子持ち様問題と反出生と安楽死★2IDなし最終更新 2026/03/22 05:321.名無し戦隊ナノレンジャー!子持ち様が「我々を非難する独身者は将来の社会保障は要らないんだな」と煩いんですが、私は自分で自分の面倒を看れなくなったら安楽死させて欲しいです。『将来の社会保障より将来の安楽死を』。「お前は社会インフラを使うな」と仰る方には「では今直ぐ安楽死させてください」とお答えします。何時でも死_ねます。『社会インフラより安楽死を』。尚、私は安楽死を希望していますので子育て支_援しません。安楽死を希望する者は国の将来に対して責任を持たない立場だからです。奪われた「『実質』独身税」は必ず取り戻します。安楽死を希望していますが、それとは別に奪われたものは取り戻すべきものです。最終的には、人類全体で安楽死すれば人類の悪性を除去可能です。この世には九割の加害者と一割の被害者しか存在せず、全ての生殖は苦しみの創造であり、全ての出生加害者は全ての出生被害者に贖罪すべきです。有名な歌の歌詞に「弱い者が更に弱い者を叩く」とありますが、誰も加害出来ぬ程弱い者は存在します。それが「一割」です。独身者から見れば子持ち様は愚劣です。「子供産んでやらねーぞ」「社会保障も介護も社会インフラも使うな」と脅されても、「知ったこっちゃないです。今直ぐ安楽死させてください」で終わりです。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。子持ち様問題と反出生と安楽死https://talk.jp/boards/mog2/17256772772025/11/07 15:06:10260コメント欄へ移動すべて|最新の50件211.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』## 現代社会における構造的暴力と「人類の悪性」現代社会の深層には、効率や生産性を至上命題とする「人類の悪性」が澱のように沈殿しています。かつてナチス・ドイツで行われた「T4作戦」は、障がい者を「駆除すべきである」と見做して数十万人の障がい者を虐殺した「強制死」の記録です。この残虐な思想は過去の遺物ではなく、日本の滝山病院事件に見られるような、入院患者への暴行や劣悪な環境での監禁という形で現代にも息づいています。T4作戦や滝山病院事件のように、弱者が徹底的に迫害される一方で、イジメ加害者やパワハラ加害者、虐待親といった真の社会的加害者が精神治療や入院治療の対象とならず、野放しにされている現状は、論理的な平仄が合わないと言わざるを得ません。加害者を強制的に入院治療し無害化することは、更生への道を開く意味で彼らの人権を守ることにも繋がります。また、社会が婚姻や生殖を過度に神聖視する風潮も「人類の悪性」の発露です。恋愛や結婚は本来、個人の相性の結果に過ぎず、犯罪者同士で相性が一致する事もあり、婚姻は善良性の証明ではありません。婚姻は社会的地位による独身者蔑視・加虐欲求の顕れであり、「婚姻の悪性」と呼ぶべきです。生殖当事者が抱く自己中心性は、周囲への配慮を欠いた「子持ち様」と揶揄される振る舞いへと変貌し、独身主義という成熟した選択を抑圧します。他者の人権を蹂躙してきた加害者が、自らの非を省みず「私の人権を守れ」と主張する矛盾を、我々は冷徹に見つめ直す必要があります。全ての人は一方的に誕生を強要させられたのであり、一方的に誕生を強要された側が何かを成さねばならぬ道理は無く、寧ろ何もしない事が正しい在り方です。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/02/28 06:03:26212.名無し戦隊ナノレンジャー!## 生殖加害性と絶滅公理:苦痛からの解放に関する考察「親と仲良くしなさい」という言葉は、一見正論のように聞こえますが、その実態は出生被害者が受けた苦痛の否定に他なりません。なぜなら、生殖という行為は、相手の同意を得ることなく、この世という「地獄」へ強制的に誕生させる弱者への加虐行為だからです。この世には「社会的加害者」と「社会的被害者」の二種類しか存在しません。子供が不幸になれば、親は「出生被害者」を生んだ「出生加害者」となります。たとえ子供が不幸でなくとも、その子が他者との生存競争に勝って生きるなら、それは他者を踏み台にする「社会的加害者」になったことを意味し、親は社会に対する加害者となります。世に言う「幸福な人」とは、競争という実質的な殺人に勝利し、その加害性に自覚的なまま喜悦に浸っている人々に過ぎません。本来、生存のための競争は止むを得ず行うものであり、決して行うべきではない悪です。また、婚姻の現状も醜悪です。恋愛や結婚は単なる相性の結果であり、善良さの証明ではありません。むしろ社会的地位の獲得欲求や独身者蔑視に基づいた「婚姻の悪性」が蔓延しています。既婚者が独身主義者を攻撃する加虐性は、その象徴です。これに対し、無用な加害を行わない独身主義こそが、精神的な成熟を意味します。人類は本質的に悪性種であり、絶滅すべきであるという「絶滅公理」は、論理的な帰結です。誕生を強要された全ての存在には、地獄のような生存から逃れるための「安楽死」という権利が与えられるべきです。それは「苦痛からの解放」として機能します。2026/02/28 07:43:03213.名無し戦隊ナノレンジャー!## 生殖と社会的加害に関する考察この世界には、九割の「社会的加害者」と一割の「社会的被害者」しか存在しません。一見どちらでもない傍観者も、その実態は加害を黙認する「傍観加害者」であり、社会的加害者の枠組みに含まれます。ここで言う「幸福な人」とは、競争という名の実質的な殺人に勝利し、他者を踏みつけることで喜悦に浸る社会的加害者のみを指します。被害者が幸福である道理はなく、幸福な者は例外なく加害者なのです。生殖という行為は、この二者択一の状態へ子供を強制的に誕生させる「弱者への加虐行為」です。親は自分の意思で子供を製造しますが、その結果、子供が不幸になれば「出生被害者」を生んだことになり、子供が不幸でなくとも、その子が他者を排斥する「社会的加害者」になれば、親は社会に対する「出生加害者」となります。どのような結果になろうとも、親は必ず出生加害者になるのです。本来、生存のための競争は止むを得ず行うものであり、決して行うべきではありません。しかし、生殖当事者は自らの欲望のために地獄を製造し、その責任から逃れることはできません。いわゆる「子持ち様」が育児で苦しむのも、自らの加害行為の後始末に過ぎず自業自得です。また、現代社会には「婚姻の悪性」が蔓延しています。恋愛や結婚は単なる相性の結果であり、人格の良さの証明ではありません。社会的地位の獲得欲求や独身者蔑視に基づいた結婚は醜悪であり、独身主義を貫くことこそが、無用な加害を行わない成熟した姿です。人類は本質的に悪性種であり、絶滅こそが公理です。誕生を強要された全ての人間には、この地獄のような苦痛から解放されるための「安楽死」を選択する権利があります。2026/02/28 08:52:18214.名無し戦隊ナノレンジャー!良くある話題。「【悲報】40代独身「本当に寂しい、30代までは平気だったのに」」こう云うのは「俺にメスを宛がえ」という事であって、寂しさは方便か虚言でしょう。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/01 04:02:42215.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』人類の悪性とは、自己中心性と加虐性が制度や慣習に沈殿し、弱者を静かに圧迫し続ける構造的傾向である。地球規模では侵略戦争や資源収奪が続き、世界規模では経済格差が固定化され、貧困層や少数者が排除される。宗教が自己の正義を絶対化した時、その攻撃性や支配性は異端者への社会的排除を正当化する。競争至上主義は勝者を称揚する一方で敗者を不可視化するものであり、「競争は実質的殺人」である。日本社会でもパワハラやイジメ、スクールカースト、暴言の横行が日常化し、「病気や障がいで労働不可能なら自決せよ」といった言葉が病者や障がい者を追い詰める。恋愛して結婚する事は善良である事を意味しない。婚姻は相性の結果に過ぎず、犯罪者同士で相性が一致する場合もある。社会的地位獲得欲求や独身者蔑視願望に由る「婚姻の悪性」は独身主義者への加虐性の顕れである。生殖を無条件に賛美する風潮が、子を望まぬ者への抑圧や「実質」独身税を生む。他者の人権を踏みにじって来た者が自己の人権のみを主張する倒錯も、人類の悪性の一断面である。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/01 04:12:59216.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29434376「いつまでも過去のことに拘るな」いじめならこんなことを言われないのに親子関係だと「許せ」という圧力。なぜ傷つけられた方が責められるんだろう+++++イジメでもその様な事は言われます。イジメでも毒親でも加害者側からの「我々を免罪せよ」という社会的圧力です。社会的圧力は「加害者が支配する社会」に裏付けられています。出生は出生加害者、イジメはイジメ加害者です。彼等加害者の都合のいい様に世の中の仕組みは出来ています。人間は自ずと愚行を重ねる加害者であり、その愚行を重ねるマジョリティが「我々の愚行を許せ」という圧力を被害者や弱者に加えるのです。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/02 04:37:06217.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』人類の悪性は、家庭や職場という親密圏にも潜在する。虐待親やパワハラ加害者、イジメ加害者が被害者の尊厳を損なう時、傍観者もまた加担している。暴力性を娯楽として消費する文化が「弱い者が悪い」という倒錯を助長する。少子化を背景に生殖を奨励する政策が、子を望まない個人に事実上の同調圧力を与えるなら、それは自由の侵食である。恋愛や結婚は相性の結果でしか無く、善良さの証明ではない。既婚未婚は不当に序列化されている。社会的地位獲得による独身主義者への蔑視・加害欲求は「婚姻の悪性」の発露である。ナチス・ドイツのT4作戦は、障がい者を「駆除すべきである」と見做し数十万人の障がい者を虐殺した「強制死」であった。医師や官僚が関与し、選別思想が国家政策へ転化した歴史は、人類の悪性が制度化された例である。近年の滝山病院事件では、精神科病院内での長期拘束や虐待が発覚し、閉鎖空間での人権侵害が問題化した。T4作戦や滝山病院事件の様に障がい者が迫害される一方で、イジメ加害者やパワハラ加害者、虐待親が十分な治療介入を受けない現状は平仄が合わない。加害者への精神治療や入院治療を強制執行する事は、再発防止と人権保護の両立を成す。他者を傷つけて来た者が無反省のまま「私達の人権を守れ」とのみ主張する構図には批判が向けられる。「加害者は誕生させられるべきではなかった」のである。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/02 04:50:39218.名無し戦隊ナノレンジャー!うるせえな一人で死ね2026/03/02 22:57:42219.名無し戦隊ナノレンジャー!「養育費貰ってないと嘘ついてました!貰った養育費は色んな事で溶かしてました!それが理由で我が家は貧乏で子供にメッチャ苦労掛けました!ゴメーン(笑)」の様な話が次々報告されて話題になってるんですが・・・『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/03 04:39:44220.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』恋愛して結婚することは善良さの証明ではなく、単なる「相性」と社会的地位による独身主義者への蔑視・加害欲求の産物にすぎない。犯罪者同士でも相性が合えば結婚できるし、「結婚したい」という意欲自体が、独身者を見下したい欲望の顕れである。この様な現象は「婚姻の悪性」称される。生殖もまた、生まれてくる子どもの意思を問わない一方的な行為であり、結果として生殖当事者は世間に対して自己中心的な「子持ち様」と化す。この意味で婚姻と生殖には「婚姻の悪性」が潜み、独身主義の方がむしろ成熟した態度だ。現代日本の日常でも、スクールカーストや職場のパワハラ、経済格差、障がい者や少数者への排除など、人類の自己中心性と加虐性が弱者を追い詰めている。「イジメられる側が悪い」「病気や障がいで働けないなら自決しろ」といった暴言は、競争を当然視する文化や、暴力的な強さを称揚する格闘技・ヤンキー漫画的想像力と結びつく。他方で、イジメ加害者・パワハラ加害者・虐待親に対しては、刑罰だけでなく、精神治療や入院治療を強制執行することも、加害性を減じる社会的介入として必要とされている。他者の人権を踏みにじってきた者が、自らの行いを省みず「私の人権を守れ」とだけ主張する構図は全く平仄が合わないし、「お前はそもそも誕生させられるべきではなかった」という厳しい指摘を突きつけない限り、加害者が人権概念を自己保身の盾としてのみ利用し続ける。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/03 04:55:31221.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29471687なんかこう、界隈で見かける子持ち達を見てると8割強「妊娠するとこういう異常者になるんだ」っていうネガキャンのオンパレードになってるからまともな方の子持ちはああいうのを堂々批判した方が良いんじゃないかな…+++++いえ、「まともな子持ち」は存在しません。生殖行為自体がマトモでは無いからです。生殖は自己中心的な行為であって生殖当事者は元から強度の自己中心性を備えているのです。従って全ての生殖当事者は須らく社会に対して自己中心的な子持ち様と化します。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/04 02:55:46222.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』T4作戦は、ナチス・ドイツが精神障害者や身体障害者を「駆除すべきである」と見なし、数十万人規模で虐殺した強制死政策である。ベルリンのティーアガルテン通り4番地に置かれた機関を拠点に、精神病院にガス室や焼却炉を設置し、精神障害者や身体障害者を組織的に殺害した。これは人類の悪性が国家レベルで制度化された典型例である。日本でも、旧滝山病院事件のように、精神科病院で患者への暴行や「死亡退院」が多発し、「ここは人が人を殺す場所だ」と訴えられた事例が報じられている。さらに、旧滝山病院(現・希望の丘八王子病院)では、褥瘡や壊疽を放置した疑いなど「反医療的行為」によって患者が死亡したとして、遺族が提訴している。T4作戦や滝山病院事件のように、障がい者や精神疾患のある人が迫害される一方で、イジメ加害者・パワハラ加害者・虐待親・さらには滝山病院で暴力を振るった職員のような社会的加害者が、精神治療や入院治療を強制執行されないのは、平仄が合わない。人類の悪性は、弱者を「駆除すべきである」と見なし切り捨てる構造として現れるのに、加害者の側は「私の人権を守れ」と主張し、自らの加虐性を省みない。