国民が「冷笑系」になるよう仕向けてるカスの正体、テレビだった最終更新 2025/06/26 06:551.番組の途中ですが転載は禁止です4iHuO「これで笑ってちゃダメでしょ」『水ダウ』企画に“差別的”と批判の声。真剣な人たちをバカにしすぎではhttps://news.yahoo.co.jp/articles/f43978a6130fb772d3ba8de928745f9069e795e3?page=12025/06/25 20:38:5720コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.番組の途中ですが転載は禁止です4iHuO▼賞レース決勝でもただ、テレビ番組において、声を上げる人を“笑いに昇華”させるケースは珍しくない。『R-1グランプリ2024』(カンテレ・フジテレビ系)では、お笑い芸人の吉住が“デモ活動をしている女性が婚約者の実家を訪れる”というコントを披露した。ネタ中にはプラカードと拡声器を持ち、「さっきまでデモ活動してて」「今朝の政治家の汚職のニュースあったじゃないですか、あれ見てたら血が騒いじゃって」と語る。両親から結婚を反対されると「大丈夫ですか? 私を敵に回して」「私、自分の意見を押し通すプロなんですよ」と口にした。“声を上げる人”がコントの題材にされることで、彼らの主張や行動は「過激で危険なもの」として戯画化され、社会的な問題提起そのものが冷笑の対象になっているように感じられる。さらには、「こうした人を嘲笑しても構わない」という印象を視聴者に与えているようにも見える。2025/06/25 20:39:363.番組の途中ですが転載は禁止です4iHuO▼脚本家の意向を無視してヒステリックに描く声を上げる人が“ユーモラス”に描かれるのはお笑いに限らない。2022年1月1日に放送された『相棒20 元日スペシャル』(テレビ朝日系)ではこんなシーンがあった。非正規労働者の賃金格差が問題視されているデイリーハピネス本社から杉下右京(水谷豊)と冠城亘(反町隆史)が出てきた際、非正規差別を訴えてプラカードを掲げる女性たちに取り囲まれ、拡声器で「格差をなくせ」と不満の声を浴びせられる。このシーンは脚本家の意向ではない。同エピソードの脚本を担当した太田愛氏は放送終了後、自身のブログで「右京さんと亘さんが、鉄道会社の子会社であるデイリーハピネス本社で、プラカードを掲げた人々に取り囲まれるというシーンは脚本では存在しませんでした」と指摘。さらには、「自分たちと次の世代の非正規雇用者のために、なんとか、か細いながらも声をあげようとしている人々がおり、それを支えようとしている人々がいます。そのような現実を数々のルポルタージュを読み、当事者の方々のお話を伺いながら執筆しましたので、訴訟を起こした当事者である非正規の店舗のおばさんたちが、あのようにいきり立ったヒステリックな人々として描かれるとは思ってもいませんでした」と辛い胸中を語った。脚本家の意思を無視してでも、ドラマで「声を上げる人=ヤバいやつ」として描かれたことを鑑みると、もはやその認識はテレビ業界で共通しているものなのかもしれない。2025/06/25 20:40:034.番組の途中ですが転載は禁止です4iHuO▼テレビが冷笑主義を作っている?ここ最近、声を上げる人に冷ややかな視線を向ける人が増えた。景気悪化のために給与が上がらず、景気回復に努めない政府を批判しようとすると、「自己責任」「能力が低いだけ」と反応が返ってくることはSNSあるあるだ。このように政府や社会、企業を批判する人は「勇敢」「カッコ良い」とはならず、むしろ馬鹿にされる傾向が強い。こうした冷笑主義が広まっている背景には、テレビが声を上げる人を馬鹿にする見せ方をしていることが少なからず影響しているのではないか。声を上げる人はヤバい人、ひいては馬鹿にしていい人という免罪符を与えている可能性は低くない。声を上げている人を見かけた際、嘲笑(あざわら)いたくなるのは本当に自分の意志なのか。