★手巻の腕時計について語るスレ2★最終更新 2025/06/19 05:581.名無しの愉しみSfR5V手巻の腕時計について語るスレ手巻であれば国産、舶来、価格帯関係なく何でもOK(手巻付自動巻は対象外、手巻のみのスプリングドライブは対象内とします)※荒らし・連レスはスルーでお願いします2024/07/12 06:57:4933コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.名無しの愉しみSfR5V運用2024/07/12 06:59:373.名無しの愉しみSfR5V保守2024/07/12 07:03:144.名無しの愉しみSfR5Vコレクションでたまに着ける程度ならヴィンテージがいいよ休日時計なら多少の日差も気にならんでしょ2024/07/12 09:16:115.名無しの愉しみb6bL2毎日同じ時計を使うことはあんまりないから、手巻きが好きになってきた2024/07/13 00:58:366.名無しの愉しみTPFIEいいね2024/07/13 05:26:177.名無しの愉しみgiQmlインター手巻買うお2024/07/14 05:21:228.名無しの愉しみDQZwWおめ2024/07/15 05:26:259.名無しの愉しみZX9pdいいね2024/07/16 08:55:2110.名無しの愉しみxgShnワロタ2024/07/17 02:27:0311.名無しの愉しみ4leW8ワロタ2024/07/19 06:50:0712.名無しの愉しみKzrOJ運用2024/07/21 06:36:5313.名無しの愉しみafwYz保守2024/07/22 06:28:1714.名無しの愉しみ2eCQw運用2024/07/24 10:15:0015.名無しの愉しみa3WWy保守2024/07/25 05:47:0816.名無しの愉しみxyPsX運用2024/07/26 12:04:3317.名無しの愉しみs8mvW保守2024/07/27 05:51:4618.名無しの愉しみlX9CY運用2024/07/28 00:56:1719.名無しの愉しみKYQkc以前、都電荒川線沿線のアンティーク時計屋に行ったが店員さんの対応は最悪でした地元の常連だか知らないがずっと喋っていて、客が2階の店内に入っても無視手持ちの電池を交換してもらったのですがクォーツ使うヤツは下に見てるのか渡しても無言で助手の女性に渡して終わりwここまで最悪の店を見た事ありません2024/07/28 21:23:2220.名無しの愉しみj2ADEワロタ2024/07/29 06:12:0021.名無しの愉しみAWbcr都内で機械式時計修理で安くてまあまあ良い所教えて2024/07/29 21:22:5222.名無しの愉しみyqAc6有楽町や御徒町にあったお2024/07/31 06:42:2723.名無しの愉しみgh1Ephttps://imonar.com/R7xzGW8.jpgオイラご自慢の時計さ2024/08/08 00:35:1324.名無しの愉しみ45eX0保守2024/08/08 06:26:4325.名無しの愉しみG8uaS運用2024/11/03 05:16:3926.名無しの愉しみnkFUJ保守2024/11/07 15:10:1527.名無しの愉しみjdE6k運用2025/02/04 06:52:5528.名無しの愉しみpb09M保守2025/04/06 06:53:0729.名無しの愉しみiD1Rn運用2025/04/22 10:13:4430.名無しの愉しみZrujX世界中の街のどこでもそうなのであるが、町外れの時計屋さんのそれも中古の時計屋さんのウインドウを見るというのが私の趣味である。考えてみれば、そこで時計を買ったと言う事は数えるほどしかないのだ。つまり私が素敵だと思っているのは、世界中の大都会のちょっと中心部から外れたところにひっそりと店を出している時計屋さんが好きだと言うことなのだ。このハノイの古い時計屋さんもそうであるが、展示の仕方が気にいった。普通の中古の時計屋さんだともうちょっと時計と時計の感覚を詰め詰めにしているのである。この店はそういうことがなくて、感覚が緩やかだったら、逆に集中して、それぞれの時計を眺めることができる。別にそこでレアなウォッチを探し出そうと言う変な根性は最初から持ち合わせていない。ゆったりと古い時計が安らいで、それぞれの場所に置かれていると言う状況を見るのが好きなのだ。それにかつては、それぞれの時計は、それぞれの人々の上で大事な人生の時を刻んでいたと言うところが素晴らしいと思う。2025/04/29 09:53:1431.名無しの愉しみhd3dfバーゼルの時計の見本市を取材が終わってプラハ空港に帰ってくるときに空港の滑走路のちょうど反対側の道でプラハの地下鉄の1番東側の上空を通過するのである。窓から見るとちょうど復活祭の前なのでメトロの終点の広場の前に遊園地が建設されている最中であった。翌日アトリエから地下鉄を乗り継いで東側の終点に行ったらMerry-Go-Roundなどかなりたくさん準備が整っていた。復活祭に合わせて遊園地がやってくる。そして復活戦が終わると遊園地は去っていく。移動祝祭日であるのだからやってきて、時間が過ぎて去っていくというのがカーニバルである。遊園地の正しい時間的過ごし方なのだ。ディズニーランドみたいにいつでもそこにいて未来永劫ここにありますと言うのは、何の楽しみもないわけである。キリスト教だけではない。ムスリムの大きなお祭りであるラマダン明けの時も私がよく宿泊していた。イスタンブールの1番中心部のブルーモスクの向かい側のホテルであるが、その目の下の小さな広場はラマダン明けにはなかなかたくさんのMerry-Go-Roundとか遊び道具がやってきて、地元の子供たちを楽しませている。要するに、こういうのが、人生の子供の頃からの時間のうまい使い方と、過去と現在と未来の距離感を正常に教育するための方法なのだと思う。2025/05/22 08:22:0132.名無しの愉しみ1VE46大昔から家にある四角いグレーのクロノグラフである。有名な映画で主人公がこれを自動車レースの時に使っていたとか、そういう背景は全く知らなかった。クロノグラフは好きでいくつか持っているが、たいていが丸いタイプなので、四角いタイプのクロノグラフの感じは雰囲気がかなり異なっているので、そこがユニークで好きである。かなり疲れた。クロノグラフなので、東京の専門店にオーバーホールに出したら、クロノグラフの機能はもう壊れていて使えませんけれども、普通の時計の機能なら使えますと言うのでそのようにしてもらった。こちらは別にグランプリでラップを取るとかそういうのとは全く関係ないからクロノグラフは必要ない。つい最近までクロノグラフが必要だったのはお湯を注いで3分間待つと言う位な状況であるから、もともと私には関係のないメカニズムなのである。高級ウォッチの雑誌の取材の手伝いをしていた時に、最初にジュネーブのサロンに行ってそれから春になってバーゼルの時計の見本市に行った。その時びっくりしたのはこのモナコタイプのウォッチはまだ継続して作られていると言うことだ。クオーツが登場した時、メカの時計は全部やられてしまったが、それが見事に復活している。デジタルカメラがこういう具合になって、フィルムカメラがもう復活しないのはなぜだろうと会場で考えてみた。答えは単純であって、主に男性は必要のないものにお金を使うのである。カメラの場合は実用品だから必要なものであって、必要なものにはお金を使わないのがカメラ人類である。バーゼルの見本市で見た最新型の四角いモナコのクロノグラフは何やら新しいメガが入っているそうだが全く興味がない。やはり最初のオリジナルのものに限りますね。これ関係の時計の雑誌の後ろのほうの広告を見ていてこれと同じ時計が紹介されていて値段を見ると150,000円とある。古い時計だけれどもそのくらいの音がするのだなぁと納得して私は乱視だからよく見たら桁が1つ多かった。2025/05/31 10:21:3533.名無しの愉しみuBD31いいね2025/06/19 05:58:36
【自民・小野寺政調会長、減税のデメリットを強調】「消費税減税、実は所得の低い方々には恩恵が薄く、高い物をたくさん変える高所得者ほど得をする」ニュース速報+4131132.12025/06/20 01:53:54
手巻であれば国産、舶来、価格帯関係なく何でもOK
(手巻付自動巻は対象外、手巻のみのスプリングドライブは対象内とします)
※荒らし・連レスはスルーでお願いします
休日時計なら多少の日差も気にならんでしょ
地元の常連だか知らないがずっと喋っていて、客が2階の店内に入っても無視
手持ちの電池を交換してもらったのですがクォーツ使うヤツは下に見てるのか渡しても無言で助手の女性に渡して終わりw
ここまで最悪の店を見た事ありません
オイラご自慢の時計さ
考えてみれば、そこで時計を買ったと言う事は数えるほどしかないのだ。つまり私が素敵だと思っているのは、世界中の大都会のちょっと中心部から外れたところにひっそりと店を出している時計屋さんが好きだと言うことなのだ。
このハノイの古い時計屋さんもそうであるが、展示の仕方が気にいった。普通の中古の時計屋さんだともうちょっと時計と時計の感覚を詰め詰めにしているのである。この店はそういうことがなくて、感覚が緩やかだったら、逆に集中して、それぞれの時計を眺めることができる。
別にそこでレアなウォッチを探し出そうと言う変な根性は最初から持ち合わせていない。ゆったりと古い時計が安らいで、それぞれの場所に置かれていると言う状況を見るのが好きなのだ。それにかつては、それぞれの時計は、それぞれの人々の上で大事な人生の時を刻んでいたと言うところが素晴らしいと思う。
翌日アトリエから地下鉄を乗り継いで東側の終点に行ったらMerry-Go-Roundなどかなりたくさん準備が整っていた。復活祭に合わせて遊園地がやってくる。そして復活戦が終わると遊園地は去っていく。
移動祝祭日であるのだからやってきて、時間が過ぎて去っていくというのがカーニバルである。遊園地の正しい時間的過ごし方なのだ。ディズニーランドみたいにいつでもそこにいて未来永劫ここにありますと言うのは、何の楽しみもないわけである。
キリスト教だけではない。ムスリムの大きなお祭りであるラマダン明けの時も私がよく宿泊していた。イスタンブールの1番中心部のブルーモスクの向かい側のホテルであるが、その目の下の小さな広場はラマダン明けにはなかなかたくさんのMerry-Go-Roundとか遊び道具がやってきて、地元の子供たちを楽しませている。
要するに、こういうのが、人生の子供の頃からの時間のうまい使い方と、過去と現在と未来の距離感を正常に教育するための方法なのだと思う。
クロノグラフは好きでいくつか持っているが、たいていが丸いタイプなので、四角いタイプのクロノグラフの感じは雰囲気がかなり異なっているので、そこがユニークで好きである。
かなり疲れた。クロノグラフなので、東京の専門店にオーバーホールに出したら、クロノグラフの機能はもう壊れていて使えませんけれども、普通の時計の機能なら使えますと言うのでそのようにしてもらった。
こちらは別にグランプリでラップを取るとかそういうのとは全く関係ないからクロノグラフは必要ない。つい最近までクロノグラフが必要だったのはお湯を注いで3分間待つと言う位な状況であるから、もともと私には関係のないメカニズムなのである。
高級ウォッチの雑誌の取材の手伝いをしていた時に、最初にジュネーブのサロンに行ってそれから春になってバーゼルの時計の見本市に行った。その時びっくりしたのはこのモナコタイプのウォッチはまだ継続して作られていると言うことだ。クオーツが登場した時、メカの時計は全部やられてしまったが、それが見事に復活している。
デジタルカメラがこういう具合になって、フィルムカメラがもう復活しないのはなぜだろうと会場で考えてみた。答えは単純であって、主に男性は必要のないものにお金を使うのである。カメラの場合は実用品だから必要なものであって、必要なものにはお金を使わないのがカメラ人類である。
バーゼルの見本市で見た最新型の四角いモナコのクロノグラフは何やら新しいメガが入っているそうだが全く興味がない。やはり最初のオリジナルのものに限りますね。
これ関係の時計の雑誌の後ろのほうの広告を見ていてこれと同じ時計が紹介されていて値段を見ると150,000円とある。古い時計だけれどもそのくらいの音がするのだなぁと納得して私は乱視だからよく見たら桁が1つ多かった。