台湾人「中国の一方的な主張を補強する日本リベラルの皮肉」最終更新 2026/01/01 04:151.番組の途中ですが転載は禁止ですZCuY3鍾 宜庭(ちょん いーてぃん):スタンフォード大学博士課程台湾出身。早稲田大学で学士、イェール大学で修士号取得後、現在スタンフォード大学歴史博士課程に在籍中。専攻は東アジア史およびトランスパシフィック・ヒストリー。高市早苗首相が11月上旬に行った台湾有事に関する答弁がなおも波紋を広げている。中国は11月から始めた一連の報復措置をなおも継続しており、日本国内では答弁に対する評価やその経済的な影響について意見も分かれている。そして、その波紋は2025年の今なお台湾問題に対して日本社会の一部が無関心であり続けた問題も表してしまった。12月21日に共同通信が公表した世論調査では、高市答弁を受けた日中関係悪化について日本経済に「悪い影響を与える」と回答したのは「どちらかといえば」を合わせ59.9%だった。一方で答弁自体については「不用意だったとは思わない」が57.0%で「不用意だったと思う」37.6%を上回った。毎日新聞が12月22日に報じた世論調査でも、答弁を「撤回する必要はない」が67%を占め、「撤回すべきだ」の11%を大きく上回った。高市首相の答弁に対して様々な見方が交錯し、強く支持する声がある一方で、強い批判的姿勢を示す人々も少なくない。とりわけSNS上では、いわゆる左派・リベラル系とみなされている知識人や社会運動家などが、「台湾有事=日本有事」という図式によって日本を再び戦争の最前線へと押し出すものだとして、強く反発している。こうした批判の動きはネット上にとどまらず、東京や那覇などでこれまで複数回の抗議活動が行われた。これら抗議活動の1つの事例として、市民グループ「We Want Our Future」による11月21日および11月28日に行われた抗議活動の呼びかけ文に掲げられた論点を整理すると、要旨としては次の3点を理由として「台湾有事=日本有事」論に反対している① 日中関係の正当性と安定性の基盤である1972年日中共同声明を揺るがしかねない② 「台湾有事≠日本の武力行使」という日本側の立場が旧帝国として中国を挑発③ 高市答弁が日中関係を悪化させ、台湾海峡での軍事的緊張を高める危険性をはらむ筆者自身は日本の右派や保守層が抱いている台湾観を支持する立場にはない。これらは植民地支配を肯定する視点と結びつきつつ、台湾を自らの反共・反中論の文脈に取り込んでしまっている面があるからだ。また高市政権を批判することに異を唱えているつもりもない。しかし、日本の左派やリベラル派の発信は彼ら自身の政治的主張のために台湾に対して無関心を決め込んでいる点は大きな問題がある。例えば、上記で紹介した3つの論点の背景には、彼らの台湾理解に歴史的・政治的文脈を欠いた歪みが存在していることが垣間見える。その歪みこそが戦後日本の左派やリベラル派が台湾に対して無関心であり続けている原因だろうと思われる。2026/01/01 00:34:1315コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.番組の途中ですが転載は禁止ですZCuY3今回の高市答弁を受けて、1972年日中共同声明を引用し、「台湾は中国の一部であり、台湾問題は中国の内政問題だ」と主張する政治家・批評家・学者も少なくなかった。すでに九州大学の前原志保准教授による解説論考「新聞ですら間違える『台湾問題』への日本の立場」(11月18日配信)で指摘したように、日本政府は1972年の声明において中国側の主張を「理解(understand)」「尊重(respect)」という、賛同というよりも曖昧さを含む語彙で受け止めているにすぎない。にもかかわらず、「台湾は中国の内政問題であり、日本はその原則を守るべきだ」と断言する言説が日本の一部で根強く広がった。これらは中国政府の一方的な主張を結果的に補強する危うさをもつ。首相官邸前の集会の呼びかけにおいても「台湾は中国の一部」とまでは明示されないものでも、日中共同声明を根拠にして、高市首相の発言は「日中国交正常化を支える外交原則すら動揺させかねない」と主張しているケースが多かった。