あーIDなし最終更新 2025/06/13 19:151.夢見る名無しさんまじでどうすればいい?2025/03/02 04:45:45140コメント欄へ移動すべて|最新の50件91.夢見る名無しさん 第三場エジスト---クリテムネストル---オレストとエレクトル(隠れている)クリテムネストル どうなすったの?エジスト あなたも見ただろう? ああやって儂が嚇かしてやらなかったら、彼らは忽ち後悔の気持ちを追いやってしまう所だった。クリテムネストル あなたのご心配なさるのは、その事なんでしょう? けれどあなたは何時だってお好きな時に彼らの勇気を挫いてしまうことがお出来になるじゃありませんか?エジスト それはまあそうだ。わしは唯ああした芝居をするのが酷く上手いというだけさ。 (間)エレクトルを罰しなければならなかったことを儂は遺憾に思っている。クリテムネストル あの娘が私のお腹を痛めた子だからですの? あなたがそうなさる方がよいと思われたんですもの、 私だってあなたのなさることはみんな正しいと思いますわ。エジスト 后、儂がその事を遺憾に思ってるのはお前の為にではない。クリテムネストル まあ、何故ですの? 貴方はエレクトルを愛してはいらっしゃらなかったの?エジスト 儂は疲れている。わしが全国民の後悔の全てを引き受けて、此の腕の先に支え上げてからもう十五年になる。 儂がこうして案山子のように衣装を著てからもう十五年になるのだ。この点い衣服のお陰で遂に儂の魂まで色褪せてしまった。2025/06/13 11:57:1792.夢見る名無しさんクリテムネストル だけど、あなた、私だって……エジスト 分かってる、后、分かってるよ、お前は自分の後悔の気持ちを儂に話そうというんだろう。 まあ、いい、儂にはそれが羨ましいのさ、そういう後悔の気持ちはお前の一生の飾りになる。 儂は、それを持っとらんのだ。だがアルゴスの街には儂程悲しい人間は唯一人いない筈だ。クリテムネストル ああ、あなた……(彼女は王に近寄る)エジスト 放っておいてくれ、娼婦め! 恥かしいとは思わぬのか、あの眼が見ているというのに……クリテムネストル あの眼って? 誰が一体あたし達を見てますの?エジスト 何だって? 王さ。今朝、死者達を放したではないか。クリテムネストル あなた、どうかそんなこと仰らないで……死者達は地下にいて、そんなに早くからあたし達の邪魔はしませんわ。 あなたはお忘れになったの、人民達をだますためにこんな作り話をお考えになったのはあなたご自身じゃありませんか?エジスト それはそうだ。后。それで? いいか、儂は大変疲れているんだよ? 一人にしてくれ、儂は考え事をしたいのだ。クリテムネストル、退場。2025/06/13 11:58:3193.夢見る名無しさん 第四場エジスト---オレストとエレクトル(隠れている)エジスト この儂が、ああ、ジュピテル、この儂がアルゴスの為にお前の要求した王だというのか? 儂は行ったり、来たり、また大声で叫ぶことも出来る。儂は至る所に恐ろしい勿体ぶった姿を引っ張りまわす、 そして儂の姿を見る者は骨の髄まで罪悪を感じるのだ。だが儂は空ろな一箇の殻に過ぎない。 一匹の獣が儂の知らないうちに儂の中身を食ってしまったのだ。今儂はじっと儂自信を眺めてみる、 儂はアガメムノンよりももっと哀れな死者なのだ。儂は悲しいと言ったかな? それは嘘だ。 儂は悲しくもない、陽気でもない、砂漠だ、澄み切った大空の虚無の下の無数の真砂の虚無だ。それは不吉だ。 ああ! 儂に唯の一滴の涙を流させてくれるなら儂は自分の王国をやってもいいと思う!ジュピテル、登場する。2025/06/13 12:00:4694.夢見る名無しさん 第五場同上---ジュピテル。ジュピテル 嘆くがいい。お前はあらゆる王と同じような一人の王なのだ。エジスト お前は誰だ? ここへ何しに来た?ジュピテル 儂をご存知ないかな?エジスト 出て行け、さもないと衛兵を呼んでぶちのめすぞ。ジュピテル 儂をご存知ないって? しかしお前は儂に逢ったことがあるがね。あれは夢の中だった。儂がもっと恐ろしい格好をしていたことは確かだ。(雷鳴、雷光、ジュピテルは恐ろしい形相をしてみせる)こんな風だったかな?エジスト ジュピテル!ジュピテル その通りだ。(彼は再び笑い顔になり、像の方へ近寄っていく)これが儂ってわけか、え? こんな風にアルゴスの住民たちは皆、お祈りをする時に儂の顔を見るわけなんだな? 全く、神にとっては面と向かって自分の姿をつくづく眺めるなんてことはめったにない。(間)何て醜い顔をしているんだ! こんな風じゃ皆儂の事をあまり好いていないに違いないな。エジスト 皆あなたを恐れております。ジュピテル 結構! 儂は好いて貰いたいなどとは思ってもいないさ。お前は儂が好きかね?エジスト あなたは私にどうしろと仰るんです? 私は充分に償いませんでしたか?ジュピテル 充分なものか!エジスト 私は生命をすり減らして務めています。2025/06/13 12:03:3695.夢見る名無しさんジュピテル 大袈裟に言うな! お前は充分元気で、肥っているじゃないか! まあしかし、儂はそんなことでお前を非難するわけじゃない。誠に王に相応しい、?燭用の獣脂のように黄色い、脂肪太りだ、申し分ないね。その身体じゃまだあと二十年は生きるね。エジスト まだ二十年も?ジュピテル 死んだ方がいいと言うのか?エジスト ええ。ジュピテル もし誰かが抜身の剣を持ってここへ入って来たとしたら、お前はその剣に胸を突き出すだろうな。エジスト 分かりません。ジュピテル いいか、よく聴け。もしお前がその男のなすがままに殺されたら、お前は見せしめに罰を受けるのだ。お前は地獄へ行って永久に王になるのさ。儂はこの事をお前に言いに来たわけだ。エジスト 誰か私を殺そうと狙っているのですか?ジュピテル その様だな。エジスト エレクトルでしょう?ジュピテル それからもう一人も。エジスト 誰です?ジュピテル オレスト。エジスト ああ! (間)これもそうなる運命なんだ、私にどうすることが出来よう?ジュピテル 「どうすることが出来よう」だと? (調子を変えて)すぐに命令を出すんだ、フィレエブと自称している若い見慣れぬ男を見つけ次第捕縛すること。そいつを捕らえてエレクトルと一緒にどこかの地下の暗牢へ投げ込んでしまうこと。---そうすればお前は二人の事は忘れてしまっていいのさ。さあ! 何をぐずぐずしているんだ。衛兵を呼べ。エジスト 嫌です。2025/06/13 12:06:4196.夢見る名無しさんジュピテル どういうわけで嫌なのかその理由を一つ聞かせてもらいたいもんだな。エジスト 私は疲れているんです。ジュピテル 何故自分の足許ばかり見つめているんだ? お前の充血した大きな両の眼を儂の方に向けてみろ。よしよし! お前はまるで馬のように高尚で畜生だ。ただし、お前の抵抗が儂の気持ちを苛々させると思ったら大間違いだぞ。 そんな抵抗はいわば唐辛子みたいなもので、やがてお前が服従すれば、その服従をなお一層美味にしてくれるのさ。 何故って、お前が終いには屈服するってことは儂にはちゃんと分ってるんだから。エジスト 私はあなたの思惑通りに動きたくない、と言ってるんです。もう私はつくづく厭になりました。ジュピテル 元気を出せ! 元気を出せ! 抵抗しろ! 抵抗しろ! ああ! 儂はお前の持っている様な魂が大好きなんだよ。 お前の眼は光を発している、お前は拳を握り締め、ジュピテルに面と向かって拒絶の言葉を投げる。 だがしかし、ねえお前さん、仔馬さん、強情な仔馬さん、もう大分前の事だがお前の心が儂に素直に「はい」と言ったこともあるんだ。 さあさあ、言う事をききなさい。儂が何の理由もなくわざわざオリンポスの山から降りて来ると思うのかい? 儂はこの犯罪は是非ともお前に知らせておきたかったんだ、何故ってこいつは事前に防いだ方がいいと思ったから。エジスト 私に知らせる! ……それは不思議ですね。ジュピテル ところがどうして、極めて不思議なことさ。儂はこの危険からお前を救ってやりたいのだ。エジスト 誰がそんなことをあなたに頼んだんです? それじゃアガメムノンにも、あなたは彼にも知らせたんですか? でもあの男は生きたいと願っていた。ジュピテル ああ、あの恩知らずめ、あいつは哀れな人間さ。儂にはアガメムノンよりもお前の方が余程可愛いのさ、 儂の口からそう言っているのにお前にはまだ不平があるのか。2025/06/13 12:09:2797.夢見る名無しさんエジスト アガメムノンよりも可愛い? 私がですか? あなたにとって可愛いのはオレストなんです。あなたは私が身を破滅させるのを黙って見て居られた、 私が斧を手にして真っ直ぐに王の浴槽の方へ駆け寄って行くのを平気で見て居られた---そしてあなたご自身は、 きっとあの山の上で、罪人の魂はなかなか美味いものだなどと考えながら、舌なめずりをしていらっしゃったのでしょう。 ただし今日はあなたは彼の本心に逆らってオレストを庇っていらっしゃるんだ--- そしてこの私に、あなたがあの子の父を殺すような羽目に追い込んだこの私に今度はその息子の腕を捕まえさせようとなさったんだ。 私は暗殺者になるにはまったくお誂え向きだったんです。ただしあの子には、失礼ながら、あの子にはきっと何か別の目論見が御座いますんでしょう。ジュピテル 何という奇妙な嫉妬だ。安心するがいい。儂はあの子をお前以上には愛していない。儂は誰も愛して居りはせんのだ。エジスト それでは、不公平な神様、あなたが私になさったことはどうなんです。ご返事をなさってください。 あなたが今日オレストの考えている犯罪を妨害なさるんでしたら、それじゃ一体なぜ私の犯罪は黙ってお許しになったんです?2025/06/13 12:13:3498.夢見る名無しさんジュピテル あらゆる罪が同じように儂の気に入らぬわけではないのさ。エジスト、我々はお互いに王同士だ、だから儂はお前に打ち明けて話をしよう。 先ず最初の罪、死すべき人間などを創ってそれを犯したのがこの儂さ。さてそれ以後、お前達、つまりお前達のような殺害者達にはどういうことが出来たか? 相手に死を与えることか? さあ、そこでだ。その被害者達だって皆何時かは死ぬ身だった。 言ってみればまあ精々お前達はその死の開花を一寸早めただけの話さ。ところでお前はもしあの時アガメムノンを殺さなかったら、 あの男にその後どういう事が起こったか知っているかな? あれから三か月後にあの男は美しい奴隷女の胸の上で卒中の為に死んでいたのさ。 だが、お前の犯した罪は儂には役に立ったよ。エジスト あなたの役に立ったって? 私は十五年間もあの罪の償いをしてきたというのに、あれが、あなたの役に立ったんですって? ああ、何という事だ!ジュピテル そうさ、それがどうしたというんだね? つまりお前がその罪の償いをしたから、儂の役に立ったというわけさ。 儂は償われる罪は好きなのだ。儂はお前の罪は好きだった。なぜならあれは、己を知らぬ、古めかしい、人間らしい企てというより寧ろ災難に近いような、 無分別なはっきりしない殺人だったからね。お前は一瞬間だってこの儂に挑みはしなかった。 お前は激しい憤怒と恐怖に我を忘れてしまった。そしてそれから、やがて熱が冷めると、自分のした行為を考えて慄然とし、 自分でその犯罪を認めようとしなかった。だが儂はあの犯罪でどんなに得をしたか分からんよ! たった一人の死者の為に二万有余の人間たちが懺悔の道に投じた、差引勘定すればまあこういったわけだ。儂は決して損はしなかったよ。エジスト そういうお話の意味は分かります。オレストは後悔なんかしないでしょう。2025/06/13 12:17:5899.夢見る名無しさんジュピテル これっぽっちもね。今時分は彼は極めて組織的に、冷静に、地味に計画を立てている最中だ。 悔恨のない殺人、横柄な殺人、殺害者の魂の中は蒸気のように軽やかな、静穏な殺人に対しては儂の手の下しようがない。 儂はそういう殺人は妨害するのさ! ああ! 儂は新しい世代の犯罪だけは苦手だ。 不愉快だし、まるで麦撫子のように実を結ばない。あの優しい青年はお前をまるで雛鳥のように殺してしまうだろう、 そして両手を血だらけして、良心にはこれっぽっちの呵責もなく行ってしまうことだろう。お前の代わりに、この儂の方が屈辱を受けるのだ。 さあ! 衛兵達を呼べ!エジスト 私は厭ですと申し上げた筈です。これから行われようとしている犯罪は余程あなたのお気に召さぬらしいので、私には愉快な位です。ジュピテル (調子を変えて)エジスト、お前は王だ、そして儂はお前の王としての良心に向かって呼びかけるのだ。お前は支配することが好きなのだからな。エジスト それで、どうしたというんです?ジュピテル お前は儂を憎んでいる。だが我々はお互いに親族なのだ。儂はお前に儂の姿をかたどった。王とは地上の神だ、神のように気高い、不吉な存在だ。エジスト 不吉な? あなたが?2025/06/13 12:20:15100.夢見る名無しさんジュピテル 儂をよく見ろ。(長い間)儂は儂の姿をお前にかたどった、と言ったな。儂らは二人とも、秩序を支配させているのだ、 お前はアルゴスにおいて、儂は、この全世界においてな。そして同じような秘密が我々の心の重荷になっているのだ。エジスト 私には秘密などありません。ジュピテル あるさ。儂と同じ秘密がね。神々と王達の痛ましい秘密さ。それは人間たちが自由だからだ。彼らは自由なのだ、エジスト。 お前はそれを知っている、だが彼らはそれを知らないのだ。エジスト そうですとも、もし彼らが自由であることを知ったら、たちどころに私の宮殿の四方に火をつけることでしょう。 私はこれで十五年間も彼らの力を隠蔽するための芝居を演じてきたのだ。ジュピテル 儂らがお互いに実によく似ているという事がこれで分かっただろう。エジスト 似ている? どういう神の皮肉か存じませんが、よくもまあ私に似ているなどと言えたものですね? 私がこの国を支配し始めて以来、私の全ての行動は、全ての言葉は私の像を作り上げることに向けられてきたのだ。 私は自分の臣下の一人一人が私の像を心の中に抱いていて、そして孤独の中でさえ、 私の厳しい眼差しが最も秘められた彼の心の奥底の思考にまで及んでいくのを感じてもらいたいのだ。 だが、私の最初の犠牲者は他ならぬこの私なのだ。私にはもう彼らが私を見る様にしか自分の姿が掴めなくなってしまった。 私は彼らの魂の大きく開かれた井戸穴の中を覗き込む、すると私の像がそこに見えるのだ、そのずーっと奥底に、 それは私の胸をむかつかせる、そして私の心を奪うのだ。ああ、全能なる神様、私は一体何者なのです、 私は唯人々が私に対して抱く恐怖に過ぎないではありませんか?2025/06/13 12:24:06101.夢見る名無しさんジュピテル それでは、この儂は一体何者だと思うんだね? (像を指差して)儂だってやはり自分の像を持っている。 あの像がこの儂に眩暈を与えないとでも思っているのか? 儂は十万年の間、人間どもの前で踊りを踊って来たのだ。 まだるっこい陰鬱な踊りだ。人間どもは儂をじっと凝視めていなければならない。彼らは儂の方にじっと眼を注いでいるものだから、 自分自身を凝視することを忘れているのだ。もし儂が唯の一瞬でも己を忘れたとしたら、もの儂が一寸でも彼らの眼差しを他に逸らせでもしたら……エジスト それで? どうなんです?ジュピテル 止めておこう。そんなことは他人の知ったことじゃない。 お前は疲れている、エジスト、だが何を嘆くことがあるのだ? お前はやがて死ぬのだ。儂は死なない。 この地上に人間どもが存在する限り、儂は彼らの前で踊り続けねばならぬ運命なのだ。エジスト ああ! 一体誰が私達の運命を決めたんです?ジュピテル 誰でもない、我々自身さ。何故って儂らは二人とも同じ情熱を持っているのだからな。お前は秩序を愛しているだろう、エジスト。エジスト 秩序。そうだ。私がクリテムネストルを誘惑したのも秩序の為だった。王を殺したのも秩序の為だった。 私は秩序が支配すること、それが私を通して支配することを願ったのだ。私は欲望もなく、愛もなく、希望もなく生きてきた。 私は秩序を作ったのだ。ああ! 恐ろしい、神聖な情熱!ジュピテル 我々は他にはどうすることも出来なかったわけさ。儂は神だ、そしてお前は王として生まれたのだ。エジスト ああ!ジュピテル エジスト、儂の被造者であり私の死すべき弟よ、我々二人がかしづいているこの秩序の名において、儂はお前に命令する。 オレストとその妹を捕縛しろ。エジスト あの二人はそんなに危険なんですか?2025/06/13 12:31:03102.夢見る名無しさんジュピテル オレストは自分が自由であることを知っている。エジスト (烈しい口調で)あの子は自分が自由であることを知っている。それじゃ、あれを牢屋に押し込めるだけでは十分じゃありません。 町の中に自由な男が一人いるのは、羊の群れの中に疥癬に罹った牝羊が一匹いるのと同じです。あの子は私の王国をすっかり感染させ、 私の仕事を滅茶苦茶にしてしまいます。全能なる神様、何であなたは一刻も早くあの子を殺してしまわないのですか?ジュピテル (ゆっくりと)殺してしまうって? (間。疲れて腰を曲げ)エジスト、神々にはもう一つの秘密があるのだよ……エジスト 何を仰るつもりなんです?ジュピテル 人間の魂の中で一度でも自由が爆発してしまったら、もう神々はその男に対して何をすることも出来ないのだ。 つまり、そうなればそれは人間たちの問題だし、ほかの人間たちに?-ただ彼らの裁量だけに?-任せるより他はないのさ、 つまりその男を逃してやる方がいいか、あるいは絞め殺してしまう方がいいかはね。エジスト (ジュピテルを凝視しながら)絞め殺してしまう? 宜しい。あなたの言う通りにいたしましょう。 ただし、もう何も言わないで下さい。そしてもうこれ以上此処にいないで下さい、私はもう我慢が出来ませんから。ジュピテル、退場する。2025/06/13 12:33:25103.夢見る名無しさん第六場エジスト、暫くの間、一人でいる。