人【教主注釈】歓喜は積む徳、奉仕は磨く徳、お救けは積み、磨く徳であり、この三つの聖行に徹していって、初めて因縁消除の真理を理解できよう。↑勧誘が二倍の精進であると指導されるのが教えの意図である。2025/07/25 05:58:18481.神も仏も名無しさん5t2Rv26 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】他のために言葉やわらげ教ゆるは 菩提(めばえ)育てのまことなりけり【教主注釈】聴法因縁の三段階と言うことが教えられている。初信者には、やさしい言葉、態度で接し、相手の菩提の芽を育ててあげよう。↑丁寧な言葉に感じても、霊感商法の教えに導く悪魔の言葉である。2025/07/26 08:14:19482.神も仏も名無しさんHfiuA27 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】道に外れあゆむが故に事故起し 後の後悔先には立たず【教主注釈】教えの如く行わない信心は、道に外れてあゆむと同じ事である。軌道をはずれれば事故もおこるであろう。↑慣れてくると不意の事故が教え通りに歩んでいないからと理由づけられる。良いことも教えのお陰となる。2025/07/27 09:02:49483.神も仏も名無しさんRoVCM28 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】怠らず精進(はげ)み祈らん千代かけて 歓喜世界の出現(いず)る時まで【教主注釈】信心の道に終わりはない。生涯かけての精進である。そして終生精進できることが喜びである。↑この教えの歓喜世界はすぐに感じられるだろうが、それが崩れるのはあっという間である。教えを否定されないように信者は上から目線になるしかない。2025/07/28 05:57:52484.神も仏も名無しさんunMX429 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大乗の道も炭火と同じなれ 三つ四つ五つ合わせてぞ燃ゆ【教主注釈】信心の心も炭火と同じように、一つだけだと消えやすい。志を同じくする者が、四人五人と集まると、信仰も心も燃え求めることの喜びもわいてくる。↑集団の中で自分がBだと思ってもAだと言われ続けると、自分もAだと思ってしまうのである。2025/07/29 05:44:33485.神も仏も名無しさんrXFgo30 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】常日頃まこと蓋して精進(はげ)みなば それ、それ自体が真理(みち)に叶わん【教主注釈】怠るは死の道、励むは生への道である-という聖句があるが、高貴徳王菩薩品にも示されるように、楽(ねごう)て精進してゆくことが真理(みち)に叶ったことである。↑生か死か。因縁にどう倒されるか分からない恐怖が信者を勧誘に駆り立てるのである。2025/07/30 05:46:34486.神も仏も名無しさんTaq6A31 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】言うがごと行うがごとく言(こと)示せ 茲(ここ)に一如の救いあるなり【教主注釈】不言実行という言葉があるが、此処では有言実行を説いている。↑集会で無理な目標を言わされ、やらされようとする。勧誘目標が主である。2025/07/31 05:46:58487.神も仏も名無しさんoedv31 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】身は低く常に人にと和合して 高く菩提を求めあゆまん【教主注釈】実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。↑目線だけは高い。謙っているようで、実は上から目線である。2025/08/01 06:04:00488.神も仏も名無しさんqxbEm2 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】日日に踏まれて渡す橋のごと 菩提の橋となるぞ尊き【教主注釈】お導きにゆくと、世間からいろいろな悪口を言われる。それがふまれてもなお相手を仕合わせの岸へと渡す橋となることである。