日本歴史てヨーロッパと比べると天国だよね?最終更新 2026/03/17 12:521.世界@名無史さん奴隷がそんなにない出典 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/16863793232023/06/10 15:42:03114コメント欄へ移動すべて|最新の50件65.名無しさん7IU1o神経学の歴史http://sinkei.la.coocan.jp/history4.htm2025/05/16 18:08:0466.名無しさんqICepあんぱん作れたん?https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/178726アズキの栽培化が日本で始まったことをゲノム解析で明らかにhttps://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/ngrc/169242.htmlA single domestication origin of adzuki bean in Japan and the evolution of domestication geneshttps://doi.org/10.1126/science.ads28712025/06/03 18:57:1867.名無しさんDIKzz「気象学と気象予報の発達史」(丸善出版)のこぼれ話など気象学の歴史に関連する話を補足、説明していきます。https://korechi1.blogspot.com/p/blog-page.html?m=12025/07/29 05:54:0768.名無しさんQ9hXz2種類の人類の祖先、同じ地域と年代に共存か 一方は未知の種の可能性も エチオピア進化の実験場だった2025/08/24 11:45:2469.名無しさん2VTl6キャントリルの梯子大人の階段2025/08/27 03:29:2370.名無しさんwrksWナショナルジオグラフィックニュースノーベル賞賞金の使い道は? アインシュタインの知られざる一面恋愛関係や政治的信条など、天才科学者の人的魅力に迫る2025.09.21 アインシュタインが恋愛関係を持ったのはエルザだけではない。1935年、マルゴットの紹介で知り合ったマルガリータ・コネンコワと、アインシュタインは恋人関係となる。 オークション大手の米サザビーズは、1998年、アインシュタインが1945年から1946年にかけて、コネンコワに向けて書いた9通のラブレターを競売にかけている。ロシアのスパイマスターによって書かれた本によれば、コネンコワはロシアのスパイだったとされているが、歴史学者による確認はとれていない。(参考記事:「第二次世界大戦で暗躍した女性スパイ5人、表の顔は芸能人も」)市民権や言論の自由を支持 若いころからアインシュタインは、どんな形であれナショナリズムを嫌っており、「世界市民」であることが望ましいと考えていた。アインシュタインは16歳のときにドイツ国籍を放棄し、1901年にスイス国籍を取得するまで公には無国籍だった。 1933年、3回目の渡米の少し前から、FBIはアインシュタインに関する調査書類を記録しはじめる。合わせて1427ページに及ぶ書類のファイルは、主にアインシュタインが生涯に渡ってつながりを持っていた、平和主義者や社会主義者の団体との関係に注目している。FBI長官を務めたJ・エドガー・フーバーは敵性外国人法に基づいて米国に入国させないことを提言したが、米国務省は却下した。 アインシュタインの信条は、「化学兵器の父」として知られるフリッツ・ハーバーとよく衝突した。ハーバーはドイツの化学者で、アインシュタインがベルリンで仕事に就けるよう手助けした人でもある。親友だった2人だが、しばしば険悪な関係ともなった。 ハーバーはユダヤ人だったが、キリスト教へと改宗し、ナチスの台頭以前に同一化の美点をアインシュタインに説いていた。第1次世界大戦では、ハーバーは死に至る塩素ガスを開発した。空気より重く、兵士のいる塹壕へと流れ込み、兵士の喉と肺を焼いて痛々しくも窒息死させるというものだった。(参考記事:「考古学が明らかにした第一次世界大戦の塹壕遺跡」) その生涯において、アインシュタインは市民権や言論の自由を強く支持していた。米国の社会学者であるW・E・B・デュボイスが、外国勢力の情報要員として無登録で活動しているとして、1951年に起訴された際は、アインシュタイン自ら、デュボイスの人格について証言する性格証人を買って出ている。 デュボイスの弁護士が、アルベルト・アインシュタインの出廷を裁判所に伝えると、裁判官は裁判を棄却したのだった。2025/09/23 03:55:0871.名無しさんEThUQトリップしてるのか?「国際平和・繁栄のためのトランプ・ルート(TRIPP)」対ロシア交渉が甘いなと思ってたがわりとおもしろい記事だった時間かけた理由がロシアではなくEUとNATOに対して行われていたという見立てでしたね2025/09/23 13:58:5472.名無しさんPxePL日本の古代3 海をこえての交流 (中央公論社)著者: 大林太良(編)ほか出版年: 1986年(中央公論社、1990年代には普及版も刊行)検索のヒント:タイトル: 「日本の古代3 海をこえての交流」著者名: 「大林太良」または「大林太良 編」出版社: 「中央公論社」シリーズ名: 「日本の古代」注意点: 1986年の出版と古いため、新刊での入手は難しい可能性が高いです。古書店、大学図書館、国立国会図書館などで探すのが現実的です。オンライン古書店サイト(日本の古本屋、Amazonマーケットプレイスなど)での検索も有効です。古代東アジアの鉄と倭国 (吉川弘文館)著者: 井上和人出版年: 2014年出版社: 吉川弘文館検索のヒント:タイトル: 「古代東アジアの鉄と倭国」著者名: 「井上和人」出版社: 「吉川弘文館」注意点: 比較的新しい本なので、新刊書店やオンライン書店でも入手できる可能性が高いです。吉川弘文館のウェブサイトでも情報が得られます。新版 倭国と東アジアの交流 (吉川弘文館)著者: 西谷正出版年: 2007年出版社: 吉川弘文館検索のヒント:タイトル: 「新版 倭国と東アジアの交流」著者名: 「西谷正」出版社: 「吉川弘文館」渡来人から読み解く古代日本 (ちくま新書)著者: 吉村武彦出版年: 2014年出版社: 筑摩書房(ちくま新書)検索のヒント:タイトル: 「渡来人から読み解く古代日本」著者名: 「吉村武彦」出版社: 「筑摩書房」または「ちくま新書」2025/09/23 17:42:1475.名無しさんfyNPe歴史探偵 最初の戦国大名 早雲の素顔NHK 11月19日水 22:00 - 22:45 https://bangumi.org/si/560610?area_code=23&from=share2025/11/19 12:33:0276.名無しさんBV0edどちらも人間がクソだからって理由で、領主同士が殺し合ってるだけだ。2025/12/08 16:02:2377.名無しさんqzul2移民大国https://news.yahoo.co.jp/articles/21f4b340467187dfaa317114e107ae0e692693d7?page=2ヤホーの記事かすぐ消えるな2025/12/23 07:58:1878.名無しさんsIKG8【国際】トランプ氏、グリーンランド領有に意欲表明「絶対に必要だ」【国際】 極左が放火、4万戸超停電 復旧まで数日―ベルリン2026/01/05 19:44:2279.名無しさんsIKG8【立憲民主党の野田代表、仕事始めで挨拶】「ネット上での我々に対する評価、とても厳しい」 「増税派の野田佳彦と言われています」 「媚中派の最高顧問もいますし、態度の悪い幹事長もいる」2026/01/05 20:20:0280.名無しさん4ytwLフォークリフト大国・日本でパレットが普及しない理由 、「荷役近代化の父」平原直の掲げた〈苦役的荷役からの人間労働の解放〉の精神を再考する時田阪幹雄( NX総合研究所リサーチフェロー) 2025/03/272026/01/31 11:54:0581.名無しさんhoMpA紀元前13世紀は交易と文化交流が拡大した時代だが、青銅製の矢尻がドイツ各地で見つかることを考えると、武力衝突が増加した時代でもあったようだ。「今回の新たな情報で、青銅器時代のイメージは相当変わった。従来考えられていたような平和な時代ではなかった」「紀元前13世紀には葬式や各種の表象、物質的文化が変化を迎えた。私はこの紛争を重要な変化のプロセスの兆候と見なしている。青銅器時代の社会におけるこうしたプロセスには、激しい紛争が伴った。トレンゼ川渓谷の戦いは、恐らく氷山の一角に過ぎないのだろう」と、論文共著者のトーマス・テルベルガー氏は述べた。同氏は独ゲッティンゲン大学先史・歴史考古学部の教授を務める。この研究では、人骨に残る矢傷の位置を分析。それによると戦士たちは体の前面を盾で防御する一方、背中は無防備だったと考えられる。アイルランドのユニバーシティー・カレッジ・ダブリンで考古学を専攻するバリー・モロイ准教授は、研究により戦場における弓矢の重要性に対する認識も深まったと指摘。青銅器時代の戦争に関する過去の研究では、弓矢はしばしば過小評価されてきたという。モロイ氏は今回の研究に関与していない。モロイ氏によれば、長年研究者らは青銅器時代の暴力を小規模なものと主張し、現地の共同体に属する数十人が参加したと考えていた。しかしトレンゼ川渓谷の戦いはこの定説を一気に覆した。大規模な戦闘の存在は研究者らに対し、青銅器時代における社会組織及び戦争の実態の再考を迫っている。2026/02/07 22:39:3782.名無しさんyhYABうーん、ストーンヘンジの巨石の話は物流関係のスレに書いていて落ちたんだろうなぁ元のソースもうんこヤフーから引っ張ったからサルベージも困難だろう2026/02/23 10:25:5783.名無しさんyhYAB文化のベクトル:北から南への「イデオロギー輸出」かつては南のストーンヘンジが中心と考えられていましたが、現在の年代表ではオークニーが「巨石文化のイノベーション・センター」であったことが判明しています。溝状陶器(Grooved Ware): 紀元前3000年頃、オークニーで発明されたこの特徴的な土器(ウェア)は、急速にブリテン島全土を南下し、ストーンヘンジ周辺でも標準的な土器となりました。建築様式の伝播: オークニーの「ネス・オブ・ブロッガー(Ness of Brodgar)」に見られる精緻な石造建築やヘンジ(円形囲い)の概念が、ストーンヘンジの初期形態に強い影響を与えたと推測されます。2026/02/23 10:26:2984.