次いでエレクトルとオレスト。エレクトル (飛び出してドアの方へ行く)さあ、やっつけなさい! 叫び声を上げる暇を与えちゃ駄目よ。あたしはドアを抑えてるわ。エジスト じゃ、お前だったのか、オレスト?オレスト 防御しろ!エジスト 儂は防御はしない。人を呼ぶのには遅すぎるし、遅すぎて却って儂は幸せだ。だが儂は防御はしない。お前に殺してもらいたいのだ。オレスト よし。僕には殺し方なんてどうでもいいんだ。さあ、覚悟しろ。彼はエジストを剣で刺す。エジスト (よろめきながら)うまくやりおったな。(オレストに近付きながら)お前の顔を見せてくれ。本当にお前は後悔をしてないのか?オレスト 後悔? 何故だ? 僕は当然のことをしたまでだ。エジスト 当然のこと、それがジュピテルの望むところなのだ。お前はここに隠れていて、あの方の言う事を聞いたんだ。オレスト ジュピテルが僕に何の関係がある? 正義は人間たちの問題だ、そんな事は神様になんか教えて貰わなくても分かっている。汚らわしい無頼漢のお前を打倒し、アルゴスの人民達に対するお前の王権を失墜させるのは正義だ。人民達に彼らの尊厳を回復してやるのは正義だ。彼はエジストを突き返す。エジスト 痛い!エレクトル ああ、よろめいて、あの人の顔は真っ青だわ。恐ろしい! 何て醜いんだろう、死んで行く人って。2025/06/13 12:37:51104.夢見る名無しさんオレスト 黙ってろ。彼らが墓の中に唯僕達の歓喜していた思い出だけしかもって行かぬように。エジスト 二人とも悪魔め。オレスト まだお前は死にきれないって言うのか?彼はエジストを刺す。エジスト、倒れる。エジスト 蝿どもに気を付けろよ、オレスト、蝿どもに気を付けろ。何もかも終わったわけではないぞ。彼は死ぬ。オレスト (エジストを足で押して)こいつにとっては、兎も角も万事終わりさ。さあ、僕を王妃の部屋へ案内おし。エレクトル オレスト……オレスト 何だ、どうしたというんだ?……エレクトル あの人にはもうあたし達を虐めることは出来ないわ……オレスト それで? どうしようっていうんだ? お前の言う事はさっぱり訳が分からん。今しがたは、お前はそんな口の利き方をしなかったぜ。エレクトル オレスト……あたしにもあなたの言う事はさっぱり分からないわ。オレスト じゃ、いい。僕は一人で行く。彼は退場する。2025/06/13 12:39:31105.夢見る名無しさん第七場エレクトル、独り。エレクトル あの人は叫び声を上げるかしら? (暫くの間。彼女は耳を傾ける)オレストは今廊下を歩いているわ。 今にあの人があの四番目の戸を開ける時……ああ! 私はそれを望んだんだわ! 私はそれを望んでいる、 私はまだもっともっと望まなきゃいけないんだわ。(彼女はエジストの死体を見る)あの人は死んでいる。 じゃあ、あたしはそんな風になることを望んだのね。私はこんな風だとはちっとも知らなかったわ。 (彼女は死体に近付く)何度私は夢に見たかしら、此処にこんな風に体を横たえて、 胸を剣で突き刺されて、目を瞑って、まるで寝ているようだった。 どんなに私は憎んだことだろう、どんなに憎むことが嬉しかったか。2025/06/13 12:43:46106.夢見る名無しさん だけど、この人はちっとも寝ているようではないわ、それに目も瞑っていない、私をじっと見つめているわ。 この人は死んでいる---そして私の憎しみもこの人と一緒に死んでしまった。そして私は此処にいる。 私は待っている、もう一人はまだ自分の部屋の奥の方で生きているわ、 そして今にあの人は叫び声を上げるんだわ。まるで獣のように叫び声を上げるんだわ。 ああ! この人の眼差しはもう見るに耐えない。(彼女はひざまずいて、エジストの顔の上にコートをかける) 一体私は何をしようっていうんだろう? (沈黙。次いでクリテムネストルの叫び声)やっつけたんだわ。あたし達のお母さんだった、 それをオレストがやっつけたんだわ。(彼女は立ち上がる)さあ、これでいい。私達の仇は死んだわ。何年もの間、 私はやがて襲い掛かるこの死の事を考えて心を躍らせたものだった。それなのに、今は、私の心はまるで万力で締め付けられるようだ。 私はこの十五年間自分を偽ってきたのかしら? そんなことないわ! そんなことないわ! そんなことってありえないわ。私は卑怯者じゃないんだ。 ほんの今しがただって、私はそれを望んだ。今だってまだ望んでるわ。私は、この汚らわしい豚奴が私の足許に横たわるのが見たいと望んだ。 (彼女はコートをひったくる)そんな死んだ魚のような目つきをしたって私は平気よ。私は望んだんですもの、 その目つきを、見るのがたまらなく楽しいわ。(前よりもかすかなクリテムネストルの叫び声) 叫ぶがいいわ! 叫ぶがいいわ! 私はあの人の恐怖の叫び声が聞きたいの、苦痛の呻き声が聞きたいの。(叫び声、止む) 嬉しいわ! 嬉しいわ! 私は嬉しくって涙が出て来る。私の仇が死んで、お父さんの復讐が出来たんだわ。オレスト、血だらけの剣を手にして、帰ってくる。彼女はオレストの傍に駆け寄る。2025/06/13 12:48:31107.夢見る名無しさん第八場エレクトル。オレスト。エレクトル オレスト!彼女はオレストの腕に身を投げかける。オレスト 何をそんなに怖がっているんだ?エレクトル 怖がってなんかいないわ。私は酔っているの。嬉しさに酔っているの。あの人は何て言った? 長いこと許してくれって嘆願した?オレスト エレクトル、僕は自分のしたことはちっとも後悔しないだろう。だがその事だけは話さない方がいいと思うんだ。 誰もが同じ思い出を共にするものではない。あの人が死んだって事だけ知ってお置き。エレクトル 私達を呪っていた? ねえ、それだけでいいから言って頂戴。私達を呪っていた?オレスト うん。僕達を呪っていた。エレクトル ねえ、私を抱いて、お兄さん、そして力一杯私を抱きしめて頂戴。ああ、なんて真っ暗な夜なんでしょう、 こんな暗い夜にはあの松明の光が透けるのもやっとだわ! 私が好き?オレスト 夜じゃない。まだやっと日が暮れたばかりだ。僕達は自由なんだ、エレクトル。何だか僕は自分がお前を生まれ変わらせたような気がする。 そして、僕もたった今お前と一緒に生まれ変わったような気がする。僕はお前を愛している、そしてお前は僕のものなんだ。 昨日はまだ僕は一人ぼっちだった、そして今日はお前は僕のものなんだ。血が僕達を二重に結び合わしたんだ、 だって僕達は同じ血を受けているんだし、僕達は一緒に血を流したんだからね。2025/06/13 12:55:23108.夢見る名無しさんエレクトル その剣は棄てて。その手を握らせて。(彼女はオレストの手を取り、それに接吻する)あなたの指は短くて、頑丈だわ。 掴んだり握ったりするように出来ている。可愛い手! 私の手よりずっと白いわ。 私達のお父様の暗殺者を打ち倒すのにどんなにこの手は耐え難い思いをしたでしょうね! 待ってね。(彼女は燈火を取りに行く、そしてそれをオレストの方に近寄せて)あなたの顔を照らさなくてはならないわ、 だって段々夜が暗くなっていって、もうあなたの顔が見えないんですもの。私、あなたの顔を見ている必要があるの。 あなたの顔が見えなくなると、私はあなたが怖いのよ。あなたから目を離しちゃいけないんだわ。 私はあなたが好きよ。あなたが好きだってことをしょっちゅう考えてなきゃならないの。まあ、あなたは何て奇妙な顔つきをしているの!オレスト 僕は自由だ、エレクトル。自由が電撃のように僕に襲い掛かったんだ。エレクトル 自由? 私はちっとも自由だなんて感じられないわ。こういう事がみんな何もなかった時のようには出来ないの? 何か、もう私達には思いのままに追い払うことが出来ないものがやって来たんだわ。 私達が永久にお母さんを殺した暗殺者でないようにしてくれることは出来ないの?2025/06/13 12:57:33109.夢見る名無しさんオレスト 僕がそうしたいと望んでいると思うのか? 僕は僕の行為を行ったんだ、エレクトル、そしてその行為は正しかった。 僕は丁度渡し守が旅人たちを載せていくように、それを僕の肩の上に載せていく。僕はそれを向こう岸へ渡してやる、 そして初めて僕はその行為を吟味するんだ。それが重くなればなるほど、僕は喜ぶだろう、なぜなら、僕の自由とはそれなのだから。 昨日はまだ、僕はあてどもなくこの地上をさ迷い歩いていた、そして何千という道が僕の歩く足の下から消えて行った、 なぜならその道はみんな他人のものだったんだからね。その道はみんな借り物だったんだ、川の岸に沿った舟曳の道、騾馬曳の通る小径、 二輪馬車の馭車達が使う舗装道路、みんな借り物だったんだ。どれもこれも僕の道じゃなかった。ところが今日は、もう道は一つしかない、 それがどこへ通じる道か神様だけがご存知だ。併し、それは僕の道なんだ。どうしたんだい? どうしたんだい?エレクトル ああ、もうあんたの顔は見えないのかしら? この燈火はちっとも明るくないわ。あなたの声は聞こえる、 だけどあなたの声は痛いわ、まるで包丁のように私の身を切るの。これからは何時までもこんなに暗いの、昼でも? オレスト! ほら、来たわ!オレスト 誰が?エレクトル 来たわ! 何処からやって来るんでしょう? 黒い葡萄の房のように天井から垂れ下がってるんだわ、 壁を真っ黒にしてしまうのはこいつらなの。こいつらがあの燈火と私の眼の間に入り込んでくるの、 あなたの顔を隠して見えなくするのはこいつらの影なのよ。オレスト 蝿どもだ……2025/06/13 13:00:00110.夢見る名無しさんエレクトル お聴き! こいつらの羽の音をお聴き、まるで鍛冶屋のふいごが唸っているよう。私達を取り巻いてしまった、オレスト。 私達を見張っている。今に私達に襲い掛かって来るわ、そしてあの何千というべたべた足が私の身体に触るんだわ。 どこへ逃げるの、オレスト? ああ、どんどん増えて来るわ、どんどん増えて来るわ。ほら、まるで蜂みたいに大きな奴、 こいつらがびっしり密集して、竜巻かなんぞの様に何処へも彼処へも私達に随いて来るんだわ。おお! 恐ろしい! 私にはあの眼まで見えるわ、あいつらのあの何百万という眼が私達を凝視めている。オレスト 一体蝿どもが僕達に何の関係があるって言うんだ?エレクトル この蝿たちはエリニュエスなのよ。オレスト、後悔の女神達なのよ。声 (台の向うで)開けろ! 開けろ! 開けなければ、ドアを突き破れ。重々しいドアを突く音。オレスト クリテムネストルの叫び声を聞いて衛兵達がやって来たんだ。さあ、おいで! 僕をアポロンの神殿に連れて行ってくれ。 僕達はそこで、人々や蝿どもから避難して夜を明かすんだ。明日になったら僕は僕の人民達に話をしよう。---幕---2025/06/13 13:01:41111.夢見る名無しさん第三幕 第一景アポロンの神殿。薄明かり。舞台中央にアポロンの像。エレクトルとオレストはその像の足下で、腕で両足を抱えながら眠っている。エリニュエス達(蝿)は円陣を作って二人を取り巻いている。彼女達は渉禽類のように立ったまま眠っている。舞台奥には青銅の重たげな戸。第一のエリニュエス (のびをして)あああああああ! すっかり腹を立てて、まっすぐ立ったまま眠ってしまったよ、 それにまた何て苛立たしい色んな夢を見たこった。おお、美しい怒りの花よ、私の心の美しい赤い花。 (と、彼女はオレストとエレクトルの周りを回る)眠ってるわ。何て真っ白で、滑らかなこと! 今に砂利の上を急流が流れるように二人のお腹や胸をぐるぐる匍い廻ってやるよ。 この華車な肉を根気よく磨いてやる、擦ってやる、削り取ってやる、そして終いには骨の髄までしゃぶってやる。 (彼女は数歩行って)おお、清らかな憎しみの朝だよ! 何て素晴らしい目覚めだこと。二人とも眠っているね、湿っぽくなっている。 熱気を感じている。私は、目を覚ましてるよ。すがすがしく無慈悲に、私の魂は銅なのさ。---そして今私の気持ちはとても神聖さ。エレクトル (眠ったまま)ああ!2025/06/13 16:14:18112.夢見る名無しさん第一のエリニュエス あら、唸ったよ、この娘。もうちっとの我慢だよ、今に私達が噛み付いてあげるから、私達が愛撫すれば今に悲鳴を上げるから。 男が女の中に入るように私は今にお前の中に入っていくよ、だってお前は私の妻だもの、お前は私の愛の重さを感ずるよ。 お前は綺麗だね、エレクトル、私より綺麗だよ。だけど、今に御覧、私の接吻がお前を老けさせてしまうから。 六か月も経たないうちに、私はお前を老婆のように朽ちさせてしまうだろうよ、そして、私は、私は若いままで残るのさ。 (彼女は二人の上に屈み込んで)消えてなくなるものだけど、食べるにはもってこいのいい餌食だよ、とっくり眺めてやる、 二人の息を吸ってやる、ああ腹が立って息がつまりそうだ。おお、憎しみの朝の気配を感じるのは何という無上の楽しみだ、 血管に熱火がたぎり立って、爪を立てて噛むことを考えると嬉しくてぞくぞくして来る。憎しみが身内に溢れて来て、 息がつまりそうだ。私の両の乳房の中に乳のようにふき上げてくるよ。起きろ、姉妹たち、起きろ。もう朝がやって来たよ。第二のエリニュエス ?んでる夢を見ていたよ。第一のエリニュエス もう暫くの辛抱だよ。神様の一人が今日はこの二人を護ってやってるんだとさ、だが今にきっと咽喉が渇いてお腹が空いて、 二人はこの避難所から出ていくさ。そうすりゃあ、お前は思いのままにぼりぼり?めるさ。第三のエリニュエス あああああああ! 爪が立てたいね。2025/06/13 16:16:18113.夢見る名無しさん第一のエリニュエス もうちっとお待ち。もうすぐお前のその鉄の爪はこの罪人たちの肉の中に赤い沢山の小径を引いてやれるんだ。こっちへお寄り、姉妹達、この二人を見においでよ。エリニュエスの一人 二人とも何て若いんだろう!もう一人のエリニュエス 何て綺麗なんだろう!第一のエリニュエス たんとお楽しみ。罪人って奴は何時も何時も年取った醜いのばかりでね。 綺麗な奴をやっつけていく喜びは、全く滅多に味わえるもんじゃないよ。エリニュエス達 えいああ! えいああああ!第三のエリニュエス オレストってまだほんの子供だね。私は母親のような優しさでこいつを憎んでやるのさ。 この子の蒼白い顔を膝の上にのせてやって、私は髪の毛を撫でてやるんだ。第一のエリニュエス それから?第三のエリニュエス それから私はほら、この二本の指をぎゅっとこの子の眼の中に突っ込んでやるのさ。彼女たちは一斉に笑い出す。第一のエリニュエス 溜息をついてるよ、身動きをしているよ。それそろ眼を覚ます頃だ。さあ、姉妹達、 私の姉妹の蝿達、歌を歌って罪人達を眠りから覚ましてやろう。2025/06/13 16:18:33114.夢見る名無しさんエリニュエス達の合唱 ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん。 蝿がお菓子にたかるみたいに、お前の腐った心の上に儂らは皆とまってやるぞ。 腐った心、血潮に染まった、とっても美味しい心にね。 さあ、蜂蜜みたいに吸い取るぞ、お前の心の膿血膿。 見てろ、わし達はそいつから美味しい蜜を緑の蜜を作ってやろう。 どういう愛が憎しみ程に、わし達の心を充たすのかい? ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん。 儂たちは皆家々の、じっと動かぬ目になるぞ。道端で歯をむき吠える番犬の唸り声にもなってやる。 お前の頭上の空中でぶんぶん飛んで、騒いでやる。森のざわめく音にもなるぞ。 ひゅーひゅー、ぎしぎし、しゅーしゅー、うーうー、いろんな音になってやる。 わし達は夜になってやる、お前の心の闇夜にな。 ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん。えいああ! えいああ! えいああああ! ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん。 わし達は皆膿を吸う、膿を吸い取る蝿どもだ、何でも彼でもお前とは、一緒にするんだ、覚悟しな、 お前の口の中にまで食物探しに入り込む、お前のその眼の奥底に光を見つけに入り込む、 わし達はお前のお墓まで、一緒にお供をしてやるぞ。わし達は席を譲るのは、この世じゃ蛆虫どもだけさ。 ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、 彼女達は踊り廻る。エレクトル (目を覚まして)話をしてるの誰? お前達は誰なの?2025/06/13 16:22:33115.夢見る名無しさんエリニュエス達 ぶん、ぶん、ぶん。エレクトル ああ! お前達なのね。それじゃ? 私達は本当にあの人達を殺したの?オレスト (目を覚まして)エレクトル!エレクトル まあ、誰あんたは? ああ、オレストなのね。行って頂戴。オレスト 一体どうしたって言うんだい?エレクトル あんたは怖いわ。私、夢を見たの、私達のお母さんが仰向けに倒れていて、血だらけだったわ、 そしてその血が溝になってお城の戸口という戸口の下を流れていたわ。私の手に触ってごらん、とても冷たいわ。 厭、離して。私に触っちゃ厭。あの人は沢山血を出した?オレスト お黙り。エレクトル (すっかり目が覚めて)ねえ、こっちを向いて、あなたはあの人達を殺したの? あの人達を殺したのはあなたなの? あなたは此処にいる、目を覚ましたばかりなのね、あなたの顔には何も書いてないわ、だけどあなたはあの人達を殺したのね。オレスト それがどうしたと言うんだ? そうさ、僕は殺した! (間)お前もだ、お前も恐ろしい。 お前は昨日はあんなに綺麗だったのに、まるで獣か何かが爪でお前の顔を傷だらけにしちまった様だ。エレクトル 獣? あなたの罪がだわ。あなたの罪が私の頬を目蓋を引っ掻きむしったんだわ。何だか私の眼も歯もむき出しみたいな感じだわ。 まあ、この人達は? この人達は誰なの?オレスト 此奴等の事は考えるな。お前に対しては何をすることも出来やしないさ。