↑勧誘すると悪口を言われる。ついでにネット検索されてその手口を知られてしまえば良い。2025/08/02 09:30:18489.神も仏も名無しさんV7sPD3 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】相手をば鏡となせのことのりも 涅槃に示す教えなりけり【教主注釈】「相手は鏡」と言うことばがあるが、涅槃の中にも=仇は相手にあるのではなく我身にあるのだ=と教えている。↑自分が教えに見透かされていると思う信者が真に受けて、自分を責め、勧誘して人を責めるようになるのである。2025/08/03 07:32:55490.神も仏も名無しさんUK3CO4 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】み佛にまかせまつりて常ぞつね 送る日日浄土なりけり【教主注釈】自分のはからいをはなれた時、日々が本当に安心して暮してゆけるようになる。↑この教えに思考停止したとき、日々惰性で生きられるが、世間での居場所が無くなるだろう。2025/08/04 05:53:07491.神も仏も名無しさんb1ZIQ5 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】月日ごと慈悲をこうむる人まして 真如みひかり世にぞ知らるる【教主注釈】涅槃経を信心の基盤においている宗教団体は皆無といってもよい。護法の霊言に「科学が進歩して、やがて月の裏面まで判る時代に、この教えは(最後のみおしえ)は栄える…」と。↑信者が勧誘する毎に、その手口はネットを通して知られていくのである。その手口の知識はネットに蓄積されていく。2025/08/05 05:35:31492.神も仏も名無しさんAiHFa6 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】過ぎし日の執われ捨てて希望ある 未来求めて法にいそしめ【教主注釈】過去に執われていたら、それは退歩である。申訳ない…という言葉を出す時には、それ以上の精進に振い立つことだ。↑「こんなにお力を頂いているのに申し訳ない」。信者の心理であるが、結局勧誘である。人が信じなければ貶めるしか無い。2025/08/06 06:01:22
☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。
☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。
☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。
☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。
【今日の苑歌】
感謝なき信心こそは消ゆる灯と
思わばそそげ徳の油を
【教主注釈】
信仰に喜びや感謝が持てなくなった時、それは徳のなくなった証拠であるから、真実の行いを貫いて徳の油をそそいでゆこう。
↑
信者による無理のある笑顔は、教えが流れてこなくなる恐怖の裏返しであろう。
【今日の苑歌】
我がことは後になすとも他が為に
なすはみ法の真理(みち)としるべし
【教主注釈】
大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。
↑
他が為は自分の実績が上がるための取り組みであり、人の信教の自由の信じない自由を侵害することに繋がる。それがこの教えの取り組みである。
【今日の苑歌】
他事(ひとごと)を即我が事と知るなれば
菩提の向上常にありなん
【教主注釈】
霊言に-”尻切れトンボが遠くとべないように、他に幸いのあゆみを与える事も尻切れになってしまったら、悪因縁に勝ち抜くことはできないのですよ…”とあり、菩提の向上を接心は教示している。
↑
他に幸いの歩みを与えることはない。信教の自由の信じない自由を侵害するのであるから。
【今日の苑歌】
我がうちに佛の性を見出しなば
我また尊く更にはげまん
【教主注釈】
人はみな、尊い宝を持ちながら”自から貧し”と思っている。大般涅槃のみ教え故、本当に尊い-と言っても”私などは駄目”と迷ったらどうであろうか-、灯明を持ち乍(なが)ら自らが目を閉じているのと同じである。
↑