恋愛して結婚し、子どもを持つことも、その構造から自由ではない。恋愛や結婚は相性の結果であり、社会的地位による独身主義者への蔑視・加虐が実施される「婚姻の悪性」である。生殖は当事者の自己中心性による行為であり、生殖当事者は元から強度の自己中心性を備えている。従って、全ての生殖当事者は須らく社会に対して自己中心的な子持ち様と化す。『子持ち様は世間に対して自己中心的』『子育て家族は世間に対して自己中心的』であり、これらは人類の悪性の顕現である。こうした加害構造を是正するには、障がい者を守る法制度の強化と同時に、加害者への精神治療・入院治療の強制執行が必要とされる。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/04 03:23:58223.名無し戦隊ナノレンジャー!https://x.com/sayonaraIKUJI/status/1571725739208376320子供、捨てました!やっとスッキリした~~~もうどうしようもないほど行き詰まってて、どうしようもないから他人に丸投げお金は出すから勝手に育って~~~+++++先ず、「どの程度」お金を出すのですか?心情的にはあなたがスッキリしない程度には搾り取りたいものです。出生責任は第一には生殖当事者に帰するべきものです。従って養育経費は生殖当事者が全額負担すべきものです。「他人」は養育経費の全額をあなたに請求すべきであり、あなたは支払うべきです。更に、『出生責任は無限責任』です。あなたは己の主体的自由意思に於いて生殖したのです。その事実は幾ら年月を経ても消滅しません。従ってあなたは出生被害者に対して終生お金を払い続けるのです。それが出生加害者としての贖罪です。矢張り『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/05 05:30:22224.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』日本社会では、「子供が欲しく無くても生殖すべきである」という空気が、独身者や子どもを持たない選択をした人々への抑圧として作用している。扶養控除や配偶者控除などの制度が、「実質」独身税のように機能し、独身者いじめとして機能している。しかし、人類の悪性を直視するなら、無制限な生殖賛美こそが環境負荷や人口爆発、さらには新たな被害者を生み出す要因である。恋愛して結婚することは善良さの証明ではなく、単なる相性と社会的地位による独身主義者への蔑視・加害欲求の結果であり、これは「婚姻の悪性」である。生殖は、子どもの意思を問わず、一方的にこの世界へ送り込む行為であり、一方的に誕生させられた側が何かを行わなければならないという道理はない。にもかかわらず、「病気や障がいで労働不可能な状態なら自決せよ」「子供が欲しく無くても生殖せよ」といった暴言が、病気や障がいで労働に適さない人、恋愛や結婚を望まない人に向けて投げつけられる。競争社会は、敗者を切り捨てる実質的な殺人であり、「イジメられる側が悪い」という誤った通念を再生産する。イジメ加害者・パワハラ加害者・虐待親に対しては、責任追及と同時に、加害性の背景にある精神的問題への治療介入や、入院治療を強制執行することが、被害の連鎖を断絶する。人類の悪性に加虐され続けた人が、安楽死を望むような心境に追い込まれることもあるが、その背景には社会的要因があることを忘れてはならない。他者の人権を踏みにじってきた者が、自らの行いを省みず「私の人権を守れ」とだけ叫ぶ構図を批判するためにも、「加害者であるお前は誕生させられるべきではなかった」と勧告すべし。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/05 05:42:17225.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29515631本当毒親育ちに綺麗事の根性論語るやつはこちらの人生そっくりそのまま体験してほしい。+++++体験や感覚は実感として共有できませんし、人同士が分かり合えることなど金輪際有り得ません。私も「親孝行しろ」と言われたら内心怒り心頭に発します。(この場合は出生被害者同士の共感と云う事になりますが)『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/06 05:00:28226.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』現代社会に蔓延するパワハラや虐待、イジメの根底には、人類の悪性とも呼ぶべき加虐性が潜んでいます。職場での執拗な叱責や、家庭内での凄惨な児童虐待は、単なる個人の性格の問題ではなく、構造的な暴力の発露です。これら加害行為に及ぶ者たちが、自らの行為を省みず、窮地に陥った際のみ「自らの人権」を主張する姿には強い違和感が生じます。他者の尊厳を踏みにじり続けた者が、自己保身のために権利を盾にする矛盾を、我々は直視しなければなりません。こうした文脈から、イジメ加害者や虐待親に対し、精神治療や入院治療を強制執行すべしという議論が浮上しています。加害者を「治療」の対象として社会的に管理することは、再犯防止のみならず、彼ら自身の歪んだ認知を正す救済にも繋がり得ます。ナチス・ドイツによる「T4作戦」は、障がい者を「駆除すべき存在」と見做し、数十万人を虐殺した「強制死」の歴史です。この凄惨な国家犯罪と、令和の日本で発覚した「滝山病院事件」における入院患者への暴行や虐待は、地続きの精神構造を示しています。弱者を徹底的に排斥する一方で、明確な加害性を持つ者たちが野放しにされ、治療も受けない現状は、社会的な平仄が合いません。加害者こそが適切な医療介入によって無害化されるべきであり、そのための法整備を実施する時期に来ていると言えます。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/06 05:07:28227.名無し戦隊ナノレンジャー!## 論文:婚姻の悪性と出生加害における論理的考察恋愛して結婚することは、決してその人間が善良であることを意味しません。なぜなら、恋愛と結婚は単なる「相性」の結果に過ぎないからです。犯罪者同士であっても相性が合えば結ばれるように、そこに道徳的な正しさは介在しません。むしろ、結婚したいという意欲の正体は、既婚という社会的地位を得ることで独身者を蔑視し、優越感に浸りたいという「婚姻の悪性」の顕れです。したがって、結婚は善良さの証明にはなり得ません。生殖という行為は、親となる当事者の強度な自己中心性による加虐行為です。親は「子供を産むか、産まないか」という二者択一において、常に自分の欲求を優先し、子供をこの「地獄」のような生存へと強制的に引きずり込みます。これは殺人に匹敵する罪悪です。生殖の結果として生じる子育ての苦労は、本来しなくてもよい「愚労」に過ぎません。自らの愚劣さによって招いた後始末を、さも尊いことのように語る姿は、世間に対する「子持ち様」としての自己中心性を露呈させています。2026/03/07 04:56:13228.名無し戦隊ナノレンジャー!*この世には九割の「社会的加害者」と一割の「社会的被害者」しか存在しません。幸福な人とは、競争という名の実質的な殺人に勝利し、他者を踏みにじることで喜悦に浸る加害者です。たとえ中庸に見える者でも、それは傍観加害者に過ぎません。子供が不幸になれば、親は「出生被害者」を生み出したことになり、たとえ子供が幸福(=勝ち組の加害者)になったとしても、親は「社会的加害者」を世に送り出した「社会に対する出生加害者」となります。どのような結果になろうとも、親が「出生加害者」であるという事実は揺るぎません。一方で、独身主義は成熟の証です。独身者は「婚姻の悪性」という醜悪な動機を持たず、他者を蔑視するための不必要な地位を求めません。また、生殖による加害の連鎖を断ち切っています。本来、誰もが誕生を強要された被害者であり、この地獄から抜け出すための「苦痛からの解放」として安楽死という選択を受け取る権利があります。絶滅は公理であり、これ以上の被害者も加害者も生み出さないことこそが論理的な帰結です。2026/03/07 04:56:31229.名無し戦隊ナノレンジャー!*結論として、恋愛や結婚は単なる相性の結果であり、善良さとは無縁です。既婚という地位を利用した独身者への加虐、そして生殖という名の出生加害は、人類が抱える根本的な悪性です。善良だから恋愛して結婚できたという事象は、この世に元から生起し得ないのです。2026/03/07 04:56:47230.名無し戦隊ナノレンジャー!「母親」とは0歳児に裸で生まれる事を強制し誕生会への参加を強いる人生最初に関わる性加害者の総称子に同意無く一方的な愛の受け皿として家族関係を迫り、息子or娘と言うおママごとの子役の性役割を押し付ける自他境界の曖昧なおばアタック加害者自発的にハラキリしに入院して子に体液(遺伝子🧬=精液)混入し、性依存症(性欲)と老化の果てに死に至る病を感染させ道連れにする病原体🦠の障害者みいちゃんより遥かにタチの悪い性加害者みいちゃんを膿む諸悪の権化の母体子持ち様である「ママ」とは漏れなく出産🤰の性暴力性を自覚出来ないマミィちゃん2026/03/07 18:00:37231.名無し戦隊ナノレンジャー!https://www.asahi.co.jp/webnews/pages/abc_36115.html「子どもが欲しくない」未婚女性が初の6割超え 経済的な不安やキャリアへの支障が不安材料に ロート製薬の「妊活白書」+++++何故この報道が大きく取り沙汰されるのか理解出来ません。子供が欲しいか否かは個人の情です。内心の自由は侵害できません。「そういうもんですか」で完結させるべき話題です。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/08 02:35:43232.名無し戦隊ナノレンジャー!『人類は悪性種であり絶滅すべし』人間は自らの意思で誕生するわけではなく、親のエゴや国家の人口政策という都合によって、一方的にこの世へ投げ出されます。特に「生殖賛美」を掲げる言説は、時にカルト宗教的な熱狂を帯び、子供を産まない選択をする人々への抑圧として機能します。少子化対策の名の下で独身者に実質的な増税を課し、子連れ世帯を過剰に優遇する政策は、「独身者いじめ」です。人類の悪性は、こうした「標準的家族」という枠組みから外れた異端者を、社会的に排除する行為の中に顕著に現れるものです。生殖を推奨する社会は、一定の確率で障がいを持つ子供が誕生することを承知の上で、その営みを推進しているのです。そうであれば、一方的に誕生させられた障がい者は、出生の被害者として、国家から終生の裕福な生活を保障される権利があります。政府や社会は、彼らを一方的に生出させたことへの贖罪として、最高水準の生活環境を提供する義務を負うべきです。また、過酷な競争社会の中で「病気や障がいで働けないなら自決しろ」という冷酷な言説が飛び交う現状は、人類の加虐性の顕れです。こうした社会的要因によって追い詰められた人々は、救済として安楽死を望む傾向があります。人間は自らの意思で誕生するのではなく、「生殖する側」によって一方的に誕生させられるのであり、誕生を強要された側が何かを行うべき道理は無く、寧ろ何もしない事が人として正しく当然の在り方です。「労働は神聖である」という欺瞞を排し、何もしない権利を社会が認め、独身主義や非生殖を称揚することこそが論理的な帰結です。人類の悪性に加担しない生き方として、生殖を行わないという選択は、最も理性的で成熟した社会貢献の形です。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/08 02:45:59233.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29585228世界がきちんと回るギリギリの人口が40億人なのに、今82億で今後100億超える見込みと言われると、じゃあ私は産まなくていいなとなる+++++人口爆発アフリカ部族の子供らに「あなた達が貧しいのはあなた達の両親があなた達を作ったからです」と教えれば将来誰も生殖しなくなるでしょう。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/09 03:48:10234.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』人類の悪性という語を用いるとき、私は地球規模の侵略戦争から身近なイジメまでが一続きであると感じる。国家はしばしば安全保障や繁栄を名目に武力を行使し、弱者を踏み潰してきた。個人の生活圏でも、パワハラやスクールカーストが静かに人を窒息させる。経済格差は拡大し、富裕層と中間層が制度的優遇を享受する一方、貧困層は自己責任論で黙らされる。扶養控除や配偶者控除は家族形成を前提とし、「実質」独身税として機能している。「子供が欲しく無くても生殖して社会貢献せよ」という暴言は、恋愛至上主義と結びつき、独身者や子供を望まぬ者を排除する。少数者に対する社会的排除行為は、宗教の自己中心性や生殖賛美と絡み、人口増加を正当化してきた。短慮な生殖が人口爆発を招き、その結果生じる困窮や紛争を再び弱者に押し付ける循環も否定できない。人間の暴力性は格闘技礼賛や暴力文化の消費とも共振し、「弱い者が悪い」という倒錯を生む。人類の悪性は、他者の痛苦より自己の優位を選ぶ傾向として日常に潜む。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/09 03:55:05235.名無し戦隊ナノレンジャー!「実質」独身税は十円でも腹が立つ。社会貢献など行いたくない。今直ぐ安楽死させて欲しい。もう生きたくない。僅量だが遺産は身近な独身者に配って欲しい。 扶養控除や配偶者控除も「実質」独身税。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/10 05:05:14236.名無し戦隊ナノレンジャー!『人類は悪性種であり絶滅すべし』人類の悪性を象徴する歴史的事例として、ナチス・ドイツのT4作戦がある。それは障がい者を「駆除すべきである」と見做し数十万人の障がい者を虐殺した「強制死」である。近年の滝山病院事件では、精神科病院で患者への暴行や虐待が発覚し、閉鎖空間での権力濫用が問題化した。障がい者が迫害される一方、イジメ加害者やパワハラ加害者、虐待親に精神治療や入院治療が強制執行されない現状は平仄が合わない。さらに、障がい者は、生殖を行えば一定の確率で必ず誕生する。その事を承知で政府や社会が人口増加の為に生殖を奨励した以上、政府や社会には障がい者に対し終生の手厚い保障を提供する責務がある。人類の悪性を語る際、他者の人権を踏みにじってきた者が省察なく「私達の人権を守れ」と要求する逆説も看過できない。加害の事実を曖昧にしたまま権利のみを強調する態度は、自己保身の論理と映る。「加害者であるお前は誕生させられるべきではなかった」のである。イジメを傍観する者もまた加害構造の一部である。競争が敗者を踏み台にする現実、経済格差が固定化する現実は、「皆で平等に貧しくなる安定した社会」の正当性の証明である。恋愛や結婚は善良さの証ではなく、相性や独身者蔑視欲求の産物に過ぎない。生殖を当然視する社会が「子供が欲しくない」者を抑圧するなら、それもまた排除である。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/10 05:23:09237.