第一のエリニュエス あの娘が私達の真中にやってくるといい、もしやってきたら、そうすりゃできるかできないかもわかるさ。2025/06/13 16:25:05116.夢見る名無しさんオレスト 黙れ、牝犬ども奴、小屋に引っ込んでろ! (エリニュエス達、ぶつぶつ唸る)昨日は、白い衣装を着けて、あの神殿の階段の上で踊っていた、 ああ、あれがお前だったなんて考えられようか?エレクトル 私は年取ったわ。たった一晩で。オレスト お前はまあ美しい、だが……一体こんな死んだような目つきをどこで見たことがあったろう? エレクトル……お前はあの人に似ている。お前はクリテムネストルに似ている。あの人を殺すのが苦痛だったのかい? 僕は自分の罪をそのお前の両の眼の中に見ると、恐ろしい。第一のエリニュエス そりゃあ、あの娘がお前を恐ろしがってるからさ。オレスト 本当かい? 本当にお前はこの僕が恐ろしいのかい?エレクトル 放っといて。第一のエリニュエス さあ、どうだい? それでもまだお前は疑ってるのかい? どうしてあの娘がお前を憎んでないなんて言えるかい? あの娘は夢を描きながら何事もなく平穏に暮らしていたのさ。そこへ、お前が殺戮と?神を持ってやって来た。 それでどうだ、今ではお前の罪を一緒に背負って、この台の上に釘付けにされている。これがあの娘に残された地上唯一の場所なのさ。オレスト あんな奴の言う事を聞いちゃいけない。第一のエリニュエス お退り! お退り! 追っ払っておしまい、エレクトル、そいつに体を触らせちゃ駄目だよ。 そいつは人殺しだ! 屠殺者だ! そいつには味気のない生血の匂いがついている! そいつはあの年取った女を惨たらしく殺したんだよ、いいかい、何度も襲いかかってね。エレクトル 嘘じゃないのね?第一のエリニュエス 嘘なもんかね、あたしはそこに居合わせたんだ、あたしは二人の周りをぶんぶん飛び回ってたんだ。エレクトル それで、この人は何度も突き刺したって言うの?2025/06/13 16:29:05117.夢見る名無しさん第一のエリニュエス 優に十回はね。そして、その度に、剣は疵の中で「ぎしっ」って言ってたよ。あの女は手でもって顔やお腹を庇っていた、 するとそいつがその手を切りつけたんだ。エレクトル あの人は随分苦しんだ? 一遍には死ななかったんでしょ?オレスト もうあいつ等を見るな、耳を抑えろ、あいつ等に物を聞いちゃ絶対にいけない、もしお前があいつ等に物を聞いたら、もうお終いだぞ。第一のエリニュエス あの人は恐ろしく苦しんだよ。エレクトル (両手で顔を掩って)ああ!オレスト あいつ等は僕達の間を裂こうとしてるんだ、あいつ等はお前の周りに孤独の壁を立てようとするんだ。 用心おし、お前が一人ぼっちになったら、たった一人ぼっちで何も頼るものがなくなったら、あいつ等はお前に襲い掛かって来るだろう。 エレクトル、僕達はこの殺人を一緒に決心したんだ、だから僕達はその結末も一緒に耐えていかなきゃならないんだ。エレクトル まあ、あなたはこの私がそう望んだとでもいうの?オレスト そうじゃないのか?エレクトル 違うんわ、そうじゃないわ……、いいえ、待って……そうだわ。あああ! 私はもう何だか分からない。私はこの罪を夢に描いていた。 だけど、あなたよ、あなたがその罪を犯したんだわ、実の母親の仕置き人だわ。エリニュエス達 (笑いながら叫ぶ)仕置人! 仕置人! 人殺し!オレスト エレクトル、この扉の向うには、世界がある。世界と朝だ。外では太陽が昇り、道を照らしている。 さあすぐに外へ出て、太陽に照り輝いている道を行こう、そうすればこの夜の娘たちはきっと力を無くしてぐったりしてしまうよ。 日の光が剣のようにこいつ等を突き刺してしまうだろう。エレクトル 太陽が……第一のエリニュエス お前はもう二度と太陽を見ないのさ、エレクトル。あたし達はあいつとお前の間に雲なす蝗の大群のように密集して、 お前にはどこへ行っても頭上に真っ暗な夜がつきまとうのさ。2025/06/13 16:34:12118.夢見る名無しさんエレクトル 止めて! 私を苦しめるのは止めて!オレスト お前が気弱だからあいつらは益々いい気になって苦しめるんだ。ごらん。あいつ等はこの僕には何一つ言おうとしないじゃないか。 いいかい。何と言っていいか呼びようもない恐怖がお前の上にのしかかって、僕達の間を裂こうとしてるんだ。 第一、お前は僕の経験しなかったようなどんな恐ろしい経験をしたと言うんだい? お母さんのあの呻き声、 お前はあの声が何時かは僕の耳に聞こえて来なくなるとでも思うのか? それからあの大きく見開いた眼が白墨のように色褪せた顔の中で--- 荒れ狂う二つの海のようだった---お前はあの眼が何時かは僕の眼にちらつかなくなるとでも思っているのか? そしてお前を引き裂くその苦しみ、お前はそれが何時かは僕の心を悩まさなくなると思っているのか? だが、そんな事はどうだっていいのさ。僕は自由だ。苦しみや思い出は向こう側にある。自由だ。そして僕は何の矛盾も感じない。 自分で自分を憎んではいけないんだ、エレクトル。手をお貸し。僕はお前を見捨てるものか。エレクトル 手を放して! このあたしを取り巻いている牝犬たちは恐ろしい、だけどあんたはもっと恐ろしいわ。第一のエリニュエス ほら御覧! ほら御覧! 可愛いお人形さん、あいつよりもあたし達の方がよっぽど怖くないだろ。 お前にはあたし達が必要なのさ、エレクトル、お前はあたし達の子供だよ。 お前にはその肉を引っ掻き回すあたし達の爪が必要なのさ、お前にはその胸を?るあたし達の歯が必要なのさ、 お前がその心に抱いている憎しみから遠ざかるために、あたし達の残酷な愛情が必要なのさ、 お前の魂の苦しみを忘れるためにお前の肉体で苦しむことが必要なのさ。おいで! おいで! 唯階段を二つだけ下りりゃいいのさ、あたし達はお前を腕の中に抱いてやるよ、 あたし達の接吻でお前の繊弱い肉体を引きちぎってやるよ、そうすりゃ何もかも忘れてしまう。苦しみの清い炎で何もかも忘れてしまう。エリニュエス達 おいで! おいで!2025/06/13 16:38:07119.夢見る名無しさん彼女達はエレクトルの魂を誘惑するかのようにゆっくりと踊り始める。エレクトルは立ち上がる。オレスト (彼女の腕を掴まえて)行っちゃいけない、お願いだ、行ったらもうお終いだぞ。エレクトル (烈しくその手を振り離して)ふん! あたしはあなたを憎むわ。彼女は段を下りる。エリニュエス達は一斉に彼女の上に襲い掛かる。エレクトル 助けてえ!ジュピテルが登場する。2025/06/13 16:39:24120.夢見る名無しさん 第二場同上---ジュピテル。ジュピテル 小屋へ帰れ!第一のエリニュエス ご主人様! (エリニュエス達は、地面に横たわっているエレクトルを残して、残念そうに遠ざかる)ジュピテル 可哀想に。(彼はエレクトルの方へ進む)到頭お前達はこんなみじめな姿になってしまったんだね。起きるがいい、エレクトル。 儂がここにいる限り、儂の牝犬どもはお前を酷い目に遭わすことはない。(彼はエレクトルを助け起こす)何という恐ろしい顔つきだ。 たった一晩で! たった一晩で! お前のあの質素な新鮮さは何処に失せてしまったのだ? たった一晩でお前の肝臓や肺臓や脾臓はすっかり衰えて、お前の肉体はもう惨めな悲惨の塊でしかなくなってしまった。 ああ! 生意気な、愚かしい若気の過ち、何という禍をお前達は招いてしまったのだ!オレスト そんな口の利き方は止めて下さい、お爺さん。神々の王らしくもない。ジュピテル 何だと、お前こそそんな横柄な口の利き方は止めろ。ちっとも自分の罪を償っている罪人らしくないではないか。オレスト 僕は罪人ではないさ、それにあんただって僕に、自分で罪だと認めてない事の償いをさせることは出来ませんよ。ジュピテル お前は多分間違っているよ、だがもう暫く待て。儂だってそう何時までもお前を誤らせてはおかないから。オレスト 好きなだけ僕を虐めるがいい。僕には後悔する事なんて何もないんだ。ジュピテル お前の犯した罪の為にお前の妹があのような哀れな状態になっている事も、お前は後悔してないのか?オレスト していないとも。ジュピテル エレクトル、聞いたか? これが、口ではお前を愛しているなどと言っている男の言葉なのだ。オレスト 僕は自分自身よりももっと妹の方を愛している。だが妹の苦しみは妹自身から起こった苦しみだ。 その苦しみから逃れることが出来るのは唯妹だけさ。あの娘は自由なんだ。2025/06/13 16:44:56121.夢見る名無しさんジュピテル ではお前は? お前もやはり自由なんだろうね?オレスト その通りだ。ジュピテル 身の程を知れ、厚かましい馬鹿者眼、全くお前という奴は、この飢えた雌犬どもに取り囲まれながら、万物を救う神様の足の間で偉そうに反り返って、 大きな顔をしている。それでお前が自由だなどと言い張るなら、 地下牢の奥に鎖で繋がれている囚人達や、磔にされた奴隷達の自由までも偉そうに吹聴せにゃなるまいさ。オレスト それがどうしていけない?ジュピテル 注意しろよ。お前はアポロンが護ってくれていると思って虚勢を張っているんだな、だが、アポロンは儂の忠実な召使なのだ。 儂が指一本上げれば、お前なぞはすぐ見捨てられてしまう。オレスト へえ? それなら指を、手を全部挙げたらいいんだ。ジュピテル そんな事をして何になる。儂は人を罰するのが厭になったと、お前に言わなかったかな? 儂はお前達を助けに来たのだ。エレクトル あたし達を助けに? からかうのは止めて下さい、復讐と死の主よ。たとえ神様にだって、 苦しんでいる者に偽りの希望を与えることは許されていない筈です。ジュピテル 十五分以内に、お前は外に出られるのだよ。エレクトル 安全無事に?ジュピテル はっきり約束する。エレクトル その代わりに私にどうしろと仰るの?ジュピテル 何もすることはないさ。エレクトル 何も? 本当にそう仰ったの、神様?2025/06/13 16:49:59122.夢見る名無しさんジュピテル と言うか、殆ど何も、さ。お前が極めて簡単に儂にくれることが出来るもの、つまり、それはほんの少しの悔恨だ。オレスト 注意おし、エレクトル。その「何も」という奴がお前の魂の上に山のように重く圧し掛かってくるのだ。ジュピテル (エレクトルに)あいつの言う事には耳を貸すな。それより儂に返事をなさい。どうしてお前はあの犯罪を否認しようとしないのかね。 あの罪を犯したのは別の人間だ。まあ謂わばお前など殆ど共犯者とも言えない位なのだ。オレスト エレクトル! お前は十五年間の憎悪と希望を否定しようと言うのか?ジュピテル 誰が否定しろなどと言ってる? この娘はあの神を畏れぬ行為を一度だって望んだことはないのだ。エレクトル ああ!ジュピテル さあ! 儂を信頼おし。儂は人間の心の中はちゃんと読み取っているだろう?エレクトル (疑い深く)それではあなたは私の心の中に私があの罪を望まなかった。とお読みになるんですね? 十五年間、私は殺人と復讐を夢に描いていたというのに?ジュピテル 馬鹿な! お前の心の慰めになっていたあの血生臭い夢は、あれは何かしら無邪気なものだったのさ。 あの夢のお陰でお前は自分の奴隷の身の上を考えないで済んだわけさ。あの夢がお前の傲慢の傷口に包帯をかけていたのだ。 しかしお前は一度だってあの夢を実現しようなどとは考えなかった。儂の言う事は間違っているかな?エレクトル ああ! 神様、お優しい神様、本当にあなたが間違ったりなさったらどうしましょう!2025/06/13 16:51:46123.夢見る名無しさんエレクトル ああ! 神様、お優しい神様、本当にあなたが間違ったりなさったらどうしましょう!ジュピテル お前はまだ本当に小さな娘なんだ、エレクトル。他の小娘達は皆、あらゆる女たちの中で一番金持ちで、一番美しい女になりたがっている。 ところがお前は、お前の血族の恐ろしい宿命に魂を奪われて、一番苦悩に充ちた、一番罪深い女になりたいと願ったのだ。 お前は決して悪を望まなかった。お前はただお前自身の不幸をしか望まなかった。お前の年頃では、皆まだ子供で、お人形遊びや石蹴りをして遊んでいる。 それなのにお前は、可哀想に、玩具もなく、遊び友達もなく、お前は人殺しの遊びをしていたのだ、 こいつはたった一人でも遊べる遊びだからね。エレクトル ああ! ああ! お話を伺っていると、自分の心の中がはっきり分かってきます。オレスト エレクトル! エレクトル! 今こそお前は罪人だぞ。お前が心の中で望んだことを、お前以外の者で誰が知ることが出来るというのだ。 お前は、他の者がそれを決めるままにさせておくつもりか? もう弁解の余地のない過去を何故歪曲しようとするのだ。 以前のあの怒りに燃えたエレクトルを、僕があんなに好きだった若い憎悪の女神を何故否定するのだ? それに何だってお前には、この残酷な神がお前をだましていることが分からないんだ?ジュピテル 儂がお前達を騙しているって? それより儂の申出を聞くがいい。もしもお前達がお前達の犯罪を拒否するなら、儂はお前たち二人をアルゴスの王位に即けてやろう。オレスト 僕達の犠牲者の代わりにか?ジュピテル そうする必要があるのだ。オレスト すると僕はあの死んだ王のまだ生暖かい衣装を身に着けるわけか?ジュピテル それでもいいし、また他のだってかまわない。そんな事はどうだっていいことさ。オレスト そう。唯それが黒い服でありさえすれば、だな?ジュピテル お前は今喪中じゃなかったかな?オレスト そうだ、母の喪中だ、僕はそれを忘れていた。ところで、僕の臣下達だが、彼等にもやはり黒い喪服を着せねばならないのか?2025/06/13 16:55:38124.夢見る名無しさんジュピテル 彼等はもうちゃんとそうしている。オレスト ああそうだった。彼等には古い衣服を着古すだけの余裕を与えてやろう。それから、いいかい? お前分かったね。エレクトル? お前は幾滴か涙を流しさえすれば、クリテムネストルのスカートと肌着がもらえるんだ。お前がその綺麗な手で十五年間洗ってきた、 あの臭い、汚れた肌着類だ。あの人の役目もお前がしなければならない、お前は唯あの役目を繰り返しさえすればいいんだよ。 人々は完全に錯覚を起こすだろう。誰も彼もお前のお母さんがまた現れたと思うだろう、お前はお母さんに似始めたからね。 僕は、僕はもっと気難しい方だ。僕は、自分の殺した奴の半ズボンなんて穿きはしない。ジュピテル お前の態度は実に傲然としている。お前は防御もしなかった一人の男と助けを請うた一人の老女を殺した男だ。 だが、もしお前の事を知らない人間がお前の話すのを聞いたら、一人で三十人を相手に戦って、故郷の街を救ったと言っても、 きっと信じてしまうことだろう。オレスト 多分、実際に、僕は故郷の街を救ったのだ。ジュピテル お前が? お前はこの扉の向こう側に誰がいるか知っているのか。アルゴスの人民達だ---アルゴスの全市民たちだ。 彼らは自分達の救い主に感謝の気持ちを示そうと、手に手に石ころや、熊手や丸太棒を持って待ち構えているのだ。 お前は癩病患者のように孤独なのさ。オレスト そうさ。ジュピテル さあ、何もそんなことまで威張ることはあるまい。彼らはお前を軽蔑と恐怖の孤独地獄の中に投げ込んだんだぞ、 ああ、暗殺者の中でも最も卑劣な奴め。オレスト 暗殺者の中で最も卑劣な奴、それは後悔をする奴だ。2025/06/13 16:58:53125.夢見る名無しさんジュピテル オレスト! 儂はお前を作った、儂は万物を作ったのだ(神殿の壁が開く。星々がきらきらと輝く天空が現れて、 それが廻転する。ジュピテルは部隊の奥に。彼の声は大きくなる。---マイクロフォンを用う--- ただし、彼の姿は観客には殆ど気づかれぬ)見よ、あの遊星達は整然たる秩序を保ちながら廻転し、而も決して衝突することはない。 正義に従って、あの運航を定めたのは、この儂だ。聞け、宇宙の階調を、あの天空の四隅に響き渡る聖籠の大いなる鉱物の歌を。 (楽劇が聴こえて来る)この儂に依って様々な種族が永続する。儂は人間が常に人間を生み、犬の子は常に犬であることを命令したのだ、 この儂に依って潮汐の柔らかな舌は砂浜を舐めに来る、そして定められた時刻にまた引いていくのだ、 儂は植物を成長させ、儂の吐く息は花粉のような黄色い雲の層を地球の周りにたなびかせる。ここはお前の住むべき所ではないぞ、 闖入者奴。この世界におけるお前の存在は、肉に刺さった棘、領主の森の密猟者の様なものだ。この世界は善きものだからな。 儂は儂の意思に従ってこの世界を想像した、そして儂こそは正に「善」なのだ。併しお前は、お前は悪を犯した、 万物が化石した声でお前を非難している。「善」は至る所にあるのだ、蒴?の髄、泉のさわやかさ、珪石の粒子、石の重さ、 全て「善」だ、お前はそれを火や光の本質の中にまで見出すだろう、お前の肉体そのものさえお前に背く、 何故なら肉体は儂の定めた規定に従うのだからな。「善」はお前の裡にあり、お前の外にある。それは鎌のようにお前の肉体を貫き、2025/06/13 17:04:27126.夢見る名無しさん それは山のようにお前を押し潰し、それは海のようにお前を運び、転がす。お前の悪い企てを成功させたのはその「善」だ、 何故ならそれはあの蝋燭のきらめきであったし、お前の剣の硬さ、お前の腕の力であったんだからな。 そして、お前がそんなにも自慢している、お前がその作者であると自称している「悪」とは、存在の反映、逃口上、 その存在さえ「善」に依って支えられているまやかしの影以外の何ものであろう。オレスト、お前自身に還るがいい。 宇宙がお前の誤謬を指摘している。そしてお前はこの宇宙の中の一匹の蛆虫に過ぎぬのだ。自然の中に還れ、叛逆の子よ。 お前の誤謬を知れ、それを憎め、臭い齲歯のようにそれを抜き取ってしまえ。さなくば、海はお前の前で引き退き、 泉はお前の行く手で枯れ渇き、石や岩石はお前の道の外に転がり、そして大地がお前の足の下で砕け散りはしまいかと恐れよ。オレスト 砕け散ってしまえばいい! 岩石が僕に罪を宣告し、植物が僕の行手で枯れ萎んでしまえばいいのだ。 