この教えに人を救う人と思わされる信者の心理はメサイアコンプレックスである。
【今日の苑歌】
霊言に示さることば真理(みち)なれど
人間本位に聞かば間違う
【教主注釈】
空-ということは、自からを空しうすることで、南無の境涯である。御霊言は道を示すものであるが、之を人間本能的に、都合のよいように聞いてゆくと、道をまちがえてしまうものである。
↑
教えの為ならば正しい道、教えの為にならなければ曲がった道。教えに思考停止させられるとそれが真理にさせられる。
【今日の苑歌】
み教えにふれて心を飾れども
説かぬは法のさびと知るべし
【教主注釈】
真如み教えにふれて、接心も頂き、わが心に深い真理というものが納得でき、教えの素晴らしさ、そして、その教えに結ばれた喜びもわかるが、若し他にそれを説かなかったら、やがて教えのサビとなって我が身を蝕まれてしまう。
↑
教えに生かされていると洗脳され、やがて「勧誘しないとお力はいつまでも続かない」と脅されて勧誘しなければならなくなる。それは、お力がマルチ商法で掴まされる粗悪品であることが分かる時である。
【今日の苑歌】
智をわけて福徳荘厳あわせては
智慧荘厳と知るも尊し
【教主注釈】
涅槃経に説かるる二荘厳-即ち福徳荘厳は、歓喜の布施により智慧荘厳は、実践により身につくものといえる。
↑
勧誘に行く毎に自分の徳が上がり、勧誘ターゲットの徳を上回ると勧誘が成功すると言われる。そのような方便を信じるのは時間がもったいない。
【今日の苑歌】
今蒔きて今日に収穫あらねども
努力重ねて稔り待つべし
【教主注釈】
まずこの歌に示す真理が本当なものであるが、今蒔いて今日に収穫を得ている人も多々ある。そこが此の教えの不思議でもある。導き手(経親や導き親)の信用によって霊界から特に救いを下さったものもあるが、初信者の場合は、これが真物(ほんもの)と思ってはならない。
↑
初心のうちは「こんなに救われている」と思わされるが、やがて「勧誘しなければお力は長く続かない」と言われる。それでも続けなければならなく思わされるのがマインドコントロールである。
【今日の苑歌】
常住の佛の教え世の末の
末の末まで楽土示さん
【教主注釈】
真如み教えは、久遠常住釈迦牟尼如来真伝の深法である。故に、今流行してのちに消える教えではない。子々孫々に伝え、末代かけて教えは弘まり、この世に楽土を顕現してゆくであろう。
↑
この教えの教祖一家が常住する信者の中に、教えを疑うとどう因縁に倒されるか分からないという恐怖が常住するのである。
【今日の苑歌】
徳という徳は特にと積めぞかし
積もりつもりて功徳とぞなる
【教主注釈】
徳をつくることは大切なことであるが、一度にしようと思っても中々出来るものではない。常に心がけて信仰の徳をつむことが大切である。
↑
徳という人生のポイントがあると言われ、それを人生の転機に崩されたり、教えにそぐわないと無くなると言われる。それも後から取って付けられた話である。
【今日の苑歌】
世の中に道をば示す真理(みち)あれど
最後のみのり最上と知れ
【教主注釈】
名字功徳品には-八大河悉く大海に帰すよう
に、この経は一切の煩悩結(因縁のかたまり)や諸の魔も降して摂受する-と、その真意が説かれている。
世尊五十年の説法の最後は即ち大般涅槃経である。
↑
この手法に行き着くと言うならば、他のカルト同様騙しの宝庫である。
【今日の苑歌】
苑人の佛に仕えまつらんは
まことこめての救いにぞある
【教主注釈】
苑人が仏に仕えまつるということは、涅槃像に仕えるのではなく三宝一体の僧伽(そうぎゃ)に生きる”まこと”即ち一如のまごころを以て大衆に奉仕することである。
↑
この教えに向けるまことは、人の信じない自由を奪うことを無視してまで向けられるのである。
【今日の苑歌】
貴賤をも貧富もわけずまことをば
尽くし伝うが佛子なりけり
【教主注釈】
世の人々は富貴の者をみれば競って媚び、へつらい、奉仕する。「貧しき者をみてはこれを捨て遠退く」という聖語があるが、この真意を知って、真如教徒は物によって差別することなく教徒の本分をつくすべきである。
↑
貴賤の基準が教えを信じる、信じないに変わるだけである。それは人の信教の信じない自由を侵害することに繋がる。
【今日の苑歌】
み佛のみめぐみこそは世の果の
はてのはてまであまねかりけり
【教主注釈】