名無しさんyhYABオークニー諸島におけるY染色体ハプログループ I2a(新石器時代由来)の長期的な維持遺伝子解析データに基づく再考察Patrilocality(父系居住制)の極端な形態オークニーの新石器時代社会は、土地や家畜、そして「巨石神殿の管理権」を特定の男性家系が独占的に継承する、強固な父系継承社会であったことが示唆されます。外部から青銅器文化(ビーカー文化)が到達した際、男性集団の排他性が極めて高く、外部男性の定住や通婚を物理的あるいは社会的に阻害した可能性があります。Exogamy(外婚制)による選択的取り込み常染色体の95%が入れ替わった事実は、数世代にわたり「外部の女性のみ」を組織的に受け入れ続けた結果です。これは単なる融和ではなく、地元の有力男性家系が、外部(大陸側)の進歩した経済力やネットワークを持つ集団の女性を「資源」として独占的に囲い込んだ、極めて非対称な社会構造の現れと解釈できます。2026/02/23 10:29:0485.名無しさんJOBjn紀元前3800年~3500年頃、新石器時代の開拓者がオークニーへ牛を持ち込むまでの経緯を整理します。起源:アナトリアから地中海へオークニーの牛の祖先は、もともと近東(アナトリア付近)で家畜化された「近東系オーロックス」の末裔です。ルート: 紀元前7000年頃から、EEFと共に地中海沿い(インプレッサ文化のルート)を西進しました。野生種との混交: 欧州大陸を北上する過程で、現地の野生オーロックス(Bos primigenius)とごくわずかに交雑しながらも、基本的には家畜としての系統を維持してブリテン島へ到達しました。ドーバー海峡の横断(紀元前4000年頃)ブリテン諸島に牛が初めて持ち込まれたのは紀元前4000年頃です。輸送の困難: 当時、ドーバー海峡はすでに形成されていました。成体の牛(特に多頭数)を、当時の木製カヌーや皮張りの舟(スキンボート)で運ぶのは極めて困難で危険な作業です。計画的入植: これは偶然の漂着ではなく、「繁殖可能なペア(あるいは仔牛)」を意図的に積み込み、波の穏やかな時期を狙った組織的な移住であったことを示しています。2026/02/23 11:03:1186.名無しさんJOBjn>>851. 野生種(オーロックス)との交雑率のデータ2.5万年前から現代に至る牛のゲノム解析(Park et al. 2015 / Verdugo et al. 2019)によれば、以下の数値的傾向が示されています。LBK(内陸ルート): 欧州中央部を通る過程で、現地の野生オーロックス(Bos primigenius)との交雑が認められます。特に近年の解析では、大陸の初期農耕民の牛には約5~10%程度の欧州野生系統の混入が確認される個体が多いです。ブリテン諸島(IWC/大西洋ルート): オークニーを含むブリテン諸島の新石器時代の牛ゲノムは、大陸の個体に比べて野生種との混雑率が極めて低い(ほぼ0%に近い個体も存在)ことが報告されています。これは「海」という地理的障壁が、野生種との偶発的な交配を物理的に遮断した結果であると結論付けられています。2. 飼育形態と安定同位体比(δ13C / δ15N)による実証オークニーの牛の骨の分析データは、LBKとは異なる摂食パターンを示しています。LBK: 炭素・窒素同位体比は、典型的な森林~草原での植物摂取を示します。オークニー(新石器時代): 一部の個体から、海岸部特有の植物や、現代のノース・ロナルドゼイ羊に見られるような海藻摂取を示唆する同位体シフトが検出されています。これは限定された島嶼資源を最大化するための、IWC系入植者による特殊な適応戦略の客観的証拠です。2026/02/23 11:21:0187.名無しさんJOBjn「牛」と「羊」はほぼ同時期(紀元前3500年頃~)に導入されましたが、その役割と分布には明確な差がありました。1. 「牛」はメインか?(場所による二極化)全島一律に牛がメインだったわけではなく、遺跡の性格によって「牛優位」と「羊優位」が分かれています。宗教・儀礼の中心地(ネス・オブ・ブロッガー等):骨片の約85%が牛という圧倒的な「牛優位」です。ここでは牛が単なる食料ではなく、大規模な宴会や建築儀礼のための「権威の象徴」として特別視されていました。一般的な生活集落(スカラ・ブレイ等):牛も飼育されていましたが、数としては羊の方が一般的であったとするデータが多いです。生活実務においては、小型で扱いやすい羊が重要なタンパク源となっていました。2026/02/23 11:22:3488.名無しさんJOBjn「牛」と「羊」はほぼ同時期(紀元前3500年頃~)に導入されましたが、その役割と分布には明確な差がありました。1. 「牛」はメインか?(場所による二極化)全島一律に牛がメインだったわけではなく、遺跡の性格によって「牛優位」と「羊優位」が分かれています。宗教・儀礼の中心地(ネス・オブ・ブロッガー等):骨片の約85%が牛という圧倒的な「牛優位」です。ここでは牛が単なる食料ではなく、大規模な宴会や建築儀礼のための「権威の象徴」として特別視されていました。一般的な生活集落(スカラ・ブレイ等):牛も飼育されていましたが、数としては羊の方が一般的であったとするデータが多いです。生活実務においては、小型で扱いやすい羊が重要なタンパク源となっていました。2. 羊の導入と特殊な適応羊もまた、ブリテン諸島には自生していなかったため、IWC系の人々によって船で運ばれてきました。導入時期: 紀元前4000~3500年頃の入植と同時に持ち込まれました。これらは現代の商用種とは異なり、ソアイ羊(Soay sheep)に似た小型で角のある原始的な系統でした。海藻食への適応: 安定同位体分析(δ13C/δ15N)により、新石器時代のオークニーの羊は、冬場に不足する草の代わりに海藻を食べていたことが証明されています。これは、限られた島の資源で家畜を維持するためのIWC系移民による高度な適応戦略です。3. IWC系家畜パッケージの構成IWCがオークニーに持ち込んだ「家畜パッケージ」は以下の通りです。牛(Bos taurus): 儀礼・富の象徴。良質な草地を優先的に与えられたエリート家畜。羊(Ovis aries): 生活基盤。海岸部などの厳しい環境でも海藻を食べて生き抜くサバイバー。豚(Sus scrofa): 存在はしていましたが、数は非常に少なく、メインの家畜ではありませんでした。山羊(Capra hircus): 羊と混在して少数飼育されていました。2026/02/23 11:25:5089.名無しさんRFV1o>>822024年8月に発表されたネイチャー誌の研究(Nature 632, 570–575)に基づき、「オーカディアン盆地(スコットランド北東部~オークニー)」から運ばれた祭壇石(アルター・ストーン)と、先ほど議論した最古のカレンダー(ウォーレン・フィールド)の地理的・思想的関連について、事実を整理して考察します。2026/02/23 11:56:3790.名無しさんRFV1o>>89地理的レイアウト:北緯57度~59度の「聖なる線」カレンダー遺構と祭壇石の産地、そしてオークニーは、地理的に「オーカディアン盆地」という一つの巨大な地質・文化的エリアに属しています。ウォーレン・フィールド(カレンダー): 北緯57.0度。ディー川流域。祭壇石の推定産地(オーカディアン盆地内): 北緯57.5度~58.5度付近(スコットランド北東部本土側)。オークニー(メガリスのセンター): 北緯59.0度。この北緯57度以北のエリアは、冬至の日の出の角度や日照時間の変化が極端であり、「時(暦)を管理する知性」が最も高度に発達した地域です。2026/02/23 11:58:2391.名無しさんRFV1oIWCと書いてるがそもそもミスってるな「IWC(インプレッサ・ウェア文化)」と「溝状陶器(Grooved Ware)文化」1. 時系列の整理(紀元前2500年前後)紀元前2500年~2400年頃:オークニーの終焉ネス・オブ・ブロッガーで400頭以上の牛が屠殺され、神殿が封印されました。これはオークニーを拠点とした「旧来の宗教システム(IWC/溝状陶器文化)」の崩壊を意味します。紀元前2600年~2400年頃:ストーンヘンジの黄金期(第3段階)ストーンヘンジに巨大なサーセン石の円環が完成し、祭壇石(オーカディアン盆地産)がその中心に据えられた時期と重なります。2. 「屠殺後」か「同時期」か:文化の重心移動データが示唆するのは、オークニーで牛を屠殺して「幕を引いた」のとほぼ同じタイミングで、その聖地の象徴である「石(祭壇石)」が南のストーンヘンジへと運ばれたというシナリオです。考察:聖地の譲渡あるいは略奪オークニー(オーカディアン地方)で環境悪化(土壌酸性化)により社会が維持できなくなった際、彼らが持っていた「天文学的権威(カレンダーの知識)」と「象徴的な石」が、新興勢力である南部のストーンヘンジへと「輸出(あるいは移転)」されたと考えられます。牛の役割の変化:オークニーでは牛を「殺して封印」しましたが、ストーンヘンジでは遠方(北部含む)から「生きたまま牛を運び、宴会を開く」という外向的な権威誇示に変わりました。3. 地理的・思想的カレンダーの結びつき先ほど解説したウォーレン・フィールド(北緯57度)のカレンダー思想が、物理的な祭壇石という形をとって、南のストーンヘンジ(北緯51度)へ移植されたことになります。位置づけ: オークニー側から見れば「敗北と解体(牛の屠殺による封印)」ですが、ストーンヘンジ側から見れば「北の聖地からの正統性の継承」です。輸送のタイミング: ネス・オブ・ブロッガーが閉鎖される直前、あるいはその混乱期に、最も神聖な石が海路で750km南下した……。これは、オークニーの支配層が南の勢力と合流した、あるいは南の勢力が北の「時の石」を買い取った(奪った)歴史的瞬間を示しているのかもしれません。2026/02/23 12:04:2692.名無しさんRFV1o1. ニューグレンジ(アイルランド):インセストの衝撃アイルランドを代表する巨大羨道墳 ニューグレンジ(Newgrange) の中心部に葬られていた男性(紀元前3200年頃)の全ゲノム解析結果は、世界に衝撃を与えました。家系: 典型的な I2a系統。衝撃の事実: ゲノム解析により、この男性の両親が 「実の兄妹(または姉弟)」または「親子」 という、極めて近い一親等間での近親交配によって生まれたことが判明しました。2026/02/23 12:17:5893.名無しさんRFV1o2. トラム(アイルランド):400km離れた親戚同じアイルランドの トラム(Tram) 遺跡の共同墓地で見つかった個体と、前述のニューグレンジの個体を全ゲノムで比較した結果、驚くべきデータが出ました。関係性: 二つの遺跡の個体は、「従兄弟(いとこ)」レベルの親族であることが判明しました。意義: 400km離れた巨大メガリス同士を、「同じI2a家系のメンバー」が管理・支配していたことの物理的証拠です。