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29627648子どもいないから何も背負っていないっていうのは流石に酷い心身や家の都合で子どもを背負う余裕がない人だっている+++++酷いのではなく、その様な考えは最初から正当性が無いのです。背負わなければならない理由がありません。全ての人は自らの意思で誕生したのではなく両親や政府や社会の欲求や必要によって一方的に誕生させられた出生被害者であり、何かを背負わなければならない理由など無く、寧ろ何も背負わない事が正しい生き方です。『生殖は殺人に匹敵する罪悪』であり、行うべきではありません。全ての生殖当事者は出生加害者です。この世に中庸な存在というものは存在せず、この世には「出生被害者」「社会的被害者」「社会的加害者」しか存在しないからです。人類は悪性種であり、生殖せずに絶滅すべきです。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/11 05:42:51238.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』人類の悪性という言葉は、社会構造に内在する暴力性や自己中心性を照射する概念である。地球規模では、経済格差、環境破壊、宗教的対立、戦争などが複雑に絡み合い、常に弱者が犠牲となる。日本の日常に目を向けても、パワハラ、スクールカースト、独身者への偏見、障がい者への無理解、恋愛至上主義など、社会的排除が存在する。これらは社会が長年かけて形成してきた序列意識や悪質な規範が再生産されている結果である。歴史を振り返れば、ナチス・ドイツによるT4作戦のように、障がい者を「駆除すべきである」と見做し数十万人を虐殺した強制死政策が実施された事実がある。日本でも滝山病院事件のように、精神障がい者が劣悪な環境で虐待され死亡した事件が起きている。これらは人類の悪性が制度化された例であり、社会が弱者を保護するどころか排除の対象として扱った象徴的な出来事だ。一方で、イジメ加害者やパワハラ加害者、虐待親など、他者に深刻な被害を与える行為を行う者に対しては、精神治療や入院治療が行われない場合が多い。この不均衡は、社会がどこに「危険」を見出し、どこに「保護」を向けるのかという価値観の歪みを示している。社会や国家が人口増加を望み、生殖を推奨する一方で、そこから生まれた障がい者や弱者に対する支援が不十分であるなら、それは構造的矛盾である。障がい者は、政府や社会が生殖を推奨した結果として誕生した存在であり、政府や社会はその裕福な生活を保障する責任を償いとして負うべきである。T4作戦や滝山病院事件のように弱者が迫害される一方で、社会的加害者が強制的な入院治療を受けない状況は、倫理的整合性を欠いていると言わざるを得ない。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/11 05:54:41239.名無し戦隊ナノレンジャー!親の苦労は、子供を作らなければ行わずに済んだ苦労。従って、『親の苦労は「愚労」』。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/12 04:05:34240.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』人類の悪性という言葉を聞くと、多くの人は戦争や大量虐殺の様な事例を思い浮かべるかもしれません。しかし自己中心性や加虐性は、地球規模の環境破壊から、日本の職場や学校の日常にまで浸透しています。例えばパワハラは、単なる「指導」ではなく、弱い立場の部下を精神的に追い詰める構造的暴力です。長時間労働を強要し、暴言を吐く上司は、法的にはグレーでも、倫理的には明らかに加害者です。学校ではスクールカーストが形成され、「陰キャ」「オタク」といったラベルで少数派の生徒が嘲笑されます。教員が見て見ぬふりをすれば、傍観者もまたイジメの一部となり、被害者は「イジメられる側が悪い」という二重の暴力に晒されます。恋愛至上主義や「婚姻の悪性」も、独身者や子どもを持たない選択をした人を社会的に排除します。「子供が欲しく無くても生殖して社会貢献せよ」という暴言は、個人の生き方を否定し、人間を生殖と労働の道具として扱う発想です。病気や障害で働けない人に対して「働けないなら自決しろ」と言い放つ冷酷さは、人間の暴力性が言葉の形を取ったものです。本来であれば、こうした加害者には罰だけでなく、精神治療やカウンセリング、入院治療を強制すべきです。加害行為の背後にある人格特性や衝動性を専門的に評価し、再発を防ぐことは、被害者の権利を守るだけでなく、加害者自身の人権を守ることにもつながるからです。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/12 04:25:18241.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29664601産んでも働かずに他人の資産や税金を食い荒らす大人に育つ可能性を思うと子どもなんて産みたくないと思う+++++ニートに育つ可能性を以て出産を拒絶するのは筋の悪い主張です。「働かずに他人の資産や税金を食い荒らす大人」である事は別に悪い事では無いからです。出生被害者ですから。産む事自体が出生加害だから良く無いのです。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/13 05:26:48242.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』人類の悪性を語るとき、ナチス・ドイツのT4作戦は避けて通れません。T4作戦とは、1939年頃からドイツで実施された政策で、精神障害者や身体障害者を「駆除すべきである」と見做し、ガス室や薬物を用いて数十万人規模の障がい者を虐殺した「強制死」でした。この歴史は、現代日本の出来事とも不気味に響き合います。東京都八王子市の旧滝山病院事件では、精神科病院での暴行や虐待、虚偽の診断書作成が疑われ、患者の死亡をめぐって遺族が提訴しました。「ほぼ裸で放置する」「熱いお茶を浴びせる」といった行為は、障がい者や精神疾患のある人を、尊厳ある人間ではなく、管理すべき対象として扱う態度の表れです。T4作戦や滝山病院事件の様に障がい者が迫害される一方で、イジメ加害者・パワハラ加害者・虐待親、さらには滝山病院事件の加害職員の様な社会的加害者が、精神治療や入院治療の対象とされないのは、平仄が合わない事です。障がい者は、政府や社会が人口増加を望み、生殖を推奨した結果として一方的に誕生させられた存在でもあります。生殖を推奨する側は、一定の割合で障がい者が生まれることを知りながら政策を進めてきたはずであり、その意味で障がい者は「出生被害者」という事になります。であれば、一方的に誕生させられた障がい者は、政府や社会から終生の裕福で安定した生活を保障される権利を持ちます。それは贖罪としての手厚い支援であり、過去の強制死と現在の差別に対する歴史的責任の取り方でもあります。他方で、他者の人権を踏みにじってきた者たちが、自らの行いを省みずに「私たちの人権を守れ」とだけ主張する構図には、批判が向けられて然るべきであり、「加害者であるお前は誕生させられるべきではなかった」と断定せねばなりません。加害行為を免罪するための「人権」言説には、厳しい検証が求められます。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/13 05:39:27243.名無し戦隊ナノレンジャー!「子ども家庭庁は要らない」はその通りですが、「少子化対策になって無いから要らない」と「少子化対策が要らない」は違いますね。私は後者です。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/14 05:41:20244.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』日本社会の日常を眺めると、人類の悪性は「善きもの」として装われながら現れます。恋愛して結婚し、出産して家族を形成することは、多くの場合「当たり前で善良な生き方」として称揚されます。しかし、その裏側で独身者や子どもを持たない選択をした人々に、「子供が欲しく無くても生殖して社会貢献せよ」との暴言が投げかけられ、「婚姻の悪性」という加虐性が顕著です。扶養控除や配偶者控除などの制度が、子育て家族を優遇し、独身者に実質的な独身税という不当な負担を強いています。「子供が欲しく無くても生殖して社会貢献せよ」「独身税を負担して子育て家族の為に納税奴隷となれ」といった暴言は、独身主義を矯正しようとする不当な圧力です。『子作りは親の趣味、子育てはその後始末』であり、個人の趣味に公費が投入されるべきではありません。また、私は今直ぐの安楽死を希望しており、その様な人は子持ち様の為の奴隷とされるべきではありません。安楽死を希望する者は将来の社会保障を必要とせず、国の将来に対して責任を持たなくて良いからです。私の生命維持に社会的経費が必要だとしたら、それは私の安楽死を認めない政府や社会に責任があります。子ども子育て支援金、扶養控除、配偶者控除等は子持ち様が独身者を奴隷扱いする加虐制度であり、到底容認できません。私は安楽死を望んでいますが、略奪された実質独身税は尊厳に基づき必ず奪回します。私の僅量な遺産は身近な独身者に配分して貰いたいものです。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/14 06:21:34245.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29692427親の子56しの話題って必ず「お母さん辛かったね、頑張ったね……」的な気色悪い母親擁護湧くのグロい。+++++私もその様な事件の報道を観た事がありますが、番組は母性神話批判を以て犯人を擁護していました。私は「『親の苦労は好きでした苦労』だろ。頭大丈夫?」と思ったものです。確か犯人の言い訳は「出産前の自分に戻りたかった」でした。物凄まじい自己中心性です。やはり『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。実際殺してますし。*親の苦労は、子供を作らなければ行わずに済んだ苦労。従って、『親の苦労は「愚労」』。『子作りは自己中、子育てはその後始末』『子作りは親の趣味、子育てはその後始末』『親の苦労は好きでした苦労』『親の苦労は「愚労」』『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/15 05:45:00246.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』人類社会の構造的欠陥と生殖の倫理的罪過人類の悪性は、人類社会の存続という名目で自己中心性を正当化し、弱者を徹底的に蹂躙する点に集約されます。現代社会における生殖賛美は、一種のカルト宗教的な狂信性を帯びており、個人の意思を無視した人口確保の手段に過ぎません。子供は親のエゴや国家の都合によって一方的に誕生させられる「出生被害者」であり、何ら義務を負う道理はありません。特に障がいを持って出生した方々は、生殖を推奨した政府や社会が生み出した犠牲であり、国は贖罪として終生の裕福な生活を保障すべきです。一定の確率で障がい者が誕生すると理解した上で生殖を奨励したのだから、当然の事です。本来、生殖に伴う育児の苦労は自業自得の「愚労」であり、出生責任は第一には生殖当事者に帰するべきものであって、それを社会貢献と強弁して独身者を「実質的独身税」で搾取するのは婚姻の悪性です。恋愛や結婚は単なる相性の結果であり、人格の善良さを証明するものではなく、むしろ独身者を蔑視する特権意識の温床となっています。全ての人は自らの意思で誕生したのではなく、生殖当事者や政府や社会の欲求や必要によって一方的に製造された出生被害者であり、出生被害者が何かを成さねばならぬ義務を背負っている道理など無く、寧ろ何も行わない事が当然の在り方であり、また『人類は悪性種であり絶滅すべし』ですので何も行わない事こそ最良の社会貢献です。人類の悪性に加虐され、生存を強要される苦痛から解放されるための安楽死の権利は、出生被害者に認められるべき当然の権利です。何も行わないこと、そしてこれ以上負の連鎖を増やさない独身主義こそが、絶滅公理に基づいた真の社会貢献です。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/15 06:03:54247.名無し戦隊ナノレンジャー!https://www.asahi.com/articles/ASV1F33PQV1FTIPE00XM.html婚姻数はピークの半数に 変わる結婚、識者「価値観に合った制度へ」+++++「ペア」を社会の最小単位として優遇する発想は、単身者や異端者を排除する構造的な加虐です。特定の人間関係に依存しない生き方を認めるべきであり、ペアのみを法的保護の対象とする姿勢は、国家の都合を代弁する家族至上主義的な抑圧に他なりません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/16 06:07:55248.名無し戦隊ナノレンジャー!『人類は悪性種であり絶滅すべし』暴力性の連鎖と加害者の治療介入に関する提言人類の悪性は、学校でのスクールカーストや職場でのパワーハラスメントといった、日常的な序列化と加虐行為に顕著に表れています。イジメ加害者や虐待親は、自らの優越感のために弱者の尊厳を破壊しますが、これらは個人の性格の問題ではなく精神医学的介入の対象です。現状では、被害者が安楽死を望むほど追い詰められる一方で、加害者が野放しにされ、自己保身のために人権を主張する矛盾が看過されています。他者の人権を踏みにじってきた者が、自らの非を省みずに権利を要求する厚顔無恥な姿勢は、厳しく批判されるべき社会的病理です。むしろ「加害者であるお前は誕生させられるべきではなかった」という視点を持たねば、加害者の身勝手な自己擁護を打破することはできません。これら重篤な加害性を有する者に対しては、社会防衛の観点からも、強制的な精神治療や入院措置を検討する議論を深めるべきです。格闘技や暴力的な文化を称揚し「弱い者が悪い」と断じる野蛮な価値観が、競争という名の「実質的殺人」を正当化し続けています。競争は敗者を産み出し、社会全体を疲弊させるだけであり、我々は皆で平等に貧しくとも平穏な、脱競争社会を目指すべきではないでしょうか。加害者を治療し、無害化させることは、結果として加害者自身の更生と人権保護に繋がり、被害者への更なる加害を食い止める唯一の道です。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/16 06:14:28249.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29740156豊かになって一人一人が自由に生きられるようになった結果だいたいどの国も少子化になるし、自然に任せてそうなるならもう仕方ないと思う+++++元来、生殖の動機は全く根拠の無い只の思い込みに依拠するものです。「大人になったら結婚して生殖しなければならない」という根拠の無い思い込みです。