み仏の慈悲は摂取不捨である。このあまねき常仏の慈悲に結ぶことがお導きであり、この行いこそ尊い慈悲行である。
↑
何かと勧誘を重要視するが、その手口に解散命令が出る教団と同じ霊感商法が含まれる。
【今日の苑歌】
教団の大いなるより一人をも
多く救わることぞうれしき
【教主注釈】
これは真導院様の入院中のお言葉で、今は教徒に残された尊い遺言となった。
↑
一時期教団の信者数は右肩上がりと言われていたが、数はいくらでも操作できるのである。昭和の終わりに「水ぶくれ真如苑~急成長の秘密と欺瞞の構図~」が出版されて百万人以上公称信者数を下げた経緯もある。
【今日の苑歌】
人の世の哀れになくも自からの
あわれを知らぬ人の多きに
【教主注釈】
自惚れを去り、自らの非というものを覚って、人さまから「あわれな人よ…」と笑われることのない人間になっていくことである。
↑
信者の最高の教えを信じているという自惚れは、教えを否定されてしまえばたちまち崩れる。その恐れの裏返しに上から目線になっている。
【今日の苑歌】
家々の佛檀こそはみ佛の
在(ま)す方向(かた)ぞ知るも尊き
【教主注釈】
「家々の仏壇は親苑に通ずる電話のようなものですね」と言われた教徒があった。尤もなことである。
↑
仏壇で教祖一家や涅槃像を崇めているのを見たら、ヤバいと思った方がいい。
【今日の苑歌】
日日にすべてのことに対応し
菩提の糧となすは尊し
【教主注釈】
”なにみてもみ法示さぬものはなし 己が心に菩提ありなば”の苑歌と思いあわせ、日々に精進することが肝心である。
↑
信者の教えへの依存状態が頭の中で何でも教えに絡めようとする。勧誘が一番の取り組みだから、人も同じような状況にさせようとするのである。
【今日の苑歌】
まこととは目には見えねどみ佛の
世界に通じる救けとぞなる
【教主注釈】
まこと-とは、身・口・意のいつわりない清い真実の行いで、その行いの根底にあるものはみ仏に帰命しまつる心魂(たましい)である。
↑
信者は教えへの忠誠心を示すが、根底に新興宗教を信じさせられているという負い目があるから教えを否定する人に攻撃的になるのである。
【今日の苑歌】
信心は観念(おもう)のみでは迷いなり
行い示し会得するもの
【教主注釈】
信心には、観念信心(拝むだけ)称名信心(題目や念仏などを唱えるだけ)実践信心(教えの如く歩む本当の信心)の三つがある。
↑
こんなにお力をいただいて喜んでいるだけでは申し訳ない。実践して報謝していかなければならないと言われる。お力はいつまでも続かないと言われるのは、お力がマルチ商法の粗悪品であることが明かされるからである。
【今日の苑歌】
世の中の宝の外の宝なる
教えの宝得るぞ尊し
【教主注釈】
世の中の宝は名誉・地位・金銀財宝等であるが、それらは失うこともある。真実の宝は教えであり、身に具わった信心の徳は子々孫々までを豊かにうるおすであろう。
↑
この教えの宝はその本質を知ればたちまち失われる。しかし、そうならないための洗脳技術が施されているのである。
【今日の苑歌】
信心は耐えかぬことも耐えさせる
妙薬なりと知れよ世の人
【教主注釈】
あの時怒らずにこらえていてよかった-等ということはよくある。若し、思惟(いのり)なく、怒りのままに行動したら大変な結果になっていただろう、やはり、信心のおかげで救けられたのである。
↑
この教えのお陰で良い方向に向かえた。そうやって霊感の言葉を使い、後から取って付けるのである。
【今日の苑歌】
大海のひろき教えをほどこして
他のためになす喜びぞ佳し
【教主注釈】
大海の教え-涅槃経は、一切の煩悩及び諸の誘惑を斥けて、世間法的な束縛を脱し、仕あわせになるために説かれたものである。故にこの真実を他のために説くことは喜びである。
↑
他の為に教えを説く。密教だから多くは言えないけれど。実は騙しの手口の行き着くところだからではないか。
【今日の苑歌】
霊言は出離を示す啓示ゆえ
こころに心してぞ聞くべし
【教主注釈】
出離とは、分かりやすく言えば運命を好転に導くための啓示(おしらせ)である。故に真剣に霊言を聞いて、それと取り組むことが大切である。
↑
この教えを信じていれば幸せになれる。それが転じて、信じなければ地獄に落ちると人に押しつけることになる。
【今日の苑歌】
我が為になす信心はそなわらず
他がために為しそなわると知れ
【教主注釈】