これは「祭壇石がオーカディアンからストーンヘンジまで運ばれた」という、広域な「家族の道」の存在を裏付けています。2026/02/23 12:20:3494.名無しさんRFV1o3. アイリッシュ海の「I2aエリート・ライン」ブリテン諸島西岸(アイリッシュ海沿い)の複数の遺跡(マン島やウェールズ近辺)でも、全ゲノム解析が行われています。共通点: 巨石墓に葬られた人々は、皆 I2a系統 であり、かつ 「全ゲノムの背景(EEF成分)」が極めて均一 です。考察: 彼らは各地の先住民(WHG)と混血して多様化するのではなく、「海沿いのエリート家系」同士で通婚を繰り返し、血の純度を保ちながらネットワークを維持していました。これが「秘密のルート」を独占できた理由です。2026/02/23 12:21:0495.名無しさんYCeIl現時点での古代ゲノム研究(特に2021年のNature誌に掲載された『Patterson et al. "Large-scale migration into Britain during the Middle to Late Bronze Age"』などの大規模解析)に基づくと、ガリアのヴェネティ族(鉄器時代)とオークニー(新石器~青銅器時代)を直接「全ゲノム」で比較した、ピンポイントな対照データセットは一般公開の学術論文レベルでは稀です。しかし、両地域を含む「大西洋沿岸ネットワーク(Atlantic Façade)」全体の比較データから、驚くべき「遺伝的なシンクロニシティ」が浮き彫りになっています。2026/02/23 12:35:2196.名無しさんYCeIl>>95共通のベース:EEF(初期農耕民)の「西側成分」全ゲノムの主成分分析(PCA)において、オークニーの初期住民とガリア(ブルターニュ)の住民は、内陸の農耕民(LBK系)とは異なる「西沿岸クラスター」を形成します。共有データ: 両者は、地中海から西回りで進出したIWC(インプレッサ・ウェア文化)の末裔特有の遺伝的特徴(特定のEEFハプロタイプ)を共有しています。結論: ヴェネティ族の故郷であるブルターニュとオークニーは、数千年前から「同じ海沿いの血」をベースに持っていました2026/02/23 12:35:5897.名無しさんVJbFq>>95ガリア・ヴェネティ族と確定したゲノムデータの存在ブルターニュ地方の鉄器時代(紀元前5世紀~1世紀)の遺跡、例えば Urville-Nacqueville(ヴェネティ族の勢力圏に近い拠点)などの人骨から全ゲノムが抽出されています。データの内容: 彼らの全ゲノムを解析した結果、典型的な「北西ヨーロッパ鉄器時代クラスター」に属することが判明しています。ハプログループ: 男性系統(Y染色体)の大部分は R1b-L21 または R1b-U152 です。これらは「ビーカー文化」以降にこの地域を支配した系統です。2026/02/23 12:59:0098.名無しさんVJbFq>>96ご指摘の「Fst値(集団間の遺伝的分化指数)」を用いた分析は、現代人ではなく、遺跡から出土した古人骨の全ゲノム解析(古代DNA)に基づいています。根拠となる主要な研究(Cassidy et al. 2020, Nature および Olalde et al. 2018, Nature)のデータを基に、正確な年代と対象を特定して解説します。2026/02/23 13:05:4299.名無しさんVJbFq>>981.解析対象(どの古人類か)比較に使われたのは、以下の遺跡から出土した新石器時代のエリート層(I2a系統)の古人骨から抽出された全ゲノムデータです。オークニー諸島: メイズハウ(Maeshowe)やクアンタネス(Quanterness)などの「羨道墳(パッセージ・グレイヴ)」に埋葬されていた個体群。アイルランド: ニューグレンジ(Newgrange)などの巨大メガリスに葬られた個体群。フランス・ブルターニュ: ラ・オグ(La Hogue)などの初期巨石墓の個体群。スコットランド本土: 沿岸部や内陸で見つかった同時期の小規模な埋葬跡の個体群。2026/02/23 13:06:25100.名無しさんVJbFq>>982. 比較した年代(いつの時代か)データが示す「海上の隣人」現象が最も顕著なのは、紀元前3500年~紀元前3000年(新石器時代中期~後期)です。理由: この時期は、オークニーで「溝状陶器文化」が確立される直前から全盛期にかけてであり、ブリテン諸島全体で「メガリス(巨石)ネットワーク」が最も強固だった時代です。断絶の時期: 紀元前2500年(ベル・ビーカー流入期)以降は、ゲノムの約90%が置換されるため、このFst値の特殊な相関は消失します。2026/02/23 13:07:32101.名無しさんVJbFq>>983. Fst値による「地理的距離」と「遺伝的距離」の逆転通常、Fst値(0に近いほど遺伝的に近い)は、地理的な距離が近いほど小さくなります。しかし、この時期の古人骨データでは以下の数値的傾向が報告されています。比較ペア地理的距離Fst値の傾向(遺伝的近さ)A: オークニー vs B: スコットランド本土極めて近い(約10km)Fst値が高い(比較的遠い)A: オークニー vs C: アイルランド/ブルターニュ遠い(数百~千km以上)Fst値が低い(極めて近い2026/02/23 13:09:09102.名無しさんVJbFq>>101なぜこのデータが出るのか(定量的解釈)集団の均一性: オークニーの羨道墳(A)とアイルランドのニューグレンジ(C)の支配層は、同じI2a系統の特定のクラン(大家族)が海路を通じて通婚を繰り返していたため、遺伝的に極めて均質でした。本土との隔離: 一方で、目と鼻の先にあるスコットランド本土(B)の農耕民は、現地の狩猟採集民(WHG)との混血が進んでいたり、異なる家系が定着していたりしたため、オークニーのエリート層とは遺伝的に距離がありました。4. 結論:データが証明する「海のエリート」このFst値の解析結果は、「新石器時代のオークニーの支配層は、陸路の隣人(本土)よりも、海路の遠方の同族(アイルランド・ブルターニュ)と深く結びついていた」という事実を、全ゲノムレベルで証明したものです。2026/02/23 13:11:01103.名無しさん45ub1【対話復元:新石器時代・オーカディアンの海洋知性】「押圧文土器(IWC)」の北上とFst値の逆転紀元前3800年頃、地中海からブルターニュを経て大西洋岸を北上したI2a系統(農耕民)の系譜。古人骨解析(Cassidy et al. 2020)により、紀元前3500-3000年のオークニー住民は、隣のスコットランド本土より遠方のブルターニュやアイルランド沿岸と遺伝的に近かった。「旧赤色砂岩」による神殿化と「溝状陶器」の南下オークニーの板状石材という地質的利点により、ブルターニュ起源の「墓(メガリス)」が「生者のための神殿・カレンダー(ネスやリング)」へ機能転換。そこで完成された溝状陶器文化の権威(天文学的知性)は、オーカディアン盆地産の祭壇石と共に、南のストーンヘンジへと逆輸入・輸出された。環境限界と「牛の封印(紀元前2500年)」過放牧と気候変動による土壌の酸性化が農業基盤を破壊。オークニーのI2aエリートは、400頭以上の牛を屠殺して聖域(ネス・オブ・ブロッガー)を物理的に封印し、自らの誇り高き「石の時代」を自らの手で終わらせた。2026/02/23 13:23:48104.名無しさん8PDzGオーカディアンドッガーランド(Doggerland)をご存じであれば、当時の北海周辺のダイナミズムがイメージしやすいかと思います。結論から申し上げますと、オークニー諸島周辺も、現在のような「点在する島々」ではなく、広大な平原を伴う巨大な一つの陸塊に近い地形でした。中石器時代から新石器時代にかけて、オークニー周辺がどのように変化したのか、客観的な地理的変遷を整理します。2026/02/23 14:14:00105.名無しさん8PDzG>>1041. 「グレート・オークニー」の存在氷河期が終わった直後(紀元前1万年~8000年頃)、海面は現在よりも約30~40メートル低く、オークニーの島々のほとんどは陸続きでした。一つの巨大な島: 現在の主要な島々(メインランド、ホイ、ルッセイなど)は、広大な低湿地や平原で結ばれた一つの巨大な陸塊でした。本土との距離: スコットランド本土との間にあるペントランド海峡も、現在より遙かに狭く、浅い瀬であったか、時期によっては歩いて渡れるほど接近していました。2026/02/23 14:15:04106.名無しさん8PDzG>>1042. 「ドッガーランド」の沈没とオークニーへの影響ドッガーランド(現在のイギリスとオランダ・デンマークの間)が水没していくプロセス(紀元前6500年~5500年頃)は、オークニー周辺の地形にも劇的な変化をもたらしました。ストレッガ・スライド(紀元前6200年頃): ノルウェー沖で発生した巨大な海底地滑りと、それに伴う津波は、ドッガーランドのトドメを刺しただけでなく、オークニーやスコットランド東岸の低地をも一気に飲み込みました。島嶼化の進行: この時期を境に、広大だった平原は海面下に沈み、高台だけが「島」として残る現在の地形の原型が形作られました。2026/02/23 14:17:24107.名無しさん8PDzG1. 中石器時代(紀元前7000年~6000年頃)の痕跡新石器時代の巨大な石造建築が目立つオークニーですが、その下層や周辺からは「石の時代」以前の流浪の民の痕跡が発見されています。タンカーネス(Tankerness)の発見: 2007年の発掘調査で、紀元前6820年~6660年頃のものとされる「焦げたハシバミの殻」が発見されました。これは、農耕が導入される数千年前から、人類がこの島で採集活動を行っていた直接的な物理的証拠です。ストロンゼイ島(Stronsay)のキャンプ跡: 紀元前7000年以前に遡る可能性がある「フリント(火打石)」の加工屑が1000個以上見つかっており、一時的な狩猟キャンプが存在したと考えられています。2026/02/23 14:18:49108.名無しさんeNjQl>>95これはいまいちちなみにIWCもいまいち>>91「IWC(インプレスド・ウェア文化 / Impressed Ware culture)」は、主に新石器時代(紀元前6000年~4000年頃)の地中海沿岸地域に見られる、粘土に工具を押し付けて装飾した土器(Impressed Ware/圧着文土器)を特徴とする先史文化です。主な特徴・詳細特徴的な装飾: 貝殻(特にCardiumという貝の鋸歯状の縁)、指、棒などを粘土に押し付けて装飾された土器が特徴。別名「カルディアル土器文化(Cardial pottery culture)」とも呼ばれる。