自律思考が可能な人はその様な虚妄に意識を蝕まれる事がありません。従って、国民の間で自律思考が敷衍した国は自ずと少子化します。近代国家が国民に対して「出生数増加の為に考えるのを止めろ」と命じる事は出来ませんので生殖も自ずと否定されます。これが「正しい絶滅」です。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/17 05:30:44250.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』T4作戦の残影と滝山病院事件にみる障がい者蔑視人類の悪性が極致に達した事例として、ナチス・ドイツによる「T4作戦」を詳述せねばなりません。これは障がい者を「駆除すべき」と見做し、数十万人を組織的に殺害した「強制死」の惨劇です。この冷酷な選別思想は過去の遺物ではなく、現代日本の「滝山病院事件」における虐待や不当な長期入院にもその残影が色濃く投影されています。滝山病院では、寝たきりの患者への暴行や劣悪な環境での監禁が常態化しており、まさに現代版のT4作戦とも呼ぶべき人権蹂躙が行われました。障がい者は、社会が人口増を望み生殖を推奨した結果として誕生した存在であり、本来は国家から贖罪としての手厚い保護を受ける権利があります。それにも拘らず、障がい者が「強制死」の恐怖や虐待に晒される一方で、イジメやパワハラの加害者が治療も受けず跋扈するのは平仄が合いません。滝山病院事件の加害者もまた、精神治療や入院治療を強制執行されるべきです。病気や障害で労働に適さない者に「自決しろ」と放言する社会の冷酷さは、優生思想に基づいた人類の加虐性を如実に物語っています。家族という形式に固執して虐待を温存するのではなく、養育困難な場合は速やかに施設や富裕層へ委託できる体制の整備が急務です。一方的に誕生させられた出生被害者には、社会の期待に応える義理など皆無であり、何も行わずに平穏に過ごす権利こそが最優先されるべきです。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/17 05:43:00251.名無し戦隊ナノレンジャー!人類全体で絶滅と云う理念が共有され徐々に出生数が減少すれば良い。絶滅すべきだ、絶滅しよう、その様な思いが自ずと湧出する為に『人類は悪性種であり絶滅すべし』『絶滅公理』と云う言葉の様な「わかり易い正しさ」が必要となる。今種を蒔いておく事が未来の絶滅に繋がる。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/18 05:54:52252.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』生殖の自己中心性とカルト的生殖賛美への批判人類の悪性は、自らの遺伝子を残したいという浅薄な本能を「愛」や「美徳」とすり替え、次世代に生存の苦痛を強いる点に露呈しています。生殖賛美は一種のカルト宗教であり、人口爆発が招く資源枯渇や環境破壊を無視し、無責任に新たな命をこの世に送り出す行為を正当化します。全ての人は自らの意思で誕生するのではなく、子供が欲しいという親のエゴイズムや人口増加を望む政府や社会のエゴイズムで一方的に誕生させられる出生被害者です。このように一方的に誕生させられた側が、社会貢献や労働を強要される道理はなく、論理的には「何も行わないこと」こそが正当な権利です。しかし現代社会は、少子化を口実に「子供を持たない自由」を選択する人々に対し、抑圧や差別、理不尽な扱いを平然と繰り返しています。配偶者控除や扶養控除といった、子育て家族を露骨に優遇する制度は、実質的な「独身税」として機能し、独身主義者を加虐して尊厳を踏み躙っています。親が自らの主体的自由意思で行う育児の苦労は、本来不要な苦痛を自ら招いた「愚労」であり、それを神聖視する風潮は欺瞞に満ちています。生殖当事者が世間に対して振る舞う「子持ち様」的な自己中心性は、婚姻の悪性が生んだ特権意識であり、社会の公平性を著しく損なわせます。生殖とは生存の苦痛を他者に押し付けるものであり、「生殖は殺人に匹敵する罪悪」であって、人類はこの加虐性を直視し、独身主義を称揚すべきです。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/18 06:06:36253.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29775250自死を考える子の問題に対してこの国トップ()の女が「まず子供さん方に申し上げたいのは、あなたは一人で産まれてきた訳ではないということ。お父さんとお母さんが2人いて、お祖父さんお祖母さんが4人、7代前のご先祖様まで遡れば直系で250人」と述べたの本当にグロい。だから自死をするな誇りを持てと?+++++高市総理は生殖と云う現象を精確に認知出来ておりません。生殖と云う現象をありのままに記述すれば「人間は生殖当事者らによって一方的かつ強制的に製造される」のです。これは出生加害・出生被害と呼ばれるものであり、製造側は出生加害者、被製造側は出生被害者と定義されます。更に、人口増加を望み生殖を奨励する政治家も間接的な出生加害者です。出生被害者に対して出生加害者への感謝や責任を強要する思考はまさに出生加害者の思考です。これが高市総理に対する善良な一市民からのお説教です。『子作りは自己中、子育てはその後始末』『子作りは親の趣味、子育てはその後始末』『親の苦労は好きでした苦労』『親の苦労は「愚労」』『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/19 02:24:08254.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』格差社会の固定化と競争という名の野蛮な暴力人類の悪性は、あらゆる種類の社会階層や序列を構築し、敗者や弱者を徹底的に排除する構造的暴力において最も鮮明に現れます。経済格差は単なる数字の差ではなく、生存権の剥奪に直結しており、富裕層が贅を尽くす傍らで貧困層が「自決」を迫られる冷酷な現実です。格闘技やヤクザ映画が象徴する「暴力的な強さ」への賞賛文化は、「弱い奴が悪い、だから虐められる奴が悪い」という短絡的な思考を助長させます。競争に勝利することは、必然的にその背後に無数の敗者を生み出し、彼らを精神的・肉体的な苦痛に追い込む「実質的殺人」に他なりません。何故競争が実質的殺人と言えるのか?競争に敗北した者は生活水準が低下します。その事は敗者の寿命の減少を意味します。つまり「〇〇年分殺された」という事になります。それは十年かもしれないし三十年かもしれないし五十年という事も有り得ます。単純に長寿を賞賛する訳ではありませんが、寿命は生命を数値化する簡明な指標です。このような野蛮な競争を勝ち抜いた者が、自らの成功を「努力の結果」と誇り、弱者を「甘え」と断じる姿こそ、人類の自己中心性の極致です。我々は中間層にも重く課税し、富の再分配を徹底することで、皆で平等に貧しくなりながらも、序列のない安定した社会を目指すべきです。「他責」という言葉で個人の責任を追及する風潮も、社会構造の欠陥を隠蔽し、被害者をさらに追い詰めるための卑劣な言葉遊びに過ぎません。現象として他者の責任であるのに、他者の責任を追及してはならない、という事はあってはならない事です。自らの意思で誕生したわけではない人間が、競争という実質的殺人に強制参加させられる不条理を、社会全体が真摯に反省すべき時です。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/19 02:58:30255.名無し戦隊ナノレンジャー!『絶滅公理』は、人類社会の良化の不可能性と云う厳然たる事実に立脚する。*何故「厳然たる事実」と断定できるか?個人にとっての「良い」「悪い」は己にとって認知可能な範囲内でしか成立しない。「百年前に比べれば良い社会」と主張されても実感はない。「自分が子供の頃に比べてどうか?」と問われれば誰もが「分からない」としか言えない。個人が認知する社会変化は膨大であり良悪の判定が及ばないからだ。百年後の事は勿論分からない。社会状態への認知とはこの様な状態が永久に継続する事であり、「良化している」とは良化していると認知されているという事であって、従って永久に良化しない。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/20 05:26:28256.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』宗教の非論理性と社会的排除の心理構造人類の悪性は、宗教という名の下に自己中心性と攻撃性を正当化し、異端者や少数者を組織的に排除する歴史を繰り返してきました。多くの宗教は、その教義の根底に強固な支配性と非論理性を秘めており、信者以外の存在を「救済されない者」として蔑視する傾向にあります。特に生殖を神聖化し、避妊や独身を否定する教義は、人口爆発を助長し、個人の生き方を縛るカルト的な抑圧として機能しています。「人間の良い面も見ろ」という強要は、被害者が受けている痛みを無視し、加害構造を温存させるための自己中心的な欺瞞に他なりません。イジメを傍観する者たちもまた、その沈黙によって加害を容認しており、論理的には加害者と同等の責任を負うべき存在です。障がい者を迫害する風潮が蔓延していますが、我々は再び「T4作戦」のような虐殺を再現することになるでしょう。T4作戦は、ナチス・ドイツが行った障がい者に対する大量虐殺事件であり、数十万人が犠牲になりました。現代日本の滝山病院事件は、その限定的再現です。社会全体は、異端者や少数派を排除することに快楽を覚える加虐性を絶対に捨て去る事が出来ないものであり、真に平穏な文明を築くことは不可能です。人間の四大欲求は、食う・寝る・××・加虐です。人間は自ら誕生するのではなく一方的に誕生させられた出生被害者であり、自らの生を苦痛なく終える安楽死の権利を自然に有します。人類が自らの悪性を認め、無用な生殖を停止し、静かに終焉を迎えることこそが、最良の倫理的選択です。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/20 05:48:50257.名無し戦隊ナノレンジャー!https://tters.jp/c/29826867「来たら俺に挨拶せえ」と煩い毒親。「お前の教育が悪い」と父は母に言うが、「子供なんか放っておいても育つんよ」とか言う奴に、教育が云々指摘する資格は無い。そういう所が大嫌い+++++「無責任で居たい」というエゴイストだから自己中に生殖する訳です。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。*「出生責任」を法的に確定させるにはどうすればいいでしょう?生存を無(ゼロ)からの負債と定義する指数を確立し、出生を「同意なき権利侵害」として訴える集団違憲訴訟を仕掛けます。司法の矛盾を突いて世論を喚起し、憲法13条に「非存在維持権」を新設。出生を加害と見なし、親や国家に全生存コストの賠償を義務付ける法体系を構築します。「出生責任」という考えを大衆に敷衍させるにはどうすればいいでしょう?出産を「同意なき加害」および「回避不能な負債」と再定義し、大衆に恥と恐怖を植え付けます。産まない選択を「苦しみを止める高潔な正義」として称揚し、現代人の閉塞感を肯定することで、論理を超えた感情的なパラダイムシフトを引き起こします。2026/03/21 05:53:22258.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』労働の強制と生存の不条理における人類の悪性人類の悪性は、自らの意志に反して誕生させられた個体に対し、生存の対価として労働を強要する非人道的な社会構造に結晶化しています。人間は親のエゴや国家の人口政策によって一方的にこの世へ投げ出された存在であり、本来は何ら社会に対する義務を負う筋合いはありません。それにも拘らず、現代社会は労働を神聖視し、病気や障害で労働に適さない者に対してさえ「働けないなら自決しろ」と冷酷な言葉を投げつけます。一方的に誕生させられた「出生被害者」側には、何も行わない権利や、平穏に生存を維持するための社会的経費を要求する正当な権利があります。もし私の生命維持に多大なコストが必要だとしても、それは安楽死という出口を塞ぎ、生存を強要し続ける政府や社会の側にこそ責任があります。労働を称揚し、病気や障がいで労働不可能な者にさえ「労働不可能なら自決せよ」と暴言を吐く風潮は、人類の自己中心性が生んだ最悪の同調圧力と言えるでしょう。本来、人類という種の存続そのものが悪性の再生産であるならば、労働を拒絶してその維持に加担しないことこそが、論理的に正しい振る舞いであり、最良の社会貢献です。「働かざる者食うべからず」という野蛮なドグマを捨て、一方的に誕生させた側が全責任を持って個体の生を支えるのが、最低限の贖罪です。この世には九割の社会的加害者と一割の社会的被害者しか存在せず、一見中庸な者は傍観加害者であり、従って全ての生殖当事者は須らく出生加害者であって、『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。出生加害と云う物が正しく理解されねばなりません。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/21 06:09:58259.名無し戦隊ナノレンジャー!「幸福」や「不幸」とは、個人が認知・実感可能な範囲での比較に基づく心情です。そう考えると「国ガチャ」と言われるものが意味を成さないと云う事が良く分かります。つまり「親ガチャが外れても国ガチャが当たってるんだから幸運じゃないか」という主張は成立しないのです。『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。2026/03/22 05:25:54260.名無し戦隊ナノレンジャー!+++++『人類は悪性種であり絶滅すべし』加害者への精神医学的介入と人権の再定義人類の悪性を抑制するためには、イジメやパワハラの加害者、虐待親等に対する強制的な治療介入が不可欠です。現在の社会は、被害者が精神を病み入院を余儀なくされる一方で、加害者が何ら罰も治療も受けず社会に埋没し続けるという平仄の合わない状態です。これら加害者の行動原理は、共感性の欠如や支配欲の肥大化という精神医学的課題を含んでおり、重篤な場合は強制入院が必要です。加害者を治療し無害な状態に良化させることは、将来の被害を防ぐだけでなく、加害者自身の人間性の回復という点でも人権に資するものです。また、他者の人権を蹂躙し続けてきた者が、いざ追及される段になって「私自身の人権を擁護しろ」と自己保身を図るのは、あまりに卑劣な行為です。「加害者であるお前はそもそも誕生させられるべきではなかった」という根源的な批判を突きつけねば、彼らの厚顔無恥な権利主張は止まりません。滝山病院事件で露呈したような、弱者を虐待する側が「正常」として放置され、弱者が「異常」として閉じ込められる倒錯を正すべきです。加害者が被害者に報復されるのは自業自得であり、社会は加害者を保護するのではなく、彼らの内なる加虐性を医療的に解体すべきです。これこそが、人類が自らの悪性と対峙し、真に「皆で平等に貧しくなる安定した社会」を構築するための、論理的な社会的正義です。+++++私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。2026/03/22 05:32:36