お前の全宇宙を以てしても僕の誤謬を指摘することは出来るものか。お前は神々の王だ、ジュピテル、石や星たちの王、大海の浪の王だ。 だが、お前は人間達の王ではないのさ。2025/06/13 17:08:33127.夢見る名無しさん 壁が再び接近して来る。ジュピテルは、疲れて腰を曲げ、再び現れる。彼は普通の声で話し始める。ジュピテル 儂がお前の王ではないと、生意気な幼虫め。じゃ一体誰がお前達を作ったのだ?オレスト お前さ。だが、僕を自由な人間に作ったのが間違いだったんだ。ジュピテル 儂は、儂に奉仕させる為にお前に自由を与えたのだよ。オレスト それはそうかもしれない、だがその自由がお前に反抗するのだ、そして僕達はどちらもそれに対してどうすることも出来ないのさ。ジュピテル おや! 到頭謝ったかね。オレスト 僕は謝りはしない。ジュピテル 本当かね? どうだ、お前がそれの奴隷だと思っているその自由という奴は、なんだか随分謝罪に似ている様じゃないか?オレスト 僕はその主人でもなければ奴隷でもないさ、ジュピテル。僕は僕の自由なのだ。 お前が僕を創造するや否や、僕はお前のものではなくなったのだ。エレクトル ねえ後生だから、オレスト、お父様の名にかけて、あの罪に冒?を付け加えるような事はしないでちょうだい。ジュピテル この娘の言う事をよく聴け。お前の理屈でエレクトルを引っ張っていけると思ったら大間違いだ。 そういう話はあの娘の耳にはかなり新奇に、またかなり不愉快に聴こえるらしいな。2025/06/13 17:10:41128.夢見る名無しさんオレスト 僕の耳にだってそうさ、ジュピテル。またその言葉を吐く僕の咽喉にも、またその通り路でその言葉を細工する僕の舌にも、 それは新規で不愉快だ。僕は自分で自分を理解するのが大変なんだ。昨日はまだお前は僕の眼を覆っていた覆いだった、 耳の中に詰められていた蝋の栓だった。昨日だったら僕は言い訳を言ったろう。僕が世に生きている事の言い訳はお前だったのだ、 何故ってお前の計画に奉仕させようと僕をこの世に生み出したのはお前だったんだからね、 そして世の中とは絶えずお前について僕にお喋りをする年取った世話好きの女だったのさ。それから、お前は僕を見捨てたんだ。ジュピテル お前を見棄てた? この儂がか?オレスト 昨日は、僕はエレクトルの傍にいた。お前の自然の全てが僕の周りにひしひしと感じられた。 そうだ、お前の「善」の歌を、あの人魚の歌い手が、歌っていたっけ、そしてこの僕に惜しげもなく様々な忠告を与えてくれた。 この僕の心を和やかにしようと焼け付く太陽は恰度ヴェールで眼差しを覆うように、その光を弱めてくれた。 神への罪科の数々を忘れろとすすめる様に、大空は神の大赦の様に気持ちよく澄み渡った。 僕の青春は、お前の命令に大人しく服して、立っていた、それは見棄てられようとしている婚約の女の様に、嘆願しながら、 僕の眼の前に立っていた。それが僕の青春の見納めだったのさ。併し、突然、自由が僕に襲い掛かり、僕を戦慄させた、 自然は後の方に飛んで退き、すると僕にはもう年齢がなくなっていた。そして僕は、恰度影を無くした男か何かの様に、 お前の小さな恵み深い世界の真っ只中に、たった一人ぼっちでいるのに気付いたのだ。 そしてもうこの世には「善」も「悪」もなく、僕に命令を与えるものとて誰一人いなくなってしまっていたのだ。2025/06/13 17:14:22129.夢見る名無しさんジュピテル それで? するとこの儂は疥癬に罹って仲間の群れから引き離された牝羊や、 隔離所に閉じ込められた癩病患者までも褒め称えなければならんというわけかな? 思い出して御覧、オレスト。 お前は儂の引き連れていた群れの中の一員だった、お前は儂の羊たちの真ん中で儂の野原の牧草を食べていた。 お前の自由とはお前をむずむずさせる疥癬に過ぎないのさ、それは追放と言う事に過ぎないのさ。オレスト お前の言う通りだ。追放なのだ。ジュピテル 禍はそんなに深くはない。昨日から始まったばかりだ。僕達の仲間に戻っておいで。戻って来るがいい。 何てお前は独りぼっちなんだ、お前の妹にさえ見捨てられて。お前は真っ青な顔をしている。苦しみの為に目が脹れている。 お前は生きたいのか? お前はそうして残忍な悪に苦しめられている。 儂にも覚えのないまたお前自身にも覚えのない奇妙な悪だ。戻っておいで。儂は忘却だ、儂は休息だ。オレスト 僕自身にも覚えのない、奇妙な……そうだ。自然の外にも、自然に対しても、弁解もなく、ただ僕自身の中にしか頼るべきものはない。 だが僕はお前の掟の元には戻らない。僕は僕の掟以外の掟は持たないように運命づけられているのだ。 僕はお前の自然には戻りはしない。そこにはお前の方へ通じている何千という道が引かれてある、 だが僕はもう自分の道しか辿ることは出来ないんだ。なぜなら僕は人間だからさ、ジュピテル、 人間は皆夫夫自分の道を発見していかなければならないんだ。自然は人間を嫌悪する、そしてお前も、 神々の支配者であるお前もやはり人間たちが大嫌いなんだ。ジュピテル お前の言う事は嘘ではない。儂は人間たちがお前のようになると、憎らしいのだ。2025/06/13 17:21:25130.夢見る名無しさんオレスト 注意しろ。お前は自分の弱点をたった今告白したぞ。僕は、僕にはお前が憎らしくはない。お前と僕の間に一体何があるというのだ? 僕達は恰度二隻の船のように互いに触れ合うことなく滑って行くだけだ。お前は神だ、そして僕は自由なのだ。 僕達は同じように独りぼっちで、僕達の苦しみは似かよっている。僕があの長い夜の間、後悔を索めなかったなどと誰がお前に言うんだ? 後悔。眠り。僕はそれを索めた。だが今では僕には後悔することも出来ない。眠ることも。 沈黙。ジュピテル これからどうしようというんだ?オレスト アルゴスの人民達は僕の臣下だ。彼らの眼を開いてやらねばならない。ジュピテル 哀れな奴等め! お前は彼らに孤独と恥辱の贈り物をしようとしている、お前は儂が彼等に被せてやった布を彼等から剥ぎ取ろうとしている、 そしてお前は彼等にいきなり赤裸な彼らの実存の姿を、彼らの淫猥で無味乾燥な実存の姿を、 無の為に彼等に与えられている実存の姿を見せつけようとしているのだ。オレスト 彼等だってその分け前を受けるべきなのに、何故僕が僕の裡に絶望を彼らに与えてはいけないというのか?ジュピテル その絶望で彼等は何をするというのだ?オレスト 好きなことをさ。彼等は自由なのだ。そして人間の命は、絶望の反対側から始まるのだ。 沈黙。ジュピテル それならいい、オレスト、こういったことはみんな前から分かっていたのだ。 一人の男がいずれ神の黄昏を告げにやって来る筈になっていた。 それがお前だったんだな? 昨日のあの娘のような顔つきを見て、誰が一体それを信じられたろう?オレスト 僕自身にだってそれが信じられたろうか? 僕の言う言葉は僕の口には大きすぎるのだ、それは僕の口を引き裂く。 僕の担っている運命は、僕の青春には重すぎる、それは僕の青春を押し潰した。ジュピテル 僕はお前を殆ど愛していないが、しかしお前を気の毒だと思っている。2025/06/13 17:26:50131.夢見る名無しさんオレスト 僕もお前を気の毒だと思う。ジュピテル さよなら、オレスト。(彼は二、三歩歩いて)お前はね、エレクトル、こう思っているがいい。 儂の支配はまだ終わったわけではない、いや終わるどころではない---儂は戦いを放棄しようとは思わないのだ。 お前が儂と心を共にするか、儂に反抗するか、よく考えてみるがいい。さよなら。オレスト さよなら。 ジュピテル、退場。2025/06/13 17:28:04132.夢見る名無しさん 第三場 同上---ジュピテルを除く。エレクトルは徐ろに立ち上がる。オレスト 何処へ行くんだ。エレクトル 放っておいて。あなたにはもう何も言う事はないわ。オレスト 昨日から知り合ったお前だが、永久に別れねばならないのか?エレクトル ああ、私はあなたなんかに逢わなければよかったんだわ。オレスト エレクトル! 僕の妹、僕の可愛いエレクトル、僕のたった一つの愛、僕の一生のたった一人の優しい人、 僕を一人ぼっちにしないでおくれ。僕と一緒にいておくれ。エレクトル 泥棒! 私は自分のものは殆ど何も持っていなかった、ただ少しばかりの平穏と幾らかの夢だけだった。 あんたはそれをみんな奪ってしまった、あんたは一人の貧しい女を略奪したんだわ。あなたは私の兄さんだった、 私達の家族の長だった。あなたは私を庇って呉るべきだったわ。だけどあなたは私を血の中に投げ込んでしまった、 私は皮を?がれた牛のように血だらけ。蝿という蝿が私の後を追って来る、あのがつがつした蝿達が、そして私の心はまるで恐ろしい蝿の巣のよう!オレスト それはそうだ。僕はお前からみんな奪ってしまった。そして僕にはお前に与えられるものは---唯僕の罪以外には---何もないのだ。 併し、何という広大な現在だろう。お前はそれが鉛のように僕の魂の上にのしかかっていないと思うのかい? 以前は僕達はとても軽々としていたね、エレクトル。今では、僕達の足は馬車の車輪がぬかるみの轍にめり込む様に地面の中にめり込んでいく。 さあ、おいで、僕達は行くんだ、そして僕達は大切な荷物を担いで身を屈めながら、重い足を引き摺って歩いて行くんだ。 手をお貸し、僕達は一緒に……エレクトル 何処へ?2025/06/13 17:32:41133.夢見る名無しさんオレスト 何処か知らない。僕たち自身の方へだ。幾つも川を渡り山を越えた向こう側には、別のオレストとエレクトルが僕達を待っている。 それを僕達は根気よく探さなければならないんだ。エレクトル もうあなたの言う事は聞きたくないわ。あなたは不幸と嫌悪だけしか私に与えてくれない。(彼女は舞台の上に飛び下りる。 エリニュエス達がじりじりと近寄って来る)助けて! ジュピテル、神々と人間の王様、あなたの腕に私を抱いて、連れて行って、護って。 あなたの掟に従うわ、あなたの奴隷に、あなたのものになるわ、あなたの足に、膝に接吻するわ。 この蝿達から私の兄さんから、私自身から私を護って、私を独りにしないでちょうだい、私は全生涯を贖罪に捧げるわ。 私は後悔している。ジュピテル、私は後悔しているわ。 彼女は走りつつ、去る。2025/06/13 17:34:39134.夢見る名無しさん 第四場 オレスト?-エリニュエス達。エリニュエスはエレクトルを追って行こうとする仕草をする。第一のエリニュエスがそれを制止する。第一のエリニュエス 放っとき、姉妹達、あの娘は私達から逃げてしまった。だがこいつがまだ残っているよ、それもまだ当分はね、そうに違いないよ、何故ってこのちっぽけな魂は皮のように頑固だもの。こいつは二人分苦しむのさ。 エリニュエス達はぶんぶん唸り始めオレストの方へ近寄る。オレスト 僕はたった独りだ。第一のエリニュエス そんなことあるかい、ああ、暗殺者の中で一番可愛い人、私がまだいるよ。今にお前の気晴らしに素晴らしい遊びを考え出してあげるよ。オレスト 死ぬ迄、僕は独りぼっちだ。それから……第一のエリニュエス さあ元気をお出し、姉妹達、こいつはだんだん弱って来る。ごらん、こいつの眼がだんだん大きく見開いてくる。今にこいつの神経はあの恐怖の美沙なアルペジオで引かれる竪琴の琴線のように鳴り響き始めるよ。第二のエリニュエス 今にお腹が空いてこいつは外へ出て行くだろう。夜にならぬ内にこいつの血の味が味わえるというものさ。オレスト 可哀想に、エレクトル! 教僕が入って来る。2025/06/13 17:36:06135.夢見る名無しさん第五場オレスト---エリニュエス達---教僕。教僕 おや、お坊ちゃま、斯んな処にいらしたんですか? 暗くてちっとも見えませんな。食物を少しばかり持って参りましたよ。 アルゴスの人民達が神殿を包囲してまして、これじゃとても逃げ出すことだって出来やしません。今夜は、何とかして逃げ出さにやなりますまい。 まあそりゃそうとして、お食事なさいまし。(エリニュエス達行手を遮る)ほっ、何ですね、いったいこ奴等は? またしても迷信ですかい。 ああ、あの静かなアッチカの国はよござんしたね、あそこじゃ手前の理屈が道理で通ったんですから。オレスト 僕に近寄っちゃ駄目だ、あいつらがお前の生き身を引き裂くぞ。教僕 お静かに、別嬪さん。どうですね、この肉と果物は如何です、こんなものであんた方のお気が鎮まるならね。オレスト アルゴスの人民達が神殿の前に集ってるって言うのか?教僕 そうなんですよ! ですから私だって、此処にいるこの綺麗な小娘達の方か、あっちのあなたの愛する臣下達の方か、 どいつの方が一体あなたに害をなす悪い、酷い奴等かとなると、一寸判断がつきかねますねえ。オレスト よし(間)あの扉を開けろ。教僕 お気は確かですか? みんなあの向うにいるんですぜ、てんでに凶器を持って。オレスト 言われた通りにするんだ。2025/06/13 19:00:02136.夢見る名無しさん教僕 この度だけは言う事をききませんからどうぞお許し下さい。奴らは石を投げてお坊ちゃまを殺してしまいますって。オレスト 僕はお前の主人だぞ、爺、この戸を開けろと言ったら開けるんだ。 教僕は少し扉を開ける。教僕 おお! 大変、大変! おお! おお!オレスト 両方に開け放て!教僕は扉を開け、その開き戸の一方の陰に身を隠す。群衆はその両扉を烈しく押し、制止されて閾の上に立ち止まる。強烈な太陽と光。2025/06/13 19:01:11137.夢見る名無しさん第六場 同上---群衆群衆の中より叫び声---殺せ! 殺せ! 石で叩き殺せ! 八つ裂きにしてしまえ! 殺せ!オレスト (彼らの声は耳にも入らず)---ああ、太陽だ!群衆 涜神者! 暗殺者! 人殺し! 四つに裂いて死刑にしてしまうぞ。お前の傷の中にどろどろに溶けた鉛を流し込んでやるぞ!一人の女 お前の眼を引きむしってやるよ。一人の男 貴様の肝臓を食ってやる。オレスト (立ち上がって)ここに来ていたのか、僕の忠実な臣下達? 僕はオレストだ、お前達の王、アガメムノンの息子だ、 そして今日は僕の戴冠の日なのだ。(群衆達、狼狽してがやがや言う)お前達はもう叫ばないのか? (群衆は沈黙する)そうか、お前達は僕が怖いんだね。十五年前、同じ日に、もう一人の暗殺者がお前達の前に立った、 彼は肱の辺りまで血濡れの赤い手袋をしていた、血の手袋だ、そしてお前達はその男には恐れを抱かなかった。 何故ならお前達はその眼の中に、彼がお前達と同じ仲間の人間であること、彼が自分の行為に耐えるだけの勇気を持っていない人間で あることが読めたからだ。罪を犯した本人が耐えられないような罪、そんな罪はもはや誰の罪でもない、そうじゃないか? それは殆ど不慮の災難の様なものだ。お前達はその罪人を王として迎え入れた。するとその古い罪が、この街の壁という壁の間に、 かすかな呻き声を上げながら、まるで喪家の犬のように徘徊し始めたのだ。2025/06/13 19:06:47138.夢見る名無しさん 僕の顔をよく見ろ、アルゴスの人民達よ、お前達は僕の罪が全く僕だけのものであることが分かったろう。 僕はこの太陽を前にして僕の罪を引き受ける。その罪こそ僕の生存理由でもあり、僕の自尊心なのだ。 お前達には僕を罰することも、僕に同情することも出来ない、そして僕がお前達を畏れさせる理由はそれなのだ。 だがしかし、僕の臣下達よ、僕はお前達を愛している、そして僕が殺したのはお前たちの為にだ。お前たちの為になのだ。2025/06/13 19:09:26139.夢見る名無しさん 僕は自分の王国の権利を取り戻すためにやって来た、だがお前達は僕が同じ仲間の人間でなかったので、僕に反撥をしたのだ。 だが今は、僕はお前達の仲間だ、臣下達よ、僕達は血で結び合わされている、そして僕こそお前達に値する男なのだ。 お前たちの誤謬、お前たちの後悔、お前達の夜毎の苦しみ、エヂストの犯罪、全て僕のものだ、みんな僕が引き受ける。 お前達の死者を怖れるな、それはみんな僕の死者なのだ。それから御覧。お前達の忠実な蝿どもはお前達を離れて僕の方にたかってきた。 だが怖れることはない、アルゴスの人民達よ。僕は、血濡れのままで自分の殺した人の王座には座る気持ちはないのだ。 ある神が僕に王座を与えると言ったが、僕は辞退したのだ。僕は土地もない、臣下もない王になりたいと思う。 さよなら、諸君、生きようと試みるのだ。ここではあらゆるものが新しく、あらゆるものが新たに始まるのだ。ある奇妙な生がね。 もう一つ、聞いて貰いたい話があるのだ。ある夏の事、スキュロスの島が鼠の害に悩まされたことがある。それは恐ろしい災害だった、 鼠があらゆるものを?り出したのだ。町の住民たちはそのために死ぬほどの思いをした。ところが、ある日、一人の笛師がやって来た。 彼は街の中央に立った---こんな風にね。(彼は自分でその様に立つ)そして彼は笛を吹き始めた、すると鼠という鼠がみんな彼の周りにひしめき合って集って来た。 やがて彼はこんな風に大股に歩き始めたのだ。(彼は台から下りる)スキュロスの住民たちに向かってこう叫びながらね。「そこをどけ!」と。 (群衆は遠ざかる)すると鼠達は皆しぶしぶ頭をもたげた---丁度蝿どものやるようにね、見ろ! 見ろ、あの蝿どもを! そうすると、たちまち鼠どもは彼の跡を追ってあわただしく走り去ったのさ。 そしてその笛師はこの鼠たちと一緒に永久に姿を消してしまったのさ。こんな風にね。2025/06/13 19:15:03140.夢見る名無しさん彼は出て行く。エリニュエス達は彼の背後から唸り声を上げながら飛び掛かって行く。---幕---2025/06/13 19:15:35
【自民・小野寺政調会長、減税のデメリットを強調】「消費税減税、実は所得の低い方々には恩恵が薄く、高い物をたくさん変える高所得者ほど得をする」ニュース速報+4478072025/06/20 06:29:16
エジスト---クリテムネストル---オレストとエレクトル(隠れている)
クリテムネストル どうなすったの?