地域と時期: 地中海沿岸(イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、アドリア海沿岸)に急速に広がった。生活様式: 初期は狩猟・採集・魚釣りなどが主流だったが、徐々にヒツジやヤギなどの牧畜や、作物栽培(農業)を伴う定住生活へと移行した。居住形態: 初期は洞窟やシェルター、貝塚の近くに住んでいたが、後に開放的な村落へと移動した。分布の急速な拡大: 約200~300年という短期間で、ジェノヴァ湾からポルトガルまで2,000kmにわたって急速に伝播したことから、海上移動による拡張が示唆されている。2026/02/23 19:43:13109.名無しさんeNjQlオークニー解析における統計的手続きCassidy et al. (2020) 等が行ったオークニー住民(新石器時代)の解析プロセスは以下の通りです。>>95古代ゲノム解析、特にブリテン諸島の新石器時代から青銅器時代にかけてのPCAにおいて、一般的にPC1からPC5が何を説明しているのか、客観的な指標を整理します。---### PC軸(第1主成分~第5主成分)の解説通常、欧州全域の古代ゲノムPCAでは、以下のような寄与が見られます。#### PC1:東西(地理的・系統的)軸* **内容:** アナトリア由来の農耕民(EEF)と、東方のポントス・カスピ海草原由来のヤムナヤ系(Steppe)成分の差異を最も大きく捉えます。* **オークニーでの観察:** 新石器時代(紀元前3000年頃)の個体は、この軸において「農耕民(EEF)」側に強く寄ります。後にビーカー人が流入すると、この軸に沿って劇的に「草原(Steppe)」側へシフトします。#### PC2:南北(気候・適応)軸* **内容:** 南欧(地中海沿岸)と北欧(スカンジナビア・狩猟採集民)の遺伝的距離を示します。* **オークニーでの観察:** オークニーの個体は、ブリテン諸島の中でも「北欧・狩猟採集民(WHG)」の寄与により、北側の座標に位置します。#### PC3:局所的な「狩猟採集民(WHG)」の寄与* **内容:** 欧州各地に先住していた狩猟採集民の、特定のサブグループ(西欧、東欧、北欧など)との混合度合いを反映します。* **オークニーでの観察:** ここでオークニー特有の「ドリフト」が顕在化します。ブリテン諸島の他の農耕民(アイルランドやイングランド)とは異なる方向にプロットされ、島嶼部における独自の混血や隔離を示唆します。#### PC4:島嶼部および沿岸部の微細構造* **内容:** 大西洋沿岸ルートを通じた移動の痕跡や、大規模な移住の「波」の残差を捉えます。* **オークニーでの観察:** 物理的な距離を無視して、ブルターニュやアイルランドの個体群と同じライン上に並ぶ傾向が見られます。これは、陸路(本土経由)ではなく海路を通じたネットワークの強さを統計的に証明する軸となります。#### PC5:家系・血縁集団の内部構造* **内容:** 集団内での特定の家系的な偏り(Founder effectや隔離によるドリフト)が反映されやすくなります。* **オークニーでの観察:** オークニーの特定の遺跡(ネス・オブ・ブロッガー等)で見つかる個体群が、非常にタイトなクラスターを形成し、他の一般集団からわずかに外れることがあります。これは、特定の「エリート層」が血縁関係を維持していた客観的証拠として扱われます。---### PCA観察における統計的客観性PCAは、数万のSNP(一塩基多型)からなる高次元データを次元圧縮したものです。PC1とPC2だけでデータの分散(Variance)の多く(例えば20~30%以上)を説明しますが、**PC3以降の微細な動きこそが、オークニーのような「特殊な隔離・高度発展集団」のアイデンティティを抽出します。**### まとめ:PCAが語るオークニーの真実PCAの多次元観察により、以下の事実が感想を排して浮き彫りになります。* **PC1-2:** 欧州農耕民としての共通の出自。* **PC3-5:** オークニー独自の「島嶼化されたドリフト」と「大西洋海路との親和性」。次は、このPC軸上の位置を劇的に動かした「ビーカー人」との遭遇(紀元前2500年)において、オークニーのPCAクラスターがどのように「跳ねた」のか、その具体的な数値的変化を追いますか?14【欧州古代ゲノム解析における主成分分析(PCA)の各主成分の意味】2026/02/23 19:56:53110.名無しさんeNjQl主にPC2に関する補足>>109それが>>104に関係する内容このSHGとの繋がりは、その後は途絶えているらしい### 2. 北欧狩猟採集民(SHG)との遺伝的関係ここが非常に興味深いポイントです。オークニーの中石器時代から新石器時代にかけての「北(北欧)」との関係を解読します。まず、欧州の狩猟採集民は大きく3つのクラスターに分かれます。1. **WHG(西欧狩猟採集民):** イギリス、フランスなどに分布。2. **EHG(東欧狩猟採集民):** ロシア、東欧に分布。3. **SHG(北欧狩猟採集民):** スカンジナビアに分布。**WHGとEHGの混合体**です。#### オークニーへのSHGの寄与客観的なゲノム解析(f3-statisticsなどのアウトグループ比較)によれば、オークニーの個体には、南部イングランドの個体と比較して**SHG(北欧系)成分が有意に高い**傾向が観察される場合があります。* **中石器時代の「北の回廊」:** ドッガーランドが水没する前、スカンジナビアから北海を横断してオークニーへ至る陸地(あるいは短い航路)が存在しました。PCA上でオークニーの個体が北側(PC2のプラス方向)へ引き寄せられるのは、この「北欧由来の狩猟採集民」との局所的な接触を反映している可能性があります。* **SHGとWHGの判別:**SHGはEHG(東欧系)の成分を含んでいるため、オークニーの個体にわずかなEHG的特徴が見られた場合、それは「東から直接来た」のではなく、**「北(スカンジナビア)を経由してSHGの血として入ってきた」**と解釈するのが統計的に妥当です。---### 3. 解読:なぜ北欧の影響があるのかオークニーは地理的に「スカンジナビアへの跳躍点」です。新石器時代の農耕民(I2a)が支配的になる前、この島には北欧のSHGと西欧のWHGが交差する**「北海のフロンティア」**としての性格があったことが推測されます。* **遺物との相関:** オークニーで見つかる中石器時代の石器様式の一部が、スコットランド本土よりもノルウェー西岸の様式と親和性を持つという指摘があり、これがゲノム上のSHG成分の存在と符号します。* **農耕民への継承:** 新石器時代に入っても、オークニーの農耕民が持つ「狩猟採集民成分」の中にこのSHG的特徴が残存していることは、彼らが単に南から北上しただけでなく、**北海を介した既存の北方的ネットワークを吸収した**ことを示唆しています。2026/02/23 20:02:52111.名無しさんt36hGおばあちゃんの言葉■ヴァンガの予言(2017年以降)2018年:中国は新しい超大国となる。そして、搾取者が搾取されるようになる。2023年:地球の軌道が変わる。2025年:ヨーロッパは依然として過疎の常態が続く。2028年:新たなエネルギー源が発見される。飢餓が克服される。金星に向けて有人の宇宙飛行が出発する。2033年:極地の氷冠が溶け、世界の水位レベルが上昇する。2043年:経済は良好。イスラム教徒がヨーロッパを動かすことになる。2046年:すべての身体器官が、簡単かつ一般的な方法で再現可能となる。2066年:アメリカが、イスラム教徒に対して気象兵器を使う。2076年:共産主義が処理を引き継ぐ。2084年:自然が生まれ変わる。2088年:新しい病気は、人を数秒で老いさせる。2097年:「プロジェリア症候群」(早老症)が治療される。2100年:人工太陽が地球の暗がりを照らす。2111年:人々はロボットになる。それはおそらくアンドロイドのようなものである。2123年:小さな国家間の戦争が起こる。大きな国はそれに手を出さない。2125年:宇宙からの信号はハンガリーで受信される。2130年:エイリアンの助けを借りて、水中で生活する文明が生まれる。2164年:動物が半分人となる。2167年:新宗教が生まれる。2170年:大きな干ばつ。2183年:火星のコロニーが核保有国になり、地球からの独立を要求する。2187年:2つの大きな火山噴火の停止に成功する。2195年:海のコロニーがエネルギーと食糧を持つことになる。2196年:アジア人とヨーロッパ人は完全にミックスされる。2026/02/27 18:09:02112.名無しさんt36hG>>1112201年:太陽の熱プロセスが遅くなり、気温がぐっと下がる。2221年:地球外生命の探索で、人間は恐ろしい何かに遭遇することになる。2256年:宇宙船が地球に新たな病気をもたらす。2262年:惑星の軌道が徐々に変化する。火星は、彗星に脅かされる。2271年:物理学の法則が変更される。2273年:白人、黒人と黄色人種が1つの新しい人種を形成する。2279年:電源が無から得られることになる。2288年:タイムトラベルが可能になる。エイリアンとの遭遇がある。2291年:太陽が一段と涼しくなり、再びそれが熱くなるよう試される。2296年:太陽で強力な爆発が起き、重力が変化する。古い宇宙ステーションや人工衛星が落ちてくる。2299年:フランスでイスラムに対する抵抗運動が大きくなる。2302年:宇宙の重要な法則と秘密が明らかにされる。2304年:月の秘密も明らかにされる。2341年:恐ろしい何かが宇宙から地球に近づいてくる。2354年:人工太陽の事故で干ばつになる。2371年:世界の飢餓。2378年:新しい人種の急成長。2480年:2つの人工太陽が衝突し、地球を暗闇にする。3005年:火星との戦争により、地球の軌道が変更される。3010年:彗星が月に衝突する。地球は岩石や灰のリングで囲まれる。3797年:地球上のあらゆるものが死んでしまう。しかしこのときの人間の文明は、新しい惑星系に移動出来るほど進んでいる。3803年:少しずつ新しい惑星への移住が始まる。人々はお互いに会うことが少なくなる。新しい惑星の気候が人々の体に影響を与え、生物的に変異することになる。3805年:食料を求めて戦争が起きる。半分以上の人が絶滅する。3815年:戦争が終わる。3854年:文明の発展は事実上停止する。人々は獣のように生きることになる。3871年:新しい預言者が宗教、道徳的価値を人々に伝える。3874年:新しい預言者が人口の全セグメントから支援を受けている。新しい教会を組織する。3878年:人々は教会とともに再訓練される。4302年:新しい都市が世界中で成長している。新しい教会は、新しい技術と科学の発展を奨励している。4302年:科学の発展により、科学者は生物のすべての疾患に影響するものを発見する。4304年:どんな病気も克服できる方法が見つかる。4308年:突然変異により、人はついに自分の脳の34%以上を使用するようになり、悪と憎しみの概念が完全になくなる。4509年:人は最終的に神と通信できるレベルに達する。4599年:人々は不死を達成する。4674年:文明の発展はピークに達している。別の惑星に住む人々の数は約3400億人に達する。エイリアンとの同化が始まる。5076年:境界宇宙――誰もが知らないもの。5078年:人口の約40%が反対するが、宇宙の境界を去る決意をする。2026/02/27 18:10:16113.名無しさんt36hGセカオワはピエロ来るのだろうか、、、>>1125079年:世界の終わり。2026/02/27 18:11:11114.名無しさんFKFkZ軍事委員の空白埋まらず全人代終了、「制御不能な中国」という新たな危機習近平続投への布石整うも、偶発的衝突など軍事的不安定さ増す福山 隆 fo2026.3.16(月)https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/937502026/03/17 12:52:00