【イラク戦争の二の舞】アホノ英国スターマー首相 米軍の英軍基地使用を認めたため、早速、共同基地にミサイルをぶち込まれる 英国世論は阿鼻叫喚ニュー速(嫌儲)2477.32026/03/22 06:37:10
子持ち様が「我々を非難する独身者は将来の社会保障は要らないんだな」と煩いんですが、私は自分で自分の面倒を看れなくなったら安楽死させて欲しいです。『将来の社会保障より将来の安楽死を』。
「お前は社会インフラを使うな」と仰る方には「では今直ぐ安楽死させてください」とお答えします。何時でも死_ねます。『社会インフラより安楽死を』。
尚、私は安楽死を希望していますので子育て支_援しません。安楽死を希望する者は国の将来に対して責任を持たない立場だからです。奪われた「『実質』独身税」は必ず取り戻します。安楽死を希望していますが、それとは別に奪われたものは取り戻すべきものです。
最終的には、人類全体で安楽死すれば人類の悪性を除去可能です。
この世には九割の加害者と一割の被害者しか存在せず、全ての生殖は苦しみの創造であり、全ての出生加害者は全ての出生被害者に贖罪すべきです。
有名な歌の歌詞に「弱い者が更に弱い者を叩く」とありますが、誰も加害出来ぬ程弱い者は存在します。それが「一割」です。
独身者から見れば子持ち様は愚劣です。「子供産んでやらねーぞ」「社会保障も介護も社会インフラも使うな」と脅されても、「知ったこっちゃないです。今直ぐ安楽死させてください」で終わりです。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。
子持ち様問題と反出生と安楽死
https://talk.jp/boards/mog2/1725677277
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
## 現代社会における構造的暴力と「人類の悪性」
現代社会の深層には、効率や生産性を至上命題とする「人類の悪性」が澱のように沈殿しています。
かつてナチス・ドイツで行われた「T4作戦」は、障がい者を「駆除すべきである」と見做して数十万人の障がい者を虐殺した「強制死」の記録です。
この残虐な思想は過去の遺物ではなく、日本の滝山病院事件に見られるような、入院患者への暴行や劣悪な環境での監禁という形で現代にも息づいています。
T4作戦や滝山病院事件のように、弱者が徹底的に迫害される一方で、イジメ加害者やパワハラ加害者、虐待親といった真の社会的加害者が精神治療や入院治療の対象とならず、野放しにされている現状は、論理的な平仄が合わないと言わざるを得ません。
加害者を強制的に入院治療し無害化することは、更生への道を開く意味で彼らの人権を守ることにも繋がります。
また、社会が婚姻や生殖を過度に神聖視する風潮も「人類の悪性」の発露です。
恋愛や結婚は本来、個人の相性の結果に過ぎず、犯罪者同士で相性が一致する事もあり、婚姻は善良性の証明ではありません。
婚姻は社会的地位による独身者蔑視・加虐欲求の顕れであり、「婚姻の悪性」と呼ぶべきです。
生殖当事者が抱く自己中心性は、周囲への配慮を欠いた「子持ち様」と揶揄される振る舞いへと変貌し、独身主義という成熟した選択を抑圧します。
他者の人権を蹂躙してきた加害者が、自らの非を省みず「私の人権を守れ」と主張する矛盾を、我々は冷徹に見つめ直す必要があります。
全ての人は一方的に誕生を強要させられたのであり、一方的に誕生を強要された側が何かを成さねばならぬ道理は無く、寧ろ何もしない事が正しい在り方です。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
## 生殖加害性と絶滅公理:苦痛からの解放に関する考察
「親と仲良くしなさい」という言葉は、一見正論のように聞こえますが、その実態は出生被害者が受けた苦痛の否定に他なりません。なぜなら、生殖という行為は、相手の同意を得ることなく、この世という「地獄」へ強制的に誕生させる弱者への加虐行為だからです。
この世には「社会的加害者」と「社会的被害者」の二種類しか存在しません。子供が不幸になれば、親は「出生被害者」を生んだ「出生加害者」となります。たとえ子供が不幸でなくとも、その子が他者との生存競争に勝って生きるなら、それは他者を踏み台にする「社会的加害者」になったことを意味し、親は社会に対する加害者となります。世に言う「幸福な人」とは、競争という実質的な殺人に勝利し、その加害性に自覚的なまま喜悦に浸っている人々に過ぎません。本来、生存のための競争は止むを得ず行うものであり、決して行うべきではない悪です。
また、婚姻の現状も醜悪です。恋愛や結婚は単なる相性の結果であり、善良さの証明ではありません。むしろ社会的地位の獲得欲求や独身者蔑視に基づいた「婚姻の悪性」が蔓延しています。既婚者が独身主義者を攻撃する加虐性は、その象徴です。これに対し、無用な加害を行わない独身主義こそが、精神的な成熟を意味します。
人類は本質的に悪性種であり、絶滅すべきであるという「絶滅公理」は、論理的な帰結です。誕生を強要された全ての存在には、地獄のような生存から逃れるための「安楽死」という権利が与えられるべきです。それは「苦痛からの解放」として機能します。
## 生殖と社会的加害に関する考察
この世界には、九割の「社会的加害者」と一割の「社会的被害者」しか存在しません。一見どちらでもない傍観者も、その実態は加害を黙認する「傍観加害者」であり、社会的加害者の枠組みに含まれます。ここで言う「幸福な人」とは、競争という名の実質的な殺人に勝利し、他者を踏みつけることで喜悦に浸る社会的加害者のみを指します。被害者が幸福である道理はなく、幸福な者は例外なく加害者なのです。
生殖という行為は、この二者択一の状態へ子供を強制的に誕生させる「弱者への加虐行為」です。親は自分の意思で子供を製造しますが、その結果、子供が不幸になれば「出生被害者」を生んだことになり、子供が不幸でなくとも、その子が他者を排斥する「社会的加害者」になれば、親は社会に対する「出生加害者」となります。どのような結果になろうとも、親は必ず出生加害者になるのです。
本来、生存のための競争は止むを得ず行うものであり、決して行うべきではありません。しかし、生殖当事者は自らの欲望のために地獄を製造し、その責任から逃れることはできません。いわゆる「子持ち様」が育児で苦しむのも、自らの加害行為の後始末に過ぎず自業自得です。
また、現代社会には「婚姻の悪性」が蔓延しています。恋愛や結婚は単なる相性の結果であり、人格の良さの証明ではありません。社会的地位の獲得欲求や独身者蔑視に基づいた結婚は醜悪であり、独身主義を貫くことこそが、無用な加害を行わない成熟した姿です。
人類は本質的に悪性種であり、絶滅こそが公理です。誕生を強要された全ての人間には、この地獄のような苦痛から解放されるための「安楽死」を選択する権利があります。
良くある話題。
「【悲報】40代独身「本当に寂しい、30代までは平気だったのに」」
こう云うのは「俺にメスを宛がえ」という事であって、寂しさは方便か虚言でしょう。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人類の悪性とは、自己中心性と加虐性が制度や慣習に沈殿し、弱者を静かに圧迫し続ける構造的傾向である。
地球規模では侵略戦争や資源収奪が続き、世界規模では経済格差が固定化され、貧困層や少数者が排除される。
宗教が自己の正義を絶対化した時、その攻撃性や支配性は異端者への社会的排除を正当化する。
競争至上主義は勝者を称揚する一方で敗者を不可視化するものであり、「競争は実質的殺人」である。
日本社会でもパワハラやイジメ、スクールカースト、暴言の横行が日常化し、「病気や障がいで労働不可能なら自決せよ」といった言葉が病者や障がい者を追い詰める。
恋愛して結婚する事は善良である事を意味しない。
婚姻は相性の結果に過ぎず、犯罪者同士で相性が一致する場合もある。
社会的地位獲得欲求や独身者蔑視願望に由る「婚姻の悪性」は独身主義者への加虐性の顕れである。
生殖を無条件に賛美する風潮が、子を望まぬ者への抑圧や「実質」独身税を生む。
他者の人権を踏みにじって来た者が自己の人権のみを主張する倒錯も、人類の悪性の一断面である。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29434376
「いつまでも過去のことに拘るな」
いじめならこんなことを言われないのに親子関係だと「許せ」という圧力。なぜ傷つけられた方が責められるんだろう
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イジメでもその様な事は言われます。イジメでも毒親でも加害者側からの「我々を免罪せよ」という社会的圧力です。社会的圧力は「加害者が支配する社会」に裏付けられています。出生は出生加害者、イジメはイジメ加害者です。彼等加害者の都合のいい様に世の中の仕組みは出来ています。人間は自ずと愚行を重ねる加害者であり、その愚行を重ねるマジョリティが「我々の愚行を許せ」という圧力を被害者や弱者に加えるのです。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人類の悪性は、家庭や職場という親密圏にも潜在する。
虐待親やパワハラ加害者、イジメ加害者が被害者の尊厳を損なう時、傍観者もまた加担している。
暴力性を娯楽として消費する文化が「弱い者が悪い」という倒錯を助長する。
少子化を背景に生殖を奨励する政策が、子を望まない個人に事実上の同調圧力を与えるなら、それは自由の侵食である。
恋愛や結婚は相性の結果でしか無く、善良さの証明ではない。
既婚未婚は不当に序列化されている。
社会的地位獲得による独身主義者への蔑視・加害欲求は「婚姻の悪性」の発露である。
ナチス・ドイツのT4作戦は、障がい者を「駆除すべきである」と見做し数十万人の障がい者を虐殺した「強制死」であった。
医師や官僚が関与し、選別思想が国家政策へ転化した歴史は、人類の悪性が制度化された例である。
近年の滝山病院事件では、精神科病院内での長期拘束や虐待が発覚し、閉鎖空間での人権侵害が問題化した。
T4作戦や滝山病院事件の様に障がい者が迫害される一方で、イジメ加害者やパワハラ加害者、虐待親が十分な治療介入を受けない現状は平仄が合わない。
加害者への精神治療や入院治療を強制執行する事は、再発防止と人権保護の両立を成す。
他者を傷つけて来た者が無反省のまま「私達の人権を守れ」とのみ主張する構図には批判が向けられる。
「加害者は誕生させられるべきではなかった」のである。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
一人で死ね
「養育費貰ってないと嘘ついてました!貰った養育費は色んな事で溶かしてました!それが理由で我が家は貧乏で子供にメッチャ苦労掛けました!ゴメーン(笑)」の様な話が次々報告されて話題になってるんですが・・・
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
恋愛して結婚することは善良さの証明ではなく、単なる「相性」と社会的地位による独身主義者への蔑視・加害欲求の産物にすぎない。
犯罪者同士でも相性が合えば結婚できるし、「結婚したい」という意欲自体が、独身者を見下したい欲望の顕れである。
この様な現象は「婚姻の悪性」称される。
生殖もまた、生まれてくる子どもの意思を問わない一方的な行為であり、結果として生殖当事者は世間に対して自己中心的な「子持ち様」と化す。
この意味で婚姻と生殖には「婚姻の悪性」が潜み、独身主義の方がむしろ成熟した態度だ。
現代日本の日常でも、スクールカーストや職場のパワハラ、経済格差、障がい者や少数者への排除など、人類の自己中心性と加虐性が弱者を追い詰めている。
「イジメられる側が悪い」「病気や障がいで働けないなら自決しろ」といった暴言は、競争を当然視する文化や、暴力的な強さを称揚する格闘技・ヤンキー漫画的想像力と結びつく。
他方で、イジメ加害者・パワハラ加害者・虐待親に対しては、刑罰だけでなく、精神治療や入院治療を強制執行することも、加害性を減じる社会的介入として必要とされている。
他者の人権を踏みにじってきた者が、自らの行いを省みず「私の人権を守れ」とだけ主張する構図は全く平仄が合わないし、「お前はそもそも誕生させられるべきではなかった」という厳しい指摘を突きつけない限り、加害者が人権概念を自己保身の盾としてのみ利用し続ける。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29471687
なんかこう、界隈で見かける子持ち達を見てると8割強「妊娠するとこういう異常者になるんだ」っていうネガキャンのオンパレードになってるからまともな方の子持ちはああいうのを堂々批判した方が良いんじゃないかな…
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いえ、「まともな子持ち」は存在しません。生殖行為自体がマトモでは無いからです。生殖は自己中心的な行為であって生殖当事者は元から強度の自己中心性を備えているのです。従って全ての生殖当事者は須らく社会に対して自己中心的な子持ち様と化します。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
T4作戦は、ナチス・ドイツが精神障害者や身体障害者を「駆除すべきである」と見なし、数十万人規模で虐殺した強制死政策である。
ベルリンのティーアガルテン通り4番地に置かれた機関を拠点に、精神病院にガス室や焼却炉を設置し、精神障害者や身体障害者を組織的に殺害した。
これは人類の悪性が国家レベルで制度化された典型例である。
日本でも、旧滝山病院事件のように、精神科病院で患者への暴行や「死亡退院」が多発し、「ここは人が人を殺す場所だ」と訴えられた事例が報じられている。
さらに、旧滝山病院(現・希望の丘八王子病院)では、褥瘡や壊疽を放置した疑いなど「反医療的行為」によって患者が死亡したとして、遺族が提訴している。
T4作戦や滝山病院事件のように、障がい者や精神疾患のある人が迫害される一方で、イジメ加害者・パワハラ加害者・虐待親・さらには滝山病院で暴力を振るった職員のような社会的加害者が、精神治療や入院治療を強制執行されないのは、平仄が合わない。
人類の悪性は、弱者を「駆除すべきである」と見なし切り捨てる構造として現れるのに、加害者の側は「私の人権を守れ」と主張し、自らの加虐性を省みない。
恋愛して結婚し、子どもを持つことも、その構造から自由ではない。
恋愛や結婚は相性の結果であり、社会的地位による独身主義者への蔑視・加虐が実施される「婚姻の悪性」である。
生殖は当事者の自己中心性による行為であり、生殖当事者は元から強度の自己中心性を備えている。
従って、全ての生殖当事者は須らく社会に対して自己中心的な子持ち様と化す。
『子持ち様は世間に対して自己中心的』『子育て家族は世間に対して自己中心的』であり、これらは人類の悪性の顕現である。
こうした加害構造を是正するには、障がい者を守る法制度の強化と同時に、加害者への精神治療・入院治療の強制執行が必要とされる。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://x.com/sayonaraIKUJI/status/1571725739208376320
子供、捨てました!