中国政府の立場を批判的に検討することなく受け入れてしまう危うさに加え、個人の自由や民主的な価値観を重視するリベラルの立場でありながら、小国の声を踏みにじる大国間の条約や外交原則を優先するという皮肉な構造が表れている。多くのリベラル系とみなされる知識人らが中国に対して大国間の外交原則を優先する一方、彼らは積極的にパレスチナ支援運動に参加している。その際、「日本とパレスチナは国交がないので外交原則に反する」といった配慮をしているだろうか。おそらく、ほとんどしていないはずだ。パレスチナに対する深刻な人権侵害が、大国主義的暴力の歴史的帰結であることは広く認識されている。人権と民族自決を支持する立場からすれば、現地の当事者の声よりも大国間の条約や外交原則を優先することはありえない。日本政府は見送ったものの、日本でも政府のパレスチナ国家承認を求める声が上がっている。なぜパレスチナ問題では大国主義への批判的視点が鮮明な一方で、台湾問題になるとその視点がいわゆるリベラル系知識人の中で急に鈍るのか。筆者はここで2つの理由を挙げたい。第1は近接性の問題だ。パレスチナ問題は日本にとって地理的・政治的に遠い存在である。日本の大手企業はイスラエル軍に製品やサービスを提供しているという点で当事者でもあるものの、ガザ虐殺で日本有事の状態にはなる可能性はほぼない。そのため、日本は第三者として支援する立場を取りやすい。2026/01/01 00:34:343.番組の途中ですが転載は禁止ですZCuY3それに対して台湾は、日本が当事者性を免れえないほど近い。だからこそ、台湾問題について考える際には日本を中心に考える思考的な枠組みから自由になることが難しいのだろう。それゆえ台湾市民が直面する中国の帝国主義的暴力を、人権の観点に基づき正面から論じることを躊躇してしまう。パレスチナ問題と台湾問題に対する反応の違いこそ、「日本国家を超えた人権意識(およびその実践)」の欠如を露呈しているといえる。そしてこの欠如こそ、日本が行きついた平和国家イデオロギーの先――すなわち「一国平和主義」の限界――を示している。2つ目の理由は、戦後日本の左派・リベラル知識人は長らく戦前日本の帝国主義への反省と戦後アメリカの帝国主義を批判してきた歴史だ。戦前の日本や今なお続くアメリカの帝国主義的な振る舞いは厳しく批判されるべき対象である。しかしその結果、日本の左派には「アメリカ以外の帝国主義(特にアメリカと対立する帝国)」や「他国、特に日本帝国主義の被害者だった国々による国家暴力」に対する批判が相対的に弱い。パレスチナ問題と台湾問題に対する姿勢の違いは、その顕著な例だろう。パレスチナで人権侵害を続けるイスラエルの背後にはアメリカの影響があるため批判の矛先を向けやすい。一方、台湾問題では今や現状変更を図ろうとする加害者は中国である。中国の帝国主義は戦後日本のリベラルが築いてきた「反帝国主義」という枠組みには収まらない。その点で、日本の右派政権がアメリカ外交に従属してきたと批判されるのと同じく、日本の左派やリベラルはアメリカ中心の視座を超えて他の帝国主義を等しく批判することが難しい構造的問題を抱えている。首相官邸前での抗議集会の呼びかけ文には、「日本はかつて台湾を植民地支配していたという歴史的事実があります」と書かれていた。そして、「旧宗主国である日本が『台湾有事=日本の実力行使』と結びつける発言を行うことは、中国側にとっては、日本が再び台湾に軍事介入しようとしていると映り、中国を挑発し、日本だけでなくかえって台湾自身の安全をも脅かします」と主張されていた。この論点は、表面的には植民地主義に対して敏感な姿勢を示しているように見える。しかし、台湾の歴史を少しでも理解していれば、この主張は戦後日本の左派・リベラルが台湾に無関心であり続けた結果にすぎないことがわかる。その問題とは次の3点である。2026/01/01 00:35:044.