http://sinkei.la.coocan.jp/history4.htm
https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/178726
アズキの栽培化が日本で始まったことをゲノム解析で明らかに
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/ngrc/169242.html
A single domestication origin of adzuki bean in Japan and the evolution of domestication genes
https://doi.org/10.1126/science.ads2871
https://korechi1.blogspot.com/p/blog-page.html?m=1
進化の実験場だった
大人の階段
ニュース
ノーベル賞賞金の使い道は? アインシュタインの知られざる一面
恋愛関係や政治的信条など、天才科学者の人的魅力に迫る
2025.09.21
アインシュタインが恋愛関係を持ったのはエルザだけではない。1935年、マルゴットの紹介で知り合ったマルガリータ・コネンコワと、アインシュタインは恋人関係となる。
オークション大手の米サザビーズは、1998年、アインシュタインが1945年から1946年にかけて、コネンコワに向けて書いた9通のラブレターを競売にかけている。ロシアのスパイマスターによって書かれた本によれば、コネンコワはロシアのスパイだったとされているが、歴史学者による確認はとれていない。(参考記事:「第二次世界大戦で暗躍した女性スパイ5人、表の顔は芸能人も」)
市民権や言論の自由を支持
若いころからアインシュタインは、どんな形であれナショナリズムを嫌っており、「世界市民」であることが望ましいと考えていた。アインシュタインは16歳のときにドイツ国籍を放棄し、1901年にスイス国籍を取得するまで公には無国籍だった。
1933年、3回目の渡米の少し前から、FBIはアインシュタインに関する調査書類を記録しはじめる。合わせて1427ページに及ぶ書類のファイルは、主にアインシュタインが生涯に渡ってつながりを持っていた、平和主義者や社会主義者の団体との関係に注目している。FBI長官を務めたJ・エドガー・フーバーは敵性外国人法に基づいて米国に入国させないことを提言したが、米国務省は却下した。
アインシュタインの信条は、「化学兵器の父」として知られるフリッツ・ハーバーとよく衝突した。ハーバーはドイツの化学者で、アインシュタインがベルリンで仕事に就けるよう手助けした人でもある。親友だった2人だが、しばしば険悪な関係ともなった。
ハーバーはユダヤ人だったが、キリスト教へと改宗し、ナチスの台頭以前に同一化の美点をアインシュタインに説いていた。第1次世界大戦では、ハーバーは死に至る塩素ガスを開発した。空気より重く、兵士のいる塹壕へと流れ込み、兵士の喉と肺を焼いて痛々しくも窒息死させるというものだった。(参考記事:「考古学が明らかにした第一次世界大戦の塹壕遺跡」)
その生涯において、アインシュタインは市民権や言論の自由を強く支持していた。米国の社会学者であるW・E・B・デュボイスが、外国勢力の情報要員として無登録で活動しているとして、1951年に起訴された際は、アインシュタイン自ら、デュボイスの人格について証言する性格証人を買って出ている。
デュボイスの弁護士が、アルベルト・アインシュタインの出廷を裁判所に伝えると、裁判官は裁判を棄却したのだった。
「国際平和・繁栄のためのトランプ・ルート(TRIPP)」
対ロシア交渉が甘いなと思ってたが
わりとおもしろい記事だった
時間かけた理由がロシアではなく
EUとNATOに対して行われていたという見立てでしたね
著者: 大林太良(編)ほか
出版年: 1986年(中央公論社、1990年代には普及版も刊行)
検索のヒント:
タイトル: 「日本の古代3 海をこえての交流」
著者名: 「大林太良」または「大林太良 編」
出版社: 「中央公論社」
シリーズ名: 「日本の古代」
注意点: 1986年の出版と古いため、新刊での入手は難しい可能性が高いです。古書店、大学図書館、国立国会図書館などで探すのが現実的です。オンライン古書店サイト(日本の古本屋、Amazonマーケットプレイスなど)での検索も有効です。
古代東アジアの鉄と倭国 (吉川弘文館)
著者: 井上和人
出版年: 2014年
出版社: 吉川弘文館
検索のヒント:
タイトル: 「古代東アジアの鉄と倭国」
著者名: 「井上和人」
出版社: 「吉川弘文館」
注意点: 比較的新しい本なので、新刊書店やオンライン書店でも入手できる可能性が高いです。吉川弘文館のウェブサイトでも情報が得られます。
新版 倭国と東アジアの交流 (吉川弘文館)
著者: 西谷正
出版年: 2007年
出版社: 吉川弘文館
検索のヒント:
タイトル: 「新版 倭国と東アジアの交流」
著者名: 「西谷正」
出版社: 「吉川弘文館」
渡来人から読み解く古代日本 (ちくま新書)
著者: 吉村武彦
出版年: 2014年
出版社: 筑摩書房(ちくま新書)
検索のヒント:
タイトル: 「渡来人から読み解く古代日本」
著者名: 「吉村武彦」
出版社: 「筑摩書房」または「ちくま新書」
NHK 11月19日水 22:00 - 22:45 https://bangumi.org/si/560610?area_code=23&from=share
https://news.yahoo.co.jp/articles/21f4b340467187dfaa317114e107ae0e692693d7?page=2
ヤホーの記事か
すぐ消えるな
【国際】 極左が放火、4万戸超停電 復旧まで数日―ベルリン
田阪幹雄( NX総合研究所リサーチフェロー)
2025/03/27
「今回の新たな情報で、青銅器時代のイメージは相当変わった。従来考えられていたような平和な時代ではなかった」「紀元前13世紀には葬式や各種の表象、物質的文化が変化を迎えた。私はこの紛争を重要な変化のプロセスの兆候と見なしている。青銅器時代の社会におけるこうしたプロセスには、激しい紛争が伴った。トレンゼ川渓谷の戦いは、恐らく氷山の一角に過ぎないのだろう」と、論文共著者のトーマス・テルベルガー氏は述べた。同氏は独ゲッティンゲン大学先史・歴史考古学部の教授を務める。
この研究では、人骨に残る矢傷の位置を分析。それによると戦士たちは体の前面を盾で防御する一方、背中は無防備だったと考えられる。
アイルランドのユニバーシティー・カレッジ・ダブリンで考古学を専攻するバリー・モロイ准教授は、研究により戦場における弓矢の重要性に対する認識も深まったと指摘。青銅器時代の戦争に関する過去の研究では、弓矢はしばしば過小評価されてきたという。モロイ氏は今回の研究に関与していない。
モロイ氏によれば、長年研究者らは青銅器時代の暴力を小規模なものと主張し、現地の共同体に属する数十人が参加したと考えていた。しかしトレンゼ川渓谷の戦いはこの定説を一気に覆した。
大規模な戦闘の存在は研究者らに対し、青銅器時代における社会組織及び戦争の実態の再考を迫っている。
物流関係のスレに書いていて
落ちたんだろうなぁ
元のソースもうんこヤフーから引っ張ったから
サルベージも困難だろう
かつては南のストーンヘンジが中心と考えられていましたが、現在の年代表ではオークニーが「巨石文化のイノベーション・センター」であったことが判明しています。
溝状陶器(Grooved Ware): 紀元前3000年頃、オークニーで発明されたこの特徴的な土器(ウェア)は、急速にブリテン島全土を南下し、ストーンヘンジ周辺でも標準的な土器となりました。
建築様式の伝播: オークニーの「ネス・オブ・ブロッガー(Ness of Brodgar)」に見られる精緻な石造建築やヘンジ(円形囲い)の概念が、ストーンヘンジの初期形態に強い影響を与えたと推測されます。
遺伝子解析データに基づく再考察
Patrilocality(父系居住制)の極端な形態
オークニーの新石器時代社会は、土地や家畜、そして「巨石神殿の管理権」を特定の男性家系が独占的に継承する、強固な父系継承社会であったことが示唆されます。外部から青銅器文化(ビーカー文化)が到達した際、男性集団の排他性が極めて高く、外部男性の定住や通婚を物理的あるいは社会的に阻害した可能性があります。
Exogamy(外婚制)による選択的取り込み
常染色体の95%が入れ替わった事実は、数世代にわたり「外部の女性のみ」を組織的に受け入れ続けた結果です。これは単なる融和ではなく、地元の有力男性家系が、外部(大陸側)の進歩した経済力やネットワークを持つ集団の女性を「資源」として独占的に囲い込んだ、極めて非対称な社会構造の現れと解釈できます。
起源:アナトリアから地中海へ
オークニーの牛の祖先は、もともと近東(アナトリア付近)で家畜化された「近東系オーロックス」の末裔です。
ルート: 紀元前7000年頃から、EEFと共に地中海沿い(インプレッサ文化のルート)を西進しました。
野生種との混交: 欧州大陸を北上する過程で、現地の野生オーロックス(Bos primigenius)とごくわずかに交雑しながらも、基本的には家畜としての系統を維持してブリテン島へ到達しました。
ドーバー海峡の横断(紀元前4000年頃)
ブリテン諸島に牛が初めて持ち込まれたのは紀元前4000年頃です。
輸送の困難: 当時、ドーバー海峡はすでに形成されていました。成体の牛(特に多頭数)を、当時の木製カヌーや皮張りの舟(スキンボート)で運ぶのは極めて困難で危険な作業です。