本能的なものをみたそうとする信心は本当の信心ではない。霊言にも「欲しい欲しいの餓鬼の心を超越して餓鬼を救うことができる」と示されている。自己中心を超越してお救けもできるのである。
↑
色情因縁は教祖一家のものであるが、自らが克服できない戒めを信者に強いている。
【今日の苑歌】
今日という日の吉凶を論ずより
今日の行い見かえるぞよし
【教主注釈】
み教えに一如していったなら日々が吉日でなくてはならない。日が悪いから災いにあうのではなく、自らの心・行いが至らないためである。
↑
この教えの指導によって、教えの為ならば良し、そうで無ければ修行が足りないと言われるのが関の山である。
【今日の苑歌】
執われを思い切ってぞ因縁の
重きを知ると知れ世の人
【教主注釈】
執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。
↑
世の執着を取り去る為のお力が、実はこの教えに執着する為の因縁である。
【今日の苑歌】
大海の如きみ法にあいまつり
常楽我浄と知るも尊し
【教主注釈】
すべての河が大海に帰入するごとく、すべての教えは大涅槃経に帰す-と、このような尊い教えに結縁されたことは、本当に尊いことである。
↑
すべての教えがこの教えと同様、霊感商法のような手法を使うようになるのか。
【今日の苑歌】
人の世の哀れになくも自らの
あわれを知らぬ人の多きに
【教主注釈】
教えや、教えの師を自分の見解で批判していたら、法友はその悪(非律不証)を見ぬいて、みんな離れていってしまう。
↑
新興宗教を信じさせられる劣等感の裏返しで上から目線になるのは、世間の人から哀れと見られる要因だろう。
【今日の苑歌】
世の中の憂きこと多きその中に
利他のまことに生きよ苑人
【教主注釈】
信心の道というものは、喜んで生きる。-と言うことである。喜べないことは自分自身に執われているからで、それを捨てれば本当の利他に生きられよう。
↑
信者が信仰の喜びを殊更に表現すると、その裏に献金、無償労働、勧誘を強いられる劣等感を感じてしまう。
【今日の苑歌】
訶責とは強くなすとも慈(なさ)けこめ
悩む立場に立ちて行なえ
【教主注釈】
駆遣訶責とは-人間本位の信心から、み仏本位の信心に立てかえるために強く激励する言葉を言う。教える側に私情があってはならない。
↑
呵責を霊的ハラスメントと感じたら、さあ調べよう。この教えの手法を。
【今日の苑歌】
権威をば振るってなせる教化には
形成りても実(じつ)は少なし
【教主注釈】
自分の地位や権力で入信させても、それは形だけであるから、その信心が喜びの実を結ぶまで手を引き教化する事が大切である。
↑自分の権威で入信させて、教えの権威をまとった信者が権威を振るい続ける。それがこの教えの構造である。
【今日の苑歌】
御利益はまことの歩みの福利なり
歩まず乞うは邪と知れ
【教主注釈】
教えの如く歩んで行った時には、必ず運命が立て替えられて仕合わせになる。歩まずに御利益だけを望んでも得られるものではない。
↑
霊感の言葉で示されたご利益が元々架空なのである。それに気付こう。
【今日の苑歌】
善友に近よることはよけれども
愚人の交際絶たばなおよし
【教主注釈】
涅槃経に、善友とは仏-と示されているが一面には一如の教徒ともいえよう。この意味に於いて、信仰を阻害するものは悪友である。
↑
この思考がどれだけ教えを信じない人を、信者をして攻撃的にさせてきたのか。
【今日の苑歌】
今ぞいま尊き性(仏性)を磨かんは
今を機会と知るも尊し
【教主注釈】
機会は再び来ない「今」今のひとときを活かし機会とする。
↑
時は今、ここで磨かれるのは霊感商法の教えに繋ぐ為の方便である。
【今日の苑歌】
常住のみ佛さまを慕いつつ
仕うる人ぞたのものしきかな
【教主注釈】
常住のみ仏を最上のものとして心のよりどころとし、喜んで仕えている人の姿を見ると本当にたのもしく、また楽しげである。
↑
教祖一家が常住となるとき、この教えを疑うことが許されなくなる。
【今日の苑歌】
お済度は父母を救ける心にて
説けよ苑人これぞ道なり
【教主注釈】
お救けに行った時、相手を尊重する心は、父母に対して、話をするようなこころで、話を取つがせて頂くことである。
↑
霊感商法の教えに丁寧に繋ごうとするのは卑しいことではないか。
【今日の苑歌】
歓喜積みお救けこそは積み磨き
奉仕は磨く徳と知れ人
【教主注釈】