番組の途中ですが転載は禁止ですZCuY3まず日中共同声明の引用と同様、呼びかけ文は「台湾は中国の一部である」という中国政府の立場を批判することをせずに、「中国側にとっては、日本が再び台湾に軍事介入しようとしていると映り、中国を挑発し」という形で、中国側の主張に沿う読み方を可能にしてしまっている。この姿勢は、1949年の国共内戦後に台湾が中国と実質的に分離し、軍事独裁政権下でもなお台湾アイデンティティの台頭と民主化を成し遂げたという現在までの台湾の歴史や政治的状況を完全に無視している。2つ目に、呼びかけ文は「再び」という言葉を使い、日本が台湾に軍事介入するのは2度目になると暗に示している。ここでの「1度目」とはおそらく、1895年の日清戦争の結果、台湾が日本に割譲した際の出来事を指すのだろう。しかし、この論理は19世紀末の清朝と現在の中国政府を同一視してしまっている。19世紀末の清朝と、現在の中国(中華人民共和国)政府は政治体制・国家構造・領土観のいずれにおいても異なり、清朝による台湾統治を現在の中国政府の主張にそのまま接続させる読み替えは、中国政府がしばしば用いる「台湾は古来中国の不可分の一部」という歴史観と同様に、台湾と中国にある断絶の歴史を覆い隠してしまう。最後に、呼びかけ文は「日本はかつて台湾を植民地支配していた」という歴史的事実を正面から指摘している一方で、中国も歴史的に台湾へ帝国主義的支配を行ってきたことには沈黙している。マサチューセッツ工科大学のエマ・テン教授が提示した論点の通り、帝国主義は西洋列強に固有のものではなく、清朝による台湾統治もまた明確に「帝国主義」として理解されるべきものである。今まで指摘してきた台湾の歴史や現在の状況は、日本語の文献でも容易にアクセスできる知識である。日本は植民地支配の歴史ゆえに、台湾以外で台湾研究が最も盛んな地域といって過言ではないほどの研究蓄積を持っている。それにもかかわらず、今回の高市答弁を受けて改めて見られた「台湾有事≠日本有事論」のような台湾理解の歪みは、戦後日本のリベラルが「反帝国主義」を掲げながら、実際には自らの旧植民地に向き合うことを避けてきた姿勢の結果にほかならない。多くの台湾人がそうしているわけではないが、筆者自身を含め、一定数の台湾人研究者や社会運動家たちは、日本と沖縄に足を運び、反基地運動や安保関連の社会運動に日本語を学んだうえで参加し、「帝国の狭間」と位置づけられてきた人々の歴史を必死に理解しようとしてきた(台湾人留学生が日本の社会運動に参加した一例としては、木下ちがや氏の『「社会を変えよう」といわれたら』が参考になる)。2026/01/01 00:35:345.番組の途中ですが転載は禁止ですZCuY3「台湾有事≠日本有事」を唱えつつ歪んだ台湾論を展開し、勝手に台湾社会の一部にみられる論調だけを取り出して「これこそ台湾の民意だ」「台湾海峡の安定に資する」などと主張する日本のリベラルとされる知識人のうち、一体どれほどが現地の言葉を学んで台湾の社会運動に参加し、台湾社会とその歴史を理解しようとしてきたのだろうか。戦後(おそらく戦前も)台湾の歩みを十分に理解しているとは言いがたい日本の知識人たちが、台湾についてはあたかも当然のように語ることができてしまうこの知識形成における非対称性こそ、「反帝国主義」という名のもとに、実際には元宗主国の人間が享受している特権的な構造であり、むしろ帝国主義を再生産する危うさを抱えている。挑発に敏感な中国に対して、高市氏の答弁が「日中関係の急速な緊張」と「偶発的衝突の危険性」を高めかねないことは批判されるべきことだ。実際、中国政府は高市答弁を受けて自国民に日本への渡航自粛や沖縄県周辺での軍事演習など報復措置を実施し続けている。しかし、ここで忘れてはならないのは、実際に軍事威嚇と威圧的な行動を現実化させている中国側の動きに対して批判的な視点を持たないことは、台湾社会が常に中国の軍事威嚇――すなわち「偶発的衝突の危険性」――のなかで暮らしているという現実を見ない態度にほかならないということである。残念ながら近年、中国による台湾周辺での軍事演習は急増し、それが台湾人にとって常態化しているという現実がある。