計画的入植: これは偶然の漂着ではなく、「繁殖可能なペア(あるいは仔牛)」を意図的に積み込み、波の穏やかな時期を狙った組織的な移住であったことを示しています。
1. 野生種(オーロックス)との交雑率のデータ
2.5万年前から現代に至る牛のゲノム解析(Park et al. 2015 / Verdugo et al. 2019)によれば、以下の数値的傾向が示されています。
LBK(内陸ルート): 欧州中央部を通る過程で、現地の野生オーロックス(Bos primigenius)との交雑が認められます。特に近年の解析では、大陸の初期農耕民の牛には約5~10%程度の欧州野生系統の混入が確認される個体が多いです。
ブリテン諸島(IWC/大西洋ルート): オークニーを含むブリテン諸島の新石器時代の牛ゲノムは、大陸の個体に比べて野生種との混雑率が極めて低い(ほぼ0%に近い個体も存在)ことが報告されています。これは「海」という地理的障壁が、野生種との偶発的な交配を物理的に遮断した結果であると結論付けられています。
2. 飼育形態と安定同位体比(δ13C / δ15N)による実証
オークニーの牛の骨の分析データは、LBKとは異なる摂食パターンを示しています。
LBK: 炭素・窒素同位体比は、典型的な森林~草原での植物摂取を示します。
オークニー(新石器時代): 一部の個体から、海岸部特有の植物や、現代のノース・ロナルドゼイ羊に見られるような海藻摂取を示唆する同位体シフトが検出されています。これは限定された島嶼資源を最大化するための、IWC系入植者による特殊な適応戦略の客観的証拠です。
1. 「牛」はメインか?(場所による二極化)
全島一律に牛がメインだったわけではなく、遺跡の性格によって「牛優位」と「羊優位」が分かれています。
宗教・儀礼の中心地(ネス・オブ・ブロッガー等):
骨片の約85%が牛という圧倒的な「牛優位」です。ここでは牛が単なる食料ではなく、大規模な宴会や建築儀礼のための「権威の象徴」として特別視されていました。
一般的な生活集落(スカラ・ブレイ等):
牛も飼育されていましたが、数としては羊の方が一般的であったとするデータが多いです。生活実務においては、小型で扱いやすい羊が重要なタンパク源となっていました。
1. 「牛」はメインか?(場所による二極化)
全島一律に牛がメインだったわけではなく、遺跡の性格によって「牛優位」と「羊優位」が分かれています。
宗教・儀礼の中心地(ネス・オブ・ブロッガー等):
骨片の約85%が牛という圧倒的な「牛優位」です。ここでは牛が単なる食料ではなく、大規模な宴会や建築儀礼のための「権威の象徴」として特別視されていました。
一般的な生活集落(スカラ・ブレイ等):
牛も飼育されていましたが、数としては羊の方が一般的であったとするデータが多いです。生活実務においては、小型で扱いやすい羊が重要なタンパク源となっていました。
2. 羊の導入と特殊な適応
羊もまた、ブリテン諸島には自生していなかったため、IWC系の人々によって船で運ばれてきました。
導入時期: 紀元前4000~3500年頃の入植と同時に持ち込まれました。これらは現代の商用種とは異なり、ソアイ羊(Soay sheep)に似た小型で角のある原始的な系統でした。
海藻食への適応: 安定同位体分析(δ13C/δ15N)により、新石器時代のオークニーの羊は、冬場に不足する草の代わりに海藻を食べていたことが証明されています。これは、限られた島の資源で家畜を維持するためのIWC系移民による高度な適応戦略です。
3. IWC系家畜パッケージの構成
IWCがオークニーに持ち込んだ「家畜パッケージ」は以下の通りです。
牛(Bos taurus): 儀礼・富の象徴。良質な草地を優先的に与えられたエリート家畜。
羊(Ovis aries): 生活基盤。海岸部などの厳しい環境でも海藻を食べて生き抜くサバイバー。
豚(Sus scrofa): 存在はしていましたが、数は非常に少なく、メインの家畜ではありませんでした。
山羊(Capra hircus): 羊と混在して少数飼育されていました。
2024年8月に発表されたネイチャー誌の研究(Nature 632, 570–575)に基づき、「オーカディアン盆地(スコットランド北東部~オークニー)」から運ばれた祭壇石(アルター・ストーン)と、先ほど議論した最古のカレンダー(ウォーレン・フィールド)の地理的・思想的関連について、事実を整理して考察します。
地理的レイアウト:北緯57度~59度の「聖なる線」
カレンダー遺構と祭壇石の産地、そしてオークニーは、地理的に「オーカディアン盆地」という一つの巨大な地質・文化的エリアに属しています。
ウォーレン・フィールド(カレンダー): 北緯57.0度。ディー川流域。
祭壇石の推定産地(オーカディアン盆地内): 北緯57.5度~58.5度付近(スコットランド北東部本土側)。
オークニー(メガリスのセンター): 北緯59.0度。
この北緯57度以北のエリアは、冬至の日の出の角度や日照時間の変化が極端であり、「時(暦)を管理する知性」が最も高度に発達した地域です。
「IWC(インプレッサ・ウェア文化)」と「溝状陶器(Grooved Ware)文化」
1. 時系列の整理(紀元前2500年前後)
紀元前2500年~2400年頃:オークニーの終焉
ネス・オブ・ブロッガーで400頭以上の牛が屠殺され、神殿が封印されました。これはオークニーを拠点とした「旧来の宗教システム(IWC/溝状陶器文化)」の崩壊を意味します。
紀元前2600年~2400年頃:ストーンヘンジの黄金期(第3段階)
ストーンヘンジに巨大なサーセン石の円環が完成し、祭壇石(オーカディアン盆地産)がその中心に据えられた時期と重なります。
2. 「屠殺後」か「同時期」か:文化の重心移動
データが示唆するのは、オークニーで牛を屠殺して「幕を引いた」のとほぼ同じタイミングで、その聖地の象徴である「石(祭壇石)」が南のストーンヘンジへと運ばれたというシナリオです。
考察:聖地の譲渡あるいは略奪
オークニー(オーカディアン地方)で環境悪化(土壌酸性化)により社会が維持できなくなった際、彼らが持っていた「天文学的権威(カレンダーの知識)」と「象徴的な石」が、新興勢力である南部のストーンヘンジへと「輸出(あるいは移転)」されたと考えられます。
牛の役割の変化:
オークニーでは牛を「殺して封印」しましたが、ストーンヘンジでは遠方(北部含む)から「生きたまま牛を運び、宴会を開く」という外向的な権威誇示に変わりました。
3. 地理的・思想的カレンダーの結びつき
先ほど解説したウォーレン・フィールド(北緯57度)のカレンダー思想が、物理的な祭壇石という形をとって、南のストーンヘンジ(北緯51度)へ移植されたことになります。
位置づけ: オークニー側から見れば「敗北と解体(牛の屠殺による封印)」ですが、ストーンヘンジ側から見れば「北の聖地からの正統性の継承」です。
輸送のタイミング: ネス・オブ・ブロッガーが閉鎖される直前、あるいはその混乱期に、最も神聖な石が海路で750km南下した……。これは、オークニーの支配層が南の勢力と合流した、あるいは南の勢力が北の「時の石」を買い取った(奪った)歴史的瞬間を示しているのかもしれません。
1. ニューグレンジ(アイルランド):インセストの衝撃
アイルランドを代表する巨大羨道墳 ニューグレンジ(Newgrange) の中心部に葬られていた男性(紀元前3200年頃)の全ゲノム解析結果は、世界に衝撃を与えました。
家系: 典型的な I2a系統。
衝撃の事実: ゲノム解析により、この男性の両親が 「実の兄妹(または姉弟)」または「親子」 という、極めて近い一親等間での近親交配によって生まれたことが判明しました。
同じアイルランドの トラム(Tram) 遺跡の共同墓地で見つかった個体と、前述のニューグレンジの個体を全ゲノムで比較した結果、驚くべきデータが出ました。
関係性: 二つの遺跡の個体は、「従兄弟(いとこ)」レベルの親族であることが判明しました。
意義: 400km離れた巨大メガリス同士を、「同じI2a家系のメンバー」が管理・支配していたことの物理的証拠です。これは「祭壇石がオーカディアンからストーンヘンジまで運ばれた」という、広域な「家族の道」の存在を裏付けています。
ブリテン諸島西岸(アイリッシュ海沿い)の複数の遺跡(マン島やウェールズ近辺)でも、全ゲノム解析が行われています。
共通点: 巨石墓に葬られた人々は、皆 I2a系統 であり、かつ 「全ゲノムの背景(EEF成分)」が極めて均一 です。
考察: 彼らは各地の先住民(WHG)と混血して多様化するのではなく、「海沿いのエリート家系」同士で通婚を繰り返し、血の純度を保ちながらネットワークを維持していました。これが「秘密のルート」を独占できた理由です。
しかし、両地域を含む「大西洋沿岸ネットワーク(Atlantic Façade)」全体の比較データから、驚くべき「遺伝的なシンクロニシティ」が浮き彫りになっています。
共通のベース:EEF(初期農耕民)の「西側成分」
全ゲノムの主成分分析(PCA)において、オークニーの初期住民とガリア(ブルターニュ)の住民は、内陸の農耕民(LBK系)とは異なる「西沿岸クラスター」を形成します。
共有データ: 両者は、地中海から西回りで進出したIWC(インプレッサ・ウェア文化)の末裔特有の遺伝的特徴(特定のEEFハプロタイプ)を共有しています。
結論: ヴェネティ族の故郷であるブルターニュとオークニーは、数千年前から「同じ海沿いの血」をベースに持っていました
ガリア・ヴェネティ族と確定したゲノムデータの存在
ブルターニュ地方の鉄器時代(紀元前5世紀~1世紀)の遺跡、例えば Urville-Nacqueville(ヴェネティ族の勢力圏に近い拠点)などの人骨から全ゲノムが抽出されています。
データの内容: 彼らの全ゲノムを解析した結果、典型的な「北西ヨーロッパ鉄器時代クラスター」に属することが判明しています。
ハプログループ: 男性系統(Y染色体)の大部分は R1b-L21 または R1b-U152 です。これらは「ビーカー文化」以降にこの地域を支配した系統です。
ご指摘の「Fst値(集団間の遺伝的分化指数)」を用いた分析は、現代人ではなく、遺跡から出土した古人骨の全ゲノム解析(古代DNA)に基づいています。
根拠となる主要な研究(Cassidy et al. 2020, Nature および Olalde et al. 2018, Nature)のデータを基に、正確な年代と対象を特定して解説します。
1.解析対象(どの古人類か)
比較に使われたのは、以下の遺跡から出土した新石器時代のエリート層(I2a系統)の古人骨から抽出された全ゲノムデータです。