エジスト あなたも見ただろう? ああやって儂が嚇かしてやらなかったら、彼らは忽ち後悔の気持ちを追いやってしまう所だった。
クリテムネストル あなたのご心配なさるのは、その事なんでしょう?
けれどあなたは何時だってお好きな時に彼らの勇気を挫いてしまうことがお出来になるじゃありませんか?
エジスト それはまあそうだ。わしは唯ああした芝居をするのが酷く上手いというだけさ。
(間)エレクトルを罰しなければならなかったことを儂は遺憾に思っている。
クリテムネストル あの娘が私のお腹を痛めた子だからですの? あなたがそうなさる方がよいと思われたんですもの、
私だってあなたのなさることはみんな正しいと思いますわ。
エジスト 后、儂がその事を遺憾に思ってるのはお前の為にではない。
クリテムネストル まあ、何故ですの? 貴方はエレクトルを愛してはいらっしゃらなかったの?
エジスト 儂は疲れている。わしが全国民の後悔の全てを引き受けて、此の腕の先に支え上げてからもう十五年になる。
儂がこうして案山子のように衣装を著てからもう十五年になるのだ。この点い衣服のお陰で遂に儂の魂まで色褪せてしまった。
エジスト 分かってる、后、分かってるよ、お前は自分の後悔の気持ちを儂に話そうというんだろう。
まあ、いい、儂にはそれが羨ましいのさ、そういう後悔の気持ちはお前の一生の飾りになる。
儂は、それを持っとらんのだ。だがアルゴスの街には儂程悲しい人間は唯一人いない筈だ。
クリテムネストル ああ、あなた……(彼女は王に近寄る)
エジスト 放っておいてくれ、娼婦め! 恥かしいとは思わぬのか、あの眼が見ているというのに……
クリテムネストル あの眼って? 誰が一体あたし達を見てますの?
エジスト 何だって? 王さ。今朝、死者達を放したではないか。
クリテムネストル あなた、どうかそんなこと仰らないで……死者達は地下にいて、そんなに早くからあたし達の邪魔はしませんわ。
あなたはお忘れになったの、人民達をだますためにこんな作り話をお考えになったのはあなたご自身じゃありませんか?
エジスト それはそうだ。后。それで? いいか、儂は大変疲れているんだよ? 一人にしてくれ、儂は考え事をしたいのだ。
クリテムネストル、退場。
エジスト---オレストとエレクトル(隠れている)
エジスト この儂が、ああ、ジュピテル、この儂がアルゴスの為にお前の要求した王だというのか?
儂は行ったり、来たり、また大声で叫ぶことも出来る。儂は至る所に恐ろしい勿体ぶった姿を引っ張りまわす、
そして儂の姿を見る者は骨の髄まで罪悪を感じるのだ。だが儂は空ろな一箇の殻に過ぎない。
一匹の獣が儂の知らないうちに儂の中身を食ってしまったのだ。今儂はじっと儂自信を眺めてみる、
儂はアガメムノンよりももっと哀れな死者なのだ。儂は悲しいと言ったかな? それは嘘だ。
儂は悲しくもない、陽気でもない、砂漠だ、澄み切った大空の虚無の下の無数の真砂の虚無だ。それは不吉だ。
ああ! 儂に唯の一滴の涙を流させてくれるなら儂は自分の王国をやってもいいと思う!
ジュピテル、登場する。
同上---ジュピテル。
ジュピテル 嘆くがいい。お前はあらゆる王と同じような一人の王なのだ。
エジスト お前は誰だ? ここへ何しに来た?
ジュピテル 儂をご存知ないかな?
エジスト 出て行け、さもないと衛兵を呼んでぶちのめすぞ。
ジュピテル 儂をご存知ないって? しかしお前は儂に逢ったことがあるがね。あれは夢の中だった。儂がもっと恐ろしい格好をしていたことは確かだ。(雷鳴、雷光、ジュピテルは恐ろしい形相をしてみせる)こんな風だったかな?
エジスト ジュピテル!
ジュピテル その通りだ。(彼は再び笑い顔になり、像の方へ近寄っていく)これが儂ってわけか、え? こんな風にアルゴスの住民たちは皆、お祈りをする時に儂の顔を見るわけなんだな? 全く、神にとっては面と向かって自分の姿をつくづく眺めるなんてことはめったにない。(間)何て醜い顔をしているんだ! こんな風じゃ皆儂の事をあまり好いていないに違いないな。
エジスト 皆あなたを恐れております。
ジュピテル 結構! 儂は好いて貰いたいなどとは思ってもいないさ。お前は儂が好きかね?
エジスト あなたは私にどうしろと仰るんです? 私は充分に償いませんでしたか?
ジュピテル 充分なものか!
エジスト 私は生命をすり減らして務めています。
エジスト まだ二十年も?
ジュピテル 死んだ方がいいと言うのか?
エジスト ええ。
ジュピテル もし誰かが抜身の剣を持ってここへ入って来たとしたら、お前はその剣に胸を突き出すだろうな。
エジスト 分かりません。
ジュピテル いいか、よく聴け。もしお前がその男のなすがままに殺されたら、お前は見せしめに罰を受けるのだ。お前は地獄へ行って永久に王になるのさ。儂はこの事をお前に言いに来たわけだ。
エジスト 誰か私を殺そうと狙っているのですか?
ジュピテル その様だな。
エジスト エレクトルでしょう?
ジュピテル それからもう一人も。
エジスト 誰です?
ジュピテル オレスト。
エジスト ああ! (間)これもそうなる運命なんだ、私にどうすることが出来よう?
ジュピテル 「どうすることが出来よう」だと? (調子を変えて)すぐに命令を出すんだ、フィレエブと自称している若い見慣れぬ男を見つけ次第捕縛すること。そいつを捕らえてエレクトルと一緒にどこかの地下の暗牢へ投げ込んでしまうこと。---そうすればお前は二人の事は忘れてしまっていいのさ。さあ! 何をぐずぐずしているんだ。衛兵を呼べ。
エジスト 嫌です。
エジスト 私は疲れているんです。
ジュピテル 何故自分の足許ばかり見つめているんだ? お前の充血した大きな両の眼を儂の方に向けてみろ。よしよし!
お前はまるで馬のように高尚で畜生だ。ただし、お前の抵抗が儂の気持ちを苛々させると思ったら大間違いだぞ。
そんな抵抗はいわば唐辛子みたいなもので、やがてお前が服従すれば、その服従をなお一層美味にしてくれるのさ。
何故って、お前が終いには屈服するってことは儂にはちゃんと分ってるんだから。
エジスト 私はあなたの思惑通りに動きたくない、と言ってるんです。もう私はつくづく厭になりました。
ジュピテル 元気を出せ! 元気を出せ! 抵抗しろ! 抵抗しろ! ああ! 儂はお前の持っている様な魂が大好きなんだよ。
お前の眼は光を発している、お前は拳を握り締め、ジュピテルに面と向かって拒絶の言葉を投げる。
だがしかし、ねえお前さん、仔馬さん、強情な仔馬さん、もう大分前の事だがお前の心が儂に素直に「はい」と言ったこともあるんだ。
さあさあ、言う事をききなさい。儂が何の理由もなくわざわざオリンポスの山から降りて来ると思うのかい?
儂はこの犯罪は是非ともお前に知らせておきたかったんだ、何故ってこいつは事前に防いだ方がいいと思ったから。
エジスト 私に知らせる! ……それは不思議ですね。
ジュピテル ところがどうして、極めて不思議なことさ。儂はこの危険からお前を救ってやりたいのだ。
エジスト 誰がそんなことをあなたに頼んだんです? それじゃアガメムノンにも、あなたは彼にも知らせたんですか?
でもあの男は生きたいと願っていた。
ジュピテル ああ、あの恩知らずめ、あいつは哀れな人間さ。儂にはアガメムノンよりもお前の方が余程可愛いのさ、
儂の口からそう言っているのにお前にはまだ不平があるのか。
私が斧を手にして真っ直ぐに王の浴槽の方へ駆け寄って行くのを平気で見て居られた---そしてあなたご自身は、
きっとあの山の上で、罪人の魂はなかなか美味いものだなどと考えながら、舌なめずりをしていらっしゃったのでしょう。
ただし今日はあなたは彼の本心に逆らってオレストを庇っていらっしゃるんだ---
そしてこの私に、あなたがあの子の父を殺すような羽目に追い込んだこの私に今度はその息子の腕を捕まえさせようとなさったんだ。
私は暗殺者になるにはまったくお誂え向きだったんです。ただしあの子には、失礼ながら、あの子にはきっと何か別の目論見が御座いますんでしょう。
ジュピテル 何という奇妙な嫉妬だ。安心するがいい。儂はあの子をお前以上には愛していない。儂は誰も愛して居りはせんのだ。
エジスト それでは、不公平な神様、あなたが私になさったことはどうなんです。ご返事をなさってください。
あなたが今日オレストの考えている犯罪を妨害なさるんでしたら、それじゃ一体なぜ私の犯罪は黙ってお許しになったんです?
先ず最初の罪、死すべき人間などを創ってそれを犯したのがこの儂さ。さてそれ以後、お前達、つまりお前達のような殺害者達にはどういうことが出来たか?
相手に死を与えることか? さあ、そこでだ。その被害者達だって皆何時かは死ぬ身だった。
言ってみればまあ精々お前達はその死の開花を一寸早めただけの話さ。ところでお前はもしあの時アガメムノンを殺さなかったら、
あの男にその後どういう事が起こったか知っているかな? あれから三か月後にあの男は美しい奴隷女の胸の上で卒中の為に死んでいたのさ。
だが、お前の犯した罪は儂には役に立ったよ。
エジスト あなたの役に立ったって? 私は十五年間もあの罪の償いをしてきたというのに、あれが、あなたの役に立ったんですって? ああ、何という事だ!
ジュピテル そうさ、それがどうしたというんだね? つまりお前がその罪の償いをしたから、儂の役に立ったというわけさ。
儂は償われる罪は好きなのだ。儂はお前の罪は好きだった。なぜならあれは、己を知らぬ、古めかしい、人間らしい企てというより寧ろ災難に近いような、
無分別なはっきりしない殺人だったからね。お前は一瞬間だってこの儂に挑みはしなかった。
お前は激しい憤怒と恐怖に我を忘れてしまった。そしてそれから、やがて熱が冷めると、自分のした行為を考えて慄然とし、
自分でその犯罪を認めようとしなかった。だが儂はあの犯罪でどんなに得をしたか分からんよ!
たった一人の死者の為に二万有余の人間たちが懺悔の道に投じた、差引勘定すればまあこういったわけだ。儂は決して損はしなかったよ。
エジスト そういうお話の意味は分かります。オレストは後悔なんかしないでしょう。
悔恨のない殺人、横柄な殺人、殺害者の魂の中は蒸気のように軽やかな、静穏な殺人に対しては儂の手の下しようがない。
儂はそういう殺人は妨害するのさ! ああ! 儂は新しい世代の犯罪だけは苦手だ。
不愉快だし、まるで麦撫子のように実を結ばない。あの優しい青年はお前をまるで雛鳥のように殺してしまうだろう、
そして両手を血だらけして、良心にはこれっぽっちの呵責もなく行ってしまうことだろう。お前の代わりに、この儂の方が屈辱を受けるのだ。
さあ! 衛兵達を呼べ!
エジスト 私は厭ですと申し上げた筈です。これから行われようとしている犯罪は余程あなたのお気に召さぬらしいので、私には愉快な位です。
ジュピテル (調子を変えて)エジスト、お前は王だ、そして儂はお前の王としての良心に向かって呼びかけるのだ。お前は支配することが好きなのだからな。
エジスト それで、どうしたというんです?
ジュピテル お前は儂を憎んでいる。だが我々はお互いに親族なのだ。儂はお前に儂の姿をかたどった。王とは地上の神だ、神のように気高い、不吉な存在だ。
エジスト 不吉な? あなたが?
お前はアルゴスにおいて、儂は、この全世界においてな。そして同じような秘密が我々の心の重荷になっているのだ。
エジスト 私には秘密などありません。
ジュピテル あるさ。儂と同じ秘密がね。神々と王達の痛ましい秘密さ。それは人間たちが自由だからだ。彼らは自由なのだ、エジスト。
お前はそれを知っている、だが彼らはそれを知らないのだ。
エジスト そうですとも、もし彼らが自由であることを知ったら、たちどころに私の宮殿の四方に火をつけることでしょう。
私はこれで十五年間も彼らの力を隠蔽するための芝居を演じてきたのだ。
ジュピテル 儂らがお互いに実によく似ているという事がこれで分かっただろう。
エジスト 似ている? どういう神の皮肉か存じませんが、よくもまあ私に似ているなどと言えたものですね?
私がこの国を支配し始めて以来、私の全ての行動は、全ての言葉は私の像を作り上げることに向けられてきたのだ。
私は自分の臣下の一人一人が私の像を心の中に抱いていて、そして孤独の中でさえ、
私の厳しい眼差しが最も秘められた彼の心の奥底の思考にまで及んでいくのを感じてもらいたいのだ。
だが、私の最初の犠牲者は他ならぬこの私なのだ。私にはもう彼らが私を見る様にしか自分の姿が掴めなくなってしまった。
私は彼らの魂の大きく開かれた井戸穴の中を覗き込む、すると私の像がそこに見えるのだ、そのずーっと奥底に、
それは私の胸をむかつかせる、そして私の心を奪うのだ。ああ、全能なる神様、私は一体何者なのです、
私は唯人々が私に対して抱く恐怖に過ぎないではありませんか?
あの像がこの儂に眩暈を与えないとでも思っているのか? 儂は十万年の間、人間どもの前で踊りを踊って来たのだ。
まだるっこい陰鬱な踊りだ。人間どもは儂をじっと凝視めていなければならない。彼らは儂の方にじっと眼を注いでいるものだから、
自分自身を凝視することを忘れているのだ。もし儂が唯の一瞬でも己を忘れたとしたら、もの儂が一寸でも彼らの眼差しを他に逸らせでもしたら……
エジスト それで? どうなんです?