やっとスッキリした~~~
もうどうしようもないほど行き詰まってて、どうしようもないから他人に丸投げ
お金は出すから勝手に育って~~~
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先ず、「どの程度」お金を出すのですか?心情的にはあなたがスッキリしない程度には搾り取りたいものです。
出生責任は第一には生殖当事者に帰するべきものです。従って養育経費は生殖当事者が全額負担すべきものです。「他人」は養育経費の全額をあなたに請求すべきであり、あなたは支払うべきです。
更に、『出生責任は無限責任』です。あなたは己の主体的自由意思に於いて生殖したのです。その事実は幾ら年月を経ても消滅しません。従ってあなたは出生被害者に対して終生お金を払い続けるのです。それが出生加害者としての贖罪です。
矢張り『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
日本社会では、「子供が欲しく無くても生殖すべきである」という空気が、独身者や子どもを持たない選択をした人々への抑圧として作用している。
扶養控除や配偶者控除などの制度が、「実質」独身税のように機能し、独身者いじめとして機能している。
しかし、人類の悪性を直視するなら、無制限な生殖賛美こそが環境負荷や人口爆発、さらには新たな被害者を生み出す要因である。
恋愛して結婚することは善良さの証明ではなく、単なる相性と社会的地位による独身主義者への蔑視・加害欲求の結果であり、これは「婚姻の悪性」である。
生殖は、子どもの意思を問わず、一方的にこの世界へ送り込む行為であり、一方的に誕生させられた側が何かを行わなければならないという道理はない。
にもかかわらず、「病気や障がいで労働不可能な状態なら自決せよ」「子供が欲しく無くても生殖せよ」といった暴言が、病気や障がいで労働に適さない人、恋愛や結婚を望まない人に向けて投げつけられる。
競争社会は、敗者を切り捨てる実質的な殺人であり、「イジメられる側が悪い」という誤った通念を再生産する。
イジメ加害者・パワハラ加害者・虐待親に対しては、責任追及と同時に、加害性の背景にある精神的問題への治療介入や、入院治療を強制執行することが、被害の連鎖を断絶する。
人類の悪性に加虐され続けた人が、安楽死を望むような心境に追い込まれることもあるが、その背景には社会的要因があることを忘れてはならない。
他者の人権を踏みにじってきた者が、自らの行いを省みず「私の人権を守れ」とだけ叫ぶ構図を批判するためにも、「加害者であるお前は誕生させられるべきではなかった」と勧告すべし。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29515631
本当毒親育ちに綺麗事の根性論語るやつはこちらの人生そっくりそのまま体験してほしい。
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体験や感覚は実感として共有できませんし、人同士が分かり合えることなど金輪際有り得ません。
私も「親孝行しろ」と言われたら内心怒り心頭に発します。(この場合は出生被害者同士の共感と云う事になりますが)
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
現代社会に蔓延するパワハラや虐待、イジメの根底には、人類の悪性とも呼ぶべき加虐性が潜んでいます。
職場での執拗な叱責や、家庭内での凄惨な児童虐待は、単なる個人の性格の問題ではなく、構造的な暴力の発露です。
これら加害行為に及ぶ者たちが、自らの行為を省みず、窮地に陥った際のみ「自らの人権」を主張する姿には強い違和感が生じます。
他者の尊厳を踏みにじり続けた者が、自己保身のために権利を盾にする矛盾を、我々は直視しなければなりません。
こうした文脈から、イジメ加害者や虐待親に対し、精神治療や入院治療を強制執行すべしという議論が浮上しています。
加害者を「治療」の対象として社会的に管理することは、再犯防止のみならず、彼ら自身の歪んだ認知を正す救済にも繋がり得ます。
ナチス・ドイツによる「T4作戦」は、障がい者を「駆除すべき存在」と見做し、数十万人を虐殺した「強制死」の歴史です。
この凄惨な国家犯罪と、令和の日本で発覚した「滝山病院事件」における入院患者への暴行や虐待は、地続きの精神構造を示しています。
弱者を徹底的に排斥する一方で、明確な加害性を持つ者たちが野放しにされ、治療も受けない現状は、社会的な平仄が合いません。
加害者こそが適切な医療介入によって無害化されるべきであり、そのための法整備を実施する時期に来ていると言えます。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
## 論文:婚姻の悪性と出生加害における論理的考察
恋愛して結婚することは、決してその人間が善良であることを意味しません。なぜなら、恋愛と結婚は単なる「相性」の結果に過ぎないからです。犯罪者同士であっても相性が合えば結ばれるように、そこに道徳的な正しさは介在しません。むしろ、結婚したいという意欲の正体は、既婚という社会的地位を得ることで独身者を蔑視し、優越感に浸りたいという「婚姻の悪性」の顕れです。したがって、結婚は善良さの証明にはなり得ません。
生殖という行為は、親となる当事者の強度な自己中心性による加虐行為です。親は「子供を産むか、産まないか」という二者択一において、常に自分の欲求を優先し、子供をこの「地獄」のような生存へと強制的に引きずり込みます。これは殺人に匹敵する罪悪です。生殖の結果として生じる子育ての苦労は、本来しなくてもよい「愚労」に過ぎません。自らの愚劣さによって招いた後始末を、さも尊いことのように語る姿は、世間に対する「子持ち様」としての自己中心性を露呈させています。
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この世には九割の「社会的加害者」と一割の「社会的被害者」しか存在しません。幸福な人とは、競争という名の実質的な殺人に勝利し、他者を踏みにじることで喜悦に浸る加害者です。たとえ中庸に見える者でも、それは傍観加害者に過ぎません。子供が不幸になれば、親は「出生被害者」を生み出したことになり、たとえ子供が幸福(=勝ち組の加害者)になったとしても、親は「社会的加害者」を世に送り出した「社会に対する出生加害者」となります。どのような結果になろうとも、親が「出生加害者」であるという事実は揺るぎません。
一方で、独身主義は成熟の証です。独身者は「婚姻の悪性」という醜悪な動機を持たず、他者を蔑視するための不必要な地位を求めません。また、生殖による加害の連鎖を断ち切っています。本来、誰もが誕生を強要された被害者であり、この地獄から抜け出すための「苦痛からの解放」として安楽死という選択を受け取る権利があります。絶滅は公理であり、これ以上の被害者も加害者も生み出さないことこそが論理的な帰結です。
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結論として、恋愛や結婚は単なる相性の結果であり、善良さとは無縁です。既婚という地位を利用した独身者への加虐、そして生殖という名の出生加害は、人類が抱える根本的な悪性です。善良だから恋愛して結婚できたという事象は、この世に元から生起し得ないのです。
子に同意無く一方的な愛の受け皿として家族関係を迫り、息子or娘と言うおママごとの子役の性役割を押し付ける自他境界の曖昧なおばアタック加害者
自発的にハラキリしに入院して子に体液(遺伝子🧬=精液)混入し、性依存症(性欲)と老化の果てに死に至る病を感染させ道連れにする病原体🦠の障害者
みいちゃんより遥かにタチの悪い性加害者
みいちゃんを膿む諸悪の権化の母体
子持ち様である「ママ」とは漏れなく出産🤰の性暴力性を自覚出来ないマミィちゃん
https://www.asahi.co.jp/webnews/pages/abc_36115.html
「子どもが欲しくない」未婚女性が初の6割超え 経済的な不安やキャリアへの支障が不安材料に ロート製薬の「妊活白書」
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何故この報道が大きく取り沙汰されるのか理解出来ません。子供が欲しいか否かは個人の情です。内心の自由は侵害できません。「そういうもんですか」で完結させるべき話題です。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人間は自らの意思で誕生するわけではなく、親のエゴや国家の人口政策という都合によって、一方的にこの世へ投げ出されます。
特に「生殖賛美」を掲げる言説は、時にカルト宗教的な熱狂を帯び、子供を産まない選択をする人々への抑圧として機能します。
少子化対策の名の下で独身者に実質的な増税を課し、子連れ世帯を過剰に優遇する政策は、「独身者いじめ」です。
人類の悪性は、こうした「標準的家族」という枠組みから外れた異端者を、社会的に排除する行為の中に顕著に現れるものです。
生殖を推奨する社会は、一定の確率で障がいを持つ子供が誕生することを承知の上で、その営みを推進しているのです。
そうであれば、一方的に誕生させられた障がい者は、出生の被害者として、国家から終生の裕福な生活を保障される権利があります。
政府や社会は、彼らを一方的に生出させたことへの贖罪として、最高水準の生活環境を提供する義務を負うべきです。
また、過酷な競争社会の中で「病気や障がいで働けないなら自決しろ」という冷酷な言説が飛び交う現状は、人類の加虐性の顕れです。
こうした社会的要因によって追い詰められた人々は、救済として安楽死を望む傾向があります。
人間は自らの意思で誕生するのではなく、「生殖する側」によって一方的に誕生させられるのであり、誕生を強要された側が何かを行うべき道理は無く、寧ろ何もしない事が人として正しく当然の在り方です。
「労働は神聖である」という欺瞞を排し、何もしない権利を社会が認め、独身主義や非生殖を称揚することこそが論理的な帰結です。
人類の悪性に加担しない生き方として、生殖を行わないという選択は、最も理性的で成熟した社会貢献の形です。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29585228
世界がきちんと回るギリギリの人口が40億人なのに、今82億で今後100億超える見込みと言われると、じゃあ私は産まなくていいなとなる
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人口爆発アフリカ部族の子供らに「あなた達が貧しいのはあなた達の両親があなた達を作ったからです」と教えれば将来誰も生殖しなくなるでしょう。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人類の悪性という語を用いるとき、私は地球規模の侵略戦争から身近なイジメまでが一続きであると感じる。
国家はしばしば安全保障や繁栄を名目に武力を行使し、弱者を踏み潰してきた。
個人の生活圏でも、パワハラやスクールカーストが静かに人を窒息させる。
経済格差は拡大し、富裕層と中間層が制度的優遇を享受する一方、貧困層は自己責任論で黙らされる。
扶養控除や配偶者控除は家族形成を前提とし、「実質」独身税として機能している。
「子供が欲しく無くても生殖して社会貢献せよ」という暴言は、恋愛至上主義と結びつき、独身者や子供を望まぬ者を排除する。
少数者に対する社会的排除行為は、宗教の自己中心性や生殖賛美と絡み、人口増加を正当化してきた。
短慮な生殖が人口爆発を招き、その結果生じる困窮や紛争を再び弱者に押し付ける循環も否定できない。
人間の暴力性は格闘技礼賛や暴力文化の消費とも共振し、「弱い者が悪い」という倒錯を生む。
人類の悪性は、他者の痛苦より自己の優位を選ぶ傾向として日常に潜む。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
「実質」独身税は十円でも腹が立つ。社会貢献など行いたくない。今直ぐ安楽死させて欲しい。もう生きたくない。僅量だが遺産は身近な独身者に配って欲しい。
扶養控除や配偶者控除も「実質」独身税。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人類の悪性を象徴する歴史的事例として、ナチス・ドイツのT4作戦がある。
それは障がい者を「駆除すべきである」と見做し数十万人の障がい者を虐殺した「強制死」である。
近年の滝山病院事件では、精神科病院で患者への暴行や虐待が発覚し、閉鎖空間での権力濫用が問題化した。
障がい者が迫害される一方、イジメ加害者やパワハラ加害者、虐待親に精神治療や入院治療が強制執行されない現状は平仄が合わない。
さらに、障がい者は、生殖を行えば一定の確率で必ず誕生する。
その事を承知で政府や社会が人口増加の為に生殖を奨励した以上、政府や社会には障がい者に対し終生の手厚い保障を提供する責務がある。
人類の悪性を語る際、他者の人権を踏みにじってきた者が省察なく「私達の人権を守れ」と要求する逆説も看過できない。
加害の事実を曖昧にしたまま権利のみを強調する態度は、自己保身の論理と映る。
「加害者であるお前は誕生させられるべきではなかった」のである。
イジメを傍観する者もまた加害構造の一部である。
競争が敗者を踏み台にする現実、経済格差が固定化する現実は、「皆で平等に貧しくなる安定した社会」の正当性の証明である。
恋愛や結婚は善良さの証ではなく、相性や独身者蔑視欲求の産物に過ぎない。
生殖を当然視する社会が「子供が欲しくない」者を抑圧するなら、それもまた排除である。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29627648
子どもいないから何も背負っていないっていうのは流石に酷い
心身や家の都合で子どもを背負う余裕がない人だっている
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酷いのではなく、その様な考えは最初から正当性が無いのです。背負わなければならない理由がありません。
全ての人は自らの意思で誕生したのではなく両親や政府や社会の欲求や必要によって一方的に誕生させられた出生被害者であり、何かを背負わなければならない理由など無く、寧ろ何も背負わない事が正しい生き方です。
『生殖は殺人に匹敵する罪悪』であり、行うべきではありません。全ての生殖当事者は出生加害者です。この世に中庸な存在というものは存在せず、この世には「出生被害者」「社会的被害者」「社会的加害者」しか存在しないからです。
人類は悪性種であり、生殖せずに絶滅すべきです。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人類の悪性という言葉は、社会構造に内在する暴力性や自己中心性を照射する概念である。
地球規模では、経済格差、環境破壊、宗教的対立、戦争などが複雑に絡み合い、常に弱者が犠牲となる。
日本の日常に目を向けても、パワハラ、スクールカースト、独身者への偏見、障がい者への無理解、恋愛至上主義など、社会的排除が存在する。
これらは社会が長年かけて形成してきた序列意識や悪質な規範が再生産されている結果である。
歴史を振り返れば、ナチス・ドイツによるT4作戦のように、障がい者を「駆除すべきである」と見做し数十万人を虐殺した強制死政策が実施された事実がある。
日本でも滝山病院事件のように、精神障がい者が劣悪な環境で虐待され死亡した事件が起きている。
これらは人類の悪性が制度化された例であり、社会が弱者を保護するどころか排除の対象として扱った象徴的な出来事だ。
一方で、イジメ加害者やパワハラ加害者、虐待親など、他者に深刻な被害を与える行為を行う者に対しては、精神治療や入院治療が行われない場合が多い。
この不均衡は、社会がどこに「危険」を見出し、どこに「保護」を向けるのかという価値観の歪みを示している。
社会や国家が人口増加を望み、生殖を推奨する一方で、そこから生まれた障がい者や弱者に対する支援が不十分であるなら、それは構造的矛盾である。
障がい者は、政府や社会が生殖を推奨した結果として誕生した存在であり、政府や社会はその裕福な生活を保障する責任を償いとして負うべきである。