オークニー諸島: メイズハウ(Maeshowe)やクアンタネス(Quanterness)などの「羨道墳(パッセージ・グレイヴ)」に埋葬されていた個体群。
アイルランド: ニューグレンジ(Newgrange)などの巨大メガリスに葬られた個体群。
フランス・ブルターニュ: ラ・オグ(La Hogue)などの初期巨石墓の個体群。
スコットランド本土: 沿岸部や内陸で見つかった同時期の小規模な埋葬跡の個体群。
2. 比較した年代(いつの時代か)
データが示す「海上の隣人」現象が最も顕著なのは、紀元前3500年~紀元前3000年(新石器時代中期~後期)です。
理由: この時期は、オークニーで「溝状陶器文化」が確立される直前から全盛期にかけてであり、ブリテン諸島全体で「メガリス(巨石)ネットワーク」が最も強固だった時代です。
断絶の時期: 紀元前2500年(ベル・ビーカー流入期)以降は、ゲノムの約90%が置換されるため、このFst値の特殊な相関は消失します。
3. Fst値による「地理的距離」と「遺伝的距離」の逆転
通常、Fst値(0に近いほど遺伝的に近い)は、地理的な距離が近いほど小さくなります。しかし、この時期の古人骨データでは以下の数値的傾向が報告されています。
比較ペア地理的距離Fst値の傾向(遺伝的近さ)
A: オークニー vs B: スコットランド本土極めて近い(約10km)Fst値が高い(比較的遠い)
A: オークニー vs C: アイルランド/ブルターニュ遠い(数百~千km以上)Fst値が低い(極めて近い
なぜこのデータが出るのか(定量的解釈)
集団の均一性: オークニーの羨道墳(A)とアイルランドのニューグレンジ(C)の支配層は、同じI2a系統の特定のクラン(大家族)が海路を通じて通婚を繰り返していたため、遺伝的に極めて均質でした。
本土との隔離: 一方で、目と鼻の先にあるスコットランド本土(B)の農耕民は、現地の狩猟採集民(WHG)との混血が進んでいたり、異なる家系が定着していたりしたため、オークニーのエリート層とは遺伝的に距離がありました。
4. 結論:データが証明する「海のエリート」
このFst値の解析結果は、「新石器時代のオークニーの支配層は、陸路の隣人(本土)よりも、海路の遠方の同族(アイルランド・ブルターニュ)と深く結びついていた」という事実を、全ゲノムレベルで証明したものです。
「押圧文土器(IWC)」の北上とFst値の逆転
紀元前3800年頃、地中海からブルターニュを経て大西洋岸を北上したI2a系統(農耕民)の系譜。古人骨解析(Cassidy et al. 2020)により、紀元前3500-3000年のオークニー住民は、隣のスコットランド本土より遠方のブルターニュやアイルランド沿岸と遺伝的に近かった。
「旧赤色砂岩」による神殿化と「溝状陶器」の南下
オークニーの板状石材という地質的利点により、ブルターニュ起源の「墓(メガリス)」が「生者のための神殿・カレンダー(ネスやリング)」へ機能転換。そこで完成された溝状陶器文化の権威(天文学的知性)は、オーカディアン盆地産の祭壇石と共に、南のストーンヘンジへと逆輸入・輸出された。
環境限界と「牛の封印(紀元前2500年)」
過放牧と気候変動による土壌の酸性化が農業基盤を破壊。オークニーのI2aエリートは、400頭以上の牛を屠殺して聖域(ネス・オブ・ブロッガー)を物理的に封印し、自らの誇り高き「石の時代」を自らの手で終わらせた。
ドッガーランド(Doggerland)をご存じであれば、当時の北海周辺のダイナミズムがイメージしやすいかと思います。結論から申し上げますと、オークニー諸島周辺も、現在のような「点在する島々」ではなく、広大な平原を伴う巨大な一つの陸塊に近い地形でした。
中石器時代から新石器時代にかけて、オークニー周辺がどのように変化したのか、客観的な地理的変遷を整理します。
1. 「グレート・オークニー」の存在
氷河期が終わった直後(紀元前1万年~8000年頃)、海面は現在よりも約30~40メートル低く、オークニーの島々のほとんどは陸続きでした。
一つの巨大な島: 現在の主要な島々(メインランド、ホイ、ルッセイなど)は、広大な低湿地や平原で結ばれた一つの巨大な陸塊でした。
本土との距離: スコットランド本土との間にあるペントランド海峡も、現在より遙かに狭く、浅い瀬であったか、時期によっては歩いて渡れるほど接近していました。
2. 「ドッガーランド」の沈没とオークニーへの影響
ドッガーランド(現在のイギリスとオランダ・デンマークの間)が水没していくプロセス(紀元前6500年~5500年頃)は、オークニー周辺の地形にも劇的な変化をもたらしました。
ストレッガ・スライド(紀元前6200年頃): ノルウェー沖で発生した巨大な海底地滑りと、それに伴う津波は、ドッガーランドのトドメを刺しただけでなく、オークニーやスコットランド東岸の低地をも一気に飲み込みました。
島嶼化の進行: この時期を境に、広大だった平原は海面下に沈み、高台だけが「島」として残る現在の地形の原型が形作られました。
新石器時代の巨大な石造建築が目立つオークニーですが、その下層や周辺からは「石の時代」以前の流浪の民の痕跡が発見されています。
タンカーネス(Tankerness)の発見: 2007年の発掘調査で、紀元前6820年~6660年頃のものとされる「焦げたハシバミの殻」が発見されました。これは、農耕が導入される数千年前から、人類がこの島で採集活動を行っていた直接的な物理的証拠です。
ストロンゼイ島(Stronsay)のキャンプ跡: 紀元前7000年以前に遡る可能性がある「フリント(火打石)」の加工屑が1000個以上見つかっており、一時的な狩猟キャンプが存在したと考えられています。
これはいまいち
ちなみにIWCもいまいち
>>91
「IWC(インプレスド・ウェア文化 / Impressed Ware culture)」は、主に新石器時代(紀元前6000年~4000年頃)の地中海沿岸地域に見られる、粘土に工具を押し付けて装飾した土器(Impressed Ware/圧着文土器)を特徴とする先史文化です。
主な特徴・詳細
特徴的な装飾: 貝殻(特にCardiumという貝の鋸歯状の縁)、指、棒などを粘土に押し付けて装飾された土器が特徴。別名「カルディアル土器文化(Cardial pottery culture)」とも呼ばれる。
地域と時期: 地中海沿岸(イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、アドリア海沿岸)に急速に広がった。
生活様式: 初期は狩猟・採集・魚釣りなどが主流だったが、徐々にヒツジやヤギなどの牧畜や、作物栽培(農業)を伴う定住生活へと移行した。
居住形態: 初期は洞窟やシェルター、貝塚の近くに住んでいたが、後に開放的な村落へと移動した。
分布の急速な拡大: 約200~300年という短期間で、ジェノヴァ湾からポルトガルまで2,000kmにわたって急速に伝播したことから、海上移動による拡張が示唆されている。
Cassidy et al. (2020) 等が行ったオークニー住民(新石器時代)の解析プロセスは以下の通りです。
>>95
古代ゲノム解析、特にブリテン諸島の新石器時代から青銅器時代にかけてのPCAにおいて、一般的にPC1からPC5が何を説明しているのか、客観的な指標を整理します。
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### PC軸(第1主成分~第5主成分)の解説
通常、欧州全域の古代ゲノムPCAでは、以下のような寄与が見られます。
#### PC1:東西(地理的・系統的)軸
* **内容:** アナトリア由来の農耕民(EEF)と、東方のポントス・カスピ海草原由来のヤムナヤ系(Steppe)成分の差異を最も大きく捉えます。
* **オークニーでの観察:** 新石器時代(紀元前3000年頃)の個体は、この軸において「農耕民(EEF)」側に強く寄ります。後にビーカー人が流入すると、この軸に沿って劇的に「草原(Steppe)」側へシフトします。
#### PC2:南北(気候・適応)軸
* **内容:** 南欧(地中海沿岸)と北欧(スカンジナビア・狩猟採集民)の遺伝的距離を示します。
* **オークニーでの観察:** オークニーの個体は、ブリテン諸島の中でも「北欧・狩猟採集民(WHG)」の寄与により、北側の座標に位置します。
#### PC3:局所的な「狩猟採集民(WHG)」の寄与
* **内容:** 欧州各地に先住していた狩猟採集民の、特定のサブグループ(西欧、東欧、北欧など)との混合度合いを反映します。
* **オークニーでの観察:** ここでオークニー特有の「ドリフト」が顕在化します。ブリテン諸島の他の農耕民(アイルランドやイングランド)とは異なる方向にプロットされ、島嶼部における独自の混血や隔離を示唆します。
#### PC4:島嶼部および沿岸部の微細構造
* **内容:** 大西洋沿岸ルートを通じた移動の痕跡や、大規模な移住の「波」の残差を捉えます。
* **オークニーでの観察:** 物理的な距離を無視して、ブルターニュやアイルランドの個体群と同じライン上に並ぶ傾向が見られます。これは、陸路(本土経由)ではなく海路を通じたネットワークの強さを統計的に証明する軸となります。
#### PC5:家系・血縁集団の内部構造
* **内容:** 集団内での特定の家系的な偏り(Founder effectや隔離によるドリフト)が反映されやすくなります。
* **オークニーでの観察:** オークニーの特定の遺跡(ネス・オブ・ブロッガー等)で見つかる個体群が、非常にタイトなクラスターを形成し、他の一般集団からわずかに外れることがあります。これは、特定の「エリート層」が血縁関係を維持していた客観的証拠として扱われます。
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### PCA観察における統計的客観性
PCAは、数万のSNP(一塩基多型)からなる高次元データを次元圧縮したものです。PC1とPC2だけでデータの分散(Variance)の多く(例えば20~30%以上)を説明しますが、**PC3以降の微細な動きこそが、オークニーのような「特殊な隔離・高度発展集団」のアイデンティティを抽出します。**
### まとめ:PCAが語るオークニーの真実
PCAの多次元観察により、以下の事実が感想を排して浮き彫りになります。
* **PC1-2:** 欧州農耕民としての共通の出自。
* **PC3-5:** オークニー独自の「島嶼化されたドリフト」と「大西洋海路との親和性」。
次は、このPC軸上の位置を劇的に動かした「ビーカー人」との遭遇(紀元前2500年)において、オークニーのPCAクラスターがどのように「跳ねた」のか、その具体的な数値的変化を追いますか?