ジュピテル 止めておこう。そんなことは他人の知ったことじゃない。
お前は疲れている、エジスト、だが何を嘆くことがあるのだ? お前はやがて死ぬのだ。儂は死なない。
この地上に人間どもが存在する限り、儂は彼らの前で踊り続けねばならぬ運命なのだ。
エジスト ああ! 一体誰が私達の運命を決めたんです?
ジュピテル 誰でもない、我々自身さ。何故って儂らは二人とも同じ情熱を持っているのだからな。お前は秩序を愛しているだろう、エジスト。
エジスト 秩序。そうだ。私がクリテムネストルを誘惑したのも秩序の為だった。王を殺したのも秩序の為だった。
私は秩序が支配すること、それが私を通して支配することを願ったのだ。私は欲望もなく、愛もなく、希望もなく生きてきた。
私は秩序を作ったのだ。ああ! 恐ろしい、神聖な情熱!
ジュピテル 我々は他にはどうすることも出来なかったわけさ。儂は神だ、そしてお前は王として生まれたのだ。
エジスト ああ!
ジュピテル エジスト、儂の被造者であり私の死すべき弟よ、我々二人がかしづいているこの秩序の名において、儂はお前に命令する。
オレストとその妹を捕縛しろ。
エジスト あの二人はそんなに危険なんですか?
エジスト (烈しい口調で)あの子は自分が自由であることを知っている。それじゃ、あれを牢屋に押し込めるだけでは十分じゃありません。
町の中に自由な男が一人いるのは、羊の群れの中に疥癬に罹った牝羊が一匹いるのと同じです。あの子は私の王国をすっかり感染させ、
私の仕事を滅茶苦茶にしてしまいます。全能なる神様、何であなたは一刻も早くあの子を殺してしまわないのですか?
ジュピテル (ゆっくりと)殺してしまうって? (間。疲れて腰を曲げ)エジスト、神々にはもう一つの秘密があるのだよ……
エジスト 何を仰るつもりなんです?
ジュピテル 人間の魂の中で一度でも自由が爆発してしまったら、もう神々はその男に対して何をすることも出来ないのだ。
つまり、そうなればそれは人間たちの問題だし、ほかの人間たちに?-ただ彼らの裁量だけに?-任せるより他はないのさ、
つまりその男を逃してやる方がいいか、あるいは絞め殺してしまう方がいいかはね。
エジスト (ジュピテルを凝視しながら)絞め殺してしまう? 宜しい。あなたの言う通りにいたしましょう。
ただし、もう何も言わないで下さい。そしてもうこれ以上此処にいないで下さい、私はもう我慢が出来ませんから。
ジュピテル、退場する。
エジスト、暫くの間、一人でいる。次いでエレクトルとオレスト。
エレクトル (飛び出してドアの方へ行く)さあ、やっつけなさい! 叫び声を上げる暇を与えちゃ駄目よ。あたしはドアを抑えてるわ。
エジスト じゃ、お前だったのか、オレスト?
オレスト 防御しろ!
エジスト 儂は防御はしない。人を呼ぶのには遅すぎるし、遅すぎて却って儂は幸せだ。だが儂は防御はしない。お前に殺してもらいたいのだ。
オレスト よし。僕には殺し方なんてどうでもいいんだ。さあ、覚悟しろ。
彼はエジストを剣で刺す。
エジスト (よろめきながら)うまくやりおったな。(オレストに近付きながら)お前の顔を見せてくれ。本当にお前は後悔をしてないのか?
オレスト 後悔? 何故だ? 僕は当然のことをしたまでだ。
エジスト 当然のこと、それがジュピテルの望むところなのだ。お前はここに隠れていて、あの方の言う事を聞いたんだ。
オレスト ジュピテルが僕に何の関係がある? 正義は人間たちの問題だ、そんな事は神様になんか教えて貰わなくても分かっている。汚らわしい無頼漢のお前を打倒し、アルゴスの人民達に対するお前の王権を失墜させるのは正義だ。人民達に彼らの尊厳を回復してやるのは正義だ。
彼はエジストを突き返す。
エジスト 痛い!
エレクトル ああ、よろめいて、あの人の顔は真っ青だわ。恐ろしい! 何て醜いんだろう、死んで行く人って。
エジスト 二人とも悪魔め。
オレスト まだお前は死にきれないって言うのか?
彼はエジストを刺す。エジスト、倒れる。
エジスト 蝿どもに気を付けろよ、オレスト、蝿どもに気を付けろ。何もかも終わったわけではないぞ。
彼は死ぬ。
オレスト (エジストを足で押して)こいつにとっては、兎も角も万事終わりさ。さあ、僕を王妃の部屋へ案内おし。
エレクトル オレスト……
オレスト 何だ、どうしたというんだ?……
エレクトル あの人にはもうあたし達を虐めることは出来ないわ……
オレスト それで? どうしようっていうんだ? お前の言う事はさっぱり訳が分からん。今しがたは、お前はそんな口の利き方をしなかったぜ。
エレクトル オレスト……あたしにもあなたの言う事はさっぱり分からないわ。
オレスト じゃ、いい。僕は一人で行く。
彼は退場する。
エレクトル、独り。
エレクトル あの人は叫び声を上げるかしら? (暫くの間。彼女は耳を傾ける)オレストは今廊下を歩いているわ。
今にあの人があの四番目の戸を開ける時……ああ! 私はそれを望んだんだわ! 私はそれを望んでいる、
私はまだもっともっと望まなきゃいけないんだわ。(彼女はエジストの死体を見る)あの人は死んでいる。
じゃあ、あたしはそんな風になることを望んだのね。私はこんな風だとはちっとも知らなかったわ。
(彼女は死体に近付く)何度私は夢に見たかしら、此処にこんな風に体を横たえて、
胸を剣で突き刺されて、目を瞑って、まるで寝ているようだった。
どんなに私は憎んだことだろう、どんなに憎むことが嬉しかったか。
この人は死んでいる---そして私の憎しみもこの人と一緒に死んでしまった。そして私は此処にいる。
私は待っている、もう一人はまだ自分の部屋の奥の方で生きているわ、
そして今にあの人は叫び声を上げるんだわ。まるで獣のように叫び声を上げるんだわ。
ああ! この人の眼差しはもう見るに耐えない。(彼女はひざまずいて、エジストの顔の上にコートをかける)
一体私は何をしようっていうんだろう? (沈黙。次いでクリテムネストルの叫び声)やっつけたんだわ。あたし達のお母さんだった、
それをオレストがやっつけたんだわ。(彼女は立ち上がる)さあ、これでいい。私達の仇は死んだわ。何年もの間、
私はやがて襲い掛かるこの死の事を考えて心を躍らせたものだった。それなのに、今は、私の心はまるで万力で締め付けられるようだ。
私はこの十五年間自分を偽ってきたのかしら? そんなことないわ! そんなことないわ! そんなことってありえないわ。私は卑怯者じゃないんだ。
ほんの今しがただって、私はそれを望んだ。今だってまだ望んでるわ。私は、この汚らわしい豚奴が私の足許に横たわるのが見たいと望んだ。
(彼女はコートをひったくる)そんな死んだ魚のような目つきをしたって私は平気よ。私は望んだんですもの、
その目つきを、見るのがたまらなく楽しいわ。(前よりもかすかなクリテムネストルの叫び声)
叫ぶがいいわ! 叫ぶがいいわ! 私はあの人の恐怖の叫び声が聞きたいの、苦痛の呻き声が聞きたいの。(叫び声、止む)
嬉しいわ! 嬉しいわ! 私は嬉しくって涙が出て来る。私の仇が死んで、お父さんの復讐が出来たんだわ。
オレスト、血だらけの剣を手にして、帰ってくる。彼女はオレストの傍に駆け寄る。
エレクトル。オレスト。
エレクトル オレスト!
彼女はオレストの腕に身を投げかける。
オレスト 何をそんなに怖がっているんだ?
エレクトル 怖がってなんかいないわ。私は酔っているの。嬉しさに酔っているの。あの人は何て言った? 長いこと許してくれって嘆願した?
オレスト エレクトル、僕は自分のしたことはちっとも後悔しないだろう。だがその事だけは話さない方がいいと思うんだ。
誰もが同じ思い出を共にするものではない。あの人が死んだって事だけ知ってお置き。
エレクトル 私達を呪っていた? ねえ、それだけでいいから言って頂戴。私達を呪っていた?
オレスト うん。僕達を呪っていた。
エレクトル ねえ、私を抱いて、お兄さん、そして力一杯私を抱きしめて頂戴。ああ、なんて真っ暗な夜なんでしょう、
こんな暗い夜にはあの松明の光が透けるのもやっとだわ! 私が好き?
オレスト 夜じゃない。まだやっと日が暮れたばかりだ。僕達は自由なんだ、エレクトル。何だか僕は自分がお前を生まれ変わらせたような気がする。
そして、僕もたった今お前と一緒に生まれ変わったような気がする。僕はお前を愛している、そしてお前は僕のものなんだ。
昨日はまだ僕は一人ぼっちだった、そして今日はお前は僕のものなんだ。血が僕達を二重に結び合わしたんだ、
だって僕達は同じ血を受けているんだし、僕達は一緒に血を流したんだからね。
掴んだり握ったりするように出来ている。可愛い手! 私の手よりずっと白いわ。
私達のお父様の暗殺者を打ち倒すのにどんなにこの手は耐え難い思いをしたでしょうね!
待ってね。(彼女は燈火を取りに行く、そしてそれをオレストの方に近寄せて)あなたの顔を照らさなくてはならないわ、
だって段々夜が暗くなっていって、もうあなたの顔が見えないんですもの。私、あなたの顔を見ている必要があるの。
あなたの顔が見えなくなると、私はあなたが怖いのよ。あなたから目を離しちゃいけないんだわ。
私はあなたが好きよ。あなたが好きだってことをしょっちゅう考えてなきゃならないの。まあ、あなたは何て奇妙な顔つきをしているの!
オレスト 僕は自由だ、エレクトル。自由が電撃のように僕に襲い掛かったんだ。
エレクトル 自由? 私はちっとも自由だなんて感じられないわ。こういう事がみんな何もなかった時のようには出来ないの?
何か、もう私達には思いのままに追い払うことが出来ないものがやって来たんだわ。
私達が永久にお母さんを殺した暗殺者でないようにしてくれることは出来ないの?
僕は丁度渡し守が旅人たちを載せていくように、それを僕の肩の上に載せていく。僕はそれを向こう岸へ渡してやる、
そして初めて僕はその行為を吟味するんだ。それが重くなればなるほど、僕は喜ぶだろう、なぜなら、僕の自由とはそれなのだから。
昨日はまだ、僕はあてどもなくこの地上をさ迷い歩いていた、そして何千という道が僕の歩く足の下から消えて行った、
なぜならその道はみんな他人のものだったんだからね。その道はみんな借り物だったんだ、川の岸に沿った舟曳の道、騾馬曳の通る小径、
二輪馬車の馭車達が使う舗装道路、みんな借り物だったんだ。どれもこれも僕の道じゃなかった。ところが今日は、もう道は一つしかない、
それがどこへ通じる道か神様だけがご存知だ。併し、それは僕の道なんだ。どうしたんだい? どうしたんだい?
エレクトル ああ、もうあんたの顔は見えないのかしら? この燈火はちっとも明るくないわ。あなたの声は聞こえる、
だけどあなたの声は痛いわ、まるで包丁のように私の身を切るの。これからは何時までもこんなに暗いの、昼でも?
オレスト! ほら、来たわ!
オレスト 誰が?
エレクトル 来たわ! 何処からやって来るんでしょう? 黒い葡萄の房のように天井から垂れ下がってるんだわ、
壁を真っ黒にしてしまうのはこいつらなの。こいつらがあの燈火と私の眼の間に入り込んでくるの、
あなたの顔を隠して見えなくするのはこいつらの影なのよ。
オレスト 蝿どもだ……
私達を見張っている。今に私達に襲い掛かって来るわ、そしてあの何千というべたべた足が私の身体に触るんだわ。
どこへ逃げるの、オレスト? ああ、どんどん増えて来るわ、どんどん増えて来るわ。ほら、まるで蜂みたいに大きな奴、
こいつらがびっしり密集して、竜巻かなんぞの様に何処へも彼処へも私達に随いて来るんだわ。おお! 恐ろしい!
私にはあの眼まで見えるわ、あいつらのあの何百万という眼が私達を凝視めている。
オレスト 一体蝿どもが僕達に何の関係があるって言うんだ?
エレクトル この蝿たちはエリニュエスなのよ。オレスト、後悔の女神達なのよ。
声 (台の向うで)開けろ! 開けろ! 開けなければ、ドアを突き破れ。
重々しいドアを突く音。
オレスト クリテムネストルの叫び声を聞いて衛兵達がやって来たんだ。さあ、おいで! 僕をアポロンの神殿に連れて行ってくれ。
僕達はそこで、人々や蝿どもから避難して夜を明かすんだ。明日になったら僕は僕の人民達に話をしよう。
---幕---
第一景
アポロンの神殿。薄明かり。舞台中央にアポロンの像。エレクトルとオレストはその像の足下で、腕で両足を抱えながら眠っている。
エリニュエス達(蝿)は円陣を作って二人を取り巻いている。彼女達は渉禽類のように立ったまま眠っている。舞台奥には青銅の重たげな戸。
第一のエリニュエス (のびをして)あああああああ! すっかり腹を立てて、まっすぐ立ったまま眠ってしまったよ、
それにまた何て苛立たしい色んな夢を見たこった。おお、美しい怒りの花よ、私の心の美しい赤い花。
(と、彼女はオレストとエレクトルの周りを回る)眠ってるわ。何て真っ白で、滑らかなこと!
今に砂利の上を急流が流れるように二人のお腹や胸をぐるぐる匍い廻ってやるよ。
この華車な肉を根気よく磨いてやる、擦ってやる、削り取ってやる、そして終いには骨の髄までしゃぶってやる。
(彼女は数歩行って)おお、清らかな憎しみの朝だよ! 何て素晴らしい目覚めだこと。二人とも眠っているね、湿っぽくなっている。
熱気を感じている。私は、目を覚ましてるよ。すがすがしく無慈悲に、私の魂は銅なのさ。---そして今私の気持ちはとても神聖さ。
エレクトル (眠ったまま)ああ!
男が女の中に入るように私は今にお前の中に入っていくよ、だってお前は私の妻だもの、お前は私の愛の重さを感ずるよ。
お前は綺麗だね、エレクトル、私より綺麗だよ。だけど、今に御覧、私の接吻がお前を老けさせてしまうから。
六か月も経たないうちに、私はお前を老婆のように朽ちさせてしまうだろうよ、そして、私は、私は若いままで残るのさ。
(彼女は二人の上に屈み込んで)消えてなくなるものだけど、食べるにはもってこいのいい餌食だよ、とっくり眺めてやる、
二人の息を吸ってやる、ああ腹が立って息がつまりそうだ。おお、憎しみの朝の気配を感じるのは何という無上の楽しみだ、
血管に熱火がたぎり立って、爪を立てて噛むことを考えると嬉しくてぞくぞくして来る。憎しみが身内に溢れて来て、
息がつまりそうだ。私の両の乳房の中に乳のようにふき上げてくるよ。起きろ、姉妹たち、起きろ。もう朝がやって来たよ。
第二のエリニュエス ?んでる夢を見ていたよ。
第一のエリニュエス もう暫くの辛抱だよ。神様の一人が今日はこの二人を護ってやってるんだとさ、だが今にきっと咽喉が渇いてお腹が空いて、
二人はこの避難所から出ていくさ。そうすりゃあ、お前は思いのままにぼりぼり?めるさ。
第三のエリニュエス あああああああ! 爪が立てたいね。
エリニュエスの一人 二人とも何て若いんだろう!
もう一人のエリニュエス 何て綺麗なんだろう!
第一のエリニュエス たんとお楽しみ。罪人って奴は何時も何時も年取った醜いのばかりでね。
綺麗な奴をやっつけていく喜びは、全く滅多に味わえるもんじゃないよ。
エリニュエス達 えいああ! えいああああ!
第三のエリニュエス オレストってまだほんの子供だね。私は母親のような優しさでこいつを憎んでやるのさ。
この子の蒼白い顔を膝の上にのせてやって、私は髪の毛を撫でてやるんだ。
第一のエリニュエス それから?
第三のエリニュエス それから私はほら、この二本の指をぎゅっとこの子の眼の中に突っ込んでやるのさ。
彼女たちは一斉に笑い出す。
第一のエリニュエス 溜息をついてるよ、身動きをしているよ。それそろ眼を覚ます頃だ。さあ、姉妹達、
私の姉妹の蝿達、歌を歌って罪人達を眠りから覚ましてやろう。
蝿がお菓子にたかるみたいに、お前の腐った心の上に儂らは皆とまってやるぞ。
腐った心、血潮に染まった、とっても美味しい心にね。
さあ、蜂蜜みたいに吸い取るぞ、お前の心の膿血膿。
見てろ、わし達はそいつから美味しい蜜を緑の蜜を作ってやろう。
どういう愛が憎しみ程に、わし達の心を充たすのかい?
ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん。
儂たちは皆家々の、じっと動かぬ目になるぞ。道端で歯をむき吠える番犬の唸り声にもなってやる。
お前の頭上の空中でぶんぶん飛んで、騒いでやる。森のざわめく音にもなるぞ。
ひゅーひゅー、ぎしぎし、しゅーしゅー、うーうー、いろんな音になってやる。
わし達は夜になってやる、お前の心の闇夜にな。
ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん。えいああ! えいああ! えいああああ!
ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん。
わし達は皆膿を吸う、膿を吸い取る蝿どもだ、何でも彼でもお前とは、一緒にするんだ、覚悟しな、
お前の口の中にまで食物探しに入り込む、お前のその眼の奥底に光を見つけに入り込む、
わし達はお前のお墓まで、一緒にお供をしてやるぞ。わし達は席を譲るのは、この世じゃ蛆虫どもだけさ。
ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、ぶん、
彼女達は踊り廻る。
エレクトル (目を覚まして)話をしてるの誰? お前達は誰なの?