もし、日本のリベラル派も個人の人権を重視し、自由や民主的な価値観を大事にするのであれば「台湾の安全」にも思いを向けてもらえるだろう。そして批判の焦点として「台湾有事」に関する答弁を行った高市首相だけでなく、中国による継続的な軍事的威圧と拡張の動きも含まれるはずだ。「中国を挑発しない」という姿勢は政治的戦略としては成立する。ただし、リベラル的価値観とは相容れないものである現実がある。台湾人が自らの歴史的経験を踏まえ、自らのアイデンティティを「中国人ではなく台湾人」として主張することそのものが、中国からすれば「挑発」として扱われるからである。リベラル的価値観に基づいた主張や自らのアイデンティティそのものが他国にとって挑発、そして軍事的威嚇の対象になるというおぞましい状況が台湾人の現実である。高市首相の答弁を端に発して、2025年の最後の2カ月弱に改めて日本での台湾理解の歪さが明らかになったが、健全な議論のためにまずは台湾の現実を日本のリベラル派に理解しておいてほしいと願ってやまない。https://toyokeizai.net/articles/-/9257422026/01/01 00:36:266.番組の途中ですが転載は禁止です5vTgi日本国として、一つの中国を尊重し、台湾を国として認めていないのに何言ってんの?リベラル当て擦るヒマがあるなら、バカイチ統一自民党に国として認めろと言えよ(笑)2026/01/01 00:37:317.番組の途中ですが転載は禁止ですdkoiJいや中台問題に日本巻きこまないでくれよ2026/01/01 00:40:028.番組の途中ですが転載は禁止ですFOzUVバカサヨは党派的思考しかできないからな沈黙も指導部の方針に従ってるだけ権威に弱く自分の頭で物事を考えられない2026/01/01 00:49:249.番組の途中ですが転載は禁止ですBMBOoアメリカが動かんのに日本だけ動いてどうすんの日本に工作している暇あったらアメリカでロビー活動しろよ中露に好き放題やられてんじゃねえか2026/01/01 00:54:2310.番組の途中ですが転載は禁止ですYuqZCそもそも中共を批判出来ない時点で『リベラル』ではない日本の自称リベラルはアホだから、そんな事も理解出来ない2026/01/01 00:59:1311.番組の途中ですが転載は禁止ですaMgTAAIによる概要日本共産党は、中国共産党に対して、覇権主義的な行動や深刻な人権侵害を理由に、独自の立場から批判しています。これは、一般的な「共産党」という名称から想像されるイメージとは異なり、両党間の関係は長年にわたり断絶と対立の歴史を経てきた結果です。主な批判のポイントは以下の通りです。覇権主義の批判: 日本共産党は、中国共産党の行動を「社会主義・共産主義とは無縁の『新しい大国主義・覇権主義』」と批判しています。特に、尖閣諸島周辺での領海侵犯や、国際会議での強硬な姿勢などを問題視しています。人権問題の批判: 中国国内における新疆ウイグル自治区やチベット自治区での深刻な人権侵害、香港での民主派弾圧、天安門事件での武力弾圧などを強く非難しています。2026/01/01 02:21:0312.番組の途中ですが転載は禁止ですXFrZwやるにしても粛々とねわざわざあんなこと言って国益を損ねる意味は?2026/01/01 02:25:1413.番組の途中ですが転載は禁止です9VyvT>>8>>10安倍は香港弾圧の時に中共を批判できなかったが日本共産党は弾圧中止を求めて香港民主派から感謝された2026/01/01 04:04:1214.番組の途中ですが転載は禁止ですOIbVk中国とも台湾とも上手くやるのが国際政治ってもんだろうが2026/01/01 04:08:3015.番組の途中ですが転載は禁止ですD6Grvhttps://www.youtube.com/watch?v=WFQOHm8YTbY&t=1432s村田らむ( ´ん`)「樹海自殺本の出版記念講演で台湾に行きましたが”高市総理よく言ってくれた!”と現地の人達から言われました」2026/01/01 04:15:44