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【欧州古代ゲノム解析における主成分分析(PCA)の各主成分の意味】
>>109
それが>>104に関係する内容
このSHGとの繋がりは、その後は途絶えているらしい
### 2. 北欧狩猟採集民(SHG)との遺伝的関係
ここが非常に興味深いポイントです。オークニーの中石器時代から新石器時代にかけての「北(北欧)」との関係を解読します。
まず、欧州の狩猟採集民は大きく3つのクラスターに分かれます。
1. **WHG(西欧狩猟採集民):** イギリス、フランスなどに分布。
2. **EHG(東欧狩猟採集民):** ロシア、東欧に分布。
3. **SHG(北欧狩猟採集民):** スカンジナビアに分布。**WHGとEHGの混合体**です。
#### オークニーへのSHGの寄与
客観的なゲノム解析(f3-statisticsなどのアウトグループ比較)によれば、オークニーの個体には、南部イングランドの個体と比較して**SHG(北欧系)成分が有意に高い**傾向が観察される場合があります。
* **中石器時代の「北の回廊」:** ドッガーランドが水没する前、スカンジナビアから北海を横断してオークニーへ至る陸地(あるいは短い航路)が存在しました。PCA上でオークニーの個体が北側(PC2のプラス方向)へ引き寄せられるのは、この「北欧由来の狩猟採集民」との局所的な接触を反映している可能性があります。
* **SHGとWHGの判別:**
SHGはEHG(東欧系)の成分を含んでいるため、オークニーの個体にわずかなEHG的特徴が見られた場合、それは「東から直接来た」のではなく、**「北(スカンジナビア)を経由してSHGの血として入ってきた」**と解釈するのが統計的に妥当です。
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### 3. 解読:なぜ北欧の影響があるのか
オークニーは地理的に「スカンジナビアへの跳躍点」です。新石器時代の農耕民(I2a)が支配的になる前、この島には北欧のSHGと西欧のWHGが交差する**「北海のフロンティア」**としての性格があったことが推測されます。
* **遺物との相関:** オークニーで見つかる中石器時代の石器様式の一部が、スコットランド本土よりもノルウェー西岸の様式と親和性を持つという指摘があり、これがゲノム上のSHG成分の存在と符号します。
* **農耕民への継承:** 新石器時代に入っても、オークニーの農耕民が持つ「狩猟採集民成分」の中にこのSHG的特徴が残存していることは、彼らが単に南から北上しただけでなく、**北海を介した既存の北方的ネットワークを吸収した**ことを示唆しています。
■ヴァンガの予言(2017年以降)
2018年:中国は新しい超大国となる。そして、搾取者が搾取されるようになる。
2023年:地球の軌道が変わる。
2025年:ヨーロッパは依然として過疎の常態が続く。
2028年:新たなエネルギー源が発見される。飢餓が克服される。金星に向けて有人の宇宙飛行が出発する。
2033年:極地の氷冠が溶け、世界の水位レベルが上昇する。
2043年:経済は良好。イスラム教徒がヨーロッパを動かすことになる。
2046年:すべての身体器官が、簡単かつ一般的な方法で再現可能となる。
2066年:アメリカが、イスラム教徒に対して気象兵器を使う。
2076年:共産主義が処理を引き継ぐ。
2084年:自然が生まれ変わる。
2088年:新しい病気は、人を数秒で老いさせる。
2097年:「プロジェリア症候群」(早老症)が治療される。
2100年:人工太陽が地球の暗がりを照らす。
2111年:人々はロボットになる。それはおそらくアンドロイドのようなものである。
2123年:小さな国家間の戦争が起こる。大きな国はそれに手を出さない。
2125年:宇宙からの信号はハンガリーで受信される。
2130年:エイリアンの助けを借りて、水中で生活する文明が生まれる。
2164年:動物が半分人となる。
2167年:新宗教が生まれる。
2170年:大きな干ばつ。
2183年:火星のコロニーが核保有国になり、地球からの独立を要求する。
2187年:2つの大きな火山噴火の停止に成功する。
2195年:海のコロニーがエネルギーと食糧を持つことになる。
2196年:アジア人とヨーロッパ人は完全にミックスされる。
2201年:太陽の熱プロセスが遅くなり、気温がぐっと下がる。
2221年:地球外生命の探索で、人間は恐ろしい何かに遭遇することになる。
2256年:宇宙船が地球に新たな病気をもたらす。
2262年:惑星の軌道が徐々に変化する。火星は、彗星に脅かされる。
2271年:物理学の法則が変更される。
2273年:白人、黒人と黄色人種が1つの新しい人種を形成する。
2279年:電源が無から得られることになる。
2288年:タイムトラベルが可能になる。エイリアンとの遭遇がある。
2291年:太陽が一段と涼しくなり、再びそれが熱くなるよう試される。
2296年:太陽で強力な爆発が起き、重力が変化する。古い宇宙ステーションや人工衛星が落ちてくる。
2299年:フランスでイスラムに対する抵抗運動が大きくなる。
2302年:宇宙の重要な法則と秘密が明らかにされる。
2304年:月の秘密も明らかにされる。
2341年:恐ろしい何かが宇宙から地球に近づいてくる。
2354年:人工太陽の事故で干ばつになる。
2371年:世界の飢餓。
2378年:新しい人種の急成長。
2480年:2つの人工太陽が衝突し、地球を暗闇にする。
3005年:火星との戦争により、地球の軌道が変更される。
3010年:彗星が月に衝突する。地球は岩石や灰のリングで囲まれる。
3797年:地球上のあらゆるものが死んでしまう。しかしこのときの人間の文明は、新しい惑星系に移動出来るほど進んでいる。
3803年:少しずつ新しい惑星への移住が始まる。人々はお互いに会うことが少なくなる。新しい惑星の気候が人々の体に影響を与え、生物的に変異することになる。
3805年:食料を求めて戦争が起きる。半分以上の人が絶滅する。
3815年:戦争が終わる。
3854年:文明の発展は事実上停止する。人々は獣のように生きることになる。
3871年:新しい預言者が宗教、道徳的価値を人々に伝える。
3874年:新しい預言者が人口の全セグメントから支援を受けている。新しい教会を組織する。
3878年:人々は教会とともに再訓練される。
4302年:新しい都市が世界中で成長している。新しい教会は、新しい技術と科学の発展を奨励している。
4302年:科学の発展により、科学者は生物のすべての疾患に影響するものを発見する。
4304年:どんな病気も克服できる方法が見つかる。
4308年:突然変異により、人はついに自分の脳の34%以上を使用するようになり、悪と憎しみの概念が完全になくなる。
4509年:人は最終的に神と通信できるレベルに達する。
4599年:人々は不死を達成する。
4674年:文明の発展はピークに達している。別の惑星に住む人々の数は約3400億人に達する。エイリアンとの同化が始まる。
5076年:境界宇宙――誰もが知らないもの。
5078年:人口の約40%が反対するが、宇宙の境界を去る決意をする。
>>112
5079年:世界の終わり。
習近平続投への布石整うも、偶発的衝突など軍事的不安定さ増す
福山 隆 fo
2026.3.16(月)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/93750