エレクトル ああ! お前達なのね。それじゃ? 私達は本当にあの人達を殺したの?
オレスト (目を覚まして)エレクトル!
エレクトル まあ、誰あんたは? ああ、オレストなのね。行って頂戴。
オレスト 一体どうしたって言うんだい?
エレクトル あんたは怖いわ。私、夢を見たの、私達のお母さんが仰向けに倒れていて、血だらけだったわ、
そしてその血が溝になってお城の戸口という戸口の下を流れていたわ。私の手に触ってごらん、とても冷たいわ。
厭、離して。私に触っちゃ厭。あの人は沢山血を出した?
オレスト お黙り。
エレクトル (すっかり目が覚めて)ねえ、こっちを向いて、あなたはあの人達を殺したの? あの人達を殺したのはあなたなの?
あなたは此処にいる、目を覚ましたばかりなのね、あなたの顔には何も書いてないわ、だけどあなたはあの人達を殺したのね。
オレスト それがどうしたと言うんだ? そうさ、僕は殺した! (間)お前もだ、お前も恐ろしい。
お前は昨日はあんなに綺麗だったのに、まるで獣か何かが爪でお前の顔を傷だらけにしちまった様だ。
エレクトル 獣? あなたの罪がだわ。あなたの罪が私の頬を目蓋を引っ掻きむしったんだわ。何だか私の眼も歯もむき出しみたいな感じだわ。
まあ、この人達は? この人達は誰なの?
オレスト 此奴等の事は考えるな。お前に対しては何をすることも出来やしないさ。
第一のエリニュエス あの娘が私達の真中にやってくるといい、もしやってきたら、そうすりゃできるかできないかもわかるさ。
ああ、あれがお前だったなんて考えられようか?
エレクトル 私は年取ったわ。たった一晩で。
オレスト お前はまあ美しい、だが……一体こんな死んだような目つきをどこで見たことがあったろう?
エレクトル……お前はあの人に似ている。お前はクリテムネストルに似ている。あの人を殺すのが苦痛だったのかい?
僕は自分の罪をそのお前の両の眼の中に見ると、恐ろしい。
第一のエリニュエス そりゃあ、あの娘がお前を恐ろしがってるからさ。
オレスト 本当かい? 本当にお前はこの僕が恐ろしいのかい?
エレクトル 放っといて。
第一のエリニュエス さあ、どうだい? それでもまだお前は疑ってるのかい? どうしてあの娘がお前を憎んでないなんて言えるかい?
あの娘は夢を描きながら何事もなく平穏に暮らしていたのさ。そこへ、お前が殺戮と?神を持ってやって来た。
それでどうだ、今ではお前の罪を一緒に背負って、この台の上に釘付けにされている。これがあの娘に残された地上唯一の場所なのさ。
オレスト あんな奴の言う事を聞いちゃいけない。
第一のエリニュエス お退り! お退り! 追っ払っておしまい、エレクトル、そいつに体を触らせちゃ駄目だよ。
そいつは人殺しだ! 屠殺者だ! そいつには味気のない生血の匂いがついている!
そいつはあの年取った女を惨たらしく殺したんだよ、いいかい、何度も襲いかかってね。
エレクトル 嘘じゃないのね?
第一のエリニュエス 嘘なもんかね、あたしはそこに居合わせたんだ、あたしは二人の周りをぶんぶん飛び回ってたんだ。
エレクトル それで、この人は何度も突き刺したって言うの?
するとそいつがその手を切りつけたんだ。
エレクトル あの人は随分苦しんだ? 一遍には死ななかったんでしょ?
オレスト もうあいつ等を見るな、耳を抑えろ、あいつ等に物を聞いちゃ絶対にいけない、もしお前があいつ等に物を聞いたら、もうお終いだぞ。
第一のエリニュエス あの人は恐ろしく苦しんだよ。
エレクトル (両手で顔を掩って)ああ!
オレスト あいつ等は僕達の間を裂こうとしてるんだ、あいつ等はお前の周りに孤独の壁を立てようとするんだ。
用心おし、お前が一人ぼっちになったら、たった一人ぼっちで何も頼るものがなくなったら、あいつ等はお前に襲い掛かって来るだろう。
エレクトル、僕達はこの殺人を一緒に決心したんだ、だから僕達はその結末も一緒に耐えていかなきゃならないんだ。
エレクトル まあ、あなたはこの私がそう望んだとでもいうの?
オレスト そうじゃないのか?
エレクトル 違うんわ、そうじゃないわ……、いいえ、待って……そうだわ。あああ! 私はもう何だか分からない。私はこの罪を夢に描いていた。
だけど、あなたよ、あなたがその罪を犯したんだわ、実の母親の仕置き人だわ。
エリニュエス達 (笑いながら叫ぶ)仕置人! 仕置人! 人殺し!
オレスト エレクトル、この扉の向うには、世界がある。世界と朝だ。外では太陽が昇り、道を照らしている。
さあすぐに外へ出て、太陽に照り輝いている道を行こう、そうすればこの夜の娘たちはきっと力を無くしてぐったりしてしまうよ。
日の光が剣のようにこいつ等を突き刺してしまうだろう。
エレクトル 太陽が……
第一のエリニュエス お前はもう二度と太陽を見ないのさ、エレクトル。あたし達はあいつとお前の間に雲なす蝗の大群のように密集して、
お前にはどこへ行っても頭上に真っ暗な夜がつきまとうのさ。
オレスト お前が気弱だからあいつらは益々いい気になって苦しめるんだ。ごらん。あいつ等はこの僕には何一つ言おうとしないじゃないか。
いいかい。何と言っていいか呼びようもない恐怖がお前の上にのしかかって、僕達の間を裂こうとしてるんだ。
第一、お前は僕の経験しなかったようなどんな恐ろしい経験をしたと言うんだい? お母さんのあの呻き声、
お前はあの声が何時かは僕の耳に聞こえて来なくなるとでも思うのか? それからあの大きく見開いた眼が白墨のように色褪せた顔の中で---
荒れ狂う二つの海のようだった---お前はあの眼が何時かは僕の眼にちらつかなくなるとでも思っているのか?
そしてお前を引き裂くその苦しみ、お前はそれが何時かは僕の心を悩まさなくなると思っているのか?
だが、そんな事はどうだっていいのさ。僕は自由だ。苦しみや思い出は向こう側にある。自由だ。そして僕は何の矛盾も感じない。
自分で自分を憎んではいけないんだ、エレクトル。手をお貸し。僕はお前を見捨てるものか。
エレクトル 手を放して! このあたしを取り巻いている牝犬たちは恐ろしい、だけどあんたはもっと恐ろしいわ。
第一のエリニュエス ほら御覧! ほら御覧! 可愛いお人形さん、あいつよりもあたし達の方がよっぽど怖くないだろ。
お前にはあたし達が必要なのさ、エレクトル、お前はあたし達の子供だよ。
お前にはその肉を引っ掻き回すあたし達の爪が必要なのさ、お前にはその胸を?るあたし達の歯が必要なのさ、
お前がその心に抱いている憎しみから遠ざかるために、あたし達の残酷な愛情が必要なのさ、
お前の魂の苦しみを忘れるためにお前の肉体で苦しむことが必要なのさ。おいで! おいで!
唯階段を二つだけ下りりゃいいのさ、あたし達はお前を腕の中に抱いてやるよ、
あたし達の接吻でお前の繊弱い肉体を引きちぎってやるよ、そうすりゃ何もかも忘れてしまう。苦しみの清い炎で何もかも忘れてしまう。
エリニュエス達 おいで! おいで!
オレスト (彼女の腕を掴まえて)行っちゃいけない、お願いだ、行ったらもうお終いだぞ。
エレクトル (烈しくその手を振り離して)ふん! あたしはあなたを憎むわ。
彼女は段を下りる。エリニュエス達は一斉に彼女の上に襲い掛かる。
エレクトル 助けてえ!
ジュピテルが登場する。
同上---ジュピテル。
ジュピテル 小屋へ帰れ!
第一のエリニュエス ご主人様! (エリニュエス達は、地面に横たわっているエレクトルを残して、残念そうに遠ざかる)
ジュピテル 可哀想に。(彼はエレクトルの方へ進む)到頭お前達はこんなみじめな姿になってしまったんだね。起きるがいい、エレクトル。
儂がここにいる限り、儂の牝犬どもはお前を酷い目に遭わすことはない。(彼はエレクトルを助け起こす)何という恐ろしい顔つきだ。
たった一晩で! たった一晩で! お前のあの質素な新鮮さは何処に失せてしまったのだ?
たった一晩でお前の肝臓や肺臓や脾臓はすっかり衰えて、お前の肉体はもう惨めな悲惨の塊でしかなくなってしまった。
ああ! 生意気な、愚かしい若気の過ち、何という禍をお前達は招いてしまったのだ!
オレスト そんな口の利き方は止めて下さい、お爺さん。神々の王らしくもない。
ジュピテル 何だと、お前こそそんな横柄な口の利き方は止めろ。ちっとも自分の罪を償っている罪人らしくないではないか。
オレスト 僕は罪人ではないさ、それにあんただって僕に、自分で罪だと認めてない事の償いをさせることは出来ませんよ。
ジュピテル お前は多分間違っているよ、だがもう暫く待て。儂だってそう何時までもお前を誤らせてはおかないから。
オレスト 好きなだけ僕を虐めるがいい。僕には後悔する事なんて何もないんだ。
ジュピテル お前の犯した罪の為にお前の妹があのような哀れな状態になっている事も、お前は後悔してないのか?
オレスト していないとも。
ジュピテル エレクトル、聞いたか? これが、口ではお前を愛しているなどと言っている男の言葉なのだ。
オレスト 僕は自分自身よりももっと妹の方を愛している。だが妹の苦しみは妹自身から起こった苦しみだ。
その苦しみから逃れることが出来るのは唯妹だけさ。あの娘は自由なんだ。
オレスト その通りだ。
ジュピテル 身の程を知れ、厚かましい馬鹿者眼、全くお前という奴は、この飢えた雌犬どもに取り囲まれながら、万物を救う神様の足の間で偉そうに反り返って、
大きな顔をしている。それでお前が自由だなどと言い張るなら、
地下牢の奥に鎖で繋がれている囚人達や、磔にされた奴隷達の自由までも偉そうに吹聴せにゃなるまいさ。
オレスト それがどうしていけない?
ジュピテル 注意しろよ。お前はアポロンが護ってくれていると思って虚勢を張っているんだな、だが、アポロンは儂の忠実な召使なのだ。
儂が指一本上げれば、お前なぞはすぐ見捨てられてしまう。
オレスト へえ? それなら指を、手を全部挙げたらいいんだ。
ジュピテル そんな事をして何になる。儂は人を罰するのが厭になったと、お前に言わなかったかな? 儂はお前達を助けに来たのだ。
エレクトル あたし達を助けに? からかうのは止めて下さい、復讐と死の主よ。たとえ神様にだって、
苦しんでいる者に偽りの希望を与えることは許されていない筈です。
ジュピテル 十五分以内に、お前は外に出られるのだよ。
エレクトル 安全無事に?
ジュピテル はっきり約束する。
エレクトル その代わりに私にどうしろと仰るの?
ジュピテル 何もすることはないさ。
エレクトル 何も? 本当にそう仰ったの、神様?
オレスト 注意おし、エレクトル。その「何も」という奴がお前の魂の上に山のように重く圧し掛かってくるのだ。
ジュピテル (エレクトルに)あいつの言う事には耳を貸すな。それより儂に返事をなさい。どうしてお前はあの犯罪を否認しようとしないのかね。
あの罪を犯したのは別の人間だ。まあ謂わばお前など殆ど共犯者とも言えない位なのだ。
オレスト エレクトル! お前は十五年間の憎悪と希望を否定しようと言うのか?
ジュピテル 誰が否定しろなどと言ってる? この娘はあの神を畏れぬ行為を一度だって望んだことはないのだ。
エレクトル ああ!
ジュピテル さあ! 儂を信頼おし。儂は人間の心の中はちゃんと読み取っているだろう?
エレクトル (疑い深く)それではあなたは私の心の中に私があの罪を望まなかった。とお読みになるんですね?
十五年間、私は殺人と復讐を夢に描いていたというのに?
ジュピテル 馬鹿な! お前の心の慰めになっていたあの血生臭い夢は、あれは何かしら無邪気なものだったのさ。
あの夢のお陰でお前は自分の奴隷の身の上を考えないで済んだわけさ。あの夢がお前の傲慢の傷口に包帯をかけていたのだ。
しかしお前は一度だってあの夢を実現しようなどとは考えなかった。儂の言う事は間違っているかな?
エレクトル ああ! 神様、お優しい神様、本当にあなたが間違ったりなさったらどうしましょう!
ジュピテル お前はまだ本当に小さな娘なんだ、エレクトル。他の小娘達は皆、あらゆる女たちの中で一番金持ちで、一番美しい女になりたがっている。
ところがお前は、お前の血族の恐ろしい宿命に魂を奪われて、一番苦悩に充ちた、一番罪深い女になりたいと願ったのだ。
お前は決して悪を望まなかった。お前はただお前自身の不幸をしか望まなかった。お前の年頃では、皆まだ子供で、お人形遊びや石蹴りをして遊んでいる。
それなのにお前は、可哀想に、玩具もなく、遊び友達もなく、お前は人殺しの遊びをしていたのだ、
こいつはたった一人でも遊べる遊びだからね。
エレクトル ああ! ああ! お話を伺っていると、自分の心の中がはっきり分かってきます。
オレスト エレクトル! エレクトル! 今こそお前は罪人だぞ。お前が心の中で望んだことを、お前以外の者で誰が知ることが出来るというのだ。
お前は、他の者がそれを決めるままにさせておくつもりか? もう弁解の余地のない過去を何故歪曲しようとするのだ。
以前のあの怒りに燃えたエレクトルを、僕があんなに好きだった若い憎悪の女神を何故否定するのだ?
それに何だってお前には、この残酷な神がお前をだましていることが分からないんだ?
ジュピテル 儂がお前達を騙しているって? それより儂の申出を聞くがいい。もしもお前達がお前達の犯罪を拒否するなら、儂はお前たち二人をアルゴスの王位に即けてやろう。
オレスト 僕達の犠牲者の代わりにか?
ジュピテル そうする必要があるのだ。
オレスト すると僕はあの死んだ王のまだ生暖かい衣装を身に着けるわけか?
ジュピテル それでもいいし、また他のだってかまわない。そんな事はどうだっていいことさ。
オレスト そう。唯それが黒い服でありさえすれば、だな?
ジュピテル お前は今喪中じゃなかったかな?
オレスト そうだ、母の喪中だ、僕はそれを忘れていた。ところで、僕の臣下達だが、彼等にもやはり黒い喪服を着せねばならないのか?
オレスト ああそうだった。彼等には古い衣服を着古すだけの余裕を与えてやろう。それから、いいかい? お前分かったね。エレクトル?
お前は幾滴か涙を流しさえすれば、クリテムネストルのスカートと肌着がもらえるんだ。お前がその綺麗な手で十五年間洗ってきた、
あの臭い、汚れた肌着類だ。あの人の役目もお前がしなければならない、お前は唯あの役目を繰り返しさえすればいいんだよ。
人々は完全に錯覚を起こすだろう。誰も彼もお前のお母さんがまた現れたと思うだろう、お前はお母さんに似始めたからね。
僕は、僕はもっと気難しい方だ。僕は、自分の殺した奴の半ズボンなんて穿きはしない。
ジュピテル お前の態度は実に傲然としている。お前は防御もしなかった一人の男と助けを請うた一人の老女を殺した男だ。
だが、もしお前の事を知らない人間がお前の話すのを聞いたら、一人で三十人を相手に戦って、故郷の街を救ったと言っても、
きっと信じてしまうことだろう。
オレスト 多分、実際に、僕は故郷の街を救ったのだ。
ジュピテル お前が? お前はこの扉の向こう側に誰がいるか知っているのか。アルゴスの人民達だ---アルゴスの全市民たちだ。
彼らは自分達の救い主に感謝の気持ちを示そうと、手に手に石ころや、熊手や丸太棒を持って待ち構えているのだ。
お前は癩病患者のように孤独なのさ。
オレスト そうさ。
ジュピテル さあ、何もそんなことまで威張ることはあるまい。彼らはお前を軽蔑と恐怖の孤独地獄の中に投げ込んだんだぞ、
ああ、暗殺者の中でも最も卑劣な奴め。
オレスト 暗殺者の中で最も卑劣な奴、それは後悔をする奴だ。
それが廻転する。ジュピテルは部隊の奥に。彼の声は大きくなる。---マイクロフォンを用う---
ただし、彼の姿は観客には殆ど気づかれぬ)見よ、あの遊星達は整然たる秩序を保ちながら廻転し、而も決して衝突することはない。
正義に従って、あの運航を定めたのは、この儂だ。聞け、宇宙の階調を、あの天空の四隅に響き渡る聖籠の大いなる鉱物の歌を。
(楽劇が聴こえて来る)この儂に依って様々な種族が永続する。儂は人間が常に人間を生み、犬の子は常に犬であることを命令したのだ、
この儂に依って潮汐の柔らかな舌は砂浜を舐めに来る、そして定められた時刻にまた引いていくのだ、
儂は植物を成長させ、儂の吐く息は花粉のような黄色い雲の層を地球の周りにたなびかせる。ここはお前の住むべき所ではないぞ、
闖入者奴。この世界におけるお前の存在は、肉に刺さった棘、領主の森の密猟者の様なものだ。この世界は善きものだからな。
儂は儂の意思に従ってこの世界を想像した、そして儂こそは正に「善」なのだ。併しお前は、お前は悪を犯した、
万物が化石した声でお前を非難している。「善」は至る所にあるのだ、蒴?の髄、泉のさわやかさ、珪石の粒子、石の重さ、
全て「善」だ、お前はそれを火や光の本質の中にまで見出すだろう、お前の肉体そのものさえお前に背く、
何故なら肉体は儂の定めた規定に従うのだからな。「善」はお前の裡にあり、お前の外にある。それは鎌のようにお前の肉体を貫き、
何故ならそれはあの蝋燭のきらめきであったし、お前の剣の硬さ、お前の腕の力であったんだからな。
そして、お前がそんなにも自慢している、お前がその作者であると自称している「悪」とは、存在の反映、逃口上、
その存在さえ「善」に依って支えられているまやかしの影以外の何ものであろう。オレスト、お前自身に還るがいい。
宇宙がお前の誤謬を指摘している。そしてお前はこの宇宙の中の一匹の蛆虫に過ぎぬのだ。自然の中に還れ、叛逆の子よ。
お前の誤謬を知れ、それを憎め、臭い齲歯のようにそれを抜き取ってしまえ。さなくば、海はお前の前で引き退き、
泉はお前の行く手で枯れ渇き、石や岩石はお前の道の外に転がり、そして大地がお前の足の下で砕け散りはしまいかと恐れよ。
オレスト 砕け散ってしまえばいい! 岩石が僕に罪を宣告し、植物が僕の行手で枯れ萎んでしまえばいいのだ。
お前の全宇宙を以てしても僕の誤謬を指摘することは出来るものか。お前は神々の王だ、ジュピテル、石や星たちの王、大海の浪の王だ。
だが、お前は人間達の王ではないのさ。
ジュピテル 儂がお前の王ではないと、生意気な幼虫め。じゃ一体誰がお前達を作ったのだ?