台湾出身。早稲田大学で学士、イェール大学で修士号取得後、現在スタンフォード大学歴史博士課程に在籍中。専攻は東アジア史およびトランスパシフィック・ヒストリー。
高市早苗首相が11月上旬に行った台湾有事に関する答弁がなおも波紋を広げている。中国は11月から始めた一連の報復措置をなおも継続しており、日本国内では答弁に対する評価やその経済的な影響について意見も分かれている。そして、その波紋は2025年の今なお台湾問題に対して日本社会の一部が無関心であり続けた問題も表してしまった。
12月21日に共同通信が公表した世論調査では、高市答弁を受けた日中関係悪化について日本経済に「悪い影響を与える」と回答したのは「どちらかといえば」を合わせ59.9%だった。一方で答弁自体については「不用意だったとは思わない」が57.0%で「不用意だったと思う」37.6%を上回った。毎日新聞が12月22日に報じた世論調査でも、答弁を「撤回する必要はない」が67%を占め、「撤回すべきだ」の11%を大きく上回った。
高市首相の答弁に対して様々な見方が交錯し、強く支持する声がある一方で、強い批判的姿勢を示す人々も少なくない。とりわけSNS上では、いわゆる左派・リベラル系とみなされている知識人や社会運動家などが、「台湾有事=日本有事」という図式によって日本を再び戦争の最前線へと押し出すものだとして、強く反発している。
こうした批判の動きはネット上にとどまらず、東京や那覇などでこれまで複数回の抗議活動が行われた。
これら抗議活動の1つの事例として、市民グループ「We Want Our Future」による11月21日および11月28日に行われた抗議活動の呼びかけ文に掲げられた論点を整理すると、要旨としては次の3点を理由として「台湾有事=日本有事」論に反対している
① 日中関係の正当性と安定性の基盤である1972年日中共同声明を揺るがしかねない
② 「台湾有事≠日本の武力行使」という日本側の立場が旧帝国として中国を挑発
③ 高市答弁が日中関係を悪化させ、台湾海峡での軍事的緊張を高める危険性をはらむ
筆者自身は日本の右派や保守層が抱いている台湾観を支持する立場にはない。これらは植民地支配を肯定する視点と結びつきつつ、台湾を自らの反共・反中論の文脈に取り込んでしまっている面があるからだ。また高市政権を批判することに異を唱えているつもりもない。
しかし、日本の左派やリベラル派の発信は彼ら自身の政治的主張のために台湾に対して無関心を決め込んでいる点は大きな問題がある。例えば、上記で紹介した3つの論点の背景には、彼らの台湾理解に歴史的・政治的文脈を欠いた歪みが存在していることが垣間見える。その歪みこそが戦後日本の左派やリベラル派が台湾に対して無関心であり続けている原因だろうと思われる。
にもかかわらず、「台湾は中国の内政問題であり、日本はその原則を守るべきだ」と断言する言説が日本の一部で根強く広がった。これらは中国政府の一方的な主張を結果的に補強する危うさをもつ。
首相官邸前の集会の呼びかけにおいても「台湾は中国の一部」とまでは明示されないものでも、日中共同声明を根拠にして、高市首相の発言は「日中国交正常化を支える外交原則すら動揺させかねない」と主張しているケースが多かった。中国政府の立場を批判的に検討することなく受け入れてしまう危うさに加え、個人の自由や民主的な価値観を重視するリベラルの立場でありながら、小国の声を踏みにじる大国間の条約や外交原則を優先するという皮肉な構造が表れている。
多くのリベラル系とみなされる知識人らが中国に対して大国間の外交原則を優先する一方、彼らは積極的にパレスチナ支援運動に参加している。その際、「日本とパレスチナは国交がないので外交原則に反する」といった配慮をしているだろうか。おそらく、ほとんどしていないはずだ。
パレスチナに対する深刻な人権侵害が、大国主義的暴力の歴史的帰結であることは広く認識されている。人権と民族自決を支持する立場からすれば、現地の当事者の声よりも大国間の条約や外交原則を優先することはありえない。日本政府は見送ったものの、日本でも政府のパレスチナ国家承認を求める声が上がっている。