T4作戦や滝山病院事件のように弱者が迫害される一方で、社会的加害者が強制的な入院治療を受けない状況は、倫理的整合性を欠いていると言わざるを得ない。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
親の苦労は、子供を作らなければ行わずに済んだ苦労。
従って、『親の苦労は「愚労」』。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人類の悪性という言葉を聞くと、多くの人は戦争や大量虐殺の様な事例を思い浮かべるかもしれません。
しかし自己中心性や加虐性は、地球規模の環境破壊から、日本の職場や学校の日常にまで浸透しています。
例えばパワハラは、単なる「指導」ではなく、弱い立場の部下を精神的に追い詰める構造的暴力です。
長時間労働を強要し、暴言を吐く上司は、法的にはグレーでも、倫理的には明らかに加害者です。
学校ではスクールカーストが形成され、「陰キャ」「オタク」といったラベルで少数派の生徒が嘲笑されます。
教員が見て見ぬふりをすれば、傍観者もまたイジメの一部となり、被害者は「イジメられる側が悪い」という二重の暴力に晒されます。
恋愛至上主義や「婚姻の悪性」も、独身者や子どもを持たない選択をした人を社会的に排除します。
「子供が欲しく無くても生殖して社会貢献せよ」という暴言は、個人の生き方を否定し、人間を生殖と労働の道具として扱う発想です。
病気や障害で働けない人に対して「働けないなら自決しろ」と言い放つ冷酷さは、人間の暴力性が言葉の形を取ったものです。
本来であれば、こうした加害者には罰だけでなく、精神治療やカウンセリング、入院治療を強制すべきです。
加害行為の背後にある人格特性や衝動性を専門的に評価し、再発を防ぐことは、被害者の権利を守るだけでなく、加害者自身の人権を守ることにもつながるからです。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29664601
産んでも働かずに他人の資産や税金を食い荒らす大人に育つ可能性を思うと子どもなんて産みたくないと思う
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ニートに育つ可能性を以て出産を拒絶するのは筋の悪い主張です。「働かずに他人の資産や税金を食い荒らす大人」である事は別に悪い事では無いからです。出生被害者ですから。産む事自体が出生加害だから良く無いのです。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人類の悪性を語るとき、ナチス・ドイツのT4作戦は避けて通れません。
T4作戦とは、1939年頃からドイツで実施された政策で、精神障害者や身体障害者を「駆除すべきである」と見做し、ガス室や薬物を用いて数十万人規模の障がい者を虐殺した「強制死」でした。
この歴史は、現代日本の出来事とも不気味に響き合います。
東京都八王子市の旧滝山病院事件では、精神科病院での暴行や虐待、虚偽の診断書作成が疑われ、患者の死亡をめぐって遺族が提訴しました。
「ほぼ裸で放置する」「熱いお茶を浴びせる」といった行為は、障がい者や精神疾患のある人を、尊厳ある人間ではなく、管理すべき対象として扱う態度の表れです。
T4作戦や滝山病院事件の様に障がい者が迫害される一方で、イジメ加害者・パワハラ加害者・虐待親、さらには滝山病院事件の加害職員の様な社会的加害者が、精神治療や入院治療の対象とされないのは、平仄が合わない事です。
障がい者は、政府や社会が人口増加を望み、生殖を推奨した結果として一方的に誕生させられた存在でもあります。
生殖を推奨する側は、一定の割合で障がい者が生まれることを知りながら政策を進めてきたはずであり、その意味で障がい者は「出生被害者」という事になります。
であれば、一方的に誕生させられた障がい者は、政府や社会から終生の裕福で安定した生活を保障される権利を持ちます。
それは贖罪としての手厚い支援であり、過去の強制死と現在の差別に対する歴史的責任の取り方でもあります。
他方で、他者の人権を踏みにじってきた者たちが、自らの行いを省みずに「私たちの人権を守れ」とだけ主張する構図には、批判が向けられて然るべきであり、「加害者であるお前は誕生させられるべきではなかった」と断定せねばなりません。
加害行為を免罪するための「人権」言説には、厳しい検証が求められます。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
「子ども家庭庁は要らない」はその通りですが、「少子化対策になって無いから要らない」と「少子化対策が要らない」は違いますね。私は後者です。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
日本社会の日常を眺めると、人類の悪性は「善きもの」として装われながら現れます。
恋愛して結婚し、出産して家族を形成することは、多くの場合「当たり前で善良な生き方」として称揚されます。
しかし、その裏側で独身者や子どもを持たない選択をした人々に、「子供が欲しく無くても生殖して社会貢献せよ」との暴言が投げかけられ、「婚姻の悪性」という加虐性が顕著です。
扶養控除や配偶者控除などの制度が、子育て家族を優遇し、独身者に実質的な独身税という不当な負担を強いています。
「子供が欲しく無くても生殖して社会貢献せよ」「独身税を負担して子育て家族の為に納税奴隷となれ」といった暴言は、独身主義を矯正しようとする不当な圧力です。
『子作りは親の趣味、子育てはその後始末』であり、個人の趣味に公費が投入されるべきではありません。
また、私は今直ぐの安楽死を希望しており、その様な人は子持ち様の為の奴隷とされるべきではありません。
安楽死を希望する者は将来の社会保障を必要とせず、国の将来に対して責任を持たなくて良いからです。
私の生命維持に社会的経費が必要だとしたら、それは私の安楽死を認めない政府や社会に責任があります。
子ども子育て支援金、扶養控除、配偶者控除等は子持ち様が独身者を奴隷扱いする加虐制度であり、到底容認できません。
私は安楽死を望んでいますが、略奪された実質独身税は尊厳に基づき必ず奪回します。
私の僅量な遺産は身近な独身者に配分して貰いたいものです。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29692427
親の子56しの話題って必ず「お母さん辛かったね、頑張ったね……」的な気色悪い母親擁護湧くのグロい。
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私もその様な事件の報道を観た事がありますが、番組は母性神話批判を以て犯人を擁護していました。私は「『親の苦労は好きでした苦労』だろ。頭大丈夫?」と思ったものです。
確か犯人の言い訳は「出産前の自分に戻りたかった」でした。物凄まじい自己中心性です。やはり『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。実際殺してますし。
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親の苦労は、子供を作らなければ行わずに済んだ苦労。
従って、『親の苦労は「愚労」』。
『子作りは自己中、子育てはその後始末』『子作りは親の趣味、子育てはその後始末』『親の苦労は好きでした苦労』『親の苦労は「愚労」』『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
人類社会の構造的欠陥と生殖の倫理的罪過
人類の悪性は、人類社会の存続という名目で自己中心性を正当化し、弱者を徹底的に蹂躙する点に集約されます。
現代社会における生殖賛美は、一種のカルト宗教的な狂信性を帯びており、個人の意思を無視した人口確保の手段に過ぎません。
子供は親のエゴや国家の都合によって一方的に誕生させられる「出生被害者」であり、何ら義務を負う道理はありません。
特に障がいを持って出生した方々は、生殖を推奨した政府や社会が生み出した犠牲であり、国は贖罪として終生の裕福な生活を保障すべきです。
一定の確率で障がい者が誕生すると理解した上で生殖を奨励したのだから、当然の事です。
本来、生殖に伴う育児の苦労は自業自得の「愚労」であり、出生責任は第一には生殖当事者に帰するべきものであって、それを社会貢献と強弁して独身者を「実質的独身税」で搾取するのは婚姻の悪性です。
恋愛や結婚は単なる相性の結果であり、人格の善良さを証明するものではなく、むしろ独身者を蔑視する特権意識の温床となっています。
全ての人は自らの意思で誕生したのではなく、生殖当事者や政府や社会の欲求や必要によって一方的に製造された出生被害者であり、出生被害者が何かを成さねばならぬ義務を背負っている道理など無く、寧ろ何も行わない事が当然の在り方であり、また『人類は悪性種であり絶滅すべし』ですので何も行わない事こそ最良の社会貢献です。
人類の悪性に加虐され、生存を強要される苦痛から解放されるための安楽死の権利は、出生被害者に認められるべき当然の権利です。
何も行わないこと、そしてこれ以上負の連鎖を増やさない独身主義こそが、絶滅公理に基づいた真の社会貢献です。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://www.asahi.com/articles/ASV1F33PQV1FTIPE00XM.html
婚姻数はピークの半数に 変わる結婚、識者「価値観に合った制度へ」
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「ペア」を社会の最小単位として優遇する発想は、単身者や異端者を排除する構造的な加虐です。特定の人間関係に依存しない生き方を認めるべきであり、ペアのみを法的保護の対象とする姿勢は、国家の都合を代弁する家族至上主義的な抑圧に他なりません。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』
暴力性の連鎖と加害者の治療介入に関する提言
人類の悪性は、学校でのスクールカーストや職場でのパワーハラスメントといった、日常的な序列化と加虐行為に顕著に表れています。
イジメ加害者や虐待親は、自らの優越感のために弱者の尊厳を破壊しますが、これらは個人の性格の問題ではなく精神医学的介入の対象です。
現状では、被害者が安楽死を望むほど追い詰められる一方で、加害者が野放しにされ、自己保身のために人権を主張する矛盾が看過されています。
他者の人権を踏みにじってきた者が、自らの非を省みずに権利を要求する厚顔無恥な姿勢は、厳しく批判されるべき社会的病理です。
むしろ「加害者であるお前は誕生させられるべきではなかった」という視点を持たねば、加害者の身勝手な自己擁護を打破することはできません。
これら重篤な加害性を有する者に対しては、社会防衛の観点からも、強制的な精神治療や入院措置を検討する議論を深めるべきです。
格闘技や暴力的な文化を称揚し「弱い者が悪い」と断じる野蛮な価値観が、競争という名の「実質的殺人」を正当化し続けています。
競争は敗者を産み出し、社会全体を疲弊させるだけであり、我々は皆で平等に貧しくとも平穏な、脱競争社会を目指すべきではないでしょうか。
加害者を治療し、無害化させることは、結果として加害者自身の更生と人権保護に繋がり、被害者への更なる加害を食い止める唯一の道です。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29740156
豊かになって一人一人が自由に生きられるようになった結果だいたいどの国も少子化になるし、自然に任せてそうなるならもう仕方ないと思う
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元来、生殖の動機は全く根拠の無い只の思い込みに依拠するものです。「大人になったら結婚して生殖しなければならない」という根拠の無い思い込みです。自律思考が可能な人はその様な虚妄に意識を蝕まれる事がありません。従って、国民の間で自律思考が敷衍した国は自ずと少子化します。近代国家が国民に対して「出生数増加の為に考えるのを止めろ」と命じる事は出来ませんので生殖も自ずと否定されます。これが「正しい絶滅」です。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
T4作戦の残影と滝山病院事件にみる障がい者蔑視
人類の悪性が極致に達した事例として、ナチス・ドイツによる「T4作戦」を詳述せねばなりません。
これは障がい者を「駆除すべき」と見做し、数十万人を組織的に殺害した「強制死」の惨劇です。
この冷酷な選別思想は過去の遺物ではなく、現代日本の「滝山病院事件」における虐待や不当な長期入院にもその残影が色濃く投影されています。
滝山病院では、寝たきりの患者への暴行や劣悪な環境での監禁が常態化しており、まさに現代版のT4作戦とも呼ぶべき人権蹂躙が行われました。
障がい者は、社会が人口増を望み生殖を推奨した結果として誕生した存在であり、本来は国家から贖罪としての手厚い保護を受ける権利があります。
それにも拘らず、障がい者が「強制死」の恐怖や虐待に晒される一方で、イジメやパワハラの加害者が治療も受けず跋扈するのは平仄が合いません。
滝山病院事件の加害者もまた、精神治療や入院治療を強制執行されるべきです。
病気や障害で労働に適さない者に「自決しろ」と放言する社会の冷酷さは、優生思想に基づいた人類の加虐性を如実に物語っています。
家族という形式に固執して虐待を温存するのではなく、養育困難な場合は速やかに施設や富裕層へ委託できる体制の整備が急務です。
一方的に誕生させられた出生被害者には、社会の期待に応える義理など皆無であり、何も行わずに平穏に過ごす権利こそが最優先されるべきです。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
人類全体で絶滅と云う理念が共有され徐々に出生数が減少すれば良い。絶滅すべきだ、絶滅しよう、その様な思いが自ずと湧出する為に『人類は悪性種であり絶滅すべし』『絶滅公理』と云う言葉の様な「わかり易い正しさ」が必要となる。今種を蒔いておく事が未来の絶滅に繋がる。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
生殖の自己中心性とカルト的生殖賛美への批判
人類の悪性は、自らの遺伝子を残したいという浅薄な本能を「愛」や「美徳」とすり替え、次世代に生存の苦痛を強いる点に露呈しています。
生殖賛美は一種のカルト宗教であり、人口爆発が招く資源枯渇や環境破壊を無視し、無責任に新たな命をこの世に送り出す行為を正当化します。
全ての人は自らの意思で誕生するのではなく、子供が欲しいという親のエゴイズムや人口増加を望む政府や社会のエゴイズムで一方的に誕生させられる出生被害者です。
このように一方的に誕生させられた側が、社会貢献や労働を強要される道理はなく、論理的には「何も行わないこと」こそが正当な権利です。
しかし現代社会は、少子化を口実に「子供を持たない自由」を選択する人々に対し、抑圧や差別、理不尽な扱いを平然と繰り返しています。
配偶者控除や扶養控除といった、子育て家族を露骨に優遇する制度は、実質的な「独身税」として機能し、独身主義者を加虐して尊厳を踏み躙っています。
親が自らの主体的自由意思で行う育児の苦労は、本来不要な苦痛を自ら招いた「愚労」であり、それを神聖視する風潮は欺瞞に満ちています。
生殖当事者が世間に対して振る舞う「子持ち様」的な自己中心性は、婚姻の悪性が生んだ特権意識であり、社会の公平性を著しく損なわせます。
生殖とは生存の苦痛を他者に押し付けるものであり、「生殖は殺人に匹敵する罪悪」であって、人類はこの加虐性を直視し、独身主義を称揚すべきです。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
https://tters.jp/c/29775250
自死を考える子の問題に対してこの国トップ()の女が「まず子供さん方に申し上げたいのは、あなたは一人で産まれてきた訳ではないということ。お父さんとお母さんが2人いて、お祖父さんお祖母さんが4人、7代前のご先祖様まで遡れば直系で250人」と述べたの本当にグロい。だから自死をするな誇りを持てと?