テレビに踊らされているだけではないだろうか。一度立ち止まって考える必要がある。テレビがオールドメディアと馬鹿にされるようになってきたが、そのテレビに染まって冷笑的になっていないか、改めて考えたい。2025/06/25 20:40:345.番組の途中ですが転載は禁止です4iHuO知ってた2025/06/25 20:42:046.番組の途中ですが転載は禁止ですumqZ3なら右翼を笑いものにしてみなよ2025/06/25 20:43:447.ケモクラシーmPqJ5真剣になれない底辺の妬みだからなあまじで知能の問題なんだよな馬鹿には冷笑を許容するべきでは?2025/06/25 20:44:188.番組の途中ですが転載は禁止ですgDZIH顔芸とひょうきん一発芸以外は禁止!2025/06/25 20:46:529.番組の途中ですが転載は禁止です4iHuO松本人志なんかもそうだったなぁ真面目にやってる人を馬鹿にする言動が多かったそのくせ仲間の芸人については「真面目にやってる」と褒め称える2025/06/25 20:48:4010.番組の途中ですが転載は禁止ですgDZIH>>「自己責任」「能力が低いだけ」と反応が返ってくることはSNSあるあるだ。こんなもん全然無いよな企業は悪いんだ!金を出せ!ばかり2025/06/25 20:48:4711.番組の途中ですが転載は禁止です4iHuO>>10結構いるよ小泉時代の自己責任論にかぶれた中年に多いただ最近は政府批判が爆発的に増えたので目立たなくなったけど個人の記事にもならないツイートにはそういう意見が書かれる2025/06/25 20:54:1312.番組の途中ですが転載は禁止ですH8DbI真面目には見てられない番組ばかりだものこんなんマジになってどうするんですかーと予防線張っておくこれはこういうものと言うお約束を作り内輪ノリの芸人や番組ばかりで普遍性もない2025/06/25 21:00:5513.番組の途中ですが転載は禁止ですCRsRaTBSがクズなだけやろ2025/06/25 21:10:5214.番組の途中ですが転載は禁止です5cJ5X坂本龍一の「ダウンタウンが世の中悪くした説」あるな2025/06/25 21:40:2915.ケモクラシーmPqJ570年代あたりからだんだんなんではポストモダンてやつ2025/06/25 21:41:3316.番組の途中ですが転載は禁止ですZ4brPhttps://x.com/tsuboshow/status/19377703720086980292025/06/25 21:48:1317.番組の途中ですが転載は禁止です7gpDxそういうふるまいをしてきたんだからしょうがない政治家や経営者もそうやって叩いてきたんじゃん2025/06/25 22:30:3318.番組の途中ですが転載は禁止です6M5ty小学校から骨の髄まで自己責任論を叩き込むのが原因だろ。2025/06/25 22:40:0919.番組の途中ですが転載は禁止ですRv8dSダウンタウンのせい普通の国なら世に出てない2025/06/25 22:43:5620.番組の途中ですが転載は禁止ですDk8qk>>4>テレビがオールドメディアと馬鹿にされるようになってきたが、そのテレビに染まって冷笑的になっていないか、改めて考えたい。これ統一教会を支持するネトウヨみたいなものだよな2025/06/26 06:55:14
う◯こ、し◯こ、レ◯プ、リ◯チ、お◯と、ね◯ぱ、れ◯き、あ◯さ、さ◯さ、め◯ま、て◯び、ぼ◯き、ち◯こ、そ◯し、は◯げ、せ◯ぃろす、く◯うどニュー速VIP1475.72025/06/26 07:00:20
https://news.yahoo.co.jp/articles/f43978a6130fb772d3ba8de928745f9069e795e3?page=1
ただ、テレビ番組において、声を上げる人を“笑いに昇華”させるケースは珍しくない。