オレスト お前さ。だが、僕を自由な人間に作ったのが間違いだったんだ。
ジュピテル 儂は、儂に奉仕させる為にお前に自由を与えたのだよ。
オレスト それはそうかもしれない、だがその自由がお前に反抗するのだ、そして僕達はどちらもそれに対してどうすることも出来ないのさ。
ジュピテル おや! 到頭謝ったかね。
オレスト 僕は謝りはしない。
ジュピテル 本当かね? どうだ、お前がそれの奴隷だと思っているその自由という奴は、なんだか随分謝罪に似ている様じゃないか?
オレスト 僕はその主人でもなければ奴隷でもないさ、ジュピテル。僕は僕の自由なのだ。
お前が僕を創造するや否や、僕はお前のものではなくなったのだ。
エレクトル ねえ後生だから、オレスト、お父様の名にかけて、あの罪に冒?を付け加えるような事はしないでちょうだい。
ジュピテル この娘の言う事をよく聴け。お前の理屈でエレクトルを引っ張っていけると思ったら大間違いだ。
そういう話はあの娘の耳にはかなり新奇に、またかなり不愉快に聴こえるらしいな。
それは新規で不愉快だ。僕は自分で自分を理解するのが大変なんだ。昨日はまだお前は僕の眼を覆っていた覆いだった、
耳の中に詰められていた蝋の栓だった。昨日だったら僕は言い訳を言ったろう。僕が世に生きている事の言い訳はお前だったのだ、
何故ってお前の計画に奉仕させようと僕をこの世に生み出したのはお前だったんだからね、
そして世の中とは絶えずお前について僕にお喋りをする年取った世話好きの女だったのさ。それから、お前は僕を見捨てたんだ。
ジュピテル お前を見棄てた? この儂がか?
オレスト 昨日は、僕はエレクトルの傍にいた。お前の自然の全てが僕の周りにひしひしと感じられた。
そうだ、お前の「善」の歌を、あの人魚の歌い手が、歌っていたっけ、そしてこの僕に惜しげもなく様々な忠告を与えてくれた。
この僕の心を和やかにしようと焼け付く太陽は恰度ヴェールで眼差しを覆うように、その光を弱めてくれた。
神への罪科の数々を忘れろとすすめる様に、大空は神の大赦の様に気持ちよく澄み渡った。
僕の青春は、お前の命令に大人しく服して、立っていた、それは見棄てられようとしている婚約の女の様に、嘆願しながら、
僕の眼の前に立っていた。それが僕の青春の見納めだったのさ。併し、突然、自由が僕に襲い掛かり、僕を戦慄させた、
自然は後の方に飛んで退き、すると僕にはもう年齢がなくなっていた。そして僕は、恰度影を無くした男か何かの様に、
お前の小さな恵み深い世界の真っ只中に、たった一人ぼっちでいるのに気付いたのだ。
そしてもうこの世には「善」も「悪」もなく、僕に命令を与えるものとて誰一人いなくなってしまっていたのだ。
隔離所に閉じ込められた癩病患者までも褒め称えなければならんというわけかな? 思い出して御覧、オレスト。
お前は儂の引き連れていた群れの中の一員だった、お前は儂の羊たちの真ん中で儂の野原の牧草を食べていた。
お前の自由とはお前をむずむずさせる疥癬に過ぎないのさ、それは追放と言う事に過ぎないのさ。
オレスト お前の言う通りだ。追放なのだ。
ジュピテル 禍はそんなに深くはない。昨日から始まったばかりだ。僕達の仲間に戻っておいで。戻って来るがいい。
何てお前は独りぼっちなんだ、お前の妹にさえ見捨てられて。お前は真っ青な顔をしている。苦しみの為に目が脹れている。
お前は生きたいのか? お前はそうして残忍な悪に苦しめられている。
儂にも覚えのないまたお前自身にも覚えのない奇妙な悪だ。戻っておいで。儂は忘却だ、儂は休息だ。
オレスト 僕自身にも覚えのない、奇妙な……そうだ。自然の外にも、自然に対しても、弁解もなく、ただ僕自身の中にしか頼るべきものはない。
だが僕はお前の掟の元には戻らない。僕は僕の掟以外の掟は持たないように運命づけられているのだ。
僕はお前の自然には戻りはしない。そこにはお前の方へ通じている何千という道が引かれてある、
だが僕はもう自分の道しか辿ることは出来ないんだ。なぜなら僕は人間だからさ、ジュピテル、
人間は皆夫夫自分の道を発見していかなければならないんだ。自然は人間を嫌悪する、そしてお前も、
神々の支配者であるお前もやはり人間たちが大嫌いなんだ。
ジュピテル お前の言う事は嘘ではない。儂は人間たちがお前のようになると、憎らしいのだ。
僕達は恰度二隻の船のように互いに触れ合うことなく滑って行くだけだ。お前は神だ、そして僕は自由なのだ。
僕達は同じように独りぼっちで、僕達の苦しみは似かよっている。僕があの長い夜の間、後悔を索めなかったなどと誰がお前に言うんだ?
後悔。眠り。僕はそれを索めた。だが今では僕には後悔することも出来ない。眠ることも。
沈黙。
ジュピテル これからどうしようというんだ?
オレスト アルゴスの人民達は僕の臣下だ。彼らの眼を開いてやらねばならない。
ジュピテル 哀れな奴等め! お前は彼らに孤独と恥辱の贈り物をしようとしている、お前は儂が彼等に被せてやった布を彼等から剥ぎ取ろうとしている、
そしてお前は彼等にいきなり赤裸な彼らの実存の姿を、彼らの淫猥で無味乾燥な実存の姿を、
無の為に彼等に与えられている実存の姿を見せつけようとしているのだ。
オレスト 彼等だってその分け前を受けるべきなのに、何故僕が僕の裡に絶望を彼らに与えてはいけないというのか?
ジュピテル その絶望で彼等は何をするというのだ?
オレスト 好きなことをさ。彼等は自由なのだ。そして人間の命は、絶望の反対側から始まるのだ。
沈黙。
ジュピテル それならいい、オレスト、こういったことはみんな前から分かっていたのだ。
一人の男がいずれ神の黄昏を告げにやって来る筈になっていた。
それがお前だったんだな? 昨日のあの娘のような顔つきを見て、誰が一体それを信じられたろう?
オレスト 僕自身にだってそれが信じられたろうか? 僕の言う言葉は僕の口には大きすぎるのだ、それは僕の口を引き裂く。
僕の担っている運命は、僕の青春には重すぎる、それは僕の青春を押し潰した。
ジュピテル 僕はお前を殆ど愛していないが、しかしお前を気の毒だと思っている。
ジュピテル さよなら、オレスト。(彼は二、三歩歩いて)お前はね、エレクトル、こう思っているがいい。
儂の支配はまだ終わったわけではない、いや終わるどころではない---儂は戦いを放棄しようとは思わないのだ。
お前が儂と心を共にするか、儂に反抗するか、よく考えてみるがいい。さよなら。
オレスト さよなら。
ジュピテル、退場。
同上---ジュピテルを除く。エレクトルは徐ろに立ち上がる。
オレスト 何処へ行くんだ。
エレクトル 放っておいて。あなたにはもう何も言う事はないわ。
オレスト 昨日から知り合ったお前だが、永久に別れねばならないのか?
エレクトル ああ、私はあなたなんかに逢わなければよかったんだわ。
オレスト エレクトル! 僕の妹、僕の可愛いエレクトル、僕のたった一つの愛、僕の一生のたった一人の優しい人、
僕を一人ぼっちにしないでおくれ。僕と一緒にいておくれ。
エレクトル 泥棒! 私は自分のものは殆ど何も持っていなかった、ただ少しばかりの平穏と幾らかの夢だけだった。
あんたはそれをみんな奪ってしまった、あんたは一人の貧しい女を略奪したんだわ。あなたは私の兄さんだった、
私達の家族の長だった。あなたは私を庇って呉るべきだったわ。だけどあなたは私を血の中に投げ込んでしまった、
私は皮を?がれた牛のように血だらけ。蝿という蝿が私の後を追って来る、あのがつがつした蝿達が、そして私の心はまるで恐ろしい蝿の巣のよう!
オレスト それはそうだ。僕はお前からみんな奪ってしまった。そして僕にはお前に与えられるものは---唯僕の罪以外には---何もないのだ。
併し、何という広大な現在だろう。お前はそれが鉛のように僕の魂の上にのしかかっていないと思うのかい?
以前は僕達はとても軽々としていたね、エレクトル。今では、僕達の足は馬車の車輪がぬかるみの轍にめり込む様に地面の中にめり込んでいく。
さあ、おいで、僕達は行くんだ、そして僕達は大切な荷物を担いで身を屈めながら、重い足を引き摺って歩いて行くんだ。
手をお貸し、僕達は一緒に……
エレクトル 何処へ?
それを僕達は根気よく探さなければならないんだ。
エレクトル もうあなたの言う事は聞きたくないわ。あなたは不幸と嫌悪だけしか私に与えてくれない。(彼女は舞台の上に飛び下りる。
エリニュエス達がじりじりと近寄って来る)助けて! ジュピテル、神々と人間の王様、あなたの腕に私を抱いて、連れて行って、護って。
あなたの掟に従うわ、あなたの奴隷に、あなたのものになるわ、あなたの足に、膝に接吻するわ。
この蝿達から私の兄さんから、私自身から私を護って、私を独りにしないでちょうだい、私は全生涯を贖罪に捧げるわ。
私は後悔している。ジュピテル、私は後悔しているわ。
彼女は走りつつ、去る。
オレスト?-エリニュエス達。エリニュエスはエレクトルを追って行こうとする仕草をする。第一のエリニュエスがそれを制止する。
第一のエリニュエス 放っとき、姉妹達、あの娘は私達から逃げてしまった。だがこいつがまだ残っているよ、それもまだ当分はね、そうに違いないよ、何故ってこのちっぽけな魂は皮のように頑固だもの。こいつは二人分苦しむのさ。
エリニュエス達はぶんぶん唸り始めオレストの方へ近寄る。
オレスト 僕はたった独りだ。
第一のエリニュエス そんなことあるかい、ああ、暗殺者の中で一番可愛い人、私がまだいるよ。今にお前の気晴らしに素晴らしい遊びを考え出してあげるよ。
オレスト 死ぬ迄、僕は独りぼっちだ。それから……
第一のエリニュエス さあ元気をお出し、姉妹達、こいつはだんだん弱って来る。ごらん、こいつの眼がだんだん大きく見開いてくる。今にこいつの神経はあの恐怖の美沙なアルペジオで引かれる竪琴の琴線のように鳴り響き始めるよ。
第二のエリニュエス 今にお腹が空いてこいつは外へ出て行くだろう。夜にならぬ内にこいつの血の味が味わえるというものさ。
オレスト 可哀想に、エレクトル!
教僕が入って来る。
オレスト---エリニュエス達---教僕。
教僕 おや、お坊ちゃま、斯んな処にいらしたんですか? 暗くてちっとも見えませんな。食物を少しばかり持って参りましたよ。
アルゴスの人民達が神殿を包囲してまして、これじゃとても逃げ出すことだって出来やしません。今夜は、何とかして逃げ出さにやなりますまい。
まあそりゃそうとして、お食事なさいまし。(エリニュエス達行手を遮る)ほっ、何ですね、いったいこ奴等は? またしても迷信ですかい。
ああ、あの静かなアッチカの国はよござんしたね、あそこじゃ手前の理屈が道理で通ったんですから。
オレスト 僕に近寄っちゃ駄目だ、あいつらがお前の生き身を引き裂くぞ。
教僕 お静かに、別嬪さん。どうですね、この肉と果物は如何です、こんなものであんた方のお気が鎮まるならね。
オレスト アルゴスの人民達が神殿の前に集ってるって言うのか?
教僕 そうなんですよ! ですから私だって、此処にいるこの綺麗な小娘達の方か、あっちのあなたの愛する臣下達の方か、
どいつの方が一体あなたに害をなす悪い、酷い奴等かとなると、一寸判断がつきかねますねえ。
オレスト よし(間)あの扉を開けろ。
教僕 お気は確かですか? みんなあの向うにいるんですぜ、てんでに凶器を持って。
オレスト 言われた通りにするんだ。
オレスト 僕はお前の主人だぞ、爺、この戸を開けろと言ったら開けるんだ。
教僕は少し扉を開ける。
教僕 おお! 大変、大変! おお! おお!
オレスト 両方に開け放て!
教僕は扉を開け、その開き戸の一方の陰に身を隠す。群衆はその両扉を烈しく押し、制止されて閾の上に立ち止まる。強烈な太陽と光。
群衆の中より叫び声---殺せ! 殺せ! 石で叩き殺せ! 八つ裂きにしてしまえ! 殺せ!
オレスト (彼らの声は耳にも入らず)---ああ、太陽だ!
群衆 涜神者! 暗殺者! 人殺し! 四つに裂いて死刑にしてしまうぞ。お前の傷の中にどろどろに溶けた鉛を流し込んでやるぞ!
一人の女 お前の眼を引きむしってやるよ。
一人の男 貴様の肝臓を食ってやる。
オレスト (立ち上がって)ここに来ていたのか、僕の忠実な臣下達? 僕はオレストだ、お前達の王、アガメムノンの息子だ、
そして今日は僕の戴冠の日なのだ。(群衆達、狼狽してがやがや言う)お前達はもう叫ばないのか?
(群衆は沈黙する)そうか、お前達は僕が怖いんだね。十五年前、同じ日に、もう一人の暗殺者がお前達の前に立った、
彼は肱の辺りまで血濡れの赤い手袋をしていた、血の手袋だ、そしてお前達はその男には恐れを抱かなかった。
何故ならお前達はその眼の中に、彼がお前達と同じ仲間の人間であること、彼が自分の行為に耐えるだけの勇気を持っていない人間で
あることが読めたからだ。罪を犯した本人が耐えられないような罪、そんな罪はもはや誰の罪でもない、そうじゃないか?
それは殆ど不慮の災難の様なものだ。お前達はその罪人を王として迎え入れた。するとその古い罪が、この街の壁という壁の間に、
かすかな呻き声を上げながら、まるで喪家の犬のように徘徊し始めたのだ。
僕はこの太陽を前にして僕の罪を引き受ける。その罪こそ僕の生存理由でもあり、僕の自尊心なのだ。
お前達には僕を罰することも、僕に同情することも出来ない、そして僕がお前達を畏れさせる理由はそれなのだ。
だがしかし、僕の臣下達よ、僕はお前達を愛している、そして僕が殺したのはお前たちの為にだ。お前たちの為になのだ。
だが今は、僕はお前達の仲間だ、臣下達よ、僕達は血で結び合わされている、そして僕こそお前達に値する男なのだ。
お前たちの誤謬、お前たちの後悔、お前達の夜毎の苦しみ、エヂストの犯罪、全て僕のものだ、みんな僕が引き受ける。
お前達の死者を怖れるな、それはみんな僕の死者なのだ。それから御覧。お前達の忠実な蝿どもはお前達を離れて僕の方にたかってきた。
だが怖れることはない、アルゴスの人民達よ。僕は、血濡れのままで自分の殺した人の王座には座る気持ちはないのだ。
ある神が僕に王座を与えると言ったが、僕は辞退したのだ。僕は土地もない、臣下もない王になりたいと思う。
さよなら、諸君、生きようと試みるのだ。ここではあらゆるものが新しく、あらゆるものが新たに始まるのだ。ある奇妙な生がね。
もう一つ、聞いて貰いたい話があるのだ。ある夏の事、スキュロスの島が鼠の害に悩まされたことがある。それは恐ろしい災害だった、
鼠があらゆるものを?り出したのだ。町の住民たちはそのために死ぬほどの思いをした。ところが、ある日、一人の笛師がやって来た。
彼は街の中央に立った---こんな風にね。(彼は自分でその様に立つ)そして彼は笛を吹き始めた、すると鼠という鼠がみんな彼の周りにひしめき合って集って来た。
やがて彼はこんな風に大股に歩き始めたのだ。(彼は台から下りる)スキュロスの住民たちに向かってこう叫びながらね。「そこをどけ!」と。
(群衆は遠ざかる)すると鼠達は皆しぶしぶ頭をもたげた---丁度蝿どものやるようにね、見ろ! 見ろ、あの蝿どもを!
そうすると、たちまち鼠どもは彼の跡を追ってあわただしく走り去ったのさ。
そしてその笛師はこの鼠たちと一緒に永久に姿を消してしまったのさ。こんな風にね。
---幕---