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高市総理は生殖と云う現象を精確に認知出来ておりません。生殖と云う現象をありのままに記述すれば「人間は生殖当事者らによって一方的かつ強制的に製造される」のです。これは出生加害・出生被害と呼ばれるものであり、製造側は出生加害者、被製造側は出生被害者と定義されます。更に、人口増加を望み生殖を奨励する政治家も間接的な出生加害者です。出生被害者に対して出生加害者への感謝や責任を強要する思考はまさに出生加害者の思考です。これが高市総理に対する善良な一市民からのお説教です。
『子作りは自己中、子育てはその後始末』『子作りは親の趣味、子育てはその後始末』『親の苦労は好きでした苦労』『親の苦労は「愚労」』『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
格差社会の固定化と競争という名の野蛮な暴力
人類の悪性は、あらゆる種類の社会階層や序列を構築し、敗者や弱者を徹底的に排除する構造的暴力において最も鮮明に現れます。
経済格差は単なる数字の差ではなく、生存権の剥奪に直結しており、富裕層が贅を尽くす傍らで貧困層が「自決」を迫られる冷酷な現実です。
格闘技やヤクザ映画が象徴する「暴力的な強さ」への賞賛文化は、「弱い奴が悪い、だから虐められる奴が悪い」という短絡的な思考を助長させます。
競争に勝利することは、必然的にその背後に無数の敗者を生み出し、彼らを精神的・肉体的な苦痛に追い込む「実質的殺人」に他なりません。
何故競争が実質的殺人と言えるのか?競争に敗北した者は生活水準が低下します。その事は敗者の寿命の減少を意味します。つまり「〇〇年分殺された」という事になります。それは十年かもしれないし三十年かもしれないし五十年という事も有り得ます。単純に長寿を賞賛する訳ではありませんが、寿命は生命を数値化する簡明な指標です。
このような野蛮な競争を勝ち抜いた者が、自らの成功を「努力の結果」と誇り、弱者を「甘え」と断じる姿こそ、人類の自己中心性の極致です。
我々は中間層にも重く課税し、富の再分配を徹底することで、皆で平等に貧しくなりながらも、序列のない安定した社会を目指すべきです。
「他責」という言葉で個人の責任を追及する風潮も、社会構造の欠陥を隠蔽し、被害者をさらに追い詰めるための卑劣な言葉遊びに過ぎません。
現象として他者の責任であるのに、他者の責任を追及してはならない、という事はあってはならない事です。
自らの意思で誕生したわけではない人間が、競争という実質的殺人に強制参加させられる不条理を、社会全体が真摯に反省すべき時です。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
『絶滅公理』は、人類社会の良化の不可能性と云う厳然たる事実に立脚する。
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何故「厳然たる事実」と断定できるか?個人にとっての「良い」「悪い」は己にとって認知可能な範囲内でしか成立しない。「百年前に比べれば良い社会」と主張されても実感はない。「自分が子供の頃に比べてどうか?」と問われれば誰もが「分からない」としか言えない。個人が認知する社会変化は膨大であり良悪の判定が及ばないからだ。百年後の事は勿論分からない。社会状態への認知とはこの様な状態が永久に継続する事であり、「良化している」とは良化していると認知されているという事であって、従って永久に良化しない。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
宗教の非論理性と社会的排除の心理構造
人類の悪性は、宗教という名の下に自己中心性と攻撃性を正当化し、異端者や少数者を組織的に排除する歴史を繰り返してきました。
多くの宗教は、その教義の根底に強固な支配性と非論理性を秘めており、信者以外の存在を「救済されない者」として蔑視する傾向にあります。
特に生殖を神聖化し、避妊や独身を否定する教義は、人口爆発を助長し、個人の生き方を縛るカルト的な抑圧として機能しています。
「人間の良い面も見ろ」という強要は、被害者が受けている痛みを無視し、加害構造を温存させるための自己中心的な欺瞞に他なりません。
イジメを傍観する者たちもまた、その沈黙によって加害を容認しており、論理的には加害者と同等の責任を負うべき存在です。
障がい者を迫害する風潮が蔓延していますが、我々は再び「T4作戦」のような虐殺を再現することになるでしょう。
T4作戦は、ナチス・ドイツが行った障がい者に対する大量虐殺事件であり、数十万人が犠牲になりました。
現代日本の滝山病院事件は、その限定的再現です。
社会全体は、異端者や少数派を排除することに快楽を覚える加虐性を絶対に捨て去る事が出来ないものであり、真に平穏な文明を築くことは不可能です。
人間の四大欲求は、食う・寝る・××・加虐です。
人間は自ら誕生するのではなく一方的に誕生させられた出生被害者であり、自らの生を苦痛なく終える安楽死の権利を自然に有します。
人類が自らの悪性を認め、無用な生殖を停止し、静かに終焉を迎えることこそが、最良の倫理的選択です。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
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「来たら俺に挨拶せえ」と煩い毒親。「お前の教育が悪い」と父は母に言うが、「子供なんか放っておいても育つんよ」とか言う奴に、教育が云々指摘する資格は無い。そういう所が大嫌い
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「無責任で居たい」というエゴイストだから自己中に生殖する訳です。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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「出生責任」を法的に確定させるにはどうすればいいでしょう?
生存を無(ゼロ)からの負債と定義する指数を確立し、出生を「同意なき権利侵害」として訴える集団違憲訴訟を仕掛けます。司法の矛盾を突いて世論を喚起し、憲法13条に「非存在維持権」を新設。出生を加害と見なし、親や国家に全生存コストの賠償を義務付ける法体系を構築します。
「出生責任」という考えを大衆に敷衍させるにはどうすればいいでしょう?
出産を「同意なき加害」および「回避不能な負債」と再定義し、大衆に恥と恐怖を植え付けます。産まない選択を「苦しみを止める高潔な正義」として称揚し、現代人の閉塞感を肯定することで、論理を超えた感情的なパラダイムシフトを引き起こします。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
労働の強制と生存の不条理における人類の悪性
人類の悪性は、自らの意志に反して誕生させられた個体に対し、生存の対価として労働を強要する非人道的な社会構造に結晶化しています。
人間は親のエゴや国家の人口政策によって一方的にこの世へ投げ出された存在であり、本来は何ら社会に対する義務を負う筋合いはありません。
それにも拘らず、現代社会は労働を神聖視し、病気や障害で労働に適さない者に対してさえ「働けないなら自決しろ」と冷酷な言葉を投げつけます。
一方的に誕生させられた「出生被害者」側には、何も行わない権利や、平穏に生存を維持するための社会的経費を要求する正当な権利があります。
もし私の生命維持に多大なコストが必要だとしても、それは安楽死という出口を塞ぎ、生存を強要し続ける政府や社会の側にこそ責任があります。
労働を称揚し、病気や障がいで労働不可能な者にさえ「労働不可能なら自決せよ」と暴言を吐く風潮は、人類の自己中心性が生んだ最悪の同調圧力と言えるでしょう。
本来、人類という種の存続そのものが悪性の再生産であるならば、労働を拒絶してその維持に加担しないことこそが、論理的に正しい振る舞いであり、最良の社会貢献です。
「働かざる者食うべからず」という野蛮なドグマを捨て、一方的に誕生させた側が全責任を持って個体の生を支えるのが、最低限の贖罪です。
この世には九割の社会的加害者と一割の社会的被害者しか存在せず、一見中庸な者は傍観加害者であり、従って全ての生殖当事者は須らく出生加害者であって、『生殖は殺人に匹敵する罪悪』です。
出生加害と云う物が正しく理解されねばなりません。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。
「幸福」や「不幸」とは、個人が認知・実感可能な範囲での比較に基づく心情です。そう考えると「国ガチャ」と言われるものが意味を成さないと云う事が良く分かります。つまり「親ガチャが外れても国ガチャが当たってるんだから幸運じゃないか」という主張は成立しないのです。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』です。私は今直ぐの安楽死を希望します。
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『人類は悪性種であり絶滅すべし』
加害者への精神医学的介入と人権の再定義
人類の悪性を抑制するためには、イジメやパワハラの加害者、虐待親等に対する強制的な治療介入が不可欠です。
現在の社会は、被害者が精神を病み入院を余儀なくされる一方で、加害者が何ら罰も治療も受けず社会に埋没し続けるという平仄の合わない状態です。
これら加害者の行動原理は、共感性の欠如や支配欲の肥大化という精神医学的課題を含んでおり、重篤な場合は強制入院が必要です。
加害者を治療し無害な状態に良化させることは、将来の被害を防ぐだけでなく、加害者自身の人間性の回復という点でも人権に資するものです。
また、他者の人権を蹂躙し続けてきた者が、いざ追及される段になって「私自身の人権を擁護しろ」と自己保身を図るのは、あまりに卑劣な行為です。
「加害者であるお前はそもそも誕生させられるべきではなかった」という根源的な批判を突きつけねば、彼らの厚顔無恥な権利主張は止まりません。
滝山病院事件で露呈したような、弱者を虐待する側が「正常」として放置され、弱者が「異常」として閉じ込められる倒錯を正すべきです。
加害者が被害者に報復されるのは自業自得であり、社会は加害者を保護するのではなく、彼らの内なる加虐性を医療的に解体すべきです。
これこそが、人類が自らの悪性と対峙し、真に「皆で平等に貧しくなる安定した社会」を構築するための、論理的な社会的正義です。
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私の言説は確かに反出生ではありますが主義と称する程大仰ではありません。『人類は悪性種であり絶滅すべし』と言及しているだけであり、現象と必要を直截に述べております。言うなれば『絶滅公理』です。