『R-1グランプリ2024』(カンテレ・フジテレビ系)では、お笑い芸人の吉住が“デモ活動をしている女性が婚約者の実家を訪れる”というコントを披露した。ネタ中にはプラカードと拡声器を持ち、「さっきまでデモ活動してて」「今朝の政治家の汚職のニュースあったじゃないですか、あれ見てたら血が騒いじゃって」と語る。両親から結婚を反対されると「大丈夫ですか? 私を敵に回して」「私、自分の意見を押し通すプロなんですよ」と口にした。
“声を上げる人”がコントの題材にされることで、彼らの主張や行動は「過激で危険なもの」として戯画化され、社会的な問題提起そのものが冷笑の対象になっているように感じられる。さらには、「こうした人を嘲笑しても構わない」という印象を視聴者に与えているようにも見える。
声を上げる人が“ユーモラス”に描かれるのはお笑いに限らない。2022年1月1日に放送された『相棒20 元日スペシャル』(テレビ朝日系)ではこんなシーンがあった。
非正規労働者の賃金格差が問題視されているデイリーハピネス本社から杉下右京(水谷豊)と冠城亘(反町隆史)が出てきた際、非正規差別を訴えてプラカードを掲げる女性たちに取り囲まれ、拡声器で「格差をなくせ」と不満の声を浴びせられる。
このシーンは脚本家の意向ではない。同エピソードの脚本を担当した太田愛氏は放送終了後、自身のブログで「右京さんと亘さんが、鉄道会社の子会社であるデイリーハピネス本社で、プラカードを掲げた人々に取り囲まれるというシーンは脚本では存在しませんでした」と指摘。
さらには、「自分たちと次の世代の非正規雇用者のために、なんとか、か細いながらも声をあげようとしている人々がおり、それを支えようとしている人々がいます。そのような現実を数々のルポルタージュを読み、当事者の方々のお話を伺いながら執筆しましたので、訴訟を起こした当事者である非正規の店舗のおばさんたちが、あのようにいきり立ったヒステリックな人々として描かれるとは思ってもいませんでした」と辛い胸中を語った。
脚本家の意思を無視してでも、ドラマで「声を上げる人=ヤバいやつ」として描かれたことを鑑みると、もはやその認識はテレビ業界で共通しているものなのかもしれない。
ここ最近、声を上げる人に冷ややかな視線を向ける人が増えた。景気悪化のために給与が上がらず、景気回復に努めない政府を批判しようとすると、「自己責任」「能力が低いだけ」と反応が返ってくることはSNSあるあるだ。このように政府や社会、企業を批判する人は「勇敢」「カッコ良い」とはならず、むしろ馬鹿にされる傾向が強い。
こうした冷笑主義が広まっている背景には、テレビが声を上げる人を馬鹿にする見せ方をしていることが少なからず影響しているのではないか。声を上げる人はヤバい人、ひいては馬鹿にしていい人という免罪符を与えている可能性は低くない。
声を上げている人を見かけた際、嘲笑(あざわら)いたくなるのは本当に自分の意志なのか。テレビに踊らされているだけではないだろうか。一度立ち止まって考える必要がある。テレビがオールドメディアと馬鹿にされるようになってきたが、そのテレビに染まって冷笑的になっていないか、改めて考えたい。
まじで知能の問題なんだよな
馬鹿には冷笑を許容するべきでは?
真面目にやってる人を馬鹿にする言動が多かった
そのくせ仲間の芸人については「真面目にやってる」と褒め称える
こんなもん全然無いよな
企業は悪いんだ!金を出せ!ばかり
結構いるよ
小泉時代の自己責任論にかぶれた中年に多い
ただ最近は政府批判が爆発的に増えたので目立たなくなったけど
個人の記事にもならないツイートにはそういう意見が書かれる
こんなんマジになってどうするんですかーと予防線張っておく
これはこういうものと言うお約束を作り内輪ノリの芸人や番組ばかりで普遍性もない
ポストモダンてやつ
政治家や経営者もそうやって叩いてきたんじゃん
普通の国なら世に出てない
>テレビがオールドメディアと馬鹿にされるようになってきたが、そのテレビに染まって冷笑的になっていないか、改めて考えたい。
これ統一教会を支持するネトウヨみたいなものだよな