なぜパレスチナ問題では大国主義への批判的視点が鮮明な一方で、台湾問題になるとその視点がいわゆるリベラル系知識人の中で急に鈍るのか。
筆者はここで2つの理由を挙げたい。
第1は近接性の問題だ。パレスチナ問題は日本にとって地理的・政治的に遠い存在である。日本の大手企業はイスラエル軍に製品やサービスを提供しているという点で当事者でもあるものの、ガザ虐殺で日本有事の状態にはなる可能性はほぼない。そのため、日本は第三者として支援する立場を取りやすい。
パレスチナ問題と台湾問題に対する反応の違いこそ、「日本国家を超えた人権意識(およびその実践)」の欠如を露呈しているといえる。そしてこの欠如こそ、日本が行きついた平和国家イデオロギーの先――すなわち「一国平和主義」の限界――を示している。
2つ目の理由は、戦後日本の左派・リベラル知識人は長らく戦前日本の帝国主義への反省と戦後アメリカの帝国主義を批判してきた歴史だ。戦前の日本や今なお続くアメリカの帝国主義的な振る舞いは厳しく批判されるべき対象である。しかしその結果、日本の左派には「アメリカ以外の帝国主義(特にアメリカと対立する帝国)」や「他国、特に日本帝国主義の被害者だった国々による国家暴力」に対する批判が相対的に弱い。
パレスチナ問題と台湾問題に対する姿勢の違いは、その顕著な例だろう。パレスチナで人権侵害を続けるイスラエルの背後にはアメリカの影響があるため批判の矛先を向けやすい。一方、台湾問題では今や現状変更を図ろうとする加害者は中国である。
中国の帝国主義は戦後日本のリベラルが築いてきた「反帝国主義」という枠組みには収まらない。その点で、日本の右派政権がアメリカ外交に従属してきたと批判されるのと同じく、日本の左派やリベラルはアメリカ中心の視座を超えて他の帝国主義を等しく批判することが難しい構造的問題を抱えている。
首相官邸前での抗議集会の呼びかけ文には、「日本はかつて台湾を植民地支配していたという歴史的事実があります」と書かれていた。そして、「旧宗主国である日本が『台湾有事=日本の実力行使』と結びつける発言を行うことは、中国側にとっては、日本が再び台湾に軍事介入しようとしていると映り、中国を挑発し、日本だけでなくかえって台湾自身の安全をも脅かします」と主張されていた。
この論点は、表面的には植民地主義に対して敏感な姿勢を示しているように見える。しかし、台湾の歴史を少しでも理解していれば、この主張は戦後日本の左派・リベラルが台湾に無関心であり続けた結果にすぎないことがわかる。その問題とは次の3点である。
2つ目に、呼びかけ文は「再び」という言葉を使い、日本が台湾に軍事介入するのは2度目になると暗に示している。ここでの「1度目」とはおそらく、1895年の日清戦争の結果、台湾が日本に割譲した際の出来事を指すのだろう。
しかし、この論理は19世紀末の清朝と現在の中国政府を同一視してしまっている。19世紀末の清朝と、現在の中国(中華人民共和国)政府は政治体制・国家構造・領土観のいずれにおいても異なり、清朝による台湾統治を現在の中国政府の主張にそのまま接続させる読み替えは、中国政府がしばしば用いる「台湾は古来中国の不可分の一部」という歴史観と同様に、台湾と中国にある断絶の歴史を覆い隠してしまう。
最後に、呼びかけ文は「日本はかつて台湾を植民地支配していた」という歴史的事実を正面から指摘している一方で、中国も歴史的に台湾へ帝国主義的支配を行ってきたことには沈黙している。マサチューセッツ工科大学のエマ・テン教授が提示した論点の通り、帝国主義は西洋列強に固有のものではなく、清朝による台湾統治もまた明確に「帝国主義」として理解されるべきものである。
今まで指摘してきた台湾の歴史や現在の状況は、日本語の文献でも容易にアクセスできる知識である。日本は植民地支配の歴史ゆえに、台湾以外で台湾研究が最も盛んな地域といって過言ではないほどの研究蓄積を持っている。
それにもかかわらず、今回の高市答弁を受けて改めて見られた「台湾有事≠日本有事論」のような台湾理解の歪みは、戦後日本のリベラルが「反帝国主義」を掲げながら、実際には自らの旧植民地に向き合うことを避けてきた姿勢の結果にほかならない。