歓喜は積む徳、奉仕は磨く徳、お救けは積み、磨く徳であり、この三つの聖行に徹していって、初めて因縁消除の真理を理解できよう。
↑
勧誘が二倍の精進であると指導されるのが教えの意図である。
【今日の苑歌】
他のために言葉やわらげ教ゆるは
菩提(めばえ)育てのまことなりけり
【教主注釈】
聴法因縁の三段階と言うことが教えられている。初信者には、やさしい言葉、態度で接し、相手の菩提の芽を育ててあげよう。
↑
丁寧な言葉に感じても、霊感商法の教えに導く悪魔の言葉である。
【今日の苑歌】
道に外れあゆむが故に事故起し
後の後悔先には立たず
【教主注釈】
教えの如く行わない信心は、道に外れてあゆむと同じ事である。軌道をはずれれば事故もおこるであろう。
↑
慣れてくると不意の事故が教え通りに歩んでいないからと理由づけられる。良いことも教えのお陰となる。
【今日の苑歌】
怠らず精進(はげ)み祈らん千代かけて
歓喜世界の出現(いず)る時まで
【教主注釈】
信心の道に終わりはない。生涯かけての精進である。そして終生精進できることが喜びである。
↑
この教えの歓喜世界はすぐに感じられるだろうが、それが崩れるのはあっという間である。教えを否定されないように信者は上から目線になるしかない。
【今日の苑歌】
大乗の道も炭火と同じなれ
三つ四つ五つ合わせてぞ燃ゆ
【教主注釈】
信心の心も炭火と同じように、一つだけだと消えやすい。志を同じくする者が、四人五人と集まると、信仰も心も燃え求めることの喜びもわいてくる。
↑
集団の中で自分がBだと思ってもAだと言われ続けると、自分もAだと思ってしまうのである。
【今日の苑歌】
常日頃まこと蓋して精進(はげ)みなば
それ、それ自体が真理(みち)に叶わん
【教主注釈】
怠るは死の道、励むは生への道である-という聖句があるが、高貴徳王菩薩品にも示されるように、楽(ねごう)て精進してゆくことが真理(みち)に叶ったことである。
↑
生か死か。因縁にどう倒されるか分からない恐怖が信者を勧誘に駆り立てるのである。
【今日の苑歌】
言うがごと行うがごとく言(こと)示せ
茲(ここ)に一如の救いあるなり
【教主注釈】
不言実行という言葉があるが、此処では有言実行を説いている。
↑
集会で無理な目標を言わされ、やらされようとする。勧誘目標が主である。
【今日の苑歌】
身は低く常に人にと和合して
高く菩提を求めあゆまん
【教主注釈】
実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。
↑
目線だけは高い。謙っているようで、実は上から目線である。
【今日の苑歌】
日日に踏まれて渡す橋のごと
菩提の橋となるぞ尊き
【教主注釈】
お導きにゆくと、世間からいろいろな悪口を言われる。それがふまれてもなお相手を仕合わせの岸へと渡す橋となることである。
↑
勧誘すると悪口を言われる。ついでにネット検索されてその手口を知られてしまえば良い。
【今日の苑歌】
相手をば鏡となせのことのりも
涅槃に示す教えなりけり
【教主注釈】
「相手は鏡」と言うことばがあるが、涅槃の中にも=仇は相手にあるのではなく我身にあるのだ=と教えている。
↑
自分が教えに見透かされていると思う信者が真に受けて、自分を責め、勧誘して人を責めるようになるのである。
【今日の苑歌】
み佛にまかせまつりて常ぞつね
送る日日浄土なりけり
【教主注釈】
自分のはからいをはなれた時、日々が本当に安心して暮してゆけるようになる。
↑
この教えに思考停止したとき、日々惰性で生きられるが、世間での居場所が無くなるだろう。
【今日の苑歌】
月日ごと慈悲をこうむる人まして
真如みひかり世にぞ知らるる
【教主注釈】
涅槃経を信心の基盤においている宗教団体は皆無といってもよい。護法の霊言に「科学が進歩して、やがて月の裏面まで判る時代に、この教えは(最後のみおしえ)は栄える…」と。
↑
信者が勧誘する毎に、その手口はネットを通して知られていくのである。その手口の知識はネットに蓄積されていく。
【今日の苑歌】
過ぎし日の執われ捨てて希望ある
未来求めて法にいそしめ
【教主注釈】
過去に執われていたら、それは退歩である。申訳ない…という言葉を出す時には、それ以上の精進に振い立つことだ。
↑
「こんなにお力を頂いているのに申し訳ない」。信者の心理であるが、結局勧誘である。人が信じなければ貶めるしか無い。