多くの台湾人がそうしているわけではないが、筆者自身を含め、一定数の台湾人研究者や社会運動家たちは、日本と沖縄に足を運び、反基地運動や安保関連の社会運動に日本語を学んだうえで参加し、「帝国の狭間」と位置づけられてきた人々の歴史を必死に理解しようとしてきた(台湾人留学生が日本の社会運動に参加した一例としては、木下ちがや氏の『「社会を変えよう」といわれたら』が参考になる)。
戦後(おそらく戦前も)台湾の歩みを十分に理解しているとは言いがたい日本の知識人たちが、台湾についてはあたかも当然のように語ることができてしまうこの知識形成における非対称性こそ、「反帝国主義」という名のもとに、実際には元宗主国の人間が享受している特権的な構造であり、むしろ帝国主義を再生産する危うさを抱えている。
挑発に敏感な中国に対して、高市氏の答弁が「日中関係の急速な緊張」と「偶発的衝突の危険性」を高めかねないことは批判されるべきことだ。実際、中国政府は高市答弁を受けて自国民に日本への渡航自粛や沖縄県周辺での軍事演習など報復措置を実施し続けている。
しかし、ここで忘れてはならないのは、実際に軍事威嚇と威圧的な行動を現実化させている中国側の動きに対して批判的な視点を持たないことは、台湾社会が常に中国の軍事威嚇――すなわち「偶発的衝突の危険性」――のなかで暮らしているという現実を見ない態度にほかならないということである。残念ながら近年、中国による台湾周辺での軍事演習は急増し、それが台湾人にとって常態化しているという現実がある。
もし、日本のリベラル派も個人の人権を重視し、自由や民主的な価値観を大事にするのであれば「台湾の安全」にも思いを向けてもらえるだろう。そして批判の焦点として「台湾有事」に関する答弁を行った高市首相だけでなく、中国による継続的な軍事的威圧と拡張の動きも含まれるはずだ。
「中国を挑発しない」という姿勢は政治的戦略としては成立する。ただし、リベラル的価値観とは相容れないものである現実がある。台湾人が自らの歴史的経験を踏まえ、自らのアイデンティティを「中国人ではなく台湾人」として主張することそのものが、中国からすれば「挑発」として扱われるからである。
リベラル的価値観に基づいた主張や自らのアイデンティティそのものが他国にとって挑発、そして軍事的威嚇の対象になるというおぞましい状況が台湾人の現実である。高市首相の答弁を端に発して、2025年の最後の2カ月弱に改めて日本での台湾理解の歪さが明らかになったが、健全な議論のためにまずは台湾の現実を日本のリベラル派に理解しておいてほしいと願ってやまない。
https://toyokeizai.net/articles/-/925742
リベラル当て擦るヒマがあるなら、バカイチ統一自民党に国として認めろと言えよ(笑)
沈黙も指導部の方針に従ってるだけ
権威に弱く自分の頭で物事を考えられない
日本に工作している暇あったらアメリカでロビー活動しろよ
中露に好き放題やられてんじゃねえか
日本の自称リベラルはアホだから、そんな事も理解出来ない
日本共産党は、中国共産党に対して、覇権主義的な行動や深刻な人権侵害を理由に、独自の立場から批判しています。これは、一般的な「共産党」という名称から想像されるイメージとは異なり、両党間の関係は長年にわたり断絶と対立の歴史を経てきた結果です。
主な批判のポイントは以下の通りです。
覇権主義の批判: 日本共産党は、中国共産党の行動を「社会主義・共産主義とは無縁の『新しい大国主義・覇権主義』」と批判しています。特に、尖閣諸島周辺での領海侵犯や、国際会議での強硬な姿勢などを問題視しています。
人権問題の批判: 中国国内における新疆ウイグル自治区やチベット自治区での深刻な人権侵害、香港での民主派弾圧、天安門事件での武力弾圧などを強く非難しています。
わざわざあんなこと言って国益を損ねる意味は?
安倍は香港弾圧の時に中共を批判できなかったが
日本共産党は弾圧中止を求めて香港民主派から感謝された
村田らむ( ´ん`)「樹海自殺本の出版記念講演で台湾に行きましたが”高市総理よく言ってくれた!